【事例】日本の「スイミングクラブ」を海外展開。水難事故の多いベトナムで

スイミングクラブ事業を手掛ける株式会社エスアンドエフは、2019年にベトナム子会社のS&F VIETNAMを設立し、日本式スイミングレッスンを普及させてきた。ベトナム進出のきっかけ、「泳力検定会」の展開、そして今後の展望まで、スクールビジネスの「海外展開」に必要な要素を同社海外事業担当 鮎澤貴孝氏に聞いた。(文=エスアンドエフ 海外事業担当 鮎澤貴孝、初出=JSPIN

ベトナム進出のきっかけは、コーチ人材のスカウト目的

スイミングクラブ事業を手掛ける株式会社エスアンドエフは、2019年8月にベトナムでスイミングクラブ運営のコンサルタントを担う子会社としてS&F VIETNAMを設立した。

また、ベトナムではスイミングクラブの運営に教育分野のライセンスが必要だが、外資系企業がライセンスを取得するのは困難だったため、新たにベトナム人を代表とするローカル会社としてFUJI SWIMMING CLUBを設立した。

現在S&F VIETNAMは、水泳のコンサルタント業務として、FUJI SWIMMING CLUB に日本式スイミングレッスンのやり方を伝えながら、ベトナムで日本水泳連盟の泳力検定会を開催している。今までにベトナムのハノイ市、ホーチミン市、ダナン市で5回開催し、延べ264名が検定に合格している。

ベトナムでのレッスン風景

当初の目的は日本での水泳コーチの人材確保だった。水泳を指導できる技術があれば、国籍などは関係ないと考えており、外国人の人材を水泳コーチとして日本に連れてくることができないかというのが始まりだ。海外に事業所を置くことも視野に入れ、初の海外進出となるかもしれないので、治安や文化、現地で日本語の話せる人材の確保のしやすさなどを考慮して、ベトナムでの視察をスタートした。

ベトナムの水泳環境を調査していく中で、ベトナムは水難事故が多いため、自分の身を守るために水泳を習うという意識は高く、多くの人が水泳技術の習得の必要性を感じていることが分かった。しかし、「身近な目標」がほとんどないため、十分な水泳技術を習得する前に辞めてしまう人が多いのが実状だった。

そこで、日本式の水泳レッスンと日本の水泳検定会を組み合わせることで、水泳を学習する目標を作ることができ、水泳の学習を継続できるようになるはずだと考えた。この時から、取組の目的が日本での水泳コーチの確保から、ベトナムの子ども達が一人でも多く泳げるようになってもらい、水の事故から子ども達を救いたいということに変わってきた。

泳力検定会の実施で、確実に泳げる力を証明

最初に日本水泳連盟の泳力検定会の開催を決めたきっかけは、ベトナムに水泳能力を判断する明確な基準がなかったからだ。多くの水泳コーチは組織に属さないフリーのコーチとして指導しており、指導技術や「泳げること」に対する基準がバラバラだった。

また、ベトナムでは中学生になるまでに水泳技術取得の認定証が必要となっているが、こちらにも明確な基準はなかった。十分な水泳技術を習得していなくても認定証を取得できてしまうケースや水泳学習の目的が水泳技術の取得ではなく、認定証の取得となっているケースもあった。

そのため、水泳学習をした子どもは認定証をもらって「泳げる」と思っていても、実際には水難事故を未然に防ぐ泳力を身につけられていなかったという可能性もあった。これでは本当の水泳普及には繋がらないと思い、検定会を実施することにした。

検定会の合否は泳法とタイムによる明確な検定基準と正確な泳力判定で決まる。検定会に合格する泳力があれば、水難事故を未然に防げる可能性は高くなるかもしれない。しかし、「泳げること」に対する基準が明確になっていないため、開催したとしても参加した多くの人が不合格になってしまうかもしれなかった。そこで、検定会の開催をしていく前に、水難事故を未然に防ぐための水泳技術を習得できる場を作ることにした。

日本のスイミングクラブで一般的な、進級テストによりステップアップできる水泳レッスンを元に、独自のプログラム作りと水泳コーチの育成など約1年の準備期間を経て、2020年8月にFuji Swimming Clubとして展開を開始した。そして、その3ヶ月後の11月にハノイ市で第一回目となる泳力検定会を開催した。この検定会では、日本人8名を含む25名(受験種目数は35種目)が受験をし、25名全員(合格種目数は29種目)が合格となった。

その後は、ホーチミン市やダナン市でも開催し、2023年9月にダナン市で開催した検定会では109名(内日本人2名)135種目の受験者数となり、このうち84名95種目が合格した。

これとは別に、ベトナムからすると当社は外国企業であるため、同じ業界からは敵視されてしまう可能性もある。ベトナムでの水泳普及を目指した水泳環境の整備、水泳コーチの育成を行うためには、同業種の人たちと友好な関係を築くことも必要であった。そのため、ベトナムの川で泳ぐローカルの大会に出場し、水泳の魅力や楽しさを伝えられるような発信を行っている。

ホン川の水泳大会に出場(筆者)

ベトナムならではの特徴

レッスン代の支払い方法

日本では習いごとに対する支払いは銀行口座の自動引落などが一般的だが、ベトナムにはこのシステムがない。そのため、レッスンに来なければ料金を払ってもらうことができないため、安定した集客ができるかは非常に重要な点になる。

しかし、水泳学習を継続しやすい環境を作ったとしても、ベトナムでは多くの人がバイクで移動をするため、雨が降るとレッスンに来ないなど、レッスンの参加などは天候に大きく左右されることもある。

水泳に関して

日本では当たり前となっている、水泳キャップの着用やプールに入る前にシャワーを浴びる、アクセサリーを外すなどの習慣はない。しかし、これらはプールを利用する人の安全面や衛生面の確保をするためにはとても必要なことであるため、何度も説明を行い、少しずつ理解を広めている状況である。

不動産トラブル

正式に契約を交わしても、その後に管理会社や所有会社のトラブル、法改正などにより、急にプールが使用できなくなってしまったことが今までに2回あった。スイミングクラブの場合は、代替プールの確保がかなり難しく、その地域は撤退という形を取るしかなかった。

日本では契約書を交わしていれば大きな問題にはならないかもしれないが、ベトナムでは不透明な部分もある。契約や提携をおこなう企業の調査はもちろん、常に代替案を用意しておく必要もある。

人材の流動

ベトナムでは転職=スキルアップという意識が強く、日本のように長く勤めると考えている人は少ないように感じる。そのため、採用しても1年ほどで辞めてしまうケースも少なくない。社内でスキルアップできる環境を作ることができれば、長期的に働いてくれる可能性が高くなり、人材育成もしやすいと考える。

今後の展望

ベトナムの水泳普及による水難事故の減少を目指し、水難事故防止につながる十分な水泳技術の習得をできる学習環境や水泳コーチの育成、目標となるような全国規模の統一された水泳能力の検定制度を広められるように努めていきたい。また、東南アジアの他の国でも同じように展開していくことを視野に入れ、現在調査を進めている。

日本での研修に参加するベトナム人スタッフ

最初の目的であった、日本での人材確保についても、再度視野に入ってきている。昨年は日本での10日間の研修に5名のベトナム人スタッフが参加した。今後も、日本での研修を継続し、日本で外国人が水泳コーチとして働ける道を切り開いていきたいと考えている。

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