本コラムではこれまで3回にわたり、欧州の女子サッカービジネスについて「観客動員数」、「スポンサーシップ」、「放映権」それぞれについて取り上げてきたが、最終回となる第4回は、今シーズンの欧州女子サッカーを締めくくるUEFA女子チャンピオンズリーグ(欧州女子CL)決勝戦を通じて、いかにして欧州の女子サッカービジネスが発展してきたか、その裏にある戦略とエコシステムついて考察していく。(文=スカイライト コンサルティング株式会社プロデューサー、4-Football Director of Asia Pacific 栗原 寛)
欧州女子サッカー界の今を象徴する決勝戦
2024年5月25日にスペインのビルバオで開催されたUEFA女子チャンピオンズリーグの決勝戦は、今の欧州の女子サッカーの盛り上がりを象徴するような試合であった。段階的に販売されたチケットは毎回1時間以内には完売となり、当日のスタジアムは満員の観客で埋まった。この試合の観客動員数は決勝戦としては過去最多の5万827人を記録した。
決勝戦に進出したのは昨シーズンの優勝チームであるFCバルセロナと、これまで最多8度の優勝を誇るオリンピック・リヨン。実績十分の2クラブによる決勝戦は試合前から大きな注目を集めた。
試合はスペイン開催ということもあり、会場に詰め掛けた多くのサポーターの後押しを受けたFCバルセロナが2-0で勝利した。昨シーズンのUEFA女子年間最優秀選手賞を受賞したアイタナ選手が先制点を獲得し、アディショナルタイムには同賞を20-21シーズンと21-22シーズンに2年連続して受賞したアレクシア選手が追加点を挙げた。活躍が期待された選手の得点による勝利という事もあり、試合は大いに盛り上がった。
UEFAは戦略的に女子サッカーの普及・振興に取り組んできたが、このUEFA女子チャンピオンズリーグがどのように発展してきたかを考察していきたい。
女子サッカー市場を拡大するためのエコシステム
UEFA女子チャンピオンズリーグの取り組みを分析すると、各ステークホルダーと有機的に連携し、女子サッカー市場の拡大に向けた活動が行われていることがわかる。多くの人が注目する試合を創り出し、欧州女子サッカーのショーケースとして機能させると同時に、UEFAがハブとなりステークホルダーをつなげ、中長期的な市場拡大に向けた様々な取り組みが進められている。
その取り組みについて、①クラブへの分配金ルール、②放映権パートナーとの取り組み、③オフィシャルスポンサーとの取り組み、④地元自治体との取り組みの4つの側面から、どのようなことが行われているかを見ていきたい。
① クラブへの分配金ルール
今シーズンのUEFA女子チャンピオンズリーグの分配金は以下のようになっている。
注目すべきは、出場していないクラブにも分配金が支給される仕組みになっている点である。競技を盛り上げるためには、強いチームを作ることやスター選手を生み出すことが重要だが、トップレベルを伸ばすと同時に、全体の底上げを図り、リーグ全体の均衡を一定のレベルで保つことが重要である。
尚この非出場クラブへの分配金は、育成を目的にした支出に充てられることが定められている。現在の女子サッカーは成長の途上にあり、トップを伸ばすと同時に全体的なレベルの引き上げが必要であるため、このような分配金の仕組みは理にかなっていると言える。
② 放映権パートナーとの取り組み
放映権に関しては前回のコラムでも取り上げたが、UEFA女子チャンピオンズリーグはDAZNがブロードキャストパートナーとなり、試合を無料で観られる施策をとることで多くの人にリーチすることに成功している。今回の決勝戦もDAZNとそのYouTubeチャンネルにて無料で生中継された他、欧州各国の地上波でも放送され、大きな注目を集めた。
試合会場では各国のコメンテーターが試合前からピッチレベルでインタビューや試合の展望を解説していた。単に試合を放送するだけでなく、こうした付加価値を高める取り組みが行われている。男子サッカーでは当たり前だが、女子サッカーではこれまで実施されていなかった。
UEFAが2022年に発表したレポートでは、視聴者が試合を観たいと動機付けするためには解説や分析の充実が必要とされていたが、この試合ではそれが充分に行われており、その結果、多くの視聴者がこの試合を観戦したことにつながったと言えるだろう。
③ スポンサーとの取り組み
UEFA女子チャンピオンズリーグには11社の公式グローバルスポンサーがついている。本連載の〈第2回〉のコラムで紹介したように、近年、多くの企業が女子サッカー市場にスポンサーとして参入している。Amazonもその中の1社であり、UEFAが主催する女子サッカーの大会を複数スポンサードしている。
UEFA女子チャンピオンズリーグの公式ストアの開設や、女性競技者向けのオンラインストアの設置など、矢継ぎ早に女子サッカー市場での事業を展開している。
これまで、女子サッカーのグッズや女性に特化したサッカー用品を買える機会は少なかったが、それを解決するための取り組みをスポンサーという立場で行っている。スポンサーとしてブランドイメージの向上を図りつつ、本業を通じて女子サッカーの市場拡大にも取り組んでいる。
④ 地元自治体との取り組み
今回のUEFA女子チャンピオンズリーグの決勝戦は、スペイン北部の都市ビルバオで開催された。この決勝戦の開催は経済面と社会面で大きなメリットをもたらしている。
まず、経済面で大きな効果を上げている。5万人を超える観客の内、4万人はFCバルセロナのサポーターと言われている。これはビルバオの人口35万人の1割以上に相当し、地元への経済効果は大きなものだったと考えられる。
中心部のホテルは軒並み1泊10万円を超えていた。ビルバオ市は公園内でのファンゾーンの開設や、公共スペースでの大会フラッグの掲出などを通じて決勝戦を盛り上げていた。
今回の決勝戦は土曜日に行われたが、翌日の日曜日にはバルセロナのシャツを着た人々がグッゲンハイム美術館など主要な観光地で多く見られた。このように、観光を通じた経済効果は大きく、女子サッカーの試合がシティプロモーションとして機能することを証明した。
また、今回の決勝戦を通じたレガシープログラムとして、UEFAこども財団、大会公式スポンサーのペプシコ、開催地のビルバオにあるビルバオ財団、ビルバオ市議会、およびサッカーを通じた社会課題解決に取り組む慈善プロジェクトのCommon Goalと協力して、ビルバオ市内にサッカートレーニング施設『Lay's RePlayピッチ』をオープンさせた。
このピッチはペプシコが展開するポテトチップスLay’sの袋をリサイクル利用している。今後、12歳から18歳の若い移民女性の社会的発達を促進するスポーツプログラムも行われる。サッカーを通じて社会情緒的スキルやコミュニティへの帰属意識、寛容さ、尊敬、責任感、チームワークを育むプログラムが実施される。
決勝戦の開催をきっかけに、こうしたレガシーとなる施設とプログラムを開発したことは地元にとって大きな価値があったと言える。また、こうした取り組みを注目度の高い試合と併せて行うことで、通常よりも高いアナウンス効果が期待でき、同様の取り組みが広がることにつながる。社会的な価値が高まることで、中長期的に女子サッカー市場が拡大することも期待される。
欧州女子CLの決勝戦は、来年はベンフィカ(ポルトガル)で開催されることが決まっており、その翌年の2026年はオスロ(ノルウェイ)で開催されることが今回の決勝戦の直前に発表された。今後も名乗りを上げる都市は増えるだろう。
5か年戦略の成果と、次の成長へ向けた取り組み
UEFAは2019年に〈5か年の女子サッカー戦略〉を発表し、今年がその5年目に当たる。戦略的な投資と各ステークホルダーとの連携を通じて、現在の成果を達成した。重要なのは、中長期的な戦略を掲げ、適切な投資を行うことである。男子サッカーも時間をかけて今のビジネス規模になったように、欧州では適切な戦略的投資を行えば女子サッカー市場も拡大できることが示されている。
若い女性のグループや母と娘といった観客層は、男子サッカーではあまり見かけないが、女子サッカーでは多く見られる。また、女子選手の名前が入ったバルサのユニフォームを着ているのは女の子だけでなく、男の子も普通に見かけるようになってきている。これは5年前には考えられなかった光景で、着実に大きな変化が起きてきている。
再来年からUEFA女子チャンピオンズリーグが新たなフォーマットになる。参加チームの増加や第二層の大会(男子サッカーでいうところの、ヨーロッパリーグに相当)の新設など裾野拡大につながる多くの改革を行い、加盟各国の投資を促すことを目指している。
このように、UEFAは次の成長に向けて動き出している。この5年で大会の価値が4倍に成長したと発表されているが、今の盛り上がりを見ていると今後さらに成長していくことが予測される。
観客動員の面では、アーセナルが6万人収容のエミレーツスタジアムを来シーズンからホームスタジアムで使用することを発表している。また欧州チャンピオンのFCバルセロナも改修中のカンプノウが完成した後は、さらに多くの観客を集客するだろう。その盛り上がりがスポンサー権や放映権の価値を挙げることに繋がっていく。
このコラムで繰り返し言及してきたが、欧州の女子サッカーはこの5年間、中長期的な成長戦略に基づき、外部のステークホルダーと連携することで、目覚ましい成長を遂げた。日本も競技レベルでは世界トップの実力国のため、欧州のように中長期的な戦略に基づき投資をしていけば、ビジネスの観点でも世界と肩を並べるポテンシャルは十分にある。今後の成長に期待したい。
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