大企業のイノベーション不足をどう解消する?ミズノ社員が出向起業で「左右別サイズのシューズ購買サービス」を立ち上げ

日本の大企業ではイノベーションが生まれにくい――。長年言われ続けている課題に対して、大手スポーツメーカー「ミズノ」は、これまでと異なる手法で、新規事業の創出に取り組み始めた。

ミズノの社員、清水雄一さんは11月、ミズノから出向して株式会社DIFF.(ディフ)を起業した。左右のサイズが異なるシューズをECサイトで販売するというユニークなサービスを準備している。ランニングシューズから事業を展開し、サッカーといった他競技のスポーツシューズやそれ以外の靴も取りそろえることを目指す。ミズノ以外の他社製品も取り扱う予定だ。

大企業が新事業を進める場合、多くは自社内での事業化を目指すか子会社で取り組む。今回、清水さんはミズノに籍を置きながら起業した。一方で、ミズノの資本は全く入っていない。独立していることでより迅速に意思決定ができる。

清水さんが経済産業省の「大企業人材等新規事業創造支援事業補助金(出向起業等創出支援事業)」を活用したのも今回の起業を行いやすくした。令和4年度の補助対象事業者に採択され、最大1000万円が補助される。当面の運転資金も得られ、新たなサービスがこれから生まれることとなる。(取材・文=大塚淳史)

「靴難民を救いたい」清水さんの熱意

ミズノに入社して、開発部門でサッカーシューズなどの開発をしていた清水さんは、左右別サイズのシューズを販売するサービスの立ち上げを社内で模索し続けていた。清水さん自身の経験からだった。

自分のような「靴難民」を救いたい――。

取材中、清水さんが内出血している足の爪の写真を見せてくれた。

「この写真、僕の足なんですよ」

学生時代、サッカーに打ち込んでいた清水さんは、左右の足のサイズ差に悩まされた。左右で0.5センチほど異なっていた。サイズの合わないシューズを履くとプレーに影響が出る。指先が圧迫されて爪部分に内出血が起こってしまうことも。

0.5センチのサイズ差でも支障は大きい。写真=本人提供

「実は5人に1人、2割の方々は足のサイズが異なります」

足のサイズ差に悩む人たちは、対処法は二つある。ひとつは、我慢する。もうひとつは、それぞれのサイズのシューズを購入する。つまり2足分、買うことになる。シューズは決して安い買い物ではなく、毎回2足購入すると出費が重くのしかかる。オーダーメイドという手段もあるが、こちらも通常価格よりも何割も高い。

「体の痛みかお財布の痛み、どちらかの痛みを我慢しないと、どうすることもできないというのが実態」(清水さん)

潜在的なニーズを満たす「左右別サイズシューズ」

現在は株式会社DIFF.代表取締役を務める清水雄一さん。写真=本人提供

リサーチのため大学や高校の部活に顔を出したり、中学生のサッカー大会にブースを出したりして左右サイズの異なるシューズを試し履きしてもらうと、高い割合で購入に興味があると反応があったという。

「『今までこんなこと考えたこともなかった』『とてもありがたい』という声を頂いて、ニーズが見えてきています。潜在的で、表面化していなかったのがポイントです。皆さん、『もう諦めるしかない』みたいな状態でした。そこへ新しい価値を提案したい。顧客は十分いると見ています」(清水さん)

ならばミズノ社内で事業化できそうにも思えるが、ここで立ちはだかるのが大企業ならではの難しさ。2023年度3月期決算で売上高1950億円の業績予想をするミズノにおいて、新規事業に向けられる視線は、役員からも株主からも厳しいものにならざるを得ない。

「本業とのシナジー効果はあるのか」「数年後に売上高数十億円は見込めるのか」「既存のビジネスで十分利益を出しているのに、わざわざ投資してまで新規事業を行う必要があるのか」。一般的に大企業で起きてしまうこうした環境は、イノベーションを難しくしてしまう。

そもそもメーカー側からすると、いちいち違うサイズのシューズを箱詰めするなんて考えられないことだろう。だからこそ清水さんは、メーカーから通常サイズを仕入れて自社でサイズを仕分けする物流網の構築や、ユーザーのニーズが直接拾えるECサイトでの提供をスタートアップの形でできないか模索した。

大企業でイノベーションを起こしていく

フィールドテストの様子。現場に出向きニーズを検証してきた。写真提供=ミズノ

そこで清水さんが利用したのが、経産省の出向起業等創出支援事業だった。大企業の人材がベンチャーキャピタルなど外部からの資金調達や個人資産を入れることで起業し、所属企業とは資本を独立させ、そのスタートアップへの出向を通じて行う新規事業を支援するものだ。これまでにない新規事業の担い手の数を増すことを目指す制度となっている。

公募条件として、①所属元企業以外から資本を80%以上調達して会社を設立する、②出向してフルタイムで新規事業創造に向けた実務に従事する、③出向起業する経営者が独立(所属元企業を離してスタートアップに専念する)または設立した新会社所属企業によって買い戻される(グループ傘下になる)というオプションが用意されている、という3点がある。

採択されると上限1000万円まで事業に対して補助金が出る。出向起業支援事業の事務局を務める、一般社団法人社会実装推進センターの中間康介代表理事は、こう説明する。

「この制度は、大企業の中では育てにくいタイプの新規事業に向いています。大企業ではある程度の事業規模がないと、なかなか話が通らない。清水さんの案件は、商品を売っていくメーカーの本業とのシナジーが疑問視され、社内で進めにくくありました。こういった時に大企業の社員の方々がどうするかというと、事業自体を諦めるか、事業を自分がやりたかった内容とは異なるものするか、会社を辞めて自ら起業するかになります」(中間さん)

とはいえ、会社を辞めるのもリスクが大きい。そのハードルをどうにか超えて、情熱あふれる社員と新規事業を生み出したい大企業を上手くつなぐことを支援する。

「清水さんのケースもそうですが、10年目ぐらいの中堅になると業界の課題を知りつつビジネススキルも上がってきている。『こういった事業をやりたい』という人々の需要は多い」(中間さん)

清水さんは2012年に入社し、研究開発部でサッカーシューズの製品開発などを経験してきた。そんななか、自分をはじめ多く存在する「靴難民」を救うサービスを描いていた。

「可能性の検証」と「人材育成」を同時に

ただ、出向するにしても、会社の理解がなければ始まらない。公募条件内容も大企業側からすると即断できるものではないだろう。社内で後押ししたのが、清水さんが出向前に属したグローバル研究開発部での上司にあたる佐藤夏樹さんだ。

「彼からチャレンジをしたいと相談を受けたとき、『応援したい』と素直に思いました。過去にいくつもの開発プロジェクトを率先してきましたし、必ず最後までやりきる胆力と実行力もある。そういったことを、上長、人事、社長にも説明し、理解、応援していただきました」(佐藤さん)

ミズノ自体も、これまでに築き上げたビジネスを継続するだけではなく、新しい事業を作っていこうという流れが生まれつつあるという。同社はイノベーションセンターを11月8日に設立している。

「ミズノとしては、この新しい事業(DIFF.)の可能性を外に出して検証することと、人材を育成するというのが目的になります。清水さんはゼロから起業するということで、私たちには想像できない苦労が待っているでしょう。しかしこういう他では得がたい経験をすること自体に価値があるのです」(佐藤さん)

こうして、清水さんはミズノから2年間の出向起業を認められた。決して長いとはいえない期間だが、事業を軌道に乗せるべく前を向く。

「スポーツをしている人だけではなくて、いろんな人にこのサービスの価値を提供できる。まずはスポーツシューズからですが、左右別サイズのシューズ購買を当たり前にしていきたいと思います」(清水さん)

2000万人の潜在市場「まずは10万足」

左から)清水さんと佐藤さん。11月にオープンしたミズノのイノベーションセンターにて。写真=本人提供

当座は自己資金と経産省の支援事業の資金から、サービスの準備を行なっていく。ただ、自社で商品をそろえたり、物流倉庫を確保する必要もあり、さらなる資金調達も目指す。

「初年度だけで4000万円は確保しないといけないと見ています」

これまでにない左右別サイズのシューズが買えるサービス。国内では2000万人市場となり、ユーザーが増えれば増えるほど購買データも溜まる。メーカー側への購買力も高まり、より品揃えも豊富になっていくという好循環もうまれるだろう。

新規サービスの創出は決して簡単ではないが、清水さんは先を見据える。

「サービスインしてから集客をかけ、まずはランニングやサッカーからユーザーを増やしたい。その後、競技カテゴリーを増やしたいと思います。2期目には1年間で10万足、左右別サイズで買ってもらえる状態を目指します」

この起業により清水さんは2つの目標の実現を夢見ている。

「スポーツを通してユーザーに貢献したいと思って活動しています。同時に、徐々にミズノの中にも新しいことをやるというイノベーションの風土ができ上がってきていくのではないでしょうか。二つのことが同時に達成できたら本望です」