「愛と平和と一生懸命」の証明に。V・ファーレン長崎、独自の平和活動:髙田春奈社長

長崎に原子爆弾が投下され、その後第二次世界大戦が終戦となってから75年。長崎に根を張るクラブとして、V・ファーレン長崎は平和祈念マッチや平和学習、各種団体との連携など、これまでにも増して平和活動を行います。V・ファーレン長崎の代表取締役社長 髙田春奈氏に手記をいただく本企画、今回はクラブの平和活動と自身の想いを綴っていただきました。

個人的平和への想い

長崎という街が、終戦直前の75年前に原爆を投下された場所だということは、多くの方がご存知のことと思います。私は長崎の北部、佐世保市で12歳まで育ちましたが、小学校では夏に必ず原爆について学び、「知識」というよりは「感覚」で、その恐ろしさを得て、今まで生きてきました。

終戦から75年経ち、戦争の記憶が薄れゆく今もなお、長崎の人にとっては平和について考えるのはごく当然のことで、多くの方が核戦争廃絶や平和への想いを広げようと活動をされています。私は長崎を出て暮らすようになって30年経ちましたが、学校での記憶が強烈だったようで、今もなお平和な社会を作ることに貢献することが、自分の生きるモチベーションの一つとなっています。

特に高校生の頃、神戸で阪神大震災に遭ってから、遠い地、遠い過去のような出来事も、自然があり人間がいれば起こりうるものということを身をもって感じるようになり、油断や無思考をなくそうと常に思うようになりました。

V・ファーレン長崎の平和活動

今年からV・ファーレン長崎の社長を務めることになってからもまず、頭に浮かんだのが平和活動でした。ジャパネットグループの傘下に入る前から、V・ファーレン長崎は平和活動を行っており、平和祈念ユニフォームの着用や折り鶴の寄贈など、長崎県に存在する組織の一員として、当たり前にその役割を果たしていました。

私がV・ファーレン長崎の運営や広報に関わるようになった2018年からは、一員として平和活動に参加させてもらい、サンフレッチェ広島との平和祈念マッチを開催したり、2019年には「愛と平和と一生懸命」というV・ファーレン長崎の平和へのかかわり方をコピーとして掲げたり、今までの取り組みを今に合わせて実行してきました。

昨年は6月に長崎で、8月には沖縄で、FC琉球と平和祈念マッチを行いました。原爆という繋がりがあり、比較的広島については考える機会が多かったものの、ここで琉球の方々と共に平和祈念マッチを実施することで、日本が経験した戦争の別の側面、すなわち、唯一の地上戦という壮絶な体験を受け継いでいる方々の想いを知ることができ、クラブにとっても、自身にとっても、大きな経験をさせてもらったと思っています。

長崎の一員として

国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館で献花を行う髙田社長と手倉森監督。画像提供=V・ファーレン長崎

今年は特に、他の組織との協力で実施することを増やし、より多くの方々に伝えていくことを試みました。終戦から75年という節目に、長崎市や各種団体は様々なイベントや企画を準備されていましたが、残念ながら新型コロナウイルス拡大の影響で中止や縮小したものも多く、私たちもどこまでできるかと心配しながら、できる限りの対策をとって実行してきました。

サポーターの皆さんと一緒にキャンドルを制作し、8月8日の平和の灯のイベントにはクラブマスコットのヴィヴィくんも参加させてもらい、V・ファーレンの想いも寄せさせていただきました。また選手達全員が参加しての家族・交流証言者 田平由布子さんの講話や慰霊者たちへの献花、アカデミーのメンバーは同世代のピースボランティアの方々とディスカッションをするなど、外部の皆様とともに平和について考えられるきっかけを得られたのは今年ならではです。

そこでV・ファーレン長崎が平和を発信する長崎の一員にあるという責任と同時に、その先頭に立ってその重要性を訴えていく使命を持っているという自覚を新たにすることができました。

平和活動をする方々はみんな「長崎を最後の被爆地にしたい」という共通の願いを持っています。それはなぜこの苦しみを経てもなお、「世界から核兵器がなくならないのか」という問いにつながります。当然その答えは簡単に導き出せるものではありません。しかし少なくとも、多様な人々を受け入れ、相手に対するリスペクトの気持ちを忘れずに生きていけば、争いは起こらないはずです。

多様な人の中には、争いを好む人も確かにいるかもしれません。しかし、誰もみな、大切な家族や仲間を持ち、その人を守りたい気持ちがあれば、その矛先は人を殺めるという方向には行きにくくなるのではないか、と考えます。

愛と平和と一生懸命

V・ファーレン長崎はアカデミーの選手も平和学習を実施。画像提供=V・ファーレン長崎

そうした時に、スポーツの力は大きいと思います。言葉や国を超えて、共通の身体的ルールの中で戦う。それに向かってそれぞれが日々努力し、チームワークを鍛えていく。オリンピックのようなトップレベルの大会はもちろんのこと、学生スポーツや、地域で行われる身近な大会も含め、そこには「一生懸命」が生み出す美しさがあります。

V・ファーレン長崎は2年前、J1からの降格を経験しました。そのとき、最後の最後の望みがなくなるまで、応援し続けてくれるファン、サポーターの存在がありました。プロである以上、勝つことは使命であり、それに甘んじていいわけではありません。しかし苦しい状況にあっても支えてくれる人たちの存在は、私たちの存在意義にもつながると思いました。

それはたとえどんな結果であろうが、頑張りをたたえる親と子のような、愛情関係にも似ていると思いました。つまり、一生懸命やるからこそ、みんなが応援してくれるし、愛があるからこそ、どんな状態でも支えてくれるのだということです。

勝負事はとてもシビアだと思います。試合をやれば、双方一生懸命やっていても、勝つチームは1チームだけで、負けたチームにもそのチームを愛する人たちがいるからです。勝つことだけが正義だという限り、負けてもいい存在が発生するということは、平和の理論に反します。だからこそ私は、「勝つ」ことよりも「一生懸命」やることに価値を置く仲間でありたいと思うのです。

しかし一方で「勝つ」ために最も重要なのは「一生懸命」だと思います。それは一心不乱とか、根性で乗り越えるということではなく、今目の前のことに集中し、その時になすべきことを理解して動くということです。自分がいいプレーをするためには、自分が最高のパフォーマンスを出せる状態にすることが重要で、相手を憎んだり蹴落としたりする行動や心の状態は、自分の心を揺らがせ、捉われることにもつながります。そして一生懸命やっていれば、多くの人が応援してくれて、それがまた力になる。強くなり、そして勝つための近道は、それしかないのではないでしょうか。

そして何より人を憎むよりも、同じサッカーという共通言語を通じて戦い、その後に称えあうほうが、いい生き方もできるはずです。V・ファーレン長崎の特徴の一つに「おもてなし」があります。アウェイからいらっしゃるお客様をお出迎えし、共にスタジアム周辺空間を楽しんで、ピッチ上では戦う。そしてその後はともにサッカーを愛する仲間として称えあい、長崎という街を楽しんでもらう。そういうファンサポーターの気質もまた、V・ファーレン長崎の一部であり、誇りでもあります。

勝つことの意味

私たちは長崎の一員として、平和を謳っていく使命を持っています。そのために「勝利」が必要です。一つは、多くの人にメッセージを届けるため。日本の多くの人がV・ファーレン長崎の存在を知れば、日本中に平和の価値を伝えることができるようになり、世界的なクラブになれば、さらにその範囲が広がります。サッカーは世界中の人々に愛されるスポーツです。大げさではなく、世界平和のメッセージを、より多くの人に届けるために強くなりたいと思います。そしてもう一つ勝利にこだわる理由は、「愛と平和と一生懸命」という価値を証明したいからでもあります。相手を蹴落とすのではなく、今に集中して正々道々と戦うことが、強くなるために、そしてよりよく生きるために大事だということも伝えたいのです。

核兵器がなくならない理由には、「持っていないと相手が攻撃してくるから」ということもあるでしょう。しかしローマ教皇も言われた「相互不信の連鎖」がある世の中で、私たちは先人たちの苦しみを語り継ぎ、正々道々戦う姿で、平和への願いを発信し続けたいと思います。

編集部より=独自のホームタウン活動、そして戦後75年を迎えての平和活動と、V・ファーレン長崎はクラブならではの方法で存在価値を証明し続けます。「愛と平和と一生懸命」。これをピッチ内外で発信するクラブから、今後も目が離せません。