野球がお茶の間のチャンネルを独占していた国民的スポーツだった時代から、地域密着を掲げたJリーグの台頭を経て、日本は2大プロスポーツの国になった。長らく“無風”状態だったリーグスポーツの第三世代として名乗りを挙げたのが、男子プロバスケットボールリーグ「Bリーグ」だ。デジタル時代に登場し、次代を担うBリーグ。事務局長、葦原一正氏が見据える先にあるものとは何か。
前回インタビュー:Bリーグはなぜ“バスケットボール外”の人材を積極登用するのか?
「世の中に新しい価値観を示し続けたい」
「少なくともBリーグは、世の中に新しい価値観を提供していきたいと思っています」
野球のNPB、サッカーのJリーグに続く、プロスポーツリーグの第三局としての役割が期待されるBリーグ。葦原氏は、「まだまだ2大スポーツには追いついていない」と現状認識を示しながら、「確かなこと」として、Bリーグは、2大スポーツとは違うアプローチで発展していかなければいけないと語る。
「Bリーグの認知度が60%台に留まっている現状、まだまだ、“2大スポーツ”だと思うんですね。3大スポーツにはなりきれてない。ただ一つ、Bリーグは、世の中に新しい価値観を示し続けなければいけないと思っています」
「スポーツの本質的な価値を突き詰めていきたい。野球の時代は、長嶋茂雄のいる巨人が勝った・負けたの世界。ジャイアンツが負けた翌日は父親の機嫌が悪い。でも勝てば機嫌がいい。当時の野球は試合の結果によって『うれしい』『ハッピー』という、“気持ち”を提供する装置でした。Jリーグが登場すると、勝ち負けだけではなく、エンターテインメントやレジャー的な楽しさが出てきました。観戦や応援を通じて、これまでなかった価値観を提供して、楽しいツールになりつつあります」
「Bリーグはそれに加えて、社会に対してどういう影響を行使できるかを考えていきたいんです。私たちはスポーツが社会に貢献できること、スポーツの力を発揮できる場所はまだまだあると思っていて、リーグ発信で社会貢献活動の『B.LEAGUE Hope』を立ち上げたりしています」
『B.LEAGUE Hope』は、2017年1月にスタートしたBリーグの社会貢献活動だ。「未来へのパスをつなごう。」をキーメッセージに、難病と闘う子どもとその家族を試合に招待するなどの活動を行っている。こうした活動は、勝ち・負け、エンターテインメント、ビジネスの先を見据えるBリーグの核となるものだ。
「小さく産んで大きく育てたいですよね。続けて行くことが大切ですし、何のためにバスケットを、スポーツをやるのかということに、真正面から向き合っていきたいと思います。ビジネスですからもちろん売上は最重要指標ですが、売上は目的ではありません。勝った・負けたが一つの手段であるのと同じように、儲かる・儲からないというのも、スポーツビジネスの一面でしかないんです」
「売上を増やした上で『で、どうするんだっけ?』という話の方が重要です。リーグとして成長してく際に、何のためにやっているのか? バスケットボールやスポーツは社会に何をもたらすのか? というシンプルな問いから逃げてはいけません」
「勝ち」や「儲け」の先にあるもの
葦原氏の著書のタイトル『稼ぐがすべて』は、稼ぐことを「悪いこと」「信念のないこと」と扱いがちだった日本のスポーツビジネス界に一石を投じたが、「勝ち」や「儲け」だけでは、組織もリーグも、更に言えばその競技そのものもいい形では続いていかない。
「スポーツ団体のビジョン、ミッションは、『オリンピックで金メダル』になりがちです。でも、その競技にとって、金メダルを取ることだけが目的でしたっけ?と問われると、自信を持って肯定できる人は少ないかもしれません。私たちは、格差や貧困、ジェンダーなど、様々な社会課題が出てくる中で、スポーツの力でできることを考えて行動することが重要だと思うんです」
リーグとして発信することはすぐできる。しかし、人の心を動かすのは、やはり「人」。葦原氏は、選手たちの持つポテンシャルに言及する。
「彼らが本気で腹落ちして何かを表現すれば、凄いスピードで世の中に広まっていきます。どんな経営者が言うより、スポーツ選手が発言した方が早い。伝わる力が大きいんです」
スポーツの力を体現するアスリートたちにいかに発信、発言してもらうか? Bリーグでは、選手に行動を促すプログラムを継続的に実施している。
「研修などで話をさせてもらっているので、選手は多少は頭に残っていると思いますが、普通、何日かしたら忘れてしまいますよね。ですから『B.LEAGUE Hope』では、選手に実際に難病の子どもたちと触れ合ってもらう機会をつくったり、熊本の被災地に行って子どもとゲームをするなど、選手が実際に体験する機会を多く設けているんです」
初めは戸惑いを見せていた選手もいたが、変化は徐々に見られた。
「能動的に参加したいというのが態度に表れてきています。子どもたちに教えるときに、目線をちゃんと合わせるなど、少しずつ選手も慣れてきています。活動を終えた選手と話すと『なんか嬉しかった』『楽しかった』という表現が出てくるんです。プロバスケットボール選手は、試合の勝ち負けだけじゃない。子どもたちの役に立つことができるし、社会に貢献できるということを自覚した喜びだと思うんです。選手に一方的に押しつけるのではなく、選手たちと話ながら、ゆっくり大切に育んでいきたいと思います」
リーグとしてこうした社会貢献活動を打ち出すのは、選手個人よりクラブ、クラブ単独よりリーグで活動した方が影響力があるという考えからだ。社会貢献は、Bリーグが新たな価値観を提供し続けるための施策として、今後も注目されるだろう。
テクノロジーが生み出す新たな体験とコミュニケーション
新しい価値観は、テクノロジーとの融合によっても生まれる。開幕時に話題になった全面LEDコートをはじめ、Bリーグの打ち出すデジタルコンシャスな施策は、世間にインパクトを与えてきた。葦原氏は、テクノロジーとスポーツの融合について、どのように考えるのだろうか。
「今後ですか? 新しいこと、革新的なことをやり続けるのがBリーグのDNAなので、引き続き取り組んでいきます。期待値が上がると、ネタも苦しくなってくるんですけどね(笑)」
第5世代移動通信システム『5G』の到来や、VR、AR技術の進化など、これからテクノロジー×スポーツの分野の発展も続く。オールスターゲーム時に行われている、現地にいるかのような臨場感を、音や振動でサテライト会場で再現する次世代型ライブビューイング『B.LEAGUE ALL-STAR GAME 2019 B.LIVE in TOKYO』も、ますます“再現度”を高めていきそうだ。
「8Kの映像と最新技術を駆使してアリーナの音響・振動を再現して臨場感を出す次世代型ライブビューイングは満員になっています。テクノロジーで大きく変わるのは観戦スタイルで、アリーナ以外での視聴は大きく変わっていくでしょう。インターフェイスの壁が大きいのか、VR時代が来ると言われてから時間が経っていますが、技術的にできることが増えれば、応用の可能性も広がります」
「日本人って、幼少期から馴染んできた『運動会文化』『皆で応援する文化』を持っているじゃないですか。プロスポーツの応援も皆で揃えたり、音楽ライブでも同じ振り付けで踊ったりしますよね。あの一体感もスポーツの醍醐味の一つ、本質だと思います。もちろんアリーナで観戦した方が楽しいのを大前提として、離れた場所にいてもライブで、さらに皆で盛り上がることのできる仕組みは実験中です」
テクノロジーをどう使うのか? 新しい技術の導入はそれだけで話題になるが、Bリーグでは、デジタルテクノロジーも「ツールの一つ」として、目的に沿った使い方を心がけている。葦原氏には「やってみたいこと」があるのだという。
「スポーツはコミュニケーションツールだと話しましたが、私が一つやってみたいのは、テクノロジーを使ってリアルの出会い、コミュニケーションをより濃密にする仕掛けです」
「例えば、B.LEAGUEチケットのデータが溜まると、お客さんの属性や趣味嗜好がある程度分かるようになります。同じ試合を見るにしても、『○○選手のファン』をアリーナのある一角に集めたら、絶対これは盛り上がりますよ。しかも、○○シートみたいに明示せずに、偶然ファンが集まっているようにした方が絶対にいい。その選手に、『ここに君のファンがいるから、シュート決めたらここに向かってウインクしてよ』とリクエストしておく。実際にこういうファンサービスができたら、盛り上がると思っています」
「テクノロジーによって多くのことが可能になって、最後はまたリアルにつながっていく。デジタルマーケティングで、隣り合わせになったファン同士が意気投合して仲良くなるなんて、最高じゃないですか」
いわゆる「セレンディピティ」をテクノロジーとデータで演出して、リアルにつなげる。葦原氏の話は更に続く。
「隣り合わせた二人が男女だったら、お付き合いになるパターンもあると思うんですよ。Bリーグがきっかけで付き合って、結婚して、もっと皆が仲良くなる。大げさに言えば、世界平和につながりますよね。Bリーグをコミュニケーションに使ってもらうことが、最終的に目指すところです」
野球、サッカーに続く第三局として、Bリーグが切り拓く日本のプロスポーツ界の新たな地平は、時代の変化に伴って更に加速度を増しそうだ。
最終回となる次回は、順調な船出を果たしたBリーグの持続可能性、葦原氏の考えるSDGsについて話を伺いながら、日本のスポーツビジネスの未来を展望する。
▶︎Bリーグ創設3年を振り返る、葦原一正氏へのインタビュー連載はこちら