日本を代表するスポーツブランドであるミズノ株式会社。同社のフットボール事業は国内のみならずグローバルでも大きな成長を見せているが、近年力を入れて取り組んでいるのがタイを中心とした東南アジア市場の開拓だ。
人口・経済ともに成長余地の大きい東南アジアにおいて、どのような戦略で市場攻略を目指しているのか? 多くの競合他社が存在するフットボール事業において、どのようにして成果をあげることができたのか?
スポーツ庁による日本のスポーツ産業の国際展開を支援するプラットフォーム「JSPIN」アドバイザーの小山恵氏が、ミズノ株式会社 アスレティック事業部 コンペティションスポーツマーケティング部の佐々木孝裕氏に聞いた。(文=FAR&EAST 小山恵、初出=JSPIN)
「モレリア」ブランドでタイ市場へ進出
――海外市場、中でもタイへの進出の決めた経緯は。
当社では1985年にモレリアというフットボールシューズが誕生し、それ以来世界に向けてフットボール製品を展開・販売してきていますが、2017年に社内にフットボールの専任チームが結成され、改めて我々の持つプロダクトの優位性をもって海外市場へ戦略的に打って出ようというプロジェクトが開始されました。
その際、経済の成長率や戦略的に一緒に取り組める現地パートナー(得意先)の存在、サッカーの熱狂度などを総合的に評価し、東南アジア、特にタイを戦略市場として選択しました。市場調査を経ての定量的な判断材料に加え、当時のタイのサッカー人気を目の当たりにし、人気代表選手に我々の持つ製品を履いてもらって一気に弊社のブランド認知を高めていきたいといった狙いがありました。
2017年当時、全社の中期計画の中で、フットボール事業として東南アジアで存在感を示し、その次のフェーズとして、外資メーカーもひしめき合う欧州市場にチャレンジしていこうといった目標・計画を立てていました。
当時、どこから攻めて良いかもわからず試行錯誤しながらも色々な人と会い、現地ネットワークを築いてきた経緯が、今思い返せば2021年以降に国内も含めて大きな成長に繋がったと思っています。
現地社員の意識を変えた、チャナティップとの契約
――現地でどのようにフットボール事業を伸ばしたのでしょうか。
当時、東南アジアを管轄するミズノの販売代理店の現地社員からすると、いきなりミズノ本社から来た人間がフットボール事業を伸ばそうと言ってきて、何を言ってるんだこの人は?という感じだったと思います。
横から色々言われて面白くないのだろうなと感じていましたが、何か一つでも大きな分かりやすい実績を作って、何とか現地社員が主体的にフットボール事業を伸ばそうと思ってもらえないか、と考えていました。そんな時、状況を好転させたのがタイのスーパースターであるチャナティップ選手とのスポンサーシップ契約でした。
この契約によって、タイにおけるフットボール事業への本気度が現地社員にも伝わり、彼らの士気が大きく向上しました。チャナティップ選手との契約はスポンサーシップの一つではあるのですが、単なるマーケティング効果だけにとどまらず、現地社員の士気が向上したことよって、他マーケティング施策への展開、グラスルーツ活動、得意先への営業活動など全ての画が描きやすくなったと思います。
――チャナティップ選手を選んだ理由は。
チャナティップ選手は当時日本のJリーグ(北海道コンサドーレ札幌)でプレーしており、我々も比較的コンタクトが取りやすい、選手スポンサーシップの第一候補でした。タイでNo.1人気のチャナティップ選手と契約できたことで、その後、他のタイ代表選手との契約をタイの現地法人が決めてきてくれました。
ミズノはチャナティップ選手と契約できるブランドであるという事実が、現地社員の意識を変えたのだと思います。タイ市場にアプローチするにあたり、いかに現地社員にも同じ意識を持ってもらい、一緒に取り組んでいくことの大変さと重要性を改めて感じました。
市場特性を見極めた戦略的アプローチ
――選手スポンサーシップ以外に、どのような事業戦略で進めたのでしょうか。
タイという市場の特性上、多くの模倣品やコピー品などの廉価製品が市場に出回っている事実があります。そんな中、我々としては、フィッティング性を競争優位性として、レザーを中心としたMade in Japanの製品を持つプレミアムブランドとして、高価格帯の製品から市場投入し、中間層以上や富裕層のフットボール愛好家をメインのターゲットにマーケティングを開始しました。
契約したチャナティップ選手にもモレリア以外のレザーシューズを着用してもらい、ミズノブランドへの憧れを醸成するような戦略をとってきました。その後、ボリュームゾーンである中価格帯・低価格帯の製品を市場投入し、さらに売上を伸ばしていく戦略です。振り返ってみても戦略は上手くはまり、売上も順調に推移しています。
弊社はタイで他のスポーツ(ランニングやバレーボールなど)事業も展開しており、販売代理店と契約していましたが、2018年に現地法人を設立しました。これまでとは違い、ミズノの現地社員としてよりブランドロイヤリティを高く持ってもらうことで、競技・カテゴリー毎ではなく、ブランド全体の展開が生まれやすくなりました。
例えばスニーカーのようなカジュアルな製品も含めて展開しやすくなり、ブランド訴求が以前よりも容易になりました。その後、マレーシアでも現地法人化をしています。
Jリーグクラブとの協業
――本国となる日本とも連携した取り組みはありましたか。
タイに事業展開するにあたり、弊社がサプライヤー契約しているJリーグクラブとも何か一緒に出来ることがないか、といった相談を繰り返してきました。当時、チャナティップ選手が所属していた北海道コンサドーレ札幌とはサプライヤー契約は無かったのですが、チャナティップ選手を活用したタイでのグラスルーツ活動やイベントなどを通じて会話をする回数が増えました。
そのような経緯もあり、2021シーズンから北海道コンサドーレ札幌と単なるサプライヤー契約ではなく、タイ・アジアでの事業連携も見込んだ形でのオフィシャルサプライヤー契約を締結する運びとなりました。
コンサドーレとはタイにおいてグラスルーツ、ファン向けのイベントなど、共同での施策を継続して実施してきています。コンサドーレはタイでのファン獲得、ロイヤリティの向上といった目標もあり、我々もその連動によってブランド認知を向上させ、そこから販売に繋げていくといったことを狙っています。
――コンサドーレとの連携で、これまでにない施策ができるようになった。
我々は外資メーカーの差別化戦略として、シューズを履いてもらってプロダクトの優位性を感じてもらうといった「試し履き」の活動を戦略の軸としていますが、タイではその文化が無く、当初は苦労しました。育成年代の大会に協賛をして、試し履きの機会を創出しようともしましたが、中々上手く進みませんでした。
そんな中で、コンサドーレと協業して、タイ現地でのサッカークリニックや、育成年代選手のセレクションイベントなどを実施し、その場でトライオンの機会を創り、シューズの良さを感じてもらうといったアプローチを取ることができました。そのような機会をJクラブと共に創造できていることは非常にメリットを感じています。
その他、他のJクラブともタイを含めた海外マーケットに対して一緒にアプローチしていこうというお話をさせていただいています。我々のプロダクト優位性をもってマレーシア、ベトナム、インドなどにもっとマーケットを拡大したく、その策を模索しています。
市場シェアはまだ10%、「使われる」ブランドへ
――今後のミズノフットボールの展望を教えてください。
タイにおいてはある程度ブランド認知は高まってきたと思いますが、フットボール事業の市場シェアとしてはまだ10%前後レベルです。今後は、ボリュームゾーンのユーザーに対して、ミズノブランドを知ってもらうだけでなく、使っていただける環境を作っていきたいです。
そして、よりコアなフットボールのユーザー、ステークホルダーにアプローチしていきたいと考えています。選手契約だけでなく、例えばタイリーグに所属するクラブとの協業などを通じて、タイのフットボールマーケットで存在感を出していくのが次のフェーズかと思っています。
Made in Japanのプレミアムレザープロダクトというのは我々の大きな強みであり、それを活かして海外市場に参入しますが、それだけでは市場シェアを拡大することは難しいと思っています。ヒエラルキーを落とした海外製の製品もうまく市場投入していくことを目指し、更にグローバルで市場拡大を進めていきたいと考えています。
タイの国民的スター選手とのスポンサー契約が、対外的なマーケティング効果だけでなく、インナーマーケティングに大きな効果があったという話が非常に印象的であった。日本のスポーツ産業(ブランドであれリーグ・チームであれ)が海外市場でファンを獲得するには、当然現地パートナーであり現地社員の主体性が必要不可欠である。人気No.1現地選手との契約によってこちらの本気度を現地に示せたというのは、他の企業が海外展開する際のスポーツスポンサーシップ活用の参考にもなると思う。
日本発のブランドであるミズノが、日本のJリーグクラブと一緒に異国タイでのファン醸成・ブランド認知向上・収益化ができると、他の海外市場でも横展開可能なユニークな成功事例となるのだと思う。チャナティップ選手をはじめ、複数のタイ出身選手が日本のJリーグで活躍したことで、タイのサッカー少年・若手選手の憧れはJリーグに向いている。そんなJリーグクラブと協業したグラスルーツのアプローチは、著名な欧州クラブとの契約とはまた違ったインパクトを残せているのだと思う。
◇佐々木 孝裕(ささき・たかひろ)
ミズノ株式会社 アスレティック事業部 コンペティションスポーツマーケティング部 次長。ミズノのフットボール事業におけるグローバルでのマーケティングを統括。タイをはじめとする東南アジアでのフットボール事業拡大に黎明期から携わる。現在ではフットボール以外のコンペティションスポーツのマーケティングも管轄する。
◇小山 恵(こやま・けい)
株式会社FAR&EAST 代表取締役。2012年、Jリーグのアジア戦略・海外事業の立ち上げから主要メンバーとして参画。アジア戦略黎明期から、Jリーグの東南アジアでの市場開拓をリード。2022年に株式会社FAR&EASTを創業、スポーツ団体・企業等の海外・アジアでの事業展開をサポート。JSPINアドバイザー(専門エリア:ASEAN)
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