ビジネスとして急成長する、欧州女子サッカーの今【放映権編】

欧州の女子サッカーにおける放映権は、戦略的な投資により視聴者を増やしつつ、着実に成長への道を進んでいる。Z世代(1990年代半ばから2010年代序盤生まれ)を中心とした若い世代を惹きつけ、視聴者数も伸びてきている。しかし男子サッカーと比較すると依然として大きな差が存在する。その差は女子サッカーの伸びしろともとれる。

本コラムでは、いかに女子サッカーがコンテンツ価値を高めて、放映権料を伸ばしていく余地があるかを考察していく。(文=スカイライト コンサルティング株式会社プロデューサー、4-Football Director of Asia Pacific 栗原 寛)

欧州女子サッカーリーグの放映権の現状

放映権は今のプロスポーツリーグやクラブの経営において、もっとも重要な収益源の一つである。欧州の男子サッカーではこれまで海外放映権やスポーツベッティングの普及に伴って、放映権料を伸ばしてきた。女子サッカーにおいても、今後市場を拡大していくためには、この放映権収入を伸ばしていくことが求められている。

そこでまずは現在の欧州の強豪国における、女子サッカーリーグの放映権料を見ていきたい。報道によれば、スペインのリーガFは5年間で3,500万ユーロの契約を結んでいる。年間にすると700万ユーロ(≒11億5千万円)である。イングランドは23-24シーズン末までの3年間の契約で年間約800万ポンド(≒15億3千万円)の契約を結んでいる。日本のWEリーグは推定で1億円と言われている。

図=スカイライト コンサルティング

今は戦略的な「投資」フェーズ

「女子サッカーの試合には大きな商業的可能性があります。今こそチャンスを掴まなければなりません。投資期間が数年に及ぶベンチャーキャピタルのような考え方が必要です」

これはDAZN女子スポーツ共同最高経営責任者(CEO)のハンナ・ブラウン氏の言葉である。同社は今年に入り新たなキャンペーン「New Deal」を展開しており、その発表の際にこの発言があった。このキャンペーンはいわゆるペイウォールの撤廃。女子サッカーコンテンツを無料で配信し、多くの人に観てもらおうという取り組みである。

女子サッカーを無料で多くの人に観てもらう取り組みは、欧州各国で採用されている戦略である。イングランドのWSLの国内放映権の現契約は、無料で視聴可能なBBCと有料チャンネルSkyと締結している。BBCが毎節1試合、Skyが毎節2試合を放送する形になっている。

スペインも国内ではDAZNと契約を締結しているが、イングランドと同様に各節1試合は無料チャンネルのGOLで視聴ができるようになっている。欧州女子チャンピオンズリーグもDAZNと放映権契約を締結しているが、無料で視聴することが可能であり、一部の試合はYouTubeでも視聴できるようになっている。

現在、欧州の男子サッカーは莫大な金額の放映権契約を締結して、そこから大きな収益を得ている。しかし最初から大きな契約金額だったわけではなく、段階を経て現在の状態になっている。女子サッカーは今、無料で見られる場を作り、認知を高めながらファンを増やそうとしている段階である。

これまでの女子サッカーは、そもそも試合の中継や報道自体が少なかった。UEFAのレポートによれば、女子サッカーを観戦しない理由で一番多いものは、メディアの報道不足であった。回答者の37%がこの理由を挙げた。この問題を解決すべく、欧州では近年女子サッカーの露出を増やしてきている。

Z世代を惹きつけるための施策

無料で多くの人に観てもらう取り組みは、地上波のテレビだけでなくYouTube上でも展開されている。これまでのコラムでも見てきたように、女子サッカーは特に若い世代にファンが多い。YouTubeは家ではなくても場所を選ばず視聴でき、テレビを持っていない割合が高い若い世代にもリーチができる。Z世代の88%がYouTubeを使っているという調査結果もある。

Z世代を中心とした若い層の取り込みは、スポーツ界全体の課題である。Z世代は他の世代に比べてスポーツへの関心が低い傾向にあり、ある調査では「熱心なスポーツファンですか?」との問いに“Yes”と答えたZ世代はわずか23%で、他の世代と比べて最も低かったという。

Z世代は多様性や共感を重視する特徴があり、女子サッカーが発信している世界観と親和性が高いことから、女子サッカーのファンが多い傾向にある。スポーツ界全体の課題であるZ世代の取り込みのために、欧州の女子サッカー界は彼らとの接点をZ世代が慣れ親しんでいるオンライン上のプラットフォームに持ち、エンゲージメントを高めようと取り組んでいる。UEFAのレポートでは女子サッカーファンは、他のスポーツのファンと比べて、SNSの利用が1.7倍、オンラインストリーミングの利用が1.7倍多い傾向にあると報告されている。

また、女子サッカーは男子サッカーと比較し、選手個人についているファンが多いという傾向もある。選手のプレースタイルだけでなく、発言やライフスタイルを含めて応援したくなる割合が高いということだ。各クラブのSNSでも試合に関する情報だけでなく、新規加入時や契約更新時、代表でのプレー時に個人にフォーカスを当てた発信をしており、時には選手の妊娠や出産など人生の特別な瞬間をとりあげた発信もしている。

こうした競技面だけでない選手の魅力を発信することで、女性や若い世代の共感を呼び、ファンを広げている。そしてSNSでエンゲージメントを高めたファンが、同じデバイスでそのまま試合を観られる環境を整えている。

今後の女子サッカーの放映権はどうなるか

現在は投資フェーズの女子サッカーだが、今後の見通しはどうなるのか。ちょうど23-24シーズンで現契約が切れるイングランドのWSLを例に見ていきたい。

WSLは当初、対象を全試合に拡大した上で2,000万ポンド(≒38億円)を基準に交渉を行っていたが、まずは現契約を1年間延長し、25-26シーズン以降の契約を継続協議することが発表された。これは24-25シーズン以降、WSLと2部女子チャンピオンシップの運営が新会社に引き継がれることが関係していると言われている。リーグ運営が新会社に移行し、イングランドの上位2つのディビジョンが一体となった形で、次の放映権契約の交渉が行われていくと考えられる。

今後の放映権料を考える上で参考となるのが男子サッカーとの比較である。現在イギリスのプレミアリーグは年間約17億ポンド(≒3,267億円)で国内放映権の契約を締結していると言われている。年間約800万ポンド(≒15.3億円)のWSLとは200倍以上の開きがある。

ただ対象の試合数は、WSLが最大66試合であるのに対し、プレミアリーグが全380試合と異なる。比較可能な形にするため試合数で割ると、WSLが12万ポンド(≒2,300万円)、プレミアリーグが447万ポンド(≒8億6,000万円)と約37倍の開きとなる。

理論的には、この差がコンテンツの価値の差と言える。仮にこの差に実態との乖離があれば、放映権は今後上がっていくものと考えられる。

図=スカイライト コンサルティング

Skyで放送された両リーグの今シーズンの視聴者数を比較してみたい。プレミアリーグは開幕戦の5試合で800万人と発表されている。1試合平均にすると160万人である。WSLは11月に行われたマンチェスターダービーで48.5万人を記録しており、差はわずかに3.3倍となる。

図=スカイライト コンサルティング

もちろん男子は5試合の平均値であること、女子は好カードのマンチェスターダービーでかつ、インターナショナルウィークで男子の試合がない週だったことを考慮すると、全体の比較だとさらに差があることが予測されるが、その差が37倍もの開きがあるかどうかがポイントである。

視聴者数の増加という量的な要因に加えて、視聴者属性という質的な面でも価値を出すことが今後の女子サッカーのコンテンツ価値を上げる鍵となるだろう。先に見た通りZ世代などこれまでスポーツに接点を持ってなかった層が、女子サッカーをきっかけにスポーツ視聴のプラットフォームに加われば、それは大きな価値を持つ。

実際に、UEFAが行った調査によると、女子サッカーファンの3分の1が、女子サッカーを見始める前はサッカーにまったく興味がなかった層であるとされている。女子サッカーは新規サッカーファンの開拓といった点で大きな可能性を持っている。

日本国内の今後の見通し

日本のWEリーグは、本コラム執筆時点では試合全体を無料で見られる環境はなく、認知の拡大や新たなファンの獲得のための機会が限られている状況である。ファンを増やしていくためには投資フェーズとして位置づけて、地上波やYouTubeでの更なる露出が必要となるだろう。

イングランドと同様に日本も男女のリーグで放映権料に約200倍の差がある。試合数に約10倍の差があるため、1試合あたりにすれば20倍の差だが、日本の女子サッカーのポテンシャルを考えればこの差を縮めることは不可能ではないと考えられる。

例えば、日本代表の試合ではあるが、2月に行われた北朝鮮戦の視聴率は14%を超えた。同じ週のゴールデンタイムで最も高い視聴率であった。そして、この試合に出場した選手の約半数は国内でプレーしている選手たちである。

また日本国内では少子化が進むが、アジアや世界では人口が増加しており、現在は世界全体の人口の約3分の1がZ世代である。日本のコンテンツがその理念と共に海外に広まり、Z世代の共感を呼べばまだまだ成長できるポテンシャルがあるといえるだろう。

いずれにしても女子サッカーは欧州・国内共に成長の途上にあり、適切な投資が必要なフェーズにある。戦略的に投資を行い、若い世代を含むファンにその価値を認識してもらうことで結果として放映権料が上がっていく。いくつかの国はこの成長サイクルに入りつつある。日本の今後の成長にも期待したい。