「スポーツウェアではなくファッションアイテムに」PSG STOREを手がけるベイクルーズが、スポーツ界で起こす革新

本国フランスのみならず欧州、そして米国で「サッカークラブ」の域を超え、ファッションブランドとしても注目を集めるパリ・サン=ジェルマン(PARIS SAINT-GERMAIN:PSG)。日本におけるストア展開を手がけるのが、大手アパレル企業のベイクルーズだ。2018年にはPSG STORE TOKYOを渋谷にオープン。翌年には同じく渋谷に2号店、さらにこの春には名古屋に3号店を出店するなど、事業は右肩上がりの成長を続けている。PSG STOREがかくも成功を収めた理由、そして日本のファッション&スポーツ界にもたらした革新をベイクルーズ上席取締役副社長 古峯正佳氏に尋ねた。(聞き手は田邊雅之)

前編はこちら:「できるわけがない」から始まった。ベイクルーズのキーパーソンが明かす、「PARIS SAINT-GERMAIN STORE」日本展開の舞台裏

「サッカークラブらしくなさ」というブランド力

PSGはフランスの首都パリに本拠地を置く都市型クラブとして独特な存在感を示す

――PSGの関連アイテムがかくも高い商品性や魅力を有しているのは、突き詰めて考えるとPSG というクラブ自体が持つ、独特の存在感に起因しているのではないでしょうか?PSGは1970年に設立された新興クラブで、歴史もさほど長くはない。そもそも現地の識者の中には、パリは芸術の都であってサッカーの街ではないと指摘する人さえいます。しかし、それが故にPSGは他のクラブチームにはない、洗練された都会的なイメージを打ち出してきた。押しも押されもせぬ強豪の一角でありながら、これほどサッカークラブらしくないサッカークラブは他に類を見ないような気がします。

「仰ることはよくわかります。私たちも深く関わってみればみるほど、いい意味でサッカークラブらしくないクラブだなと感じますから。例えばインスタグラムなどもPSGはオシャレじゃないですか。画像の作り方やコンテンツへの誘導の仕方が、すごく洗練されている。

それでいて社会貢献活動にも熱心で、しかもスピード感を持ってメッセージを発信してきた。現にノートルダム大聖堂が火災に見舞われた時には、選手たちが大聖堂をプリントしたユニフォームを着て試合に出場したし、新型コロナウイルスが蔓延し始めた時もすぐに対応しました。こういうスタンスも人々の心をくすぐるというか、特に若い人たちは、単なるサッカークラブにはない、何かを感じるんでしょうね」

――メッセージの発信の仕方も、押し付けがましくありませんしね。現代のライフスタイルに自然に溶け込んでいる。

「自分たちのブランドやバリューを高めていくのが、すごく上手だなと思いますね。これもまた他のサッカークラブにはない特徴だと思います。例えばバルセロナなどは歴史と伝統のあるすばらしいクラブですが、あのバルサでさえPSGに比べれば、オーソドックスなサッカークラブに見えてしまいますから」

――しかもPSGは、ジョーダンブランドとタッグまで組んでいます。ジャンプマンのマークをエッフェル塔のエンブレムに取り入れるなどという発想は、まさに目からウロコでした。正直、これほど強力な2つのスポーツブランドが融合したケースは、かつてスポーツ界ではなかったと思います。

「これは実に考え抜かれたアプローチで。実はPSGがジョーダンブランドと手を結んだ背景には、アメリカのマーケットを開拓するという狙いもあるんです。サッカーの新作ユニフォームは、ヨーロッパやアジアの市場で話題に上ることはあっても、アメリカで注目されるようなケースはほとんどない。

でもアメリカで絶大な人気を持つジョーダンブランドとコラボレーションを展開すれば、ジャンプマンのロゴを通して、アメリカの人々の目をPSGとサッカーに向けることができる。実際、ジョーダンとコラボをするようになって以降、アメリカではPSGのユニフォームを着ている人を多く見かけるようになりました。もちろん同じ現象は、この日本やアジア全域でも起きているわけですが」

――サッカーファンがPSGのユニフォームを通してバスケットボールのブランドに触れ、バスケットボールのファンがジョーダンブランドを介してサッカーに接していく。双方向からリーチできるのは強力ですね。

日本のPSG STOREだけが持つ魅力とは

株式会社ベイクルーズ 上席取締役副社長CUO 古峯正佳氏

――ベイクルーズは日本において、まさにその世界的なブームの一翼を担われたわけですが、今後はどのような展開を考えられていますか?

「現在は東京・渋谷に1号店と2号店、名古屋に3号店を構えていますが、大阪や福岡、あるいは札幌といった都市にもストアを開設していくことは十分に可能だと思います。商品構成に関しても、PSG側からは日本でしか実現できないような商品企画を求められたりすることもあるので、そこはしっかり対応していきたいですね。例えば今回、我々は『キャプテン翼』とのコラボレーションアイテムを企画しましたが、これも日本ならでは商品の一つです。

また、海外では藍染のように日本独自の技法を凝らした商品が喜ばれますし、下駄や草履といった伝統工芸品を組み合わせた商品も人気がある。実際、我々が独自に企画したプロダクトが、シャンゼリゼにあるPSGの路面店に並ぶこともあるんです」

――『キャプテン翼』のTシャツ然り、伝統工芸を活かしたアイテムも然りで、日本独自の企画商品は、海外のPSGファンやサッカーファンにとっては是が非でも手に入れたいものでしょうね。

「PSGはシンガポールやトロントにもファンクラブがありますが、現に我々が運営している(PSGの)ストアやエディフィスの店舗にはそういう地域のお客さんはもとより、さらにはお膝元のパリからわざわざ日本独自の企画商品を買いに来られる方も多いんです。いずれの商品もPSGとのコラボレーションを通して生まれたプロダクトでありながら、日本でしか手に入らないものがほとんどですから」

――パリに出張などに行かれた際、現地の方から「そのPSGのウェアどこで買ったの?」と逆に尋ねられたりするケースもあるのではないですか?

「ええ。質問されることはしょっちゅうありますね(笑)。そういう経験もまた、我々にとって大きな喜びになっているんです」

スポーツ×ファッションがもたらす新たな可能性

『キャプテン翼』とのコラボ企画では、漫画やアクセサリなどを用いたユニークな売り場作りを展開する

――PSGのような超一流のクラブと組んで独自に企画した商品を販売し、さらにはストアの運営そのものに携わっていく。ベイクルーズのプロジェクトは、サッカー界やファッション業界において画期的なだけでなく、日本のスポーツビジネスという観点から見ても、きわめて稀な例となっている印象を受けます。現在は様々な企業がスポーツ関連ビジネスに参入していますが、アパレル業界は全体的に見れば影が薄かったのが実情です。かくも密接にコラボレーションを展開されたケースは初めてではないでしょうか?

「ええ、多分なかったと思います。たしかに過去にはセレクトショップさんがプロ野球チームとコラボをしたようなケースもありました。でも事業の規模は限られていましたし、シーズンごとにマーチャンダイジング(商品の企画・開発)を行って、新たな商品をラインナップするレベルには至らなかった。ましてやプロスポーツチームの店舗を直接運営するようなケースは、この業界全体で過去に例がなかったと思います。実際、出店が決まった時には、ナイキの関係者の方からも『よく、そこまでやりますね』と驚かれたくらいですから(笑)」

――しかも御社が手がけられた商品やストアは、社会現象に近いブームさえ巻き起こしている。このようなノウハウを駆使すれば、Jリーグのクラブが運営しているショップをプロデュースすることなども十分に可能なはずです。

「正直、いかようでもやりようはあると思います。もちろん実際に動くとなれば、各ステークホルダーさんとの調整は必要になるでしょう。でも契約上の問題さえクリアできるのであれば、国内外を問わずどんなクラブの商品でも必ずうまく料理できる。このPSGとのプロジェクトを通じて、そう実感するようになりましたね」

――もし御社が参入すれば、Jリーグを従来にはなかったアプローチで活性化できますね。Jクラブのユニフォームや各種のウェアは、リーグ創設当初こそ目新しいファッションアイテムとして街中に溢れましたが、今は良くも悪くも人気が定着した結果、ファッションアイテムとしての魅力を失ってしまっている。どのクラブも地道な努力は続けていますが、マーチャンダイジングは頭打ちになっていますし、公式ショップなどは閑古鳥が鳴いているところも少なくありません。これは新規ファンの開拓という点でも、マイナス要因になっています。

「たしかに今の時点では、ファンの方だけが利用するショップになっている印象は受けますね。でもポテンシャルがないわけではないんです。我々のようなファッション業界の人間が商品の企画段階から関われば、街中で普通に着られるようなファッション性の高いアイテムや、もっとおもしろい商品は必ず創り出せる。これに並行して店舗のプロデュースや運営も行っていけば、現在よりもっともっと売り上げる伸ばせる可能性は確実にあると思います」

――それが実現すれば、ファッションを通じたファンの掘り起こしが期待できるだけでなく、サッカークラブの収益改善にも役立ちます。ひいては日本において、新たなスポーツカルチャーが生まれるきっかけにもなります。

「多分、いちばん大切なのは、何を創るのかという視点だと思うんです。例えばPSGとのコラボ商品にしても、我々はいわゆるスポーツウェアとしては作っていない。むしろカジュアルなファッションアイテムとして企画を考える。これは公式ショップも然りで。我々はスポーツショップとしてではなく、カフェなどと同じようなカジュアルショップの感覚で運営を行っています。だから商品の企画から仕入れ、販促や見せ方に至るまですべてが変わってくるし、それが違いを生んでいくんでしょうね」