「できるわけがない」から始まった。ベイクルーズのキーパーソンが明かす、「PARIS SAINT-GERMAIN STORE」日本展開の舞台裏

本国フランスのみならず欧州、そして米国で「サッカークラブ」の域を超え、ファッションブランドとしても注目を集めるパリ・サン=ジェルマン(PARIS SAINT-GERMAIN:PSG)。日本におけるストア展開を手がけるのが、大手アパレル企業のベイクルーズだ。2018年にはPSG STORE TOKYOを渋谷にオープン。翌年には同じく渋谷に2号店、さらにこの春には名古屋に3号店を出店するなど、事業は右肩上がりの成長を続けている。PSG STOREがかくも成功を収めた理由、そして日本のファッション&スポーツ界にもたらす革新をベイクルーズ 上席取締役副社長 古峯正佳氏に尋ねた。(聞き手は田邊雅之)

「できるわけがない」から始まった新プロジェクト

PSG STOREのアジア初出店は2018年、東京・渋谷だった

――ベイクルーズは欧州サッカー界の強豪クラブ、パリ・サン=ジェルマン(以下PSG)と提携されているだけでなく、2018年からはクラブの公式ストアを日本で直接運営され、国内外で大きな注目を浴びてきました。PSGとのコラボレーションが実現した経緯から教えていただけますか?

「我々ベイクルーズグループには、エディフィスいうメンズブランドがあります。今から5、6年前、そのエディフィスがブランド発足20周年を迎えるにあたって、何かおもしろいことを仕掛けてみてはどうかと思ったのが、そもそものきっかけですね。エディフィスはフレンチカジュアルといわれるスタイルをベースにしているので、フランスにまつわるパートナーと組んで、新しいことをやってみたいとひらめいたんです。

そこでふと思いついたのがPSGでした。我々はパリに駐在員をおいているので、まずは彼女に意見を尋ねてみることにした。ところが返ってきたのは『できるわけがないじゃないですか』という答えでした(笑)。PSGは日本で例えるなら読売ジャイアンツのような存在で、コラボレーションなど実現できるわけがないと。でもダメ元で構わないので、あえて何も知らないフリをしてコンタクトしてみてくれと頼んでみたんです」

――そのような状態から、よく話が具体的にまとまっていきましたね。

「ええ、我々は運も良かったというか。こちらがコンタクトしたのは、PSGにカタール資本が入ってから少し経った頃でした。当時のPSGは単なるサッカークラブという枠を離れ、自分たちのクラブをブランド化したいという希望を持っていた。現に我々が声をかける前から、デュポンのようなメーカーと少しずついろんなことを仕掛け始めていたんですね。

そこでたまたまコンタクトしてきたのがエディフィスだった。つまり先方が新しい取り組みにさらに力を入れたいと思っていたタイミングと、我々がPSGブランドを活用したいと考えたタイミングが偶然一致したんです。だから当初は現地の駐在員も渋っていたんですが、思い切って打診してみたら『じゃあ、やってみましょうか』と意外とすんなり交渉もまとまって。そしてエディフィスの20周年コラボ商品企画が実現したという流れですね」

PSG STOREというターニングポイント

株式会社ベイクルーズ 上席取締役副社長CUO 古峯正佳氏

――PSGとのコラボレーションは以降も継続していき、ついにはベイクルーズが日本国内でPSG STOREを出店・運営されるまでになりました。

「最初に企画したコラボ商品のセールスがなかなか良かったので、PSG側とは同じような商品企画をシリーズ化していこうという話になり、以降は年に 2回ぐらい新商品を発売する形態がしばらく続いていたんです。

そのような関係が6年ほど続いた後、今度はPSGの側から『かなり長くお付き合いしてきたんだから、そろそろ『結婚』して、もっと大きなビジネスをしませんか?』とプロポーズしていただいて(笑)。日本にストアを出店する計画があることを説明された上で、是非とも店舗の運営に協力して欲しいと依頼されたんです」

――PSGブランドは、エディフィスの既存の商品ラインナップにうまく溶け込んで好評を得ていました。コラボレーションを始められた時点から、いずれは店舗の運営まで任されるようになるかもしれないという、予感めいたものもあったのでしょうか?

「いや、ここまで話が大きく広がるとは、まったく思っていなかったですね。たしかにPSGが採用しているエッフェル塔のロゴマークは、すごくキャッチーじゃないですか。だから我々も手を替え品を替え、さまざまなモチーフとして活用したり、トリコロールを意識した商品を企画したりしていました。パリの人たちは日本文化が好きなので、藍染などを取り入れた商品などを手がけたこともあります。

でも当初は、あくまでもコラボレーションアイテムの一つという位置づけだったし、我々も細く長くお付き合いできればいいかなぐらいの感覚で動いていた。ところがコラボレーションを重ねるごとに、先方から提案される企画も増えていき、何よりお互いの信頼関係がすごく深まった。それが結果的には、店舗の運営というプロジェクトにつながったんです」

――PSG STOREが日本に進出したことは、それ自体が大きな話題になりました。しかも2年前にPSGがジョーダン・ブランドと提携し、新たなコラボ商品が誕生したことでさらに人気に火が着いています。

「それもまた(出店に向けて)我々の背中を押してくれましたね。PSGはデュポン以外にも、パリにあったコレットというセレクトショップと組んで新しいユニフォームの発表をしたり、アーティストとコラボしたTシャツを発表したりするような企画を仕掛けていましたが、全体的に見れば地味な印象は否めなかった。ただしその一方では、PSGのマーチャンダイザーを務めているキーマンが、水面下でいろいろ動いていて。その新たな目玉企画の一つが、ジョーダンとのコラボだったんです」

ジョーダンブランドがもたらした、さらなるインパクト

PSG STOREでは多彩な商品を取り扱っている

――PSGとジョーダンブランドとのコラボ商品は過去2、3年間、あらゆるファッションアイテムの中で最もヒットした商品になりました。特に若い世代の間では、爆発的な人気を呼んでいます。このような状況は上品なセレクトショップとして定評のあったエディフィス、ひいてはベイクルーズグループ全体にとっても、顧客層や年齢層を広げる効果があったのではないでしょうか。

「インパクトは大きかったですね。エディフィスでは30代中盤から40代後半くらいまでの男性をターゲットに商品開発を行っていますが、そういう方たちの大半はお子さんがいらっしゃる。しかもサッカー好きな子供たちが、やはり多いじゃないですか。

PSG STOREでは、子供向けのユニフォームやPSGのタオル、あるいはエッフェル塔のクッションといったグッズも扱っていますので、週末になるとサッカーが好きな子供たちが、お父さんやお母さんを連れてお店にやってくる。そしてユニフォームやグッズを買ってもらい、親御さんたちも自分たちの商品を買われるというファミリー層を軸にした流れが増えてきています。

しかも年末年始になると、客層が60代のおじいさんぐらいにまで伸びてくる。要はお孫さんがおじいさんを連れてきて、ウエアを買ってもらうようなケースですね。そういう意味では10代から60代くらいまでの幅広い年齢層の方に、足を運んでいただけるようになりました」

――30代、40代の男性に関しても、従来とは異なる客層の来店が期待できますね。たまたま子どもに連れられてお店にきてみたら、御社が企画されたPSGのオシャレなパーカーが目に留まった。これなら自分にも着られそうだということで、初めてパーカーに手を伸ばす。あるいはPSG STOREでエディフィスに興味を持たれ、帰りにエディフィスの店舗に立ち寄られるケースもあるでしょうし。

「仰る通りです。そういうパターンはかなり多いですね。さらに言えばメインのターゲットの方ももちろん来店されますし、PSGやジョーダンブランドとのコラボが始まってからは、いわゆる若年層のストリートファッションが好きな方々も来店されるようになりました。

もともとベイクルーズグループはシックなセレクトショップを展開しているので、若年層へのリーチが必ずしも上手ではなかったんですね。でも現在では、そういう若いお客様にもアプローチできるようになった。これは我々が販売している商品が単なるスポーツウエアではなく、きわめてファッション性の強いアイテムだからこそ実現したわけですが、従来のターゲットを広げたというよりは、むしろまったく新たな客層にリーチできるようになったと思います」

――PSGやジョーダンブランドとのコラボレーションを通して、ベイクルーズ全体としての訴求力が強くなったと。

「それと個人的におもしろいなと思ったのは、新しいタイプの女性のお客様が増えたことです。日本には『パリサン女子(パリ・サン=ジェルマン好きの女性)』と呼ばれる方々もいるんですね。彼女たちは、完全にファッションアイテムの一つとしてPSGのユニフォームを着たりする。こういう人たちも、今まではアプローチできていなかった。コラボレーションの展開の仕方一つで、本当にいろんな角度からいろんな方々にリーチできるんだなと改めて実感しているんです」

「スペクテーター向け」ファッションによる差別化

漫画『キャプテン翼』とのコラボ商品などは日本オリジナルだ

――PSG STOREの展開による客層の変化は、ベイクルーズが企画・販売する商品そのものにも深く関連している印象を受けます。具体的には、御社が企画されているPSGブランドの商品は、サッカーウェアというよりむしろ良質なカジュアルウェアに近い。PSGのユニフォームサプライヤーはナイキですが、このような特徴は、ナイキのプロダクトにない要素の一つだという印象を受けます。

「ナイキの商品はいわゆる『スポーツカジュアル』、スポーツをするためのウェアだと言えますが、これに対して我々は『スペクテーター(観戦者)』向けのウェアというコンセプトで商品を企画しています。もちろん一口に『観戦』といっても、内容は多岐に分かれます。自宅でテレビ中継を見るような方法もあれば、スタジアムに気軽に出かけていくようなスタイルもある。また我々はサッカーだけでなく、オリンピック観戦も視野に入れながら商品を開発してきました。こういう取り組みを通して、ナイキ製品とはまた一味違った、魅力的な商品を展開できるようにしています」

――ナイキとの差別化は商品開発の一つのカギになりますね。

「ええ、実際に商品を開発していく際には、PSGのスポンサーであるナイキの承認もクリアしなければなりません。ナイキとバッティングする商品を販売するわけにはいきませんからね。そういう意味では毎回、ナイキやPSG側とのやりとりを繰り返しつつ、一つ一つの商品を創り出していくプロセスになります。

でも、その代わりにナイキには他のスポーツブランドにはない大きな影響力がありますし、我々はここまでナイキともきわめて理想的なパートナーシップを構築できてきたと思います。実際、PSG STOREには、日本のナイキストアにも並んでいない商品、パリのストアでしか手に入らないようなナイキ製品が店頭に並ぶこともある。これもまたお互いの理解と協力関係があればこそなんです」

――その種の差別化はエディフィスの店舗と、PSG STOREの間でも図られているのでしょうか?

「商品構成に関して述べれば、まずエディフィスの店舗では、我々がPSGの商標を使って開発したコラボ商品の一部を扱う。そして、それ以外のコラボ商品やナイキ製品、現地から仕入れた年代物のレアなグッズなどをPSG STOREだけで販売するようにして差別化を図っています。我々のお客様の中には、ビンテージマニアと呼ばれる方々もいらっしゃいますから」

コラボレーション商品の企画から、日本におけるストア展開のパートナーへ。この意外な展開を可能にしたのは、アパレル企業ならではの「ファンション性」へのこだわりと、PARIS SAINT-GERMANブランドを独自に発展させていけるベイクルーズの強みだったと、ベイクルーズ上席取締役副社長の古峯正佳氏は証言する。次回は、PSGの「ブランド」としての価値、そしてベイクルーズがスポーツ界にもたらす革新について伺う。


後編はこちら:「スポーツウェアではなくファッションアイテムに」PSG STOREを手がけるベイクルーズが、スポーツ界で起こす革新