J再開、「最高のシーズン」へ。V・ファーレン長崎のこれからのクラブ経営【髙田春奈社長】

V・ファーレン長崎の代表取締役社長 髙田春奈氏に連載いただく本企画。海外だけでなく、いよいよ国内スポーツの再開が始まったこの6月は、コロナ禍を経験した上で「withコロナ」時代のプロスポーツクラブ経営について手記をいただきます。4月に開催された『HALF TIMEカンファレンス2020 Vol.1』でも登壇いただき、大いに語られた本テーマ。髙田社長は、どのように今後のクラブ経営を見据えているのでしょうか?

Jリーグクラブの経営

J2リーグは6月27日(土)から無観客での試合が再開されることとなりました。中断期間はおよそ4か月。各クラブはイレギュラーなシーズンの中で、選手たちのコンディション維持ばかりでなく、経営の目処を立てることにも一生懸命の日々を過ごしています。

Jリーグのクラブの収入は、広告料収入(スポンサー収入)、入場料収入(チケット収入)、放映権をはじめとする配分金、物販収入などがメインとなりますが、試合の中断や無観客開催により入場料収入が得られる見込みがないばかりでなく、すでにご購入いただいている年間シートをどう扱うべきか、もし試合が実施できなかった場合スポンサー様の権利はどこまで履行できたとみなせるのか、コロナ対策に関わる出費はどこが補填するのかなど、初めての事態に議論は尽きません。

スポーツクラブにとって夢や希望や社会貢献がいくら大切だと言っても、企業として存続し、そこに所属する選手や社員の生活を守らなければ、何も成し得ないからです。

各社の経営形態は、単独で営業しているところもあれば、上場企業が母体となって出資しているもの、親会社が直接運営しているものなど様々です。小規模クラブと親会社があるクラブの違いとして目先のお金への余裕の有無はあるかもしれませんが、後者の場合ではうまくいかなかったときのリスク規模も大きくなりますし、フットワークが重くなることもあり、必ずしもどちらがいいというものではないと思います。

ジャパネットグループの使命

V・ファーレン長崎は、2017年に経営難に陥り、メインスポンサーを長年務めていたジャパネットグループの傘下に入りました。単に追加支援をするのではなく、株式を100%買い取り、経営を行うことに決めたのは、V・ファーレン長崎を単体でビジネスの成り立つ企業に立て直し、県民の皆さんとともに社会にメッセージを発信できる組織にしたいという覚悟があったからです。

その後、長崎駅近くの土地が出たことに伴い、スタジアム建設計画を立て、本気で世界に通用するクラブ作りをスタートすることになりました。よくお金がある企業と思われているようですが、全くそうではありません。企業が社会貢献するというとき、収益を上げて税金を納めたり、収益をもとにCSR活動を行う方法がありますが、V・ファーレン長崎はジャパネットグループにとって、CSRの実行体ではありません。

ジャパネットでは2019年にはリージョナルクリエーション長崎という企業を設立し、スポーツ地域創生事業を通販事業と並ぶグループのもう一つの事業の柱に掲げています。今はまだ通販事業からの過度な支援なしに事業を成り立たせることはできていませんが、スポーツや地域の活性化そのものが、経済そのものを回していくことになるという信念をもって、投資している時期と考えています。

もちろんジャパネット自体、長崎の企業として長年メインスポンサーを務め、これからも支援していくこと自体は変わりません。しかしそれ以上の支援を継続していては、V・ファーレン長崎の活動も、長崎の地域創生も、ジャパネットへの依存状態になってしまう。そこから脱却すること、すなわち、スポーツ地域創生事業を単独の事業として成り立たせることが、本当の意味での社会貢献になるのだと考えています。そのためにも、社会に対するビジョンを共有し、多くのステークホルダーの力を結集するべく、クラブ運営していくことが求められているのです。

経営をする上で大事にしていること

J2開幕は6月27日。髙田氏もトレーニンググラウンドを見つめる。画像提供=V・ファーレン長崎

私自身が会社を経営する中で大事にしていることは、感覚に基づいた理論です。経営をする上で追うべきKPIはいくつかありますが、その目標値を決める際には、昨年対比やベンチマークする企業の規模よりも、理論上の可能性を想像するようにしています。

例えば入場者数の平均が昨年は7,000人だったけど、今年は10%増を目指しますという時、10%という数字にはどんな裏付けがあるのでしょうか。それよりは、来ているお客様のペルソナを想定し、理論上来てもいいはずの若者が来ていない、だから長崎の20代にアプローチすればあと700人は増やせます、といったほうがよほど納得できます。数字の中身は人であり、人には気持ちや生活がある。それらをどこまで想像できるかが重要だと思っています。

営業においても同様です。スポンサー企業と向き合う際は、自身がスポンサーであった場合に、どこまでのお金をこのクラブに投資できるかをイメージします。長崎にはどんな企業があって、それぞれの収益規模に対してどれだけのお金を幣クラブに投資してくださるかをイメージし、自分たちの目指す目標値との乖離があれば、組むべき相手は県外にあるのかもしれないと考えます。

そのためにも地元経済への関心は欠かせません。クラブ規模が大きくなっていくと、主要スポンサーを県内企業で固めることは難しくなる。しかしそれは長崎から離れるということとは違います。関わる価値は金額の多寡では測れないし、他者と結びつく理由は土地や血だけではないからです。

私は長崎というクラブを、単に長崎県民に愛されるクラブではなく、長崎が大事にしている平和という理念を共有できる人たちと繋がることのできるクラブにしたいと考えています。それはすなわち、理屈で言えば全世界の人が対象になりうるということです。そして長崎にいる人たちは、その使命を一緒に全うする仲間であると思っています。

V・ファーレン長崎に関わる各ステークホルダーがそれぞれの形でクラブに愛情を注ぎ、支えてもらうことで、きっとこのクラブは成長すると思うし、社会に貢献できる存在になれるのだと思うのです。

コロナ後の舵取りは変わるのか

今は少しずつ自粛も解除され、withコロナの時代ともいわれています。経済の不活性も叫ばれ、これが続けば企業も個人もスポーツや文化にお金を割く割合が減っていくことも想像できます。

しかし人はご飯や睡眠だけで生きているわけではありません。スポーツや文化などに心を動かされ、それが生きがいになることもある。それはどこまでサッカーあるいはV・ファーレン長崎というクラブが、人にとって欠かせない存在となっているか、文化として根付いているかが試されるということでもあります。実際のところまだ胸を張って大丈夫だと言える自信はありません。しかしそうなるように少しずつ努力し続けることだけは止めてはならないと思っています。

そのためにも、目先の営業や物販ばかりでなく、その先にある理念の共有や社会連携を大切にしたいと考えています。今回の騒動によって、日常のある平和への感謝の思いを多くの人が強くしました。今こそ、V・ファーレン長崎がその求心となり、その気持ちを多くの人と共有したいのです。長崎が平和にこだわるのは、不仲の先にある戦争が、最も重要なものを奪ってしまうという事実を、身をもって体験しているからです。それは災害や疾病とは異なり、自分たちの意思と行動によって起こしている、最も愚かな行為です。

基本的にはこれからも経営において大事にしていくものは変わらないと思いますが、人と人との繋がりはより大事になっていくのではないかと思います。本当の意味で人々の人生に欠かせないものになるためには、テクニックや戦略といったものではなく、本気で誠実に人と向き合うことであり、それは人として生きる根幹にあるもので、伝播していくものだと思うからです。利益を追い求めるべき企業も人がそれを構成している限り、そして人のために存在する限り、当然に最も大事にしなければならないことは同じだと思います。

いよいよリーグ戦が再開します。全クラブが全力で戦う以上、勝敗には運も付きまといますが、目の前のことに誠実に一生懸命力を注ぎ、多くの人たちと力を合わせて、最高のシーズンにしたいと思います。

編集部より=J2リーグがいよいよ6月27日(土)に再開。無観客試合からとはいえ、V・ファーレン長崎のシーズンが再び始まります。勝敗だけでなく、クラブがビジョンを掲げ、社会と共有していく機運が一層高まるでしょう。withコロナ時代のプロスポーツクラブのあり方を、HALF TIMEでは引き続き紹介していきます。


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