特別インタビュー(前) 日本コカ・コーラ 高橋オリバーが語るスポーツマーケティング、チームビルド、個人の成長。常に「今までできなかったことを」

スポーツビジネスで第一線を行く業界リーダーに、HALF TIME代表の磯田裕介が訊くインタビューシリーズ。記念すべき第一回は、日本コカ・コーラ 東京2020オリンピック ゼネラルマネジャーの高橋オリバー氏。国内及び国際的にも活躍する同氏に、これまでのキャリアから現在のスポーツ業界への見解、そしてアドバイザーにも就任したHALF TIMEへの期待について、約3年前から親交のある磯田が訊いた。

「スポーツって面白い」 偉大な父親の影響

高橋 オリバー:日本コカ・コーラ 東京2020オリンピック ゼネラルマネジャー。リーボックジャパン、国際サッカー連盟(FIFA)、ナイキジャパンを経て2016年より現職。20年以上にわたり国内外でスポーツマーケティングに従事する。2019年HALF TIMEアドバイザーに就任。

磯田裕介(以下、磯田):オリバーさんは長らくスポーツビジネスの世界で活躍されてきたと思うのですが、最初はどういったきっかけでスポーツビジネスに興味を持ち、どういったキャリアを歩まれて来られたのかをぜひ教えてください。

高橋オリバー(以下、高橋):遡りますと、そこには家庭環境が大きく関わっていたと思います。父がJASA(日本体育協会)、いわゆる当時のオリンピック委員会で働いていまして。父はオリンピックを担当し、日本でのスポーツ拡大や育成にも関わっていました。アジア大会やオリンピックへ一緒に行く機会もあり、私自身も競技者として水泳をやっていましたのでスポーツに対する喜びを知り、社会人になっても関わっていきたいと思いました。

磯田:水泳をされていたんですね。それは知らなかったです。

高橋:もうすこし遡りますと、父はドイツのケルン体育大学で柔道を教えていました。そこで母と出会い、私は生まれました。そのため私が日本に初めて訪れたのは4歳の時でした。4歳から高校までは日本で通常の教育を受け、大学時代はオーストラリアで過ごしました。父がスポーツを仕事にしていた事もあり、アスリートやスポーツ関係者が家に来ることもありました。今思えば父たちの話を聞いている中でスポーツって面白いな、という思いを持って育ったのかと思います。

私が大学へ進学した頃、父はアディダスに勤務しており、シドニーで開催されたアディダスのスポーツカンファレンスにバイトで手伝ってくれと言われました。当時は19か20歳でしたが、そこでアディダスのグローバル・スポーツマーケティング担当者と初めて接点が出来ました。

当時インターネットはなかったのでメールを通してつながりを続けるということもありませんでしたが、オリンピックなどのタッチポイントで関係を継続することが出来たのが一番大きかったです。

スポーツマーケティングのキャリア 日本から海外へ

高橋:大学卒業後はオーストラリアに残りたかったのですが、なかなか仕事がなく日本に帰りました。その時、(前述の)アディダスのグローバル・スポーツマーケティングの担当者がリーボックに移り、ジャパンの立ち上げにマーケティング担当者として関わることに興味はないかと声を掛けてもらいました。

そこでリーボックジャパンのマーケティング部署に入り、PR、プロダクトマーケティング、社長室などを経験して、最終的には選手契約、イベントのスポンサーシップを担当することになりました。1998年の長野冬季オリンピックでは、リーボックが関わっていた国々を任されました。ロシア、オーストラリア、ポーランド、ニュージランドなどの選手ウェア提供や対応に毎日追われていましたね。

そこでオリンピックの楽しさを知ったのですが、2000年ぐらいにリーボックがスポーツフォーカスよりはカジュアルフォーカスに路線を変えました。新たな路線変更に悩んでいた時に、FIFAのマーケティング権利を扱っていたスポーツマーケティング・エージェンシーのISL(インターナショナル・スポーツ・アンド・レジャー)の社長に知り合いが就任したんです。その方から「2002年日韓W杯までのプロジェクトだけど、一緒にやらないか」と声を掛けてもらい、それが私にとってFIFAへの入り口となりました。

ISLという会社は私が入社した翌年に倒産してしまいますが、2001年のコンフェデレーションズカップや2002年の日韓W杯を控えていたため、サッカーの部署だけはFIFAに吸収されることになりました。その後は運良く、FIFA本部からスイスに来ないかというお話をいただきました。

海外で外国企業を担当 真のグローバル環境

磯田:FIFA本部にというのは、限られた機会だったのではないですか?

高橋:当初日本のオフィスにいた50人のうち、スイスに行ったのは私だけでした。他の皆さんは家庭環境からスイスに行きたい、行きたくない以外にも様々な事情があったのだと思います。そう考えると、私は本当に運が良かった。日韓W杯の組織委員会を担当していたこともあり、本社と密に連絡を取っていたことも意思疎通につながったのかと思います。目指しているところが同じという共通認識が、スイスに行く大きな要因の一つになったのではないですかね。

そこからFIFAで10年ぐらい務めました。当初はコカ・コーラ、アディダス、マクドナルド、ジレット、アンハイザー・ブッシュなど20社のスポンサー企業が3つのディビジョンに分かれており、そのうちの1つを担当していました。最終的にイベントのオペレーション部隊も加わったマーケティングアライアンス&オペレーションのチームを担当させていただき、様々な経験を積む事ができました。

磯田:スイスに行った後は日本のパートナーを担当する訳ではなく、グローバルパートナーを担当されていたということですね。

高橋:サプライヤーは別として、日本企業のスポンサーが2006年の富士フィルムを最後にいなくなってしまいました。するとソニーが2006年から続く2つの大会でスポンサーとなることが決まり、担当させていただくことになります。それでもクラブW杯などもあり、日本への行き来は結構ありました。ヒュンダイもいましたのでアジアは多かったですね。それ以降はメインでコミュニケーションを取っていたのは他のグローバルスポンサー企業でした。

グローバル環境で求められるコミュニケーション

磯田 裕介:Beyond Global Recruitment株式会社 代表取締役。インテリジェンス(現パーソル)入社後、 海外事業拡大のためシンガポール、ベトナム法人に出向。その後スポーツ業界特化の英系エグゼクティブサーチファームSports Recruitment Internationalで日本事業立ち上げのためシンガポールに勤務した後、日本へ赴任。2017年Beyond Global Recruitmentを設立。

磯田:日本人の方がグローバル組織で日本に関係しない仕事をする時に文化の違いに苦しむ人も多いと思います。日本で育った経験を持つオリバーさんがそういった環境で苦しんだことや、乗り越える必要があったことはありますか?

高橋:最初は企業内での文化の違いに驚きましたね。これは日本国内での転職でも同じことが言えるかと思います。コミュニケーションも対日本人は良い悪いという言い方はしませんが、やはりインターナショナルな環境ではズバッと物事を言わないといけない場面もありました。FIFAでは48ヶ国の人が働いていましたので共通言語はもちろん英語で、すごくインターナショナルでした。最初は戸惑いましたが、あまり意識することなく対応出来ていたかと思います。もし米国のドメスティックな会社に入っていたらまた話は変わっていたかと思いますが、スムーズだったという認識でした。

磯田:私が初めてオリバーさんとお話しをさせていただのは、前職のSports Recruitment International(英系のスポーツ業界特化型ヘッドハンティング会社)在籍時でしたが、会社はシンガポール法人でイギリス人とヨーロッパ諸国からの人が大半。コミュニケーションはとてもブリティッシュな感じでした。その時感じたのは、仰る通りイエス・ノーをまずはっきり言って、その後に詳細を話すという、日本とは全く違うコミュニケーションの取り方でした。加えて、仕事中の議論については、日本では人と人で話す時に日本ではお互いにこやかな表情で話す文化があると思いますが、よりシビアな顔をしてお互い話す感じがありましたね。

高橋:それは私も全く同意見です。今でもチームを作る時に最も重要視しているのはコミュニケーションです。そこが上手く取れないとチームとしても1つのゴールに向かって突き進むことは難しいですし、相手を知るということもコミュニケーション無くしては出来ないと思います。これはとても重要ですよね。

今はITが発達しているので必ずしも対面で話す必要のないコミュニケーションはあると思いますが、やはり面と向かって話をした方がより分かり合え、仮に言葉のギャップがあったとしてもカバー出来るところは沢山あると思います。それが文章やメールだけになってしまうと、誤解がどんどん広がっていくのかなと。チームが大きくなればなるほど難しくなってくるとは思いますが、そういった機会を設けることで全然違うと思います。

日本の学校教育ではみんな同じように育ててきたのに対して、海外は個性を引き伸ばす教育方法だと思います。最近は日本もだいぶ変わってきた気はします。今、私のチームにも50人の個性的な人間が集まっていますし、相手の良いところを引き出して、それをどうやって使うかを全員が考えると、もっと面白いことが出来ると思います。

今まで想像できなかったことを 個人としてさらに成長

磯田:チームの話が出てきましたが、長らくスポーツビジネスに携わっている方の中では、オリバーさんの今の状況を心配されている方も多いと思います。改めて事故を経験されて、今の健康状況やそこから感じるものなどはありますか。

高橋:私個人としては全く前と・・・変わっていないと言ったら変になりますかね(笑)。目が見えないのは確かですが、それをディスアドバンテージだとは全く思っていません。見えないことによって、今まで想像出来得なかったことが想像できるようになりました。お陰様でITの発達もあり、メールやコミュニケーションは今まで通り取れています。特に自分で「以前これが出来たのに、出来なくなってしまったな」ということは、今の所全く経験していないです。

今はこの事故を通して得られたことを、どういう風に今後自分のデベロップメント(成長)に使っていけるかというのを模索している段階です。目が見えなくなったのでダメになってしまったという風には絶対なりたくないと思っています。

幸運にして日本コカ・コーラが受け入れてくれていますので、その期待に応えられるよう2020年に向けて今まで以上に突っ走っていきたいなと思っています。私の努力だけでなく、周りのサポートあってこそなので、そういった面でも非常に恵まれていると感じます。

いずれにしても生きていかなくてはいけないので、こんなところでクヨクヨしていたらどうしようもないです。それこそ競技をやっている選手でもっと苦労している方は沢山います。今までもへこたれない根性を糧に生きてきたつもりなので、そこは変えずに頑張っていきたいと思います。

前編では高橋氏のこれまでのキャリアやグローバル環境での働き方について伺ったが、後編では現在の業務のミッション、そしてスポーツビジネス人材への見解とHALF TIMEに対する期待について伺う。

 
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