Jリーグ中断。「サッカーのない日常」:V・ファーレン長崎 髙田春奈社長

V・ファーレン長崎代表取締役社長 髙田春奈氏に手記を連載いただく本企画。今回はコロナ禍でリーグの中断が余儀なくされ、サッカーの試合・観戦がないことが「日常」となってしまった現在を振り返り、この置かれた状況と想いについて語ります。

サッカーのない日常

まず、新型コロナウイルスに苦しまれている皆様に心よりお見舞い申し上げます。またその対策に従事されている関係者の皆様、医療関係者の皆様、日常の生活を保つために働かれている皆様に感謝いたします。

思えば2月23日の開幕戦こそ無事試合は実施できましたが、マスクやアルコールなどの対応を行った上で厳戒態勢での開催でした。その翌日、緊急のJリーグクラブ代表によるWEB会議が実施され、3試合の延期が決まり、その後、世界情勢が変化していく中で、さらに延期される期間が延びました。4月上旬現在は「白紙」という状態の中、各クラブができることを模索しています。何もかも「普通」にはできない、「正解」がない、まさに緊急事態にあるといえます。

そんな状況の中で、多くの人がスポーツのある日常のありがたさを感じています。私自身も同様です。最初の延期決定の際は、最低限の準備をしつつも、開幕に向けて間に合わなかった諸々の準備をする時間だと思って、ポジティブに受け止めていました。

しかしそれがいつ再開されるのかわからないという状況に変化していったとき、自分でも気づかないうちに閉塞感に苛まれ、鬱々とした気持ちになっていきました。暗くなっていく理由を考えていくと、単に楽しみが先延ばしになっていることだけではないということにも気づきました。それは、私たちサッカークラブにとって、「高みを目指してサッカーをすること」は、アイデンティティそのものであり、それが奪われたような気持ちがあるから辛いのだということです。

Jリーグクラブの使命は、一企業体として「コンテンツとしてのサッカーを提供し、その見返りとして収益を得ること」であり、同時に、公共性の高い組織体として「勝利に向かって戦う姿を通して、世の中に夢や希望を与え、活性化に寄与すること」でもあります。しかしどんな目標や使命があったとしても、「サッカー」がなければ成しえないものであり、それが一時的にでも奪われ、出口の見えないトンネルの中にいる今、いくら未来に向けてできることをやっていようとも、不安に襲われるのは当然のことのように思えます。

このことは社会全体、あるいは一人ひとりの個人の問題で見ても同様ではないかと思います。生命にかかわる「不要不急ではないこと」以外の出来事が奪われたとき、人はそのアイデンティティをどう保つのか、という問題です。生命という一番守るべき対象を理由に、生きがいとしての趣味や仕事を中断することを余儀なくされたとき、それでも生きる意味は何かを考えるきっかけに、現在の状況がなっているのではないでしょうか。それはおそらく、漠然とした不安に苛まれている人たちの根底にも、知らない間に存在しているのではないかと思います。

私たちは偶然を受け入れて生きている

V Varen Nagasaki
トレーニンググラウンドで報道陣への対応を行う髙田氏。写真提供=V・ファーレン長崎

ただ、一方で私たちは偶然性の中に生きています。今回は世界全体を襲った未曾有の出来事ではありますが、個人や地域、国家レベルでの災害や事件は日々起こりうることであり、残念ながらそれは人が生きる限り避けられません。

例えば私は高校生の頃、神戸で震災を経験しましたが、揺れている最中、暗闇の中で、本当に自分の身にもこんなことが起こるのだという事実に愕然としました。大きな災害でなくとも、局地的に見舞う自然災害や事件などにより、大切な人を失ったり、住む家を失ったり、どこにぶつけていいのかわからない怒りや不安が生まれる体験をされたことがある方も多くいらっしゃると思います。本当に悔しいし、悲しいことです。でも、それでもまた私たちは今日を生きています。

すべてを失ったからといって生きる意味までも失うわけではなく、むしろそれによって日頃大切にしているものに気づき、復興に向けて手を取り合って、乗り越えて、強くなって、今があります。そう考えると、今は見えないトンネルの中にいるようだけれども、必ずいつかそれが終わる時がくるし、その日が来るように光を求めて生きていくことも、人生の一部なのだと思います。

今だからできること

今回のような出来事が起こると、初動が悪かったのではないか、対策が間違っているのではないかなど、問題点を突き止めようとする動きもあります。起こってしまったことを振り返るのは、再発防止のためには役に立つし、とても大事なことだと思います。でもただ責任だけを追及して、手を取り合うことを拒否しては一向に前には進みません。自分が周りに支えられて生きている、という当たり前のことに気づかされたのもの今だからこそ、です。

「家にいる」ことを楽しめるコンテンツを提供するアーティストに励まされたり、本業とは異なる商品開発で貢献しようとする企業に救われたり、今の状況を受け入れ、今だからこそできることを知恵で乗り越える人間の可能性に、驚かされます。たとえ大きなことができないとしても、ただ外出を控えるとか、頑張ってくれている人を労うとか、それだけのことが誰かを救っています。そしてこの事態によって、手を洗うことの重要性に気づけたり、家族と顔を合わせることの大切さに気づいたり、新しい本や映画に啓発を受けたりと、得られることも多いと感じます。

サッカーにおいても同様です。それは自分たちクラブ関係者だけではできなくて、ファンやサポーターの皆さんも含めた当事者が一緒に実施して初めて可能になることだと改めて思います。SNS上では選手やクラブだけでなく、ファンやサポーターの皆さんから、みんなが楽しめる呼びかけがなされています。

もし今後リーグ戦が再開できたとしても、観戦方法は不便を余儀なくされると思います。大声を出せない観戦方式では、今までと同じような気持ちにはならないかもしれない。旅行も含めたアウェイ観戦を楽しみにしている人にとっては長距離移動の自粛は楽しさが半減するかもしれない。それでもそんな不自由が、サッカーのある日常のありがたさを気づかせてくれて、自分たちで作り上げる特殊なJリーグを生み出すきっかけにもなるのだと思います。

長崎だからできること

J2リーグは第1節終了後から中断を継続している。写真提供=V・ファーレン長崎

V・ファーレン長崎ではこの中断期間中、ホームタウン活動を推進するスタッフたちで、改めて長崎だからこそできる社会連携について考えています。例えば1991年の雲仙普賢岳の噴火からもうすぐ30年を迎えようとしている今、防災教育を再考しようという自治体の動きを調べてV・ファーレン長崎としてできることを考えたり、毎年行っている平和活動について世界に発信する準備をし始めたり…。

当たり前の日常の中でつい忘れがちになる風化してはならない記憶が長崎にもたくさんあるのです。自分たちの隣人があんなに苦しい思いをしてきたのに、油断したり、過ちを繰り返したり、そんな時、人間の弱さを露呈します。

今のように閉塞感のある日常の中でも、長崎の海は相変わらず綺麗で、桜は美しく咲いて散っていきました。ウイルスの脅威は目に見えないため、その風景は奪われませんでしたが、災害や戦争が起これば、そんな日常さえも失われることもある。こんな時にこそ肝に銘じて、今自分たちにとって本当に大切なことを考える時期だと思います。

サッカーを通して皆さんに元気を与えることが日常ならば、非日常な今こそ、日常への感謝とそこに潜む油断への反省の念を抱きたい。そしてV・ファーレン長崎が少しでもその役割を担えるよう、今できることを考え続けていきたいと思います。

編集部より=Jリーグは再開を模索しながらも、現在は一旦白紙に。まずは一刻も早く、社会全体でコロナ禍の収束が願われます。髙田春奈氏には、次回、新年度に合わせ「キャリアを育む」をテーマに綴っていただきます。混乱する社会情勢で就職や転職に影響を受ける方々も少なくない中、中長期のキャリアについて考えます。

また髙田氏には、4月28日(火)にオンラインでの開催されるスポーツビジネス・カンファレンス『HALF TIMEカンファレンス2020』へも登壇いただきます。こちらでは困難に直面しながらも前進するクラブ経営について伺う予定です。

(TOP画像提供=V・ファーレン長崎)


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