クラブ再建から未来づくりまで。支えるフロント人材への取り組み:V・ファーレン長崎 髙田春奈社長

V・ファーレン長崎の代表取締役社長 髙田春奈氏に手記をご連載いただく本企画。クラブはシーズン開幕からその後の好発進までピッチ上に注目が集まりますが、それを支えるフロントの強化も目を見張ります。ジャパネットでも長く人事領域の担当を務めた髙田社長に伺います。

前回:「愛と平和と一生懸命」の証明に。V・ファーレン長崎、独自の平和活動

V・ファーレン長崎の再建

V・ファーレン長崎は2017年4月、経営不振に伴って、ジャパネットグループの傘下に入り、再建に向けてのスタートを切ることになりました。私はその時、ジャパネットホールディングスの人事・広報担当として、この案件に関わっていました。

人事担当として行ったことは、経営統合に伴う既存の社員の皆さんの処遇の決定、新組織スタートに当たっての人材の確保、就業規則をはじめとする様々なルールの適用など、多岐に渡りましたが、すべては「多様な人々が生き生きと働き、同じ目標を達成する組織の中で、成果を生み出せるようにする」環境を構築することに集約されると思います。

具体的にいうと、グループ化により、①既存のV・ファーレンで働いていた人、②新組織を作るにあたって採用された人、③ジャパネットグループから出向する人の3タイプの人たちが共に働くことになります。さらに時間がたてばそこに④社会人経験なく新卒で入社する人も加わります。

原則的にはジャパネットグループの傘下に入るので、ジャパネットの既存の各種制度をV・ファーレン長崎にも適用することになるわけですが、「朱に交われば赤くなる」などと簡単にはいきません。一人ひとりの心境の変化、これまでジャパネットにはなかった文化で培われた良さ、個人の特性など、様々な要素を考慮しなければいい組織ができるわけがないからです。

特に「プロサッカー(スポーツ)クラブ」という独特の業界における常識は、良くも悪くもジャパネットの考える人事戦略と異なることが多く、それを受け入れて統合させるには、想像以上の苦労がありましたし、今でもそれは存在しています。

ジャパネットとスポーツの世界

ジャパネットグループは長崎県佐世保市に本社を置く会社です。1986年にカメラ屋としてスタートし、少しずつ通販事業にシフトしていき、2012年からは東京オフィスに主幹部署を徐々に移し、今では福岡のコールセンター、愛知の物流センター、山梨の水製造工場など、多様な場所に多様な職種の人々が存在しています。私は2005年からジャパネットグループの人事業務に携わってきましたが、そこで大事にしてきたのは、いかに創業当時の良さを崩さずに、多くの人が共存し、力を発揮できる環境を作るかです。

それまでは、髙田明という社長がすべての社員と直接関わり、直接声をかけ、指導し、風土を構築してきた。そのおかげで常識外の、自社で制作して商品を紹介するという新しい形の通信販売の形ができました。しかし事業が拡大すれば、それだけ人は必要になり、その職種も多岐にわたる。

人事制度構築はそのための交通整理を行う共通のルール作りであり、私個人の言葉で言えば、「見えない他者への思いやり」のようなものだと思っています。人は見える人には優しくできるし、声を掛け合うことができます。しかしいったん離れた相手に対しては、たとえ同じ会社で働く仲間だとしても、配慮が欠けてしまったり、ちょっとしたことに悪意を感じてしまったりして、セクショナリズムや非効率を生み出していくと思います。そういったものをできるだけなくすよう仕組みでカバーするのが、各種制度だと思うのです。

一方でスポーツ界においては組織規模もさほど大きくないこともあり、目の前の人を大切にしたつながりが重要視されるように思います。会社全体の共通の目標に向かってそれぞれが声をかけあってカバーし合う。自分たちの置かれているポジション(例えば広報、営業、タウン担当など)をしっかりと守り、それぞれの機能で組織に貢献する。それはまるでサッカーそのもののようにも思えます。個の力を高め発揮することが求められる一方で、チームワークによっていくらでも成果が変容しうる。そこには夢もあるし、やりがいもある。私自身、サッカークラブで働くようになって、改めてその重要性を再認識しました。

言ってみれば、ジャパネットが目指すものは、その両方を可能にすることなのだと思いますが、もしかするとそれは創業当時のジャパネットの風土を残していくこととも繋がるのかもしれません。髙田明が立てなおしたV・ファーレン長崎の基盤を、私がいかに発展的に受け継いでいくのかが、求められているような気がします。

V・ファーレン長崎の現状とチャレンジ

V・ファーレン長崎は2019年12月に髙田春奈氏を新社長とする人事を発表した。画像提供 = V・ファーレン長崎

そんな中で、今のV・ファーレン長崎はどうなのか。現在のV・ファーレンには先に示した①~④のカテゴリーの人のうち、①の人(既存のV・ファーレンで働いていた人)はだいぶ少なくなってしまいました。多様な人が働き、力を発揮することが大事だ、とは言っても、その働く場所を選ぶのはその個人です。必ずしもここにいることが最も幸せなわけではないし、それぞれがそれぞれの生き方や個性にあった場所で働くことは大事なことだと思います。

ということは、少なくとも今ここで働く人は自分の意志でここで働くと決めた人たちなので、その思いを実現できる場所を作りたいと思っています。その時に大事なのは、このクラブが大事にしていることやこの会社が目指す方向性を、明確に示すことだと思います。現在の状況で言えば、「J1に昇格すること」「長崎の良さ、思いを世界へ発信すること」「長崎県民にサッカーを通してここに生きる喜びを提供すること」などがあげられるでしょう。

例えば営業担当には、応援してくれる仲間を増やし、その人たちにV・ファーレン長崎を応援してよかったと思ってもらえるようにすること、グッズ担当にはそれを身に着けることでその人を幸せにし、その輪を広げていくことの重要性を説いています。お金を稼ぐこと、試合に勝利すること、それそのものは目的ではなく、手段でしかありません。その先に何を目指しているのかを示していく必要があります。そしてそれに共感した人こそが、本当に生き生きと働くことができるはずだと思います。

また同時に、ジャパネットグループが考える人事の意味も理解してもらうことも大切です。しっかり休むためには効率よく仕事をする必要があり、そのためには仕事に工夫が必要です。頑張ったことを評価してもらうためには、評価制度に沿ってその成果を示さなければならないし、より高いレベルの仕事をしたいと思ったら、教育制度を活用して自分を磨かなければならない。

すべての制度には目的があり、それを実行しようとすればやはり努力も必要です。ルールを守ることは思いの外苦労も伴うのですが、それが自然と受け入れられるように、その負担を軽減する仕組みを考えたり、その制度の価値を示したりすることも、人事や経営者の役割だと言えるでしょう。

求められる人材像

それでは、どんな人材を求めているのか。私が最も大事だと思うのは、環境に依存しすぎず、その環境を作ることに自ら参画できる人ではないかと思っています。先に書いたように、そこで働くということは自らの意志で決めたことです。限られた人生の時間で、どこで働くかはとても重要な問題です。お金を重視するのか、人を重視するのか、環境を重視するのか。自分の人生を彩るために考えてそこに身を置かねば、自分にとっても相手にとっても失礼なことだと考えます。

採用とはお見合いのようなもので、選ぶ側が偉いわけでも、入る側が偉いわけでもない、それぞれが大事にしているものがマッチして、そこで働くことになるわけです。だからそこを選んだ限りは、そのルールに従うべきなのですが、その時に諦めや我慢ではなく、自分もその組織を作る一端であることを認識し、影響を与えようとすることが大事だと思います。

それはすごく大きいことではなく、例えば指示されたことに対して「それはどういうことですか?」と質問をすること、オフィスに落ちているごみを自ら拾うこと、いいと思ったアイデアを発案すること、元気がない人に声をかけること、そういったことでいいのだと思います。

そういう空気づくりに参加できる人はとても素敵だと思います。会社なんて永遠なものではありません。環境に依存して、変わることを諦めてしまったり、ただ文句を言ったりしていても、そうしている人が多数いる限りは、いくらでも簡単に潰れてしまう可能性を持つものだと、経営する立場としては思います。

V・ファーレン長崎に来て思うことは、クラブを作る主体が社員だけではないということです。選手やスタッフはもちろんのこと、ファン・サポーター、スポンサー企業、自治体の皆様、多くのステークホルダーが内側に入って同じ目標に向かっている。だからこそ、その心強さを感じながら、その最も中心にいる社員たちの担う責務の大きさを楽しんで、共に影響し合えるチームであれたらと思います。

編集部より=多くのステークホルダーとクラブを共に作り、日本と世界にメッセージを発信していく。髙田社長はこれまでの手記を通して、一貫してこうビジョンを示し続けます。勝利と経営は両輪とも言えますが、その「動力」で何に向かって進んでいくべきか、多くのプロスポーツチームにとって参考になるかもしれません。


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