現在、欧州のスポーツビジネス界において「女子サッカー」が大きな注目を集めている。競技の普及や男女平等の活動といった枠を超えて、ビジネスとして大きなポテンシャルを示してきている。
スポーツビジネス領域においてコンサルティングや自主事業を幅広く手掛け、昨年からはスペインの4-Football社と連携し、世界的に事業展開を行うSKYLIGHT Sportsが、本連載を通じ女子サッカーのビジネスの可能性を考察していく。
第1回は「観客動員」の観点から、今、欧州の女子サッカー界で起きていることを見ていきたい。(文=スカイライト コンサルティング株式会社プロデューサー、4-Football Director of Asia Pacific 栗原 寛)
9万人を超える観客が、女子サッカーの試合に熱狂
2021-2022シーズンの欧州における観客動員数のベスト3は、イングランド代表対ドイツ代表の8万7,192人、FCバルセロナ対レアル・マドリードの9万1,553人、FCバルセロナ対ヴォルフスブルクの9万1,648人だった。
これを聞くと多くの人が男子のサッカーを思い浮かべるかもしれないが、これはすべて女子サッカーの試合である。このシーズンは男女通じての観客動員数ベスト3の試合は、すべて女子サッカーの試合であった。欧州では新型コロナウイルスの感染が落ち着き、スタジアムに観客が戻ってきたこの2年ほどで一気に女子サッカーの人気が高まってきている。
この背景には2つの側面がある。1つは社会的な側面である。近年、男女平等やダイバーシティの重要性が以前にも増して語られるようになった。長年サッカー界でも厳しい立場に置かれていた女子サッカーに関しても、こうした社会的な側面から、政府や連盟などからの支援の体制が見直されてきた。
もう1つはビジネス的な側面である。欧州の男子サッカー市場はここ30年間で大きな成長を遂げてきたが、ここ数年成長の鈍化が感じられる。欧州のサッカービジネスシーンをこれまでリードしてきたイングランドのプレミアリーグも、放映権の契約金額の増加ペースが落ちてきている。観客動員数も各国トップリーグでは満員に近い状態が続いているため、入場料収入も今後の大きな伸びが期待できない。
一方で女子サッカーは未開拓の領域が多くあり、大きな成長ポテンシャルを持っている。この2つの側面が合わさって、冒頭にふれたような大きなうねりにつながっている。この波はヨーロッパだけでなく、今後他の大陸にも波及していくだろう。
FIFAの女子サッカー最高責任者のサライ・ベアマンも「女子サッカーの未来は素晴らしいものになるという楽観的な気持ちでいっぱいだ」という言葉を残しており、今後のさらなる成長に大きな自信を持っている。
2023FIFA女子ワールドカップの後に続く大きな成功
昨年は4年に一度の女子ワールドカップがニュージーランドとオーストラリアで開催され、大きな成功を収めた。この2023 FIFA 女子ワールドカップでは、平均試合入場者数が 3万904人で、前回大会と比べて約42パーセント増加した。大会を通じた総観客数は200万人近くに達した。
そして、その勢いをそのままに、世界ではさらに女子サッカーへの人気が高まっている。欧州ではもはや一時のブームではなく、人気が定着している感じすらする。
イングランドで2023年12月1日行われたイングランド代表とオランダ代表の試合は、平日の夜にも関わらず、ウェンブリー・スタジアムに7万1,632人の観客が駆け付けた。オリンピックの出場をかけたビッグマッチではあったが、それでも12月の寒いロンドンの平日ナイターで「7万人越え」は興行面では大成功と言っていい。
また代表の試合だけでなく、自国のリーグも盛り上がっている。2023年11月19日にはオールド・トラッフォードでマンチェスターダービーが開催された。日本代表の長谷川唯選手がマンチェスター・シティ・ウィメンズFCの一員としてプレーしたこの試合には、マンチェスター・ユナイテッドの女子チームのホーム試合で最高記録となる4万3,615人の観衆が集まった。クラブ同士の対戦ではスペインでも2023年11月18日に行われたFCバルセロナ・フェメニとレアルマドリード・フェメニーノの試合で、3万8,717人の観客を動員した。
気が付いた方もいるかもしれないが、この2試合は同じ週末に行われている。これは単なる偶然ではない。リーグは意図的にこの週末に、ビッグマッチを設定している。
なぜならばこの週末は男子のインターナショナルマッチウィークであり、週末に自国のトップリーグの試合がないからである。サッカー観戦を求めているサッカーファンにリーチするため、あえてこの週にビッグクラブ同士の試合をリーグが設定し、多くの観衆を集めることに成功している。
欧州と日本の間にある「違い」と、欧州における成長の要因
これまで見てきたように欧州では近年、観客動員数の観点で大きな成果を上げている。ここで日本の現状の立ち位置を把握するために、イングランドをひとつのベンチマークとして比較し、両国の間にある違いと、それを生み出している要因についてみていきたい。
欧州と日本の差と、それを生み出している「違い」
イングランドと日本の国内トップリーグの平均観客動員数を比較すると、5年前はほぼ同じ――むしろ日本の方が若干多い動員数であったにも関わらず、昨年は3倍ほどの開きがある。
イングランドは昨シーズン、年間を通しての平均観客動員数が5,000人を突破。2021年に立てた3ヵ年計画で2024年に平均観客動員数6,000人という目標を掲げ、そこに向かい着実に成長してきている。一方、WEリーグは初年度に平均観客動員数5,000人を目標に掲げて発足したが、これまでの実績はそれを下回っている。
試合ごとの実績を詳しく見ていくと、両国の間に明確な違いがあることに気が付く。それは、1万人以上を動員した試合数の差である。
日本が1試合もない一方で、イングランドは9試合が1万人以上。そしてこの9試合全体で合計31万人以上、平均にして約3万5千人を動員している。このことが全体の平均観客動員数を大きく押し上げている。実際にイングランドも9割近くの試合で動員数が5,000人以下となっている。
日本はWEリーグ初年度(21-22シーズン)にINAC神戸が国立競技場でホームゲームを開催し、そこで1万人以上を動員する成果を上げたが、それ以外の試合で観客動員数が1万人を超えた試合は、上記の表にもある22-23シーズンも含めていまだ存在しない。
最もイングランドのFAWSLのチームはほとんどがプレミアリーグに男子チームを持ち、大きなスタジアムとファンベースを持つため、日本とは簡単に比較ができない。ただ、日本は女子サッカーの歴史も長く、代表チームも世界大会で結果を残していることから、1万人以上の集客を年に数回行うポテンシャルは大いにある。
年間10試合ほどあるホームゲーム全てで多くの観客を集めることはまだ難しいかもしれないが、人気クラブ同士の対戦や、男子チームを持つクラブの試合など、年間に数試合ほど多くの動員を記録するポテンシャルは十分にあると考える。
戦略的なマッチメイクで既存ファンに浸透
イングランドの戦略は、先にも述べたように集客が見込める試合を男子の試合がない週に設定し、そこで平均観客動員数を底上げする動員を稼ぐというものである。
普段男子のサッカーを見ている層が見やすい日程にビッグマッチやダービーマッチを開催することで、既存のサッカーファンへのアプローチを図っている。戦略的な日程策定をリーグが行い、クラブはその週に向けてプロモーションのリソースを集中投下する。リーグとクラブの両輪が機能し、観客動員数を伸ばしている。
女子サッカーをスタジアムで観戦すると、「期待していたよりも面白かった」と答える人が少なくない。では重要なことは、まずはスタジアムに一度来てもらうことである。欧州ではビッグマッチを繰り返しながら、それ以外の平均観客動員数も徐々に増やしていっている。
独自の価値で新たなファン層も開拓
欧州の女子サッカーは既存のサッカーファンだけでなく、その独自の価値で新たなファン層も開拓している。
男子サッカーは近年、選手のアスリート化が進み、プレーのスピードや強度が上がってきている。それゆえにスリリングな展開が楽しめるようになった一方、テクニックやイマジネーションあふれるプレーを楽しめるシーンが少なくなっているとも言われている。一方で女子サッカーはフィジカル面で劣る一方で、技術や創造性、チームワークといった点で、観戦が楽しみやすいといった声をよく聞く。
スタジアムの雰囲気も殺伐としたものではなく、とてもフレンドリーだ。選手のプレーがクリーンだという事もあるが、スタンドからの野次やブーイングは男子サッカーに比べ格段に少ない。さらにチケット価格の高騰が著しい男子サッカーに比べ、比較的リーズナブルなものであることも女子サッカーの人気につながっている。
こうした女子サッカーの独自の価値が、欧州では若い世代やファミリー層といった男子サッカーのファン層としては比較的多くなかった新たな層を惹きつけている。
女子サッカーはクラブにとって成長戦略の一環
企業の成長戦略を考えるフレームワークの一つにアンゾフのマトリックスというものがある。これは製品と市場の2軸を既存と新規で分けて考えるフレームワークである。
これまで欧州のビッグクラブは既存市場への浸透策としてスタジアムの改修・増築や、試合数の増大というアプローチをとってきた(第1象限) 。また、既存製品の新規市場開拓として、海外戦略を行い海外のファンも獲得してきた。(第2象限) 。ただ冒頭で述べた通り、その成長スピードは以前より落ちてきている。
そこに更なる成長戦略として、近年「女子サッカー」という新規製品に投資し、ビッグマッチを男子の試合とずらして開催し、既存ファンにアプローチするとともに(第3象限)、女子サッカーの持つフレンドリーさやクリーンさという価値を訴求することで、若い世代やファミリー層といった新たな顧客セグメントの開拓にもつながっている (第4象限) 。
ここで重要なことは女子サッカーが男子サッカーとは異なる提供価値を持った、異なる製品であるということである。
競技的な側面でみれば同じサッカーではあるが、ビジネス的な側面でみれば違った魅力を持った異なる製品である。そしてその価値を戦略的に既存ファン・新規ファンそれぞれに訴求することで観客動員数も着実に増やしてきている。
事業拡大と競技力向上という好循環
本記事内で事例として取り上げた欧州の2か国、イングランドとスペインは昨年行われた2023 FIFA女子ワールドカップの決勝で対戦した。両国とも女子ワールドカップ史上初めての決勝であった。代表チームの成功は長年にわたる普及や育成の取り組みの成果によるところが大きいが、自国リーグの発展も間違いなく寄与しているだろう。
イングランドは87.0%、スペインは91.3%の選手が自国でプレーしていた選手であった。大観衆のもとでプレーをした経験や、プロ選手として日々の環境が良くなったことは、代表チームの強化に大きくつながっていると想定される。
実際にマンチェスター・シティ・ウィメンズFCでプレーする長谷川唯選手も、昨年6月に東京で当社が主催した『Women’s Football Industry Conference 2023』にて、4万人以上の大観衆のもとでプレーした経験を振り返り、「男子が普段使っている大きなスタジアムに、多くの観客が詰めかけてくれて感動した。また自分自身もモチベーションが上がり、楽しくプレーできた」と語っていた。
観客動員数の増加は入場料収入の増加のみならず、スポンサー収入や放映権収入の増加に影響を与える重要な指標である。それと同時に、プロダクトそのものである試合のクオリティ向上にも直結する。欧州の女子サッカー界では、事業拡大と競技力向上という好循環が生まれ始めている。
2022年にUEFAが発表した試算では、欧州における女子サッカー市場は10年間で6倍の1億3,500万ユーロになるとされている。観客動員の記録が伸びてきており、競技力も向上してきている今の欧州女子サッカーを見ると、これを達成するポテンシャルは十分にあると言えるだろう。
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SKYLIGHT Sportsによるコラムの〈次回〉は、女子サッカーにおけるスポンサーシップについて解説していく。
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