J1最多8回のリーグ優勝を誇る常勝軍団・鹿島アントラーズ。その強さは、単に勝利の数に表れているだけでなく、これまでのファンマーケティング活動を通した「ファンとの絆」にある。
プロサッカークラブとして、どのようにしてファンを獲得し、熱狂の渦へと巻き込むのか? 鹿島アントラーズでコミュニケーショングループ マネージャーを務める内藤悠史氏が、HALF TIMEとヤプリ共催のオンラインセミナーで語った。
増え続ける入場者数。ファンを惹きつける理由とは?
2024シーズン、鹿島アントラーズのホームゲーム平均観客動員数はクラブ史上最多の2万3027人に達した。現在開催中の2025シーズンもその記録を上回る勢いだ。コロナ禍では来場者制限の影響を受け一時的に落ち込んだが、それ以降は回復し、毎年着実に観客動員数を増やし続けている。
この実績の背景には、熱心なファンやサポーターの存在がある。「アントラーズのファンやサポーターの方々は本当に毎試合、高い熱量で応援してくださる。ホームゲームはもちろん、アウェイのゲームが完売になることも頻繁にあります」(内藤氏)
では、鹿島アントラーズは、なぜこれほどまでにファンを惹きつけるのか?
クラブのミッションは「すべては勝利のために」。試合を戦う選手だけではなく、クラブで仕事をする全員がこの考えを共有し、常に本質を追求しながら既成概念にとらわれず挑戦し続けている。
マーケティング施策も同様だ。熱量の高いファンを獲得すべく、多角的な施策に積極的に取り組んでいる。その中で、内藤氏が特に意識するのは、新規開拓、熱量醸成、優良顧客化といったファンセグメントに合った施策の提供である。
「まずはタッチポイントを広げること。そして接点を持ってくれた方にアントラーズを好きになってもらい、コアなファン・サポーターになっていただくまでロイヤリティを高める施策を日々進めています」(内藤氏)
「きっかけは何でもいい」ライト層の新規獲得戦略
鹿島アントラーズでは新規ファン獲得のため、キッズ・ファミリー向けの取り組みに力を入れている。2024シーズンからは「小学生以下全試合無料 by メルカリ」を開始。全国の小学生以下の子どもたち全員が、メルカリスタジアムで開催されるホームゲームの一部席種において無料で観戦できる。
いわゆる「サッカー少年・少女」以外の子どもたちも楽しめるよう、キッズデーや夏祭りといったライトなイベントもあわせて開催している。「きっかけは何でもいい。サッカー以外の接点から関心を持ってもらい、家族でスタジアムへ足を運んでもらえれば」(内藤氏)。
もう一つ、新規ファン獲得の柱となっているのが、国立競技場でのホームゲーム開催だ。狙いは、ホームゲームを首都圏で行うことにより、本拠地のメルカリスタジアムがある茨城県まで試合を観に来られないライトポテンシャル層にリーチすること。また、足が遠のいてしまった「休眠層」のファンに訴求する狙いもある。
第1回は2023年5月に行われた「Jリーグ30周年記念スペシャルマッチ」。鹿島アントラーズはこの試合で見事勝利し、集客やプロモーションの面でもインパクトのある成果を残した。さらに、2024シーズンはホームタウン出身のお笑い芸人・カミナリを「応援団長」に起用し、2025シーズンには2人にラップを制作してもらってMVを配信。普段サッカーを観ない層も巻き込むことに成功した。
その他にも地域との交流も積極的に行っている。その代表が、トップチーム選手による小学校訪問だ。ホームタウンである茨城県の鹿嶋市、潮来市、神栖市、行方市、鉾田市の計5市のすべての小学校を選手たちが3年間かけて回り、子どもたちと交流する。
選手との交流という「忘れられない経験」を通し、未来のファンを育むことが目的だ。この活動の結果、ホームタウンではサッカーが子どもたちに浸透し、試合結果が翌日の学校での共通の話題となっている。
エンゲージメントを高めるコンテンツとグッズ
新規ファンの裾野を広げると同時に、既存の熱狂的なファン層をさらに深く惹きつける戦略にも注力している。そのひとつがコンテンツ施策だ。
例えばYouTubeでは、選手個人にフォーカスしたプレー集や試合密着動画「MATCH DAY」を展開。「MATCH DAY」は試合の1日に密着する動画コンテンツで、全試合分配信される。選手のインタビューや試合のハイライトはもちろん、試合開始前の緊迫した空気、ロッカールームで互いを鼓舞する様子などチームの「内側」まで踏み込み、選手との一体感を感じられる内容としている。
より熱量の高いファンに向けては、会員制サブスクサイト「FREAKS」がある。トレーニングの風景や選手インタビュー記事、試合前コメント、選手たちがカジュアルトークで1ヶ月を振り返る動画コンテンツなどが毎日更新され、ファンの『もっと知りたい』という思いに応えるとともに、チームへの帰属意識を高める内容となっている。
さらに、グッズ展開にも力を入れている。単なる収益源としてではなく、「グッズをきっかけにファンベースを広げたい」(内藤氏)という狙いからだ。セミナーでモデレーターを務めたヤプリの伴大二郎氏も、「グッズの購入はリピートにつながる。「鹿島アントラーズのグッズは幅が広く“ファン度”も高まるだろう」と、その取り組みを評価する。
特に力を入れるようになったのは、コロナ禍の来場者制限がきっかけだ。ファンがスタジアムに来られない状況を踏まえ、「グッズとして身近に持ってもらうことによって、タッチポイントを絶やさないようにしたかった」(内藤氏)。
今季は年間約500種のグッズを企画・開発。試合時々のテーマやイベントと連動した商品ラインナップを用意することで、ファンの体験価値を高める工夫も欠かさない。
来場者の8割が公式アプリを利用。スタジアム体験を変える
2021年4月には公式アプリの提供を開始した。現在では来場者のダウンロード率が8割に至るほどファンの間で浸透している。
チケットやグッズの売り上げも、アプリが他チャネルを大きく上回る。アプリの活用率が高いということは、それだけ「熱狂的なファンが多いチーム」(伴氏)の証でもある。
「試合観戦するにあたってアプリを持っていることがマストな状態を目指し、さまざまなコンテンツを作っている」(内藤氏)。その中の特徴的な取り組みが、試合直後に配信される選手の「生の声」だ。試合を振り返るコメントを、選手がアプリ内で音声配信する。テキストにはない臨場感で、ファンは試合の興奮をより高めることができる。
ベンチマークにしているのはテーマパークなど他のエンタメ産業だという。そうした施設のアプリを参考にしながら、試合観戦の利便性を高める機能や「試合日のリアルな体験と掛け算になる機能」(内藤氏)を増やしていく方針だ。
数字の先にある“絆”。アントラーズファミリーの熱狂
鹿島アントラーズでは、同じ試合や勝敗を観て感情を分かち合うファンやサポーターを、仲間意識を込め “アントラーズファミリー”と呼ぶ。
鹿島アントラーズが近年実現している入場者数の増加は、単なる集客の成果ではない。ファンやサポーターを共に勝利を目指す仲間として捉え、絆を深める施策を続けた結果だ。
「今後はより多く、より面白く、そして双方向のコミュニケーションを増やしていきたい。アントラーズのファンはマーケティング施策にも活発に反応してくれる。その熱量を生かし、アントラーズを一緒につくっていけるような施策を続けていきたい」(内藤氏)
鹿島アントラーズのマーケティングは、これからも数字と絆の両方を積み上げていく。