118年の歴史を誇る日本の総合スポーツ用品メーカー、ミズノ株式会社は、2022年11月に総事業費約50億円をかけてイノベーションセンター「MIZUNO ENGINE」を設立。その発起人のひとりが、グローバル研究開発部部長を務める佐藤夏樹氏だ。
施設の誕生秘話から世界市場に向けた拠点としての知られざる機能まで、スポーツ庁による日本のスポーツ産業の国際展開を支援するプラットフォーム「JSPIN」事務局が聞いた。(初出=JSPIN)
創業者 水野利八の言葉「ええもんつくんなはれや」
ミズノ株式会社の創業者、水野利八氏が残した言葉「ええもんつくんなはれや」を体現するという「MIZUNO ENGINE」。大阪市住之江区のミズノ本社に隣接するその施設の中に一歩足を踏み入れると、スポーツが持つワクワク感であふれていた。
入り口付近には子どもたちも楽しめるボルダリング・クライミングウォールがひろがり、その隣にはスポーツ用義足を展示。施設内を進めば直線90メートルの陸上トラックや、甲子園と同じ成分を用いた土の投球マウンドが見えてくる。
屋外にはテニスコートや人工芝エリアも。ミズノは人工芝も開発しており、現在プロ野球球場においてシェア1位。取材当日は屋内エリアに人工芝のパッチを広げ、ソックスのズレを計測する現場にも立ち会った。高性能カメラも至る所に配置され、人工芝が受ける衝撃を精緻に計測にすることもできるという。
施設の奥へ進んでいくと、高性能カメラが10台以上設置された体育館も出現。数日前には年配の方を招待して計測を実施するなど、年齢と共に変化する体の動きに対応したウォーキングシューズ開発に取り組んでいた。
施設の床面には至るところにフォースプレート(床反力計)が埋め込まれており、力量も計測することができる。これをスポーツ用品だけでなく寝具の開発にまで活かしているという。関係者のみしか立ち入ることのできない奥のエリアへ進むと、ゴムのかたまりから靴底のラバーの型を作り、最後に熱して成形するところまで見学させてもらった。
施設全体は吹き抜け空間も多く、従業員がさまざまな実験を見ながら作業ができる。
「この施設のキーワードは当初から2つありました。一つは“はかる”“つくる”“ためす”の高速回転。もう一つは「オープンで化学反応」。これらをもとに、社会課題を解決するものづくりを行うということです」(佐藤氏)
「ミズノの次の100年」に向けた、研究開発の環境づくり
世界の数あるスポーツメーカーと競っていくためには、そのための環境が必要――。そんな問題意識からMIZUNO ENGINE設立への道が始まった。これまで同様の議論が行われたこともあったが、最終的に今回の起案が行われたのが2018年。その中心にいたのが、当時シューズの開発を担当していた佐藤氏だ。
「10〜15年前に導入された機器が老朽化し、ミズノの「次の100年」を描くには、既存の研究開発環境は限界に来ていました。長いスパンで考えた時に、当時の研究開発環境ではどう考えても限界があるのではないかと思っていました。競合他社も施設に大型投資をして、研究開発環境自体を進化させていた時期です。“ええもん”を作り続けるメーカーとして、ものづくりの力を改めて強化するためには、とにかく環境が必要だったのです」(佐藤氏)
社運をかけた一大プロジェクトは、情報漏洩を防ぐために限られた関係者だけで進められ、準備だけで約1年を要した。とはいえ、それは経営からの期待の裏返しでもある。
「経営トップから一貫して言われ続けていたのは、『次の100年を考えたら、次のミズノを担う中堅若手が主役になる施設にしたい。数十年に1回のプロジェクトなので、作っていくプロセスも中堅若手にやって欲しい』ということでした」(佐藤氏)
ニュースリリース発表で社内外に公表。オープンなプロジェクトに
プロジェクトの検討開始から約1年。まだ施設の設計図もない中ではあったが、2019年8月、新たな研究開発拠点の設立についてのニュースリリースを出した。社内外に公表することでインサイダー情報でなくしてしまい、若手・中堅を含め全ての社員に知らせ、経営トップが目指していた「中堅社員が中心となるプロジェクト」にすることを目指したのだ。
ニュースリリース発表の翌月には、全社員にそれぞれが思い描くイノベーションセンターの未来やMIZUNOの強み、らしさとは何なのかなどをアンケートで聞いた。
「熱い想いやコメントを集めたかったので、全て自由記述のアンケートにすることにしました。100件程度と予想していましたが、最終的には800件を超える回答が集まりました」(佐藤氏)
回答者は研究開発部門だけでなく、営業や事業部からも届いた。またグローバルで実施したため海外からも回答を集め、平均回答時間は30分以上にものぼったという。イノベーションセンターに望むこととして、「ミズノが夢のある企業だと証明してほしい」「1回の会議より10個の試作品を大切にしてほしい」「常識を変えるような画期的な製品を生み出してほしい」といった声も挙げられた。
その後、1回あたり30人程度の部門横断でのワークショップを複数回開催。有志を中心にあるべきイノベーションセンターの姿を探るプロジェクトは、最終的には350人を巻き込んだ、前向きで大きな取り組みとなっていった。
カルチャーを醸成し「ミズノらしさ」を生み出していく
施設にとって重要なネーミングも社内公募を経て、最終的には前述のワークショップ内で生まれたアイディアのひとつである「MIZUNO ENGINE」に決まった。次のミズノの成長の“原動力”になるエンジン。そしてミズノが社で一丸となるため、チームワークの象徴である“円陣”の意味も掛け合わせた。
総合スポーツ用品メーカーとして、シューズからアパレル、そのほか用具まで幅広く作るミズノ。競技人口を問わず、数多くの競技を取り扱うのも特徴だ。ものづくりを起点としたブランドであり、ものづくり精神がDNAに刻み込まれている。
佐藤氏はいう。「その“ものづくり”の力を、何段も引き上げるのがMIZUNO ENGINEの役割です。一人一人の研究開発をどのように交わらせるか。オープンなカルチャーをどう醸成し、化学反応によるイノベーションをどう起こすのか」
「ミズノは本気でスポーツの普及を考えています。今回のプロジェクトのワークショップを通して、スポーツとは『楽しく体を動かすこと』と定義して、スポーツ人口を増やし、みんなが楽しく体を動かす社会を作ろうと本気で考えているブランドなんです」(佐藤氏)
MIZUNO ENGINEでは、シューズの開発をしている隣でゴルフクラブを開発することができる。専門性の異なるメンバーが交わりながら、皆が同じ考えを共有し、目指す方向性を一致させ、進化させていく。(後編へ続く)
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