「地域で育てて、一緒に成長するスタジアムを」 梓設計の次世代のスタジアム・アリーナ構想

日本で最先端のスタジアムやアリーナの設計を行う梓設計。10月6日に開催された「スポーツビジネスジャパン2020オンライン」のコンファレンスでは、「地域や人々に親しまれ、必要とされる」、「365日賑わう」設計や、コロナ禍でのリアルとバーチャルを併用する「ハイブリッド観戦」のコンセプトを提示し、大きな驚きを与えた。FC今治の里山スタジアムや、仏アジャンのラグビースタジアムなど、国内外で活躍の場を増やす同社常務執行役員の永廣正邦氏に、次世代のスタジアム・アリーナのあるべき姿や、withコロナ、afterコロナの施設設計について伺った。

「使われる」スタジアム・アリーナへ

岩手県釜石市の釜石鵜住居復興スタジアム。写真提供=梓設計

日本最大のサッカー専用スタジアムとして知られる埼玉スタジアム2002。サッカー日本代表が頻繁に試合を行い、浦和レッズのホームスタジアムとしても知られる巨大施設を設計したのが、梓設計だ。もともと空港ターミナルや格納庫の設計を数多く行い、大空間の構造に強みを持っていたが、その知識と経験を活用して、今や最先端のスタジアムやアリーナ作りに乗り出している。

最近では8月に着工された、横浜みなとみらい21地区の世界最大級の音楽アリーナやホテル、オフィスで構成される大規模複合施設「Kアリーナプロジェクト」の設計・監理を担当。イベント性が高い街中の賑わいを作り出すという、新コンセプトのアリーナ作りで注目を集めた。

そして今、日本中のスポーツ関係者から熱視線が送られるのが、元サッカー日本代表監督・岡田武史氏が会長のFC今治と進める「里山スタジアム」のプロジェクトだ。現在の本拠地「ありがとうサービス. 夢スタジアム®︎」の収容人数は5000名だが、J2の基準を満たすには1万名を収容できるスタジアムが必要で、現在の東隣の敷地に新たなスタジアムを建設する計画を公表している。さらにJ1基準は1万5000名だが、里山スタジアムは増設を前提にしており、段階的な拡大が可能だ。

開業予定は2023年春。親会社のない民間クラブとしては初となるクラブチーム単独での民設スタジアムに向けて、梓設計 常務執行役員の永廣正邦氏は「この地域で日常的にいかに人を呼ぶか。スタジアムというよりも、365日にぎわっている場を作るという考え方を大事にしていています」と話す。

梓設計の基本コンセプトとは

株式会社梓設計 常務執行役員 スポーツ・エンターテインメントドメイン長 永廣正邦氏

ここ数年、梓設計が基本コンセプトとして提唱するのが「多様性」と「日常性」だ。地域の実情やニーズに合わない大規模な公共施設を作っても、試合やイベントの日以外は誰も寄り付かないなど低稼働を続ける。そんな「負の遺産」が全国各地に存在し、自治体も頭を悩ませるなど大きな社会問題になっている。それを引き起こさないためにも、この2つのキーワードは大切になる。

永廣氏はこの「多様性」について、地方には地方ならではの難しさがあり、各地域のニーズや特性をつかむ重要性を説く。

「地域に合わせて何が求められているかを調査して、何を作って人を呼ぶかを考えるのは非常に大事です。今治ではそれを実践できるよう、今は設計中ですが、地域に合わせた今治らしいスタジアムを目指しています。東京、大阪、名古屋、福岡のような大都市圏でしかできないイベントは決まっています。それ以外の地域ではどのようなことができて、何が必要になるのか。そこを重視しないといけません」

また同氏は、「試合やイベントが行われるのは限られた日数です。試合がない日も含めて、毎日賑わう施設を作らないと収入が上げられないし、何より地域の人々から親しみが出てきません。いかに外向きに開かれた形で、日常的に活性化していくのかが必要になる」と、スタジアム・アリーナが日常で使われることについても言及した。

同社が設計し、2019年のラグビーワールドカップの会場にもなった釜石鵜住居復興スタジアム(岩手県釜石市)はフェンスがないことで有名だ。「いつでも誰でも入れる」ことをコンセプトに、公園に近いイメージで作られたという。ラグビーの試合も行われるが、子供たちが遊べるイベントや映画の上映、プロ野球選手を呼んでの野球教室など、日常使いで重宝されて地域の人が集まっている。

「地域で育てる、成長するスタジアム」を今治から

FC今治「里山スタジアム」のイメージ図。写真提供=梓設計

この考えをさらに進めたのが、FC今治の里山スタジアムになるだろう。「サッカースタジアムを核に、地域とヒトをつなぎ、人々の感性を呼びおこす、次世代文化・交流拠点を目指す」と梓設計はコンセプトを掲げている。スタジアム周辺に商業施設など様々な施設を置き、地域の中心となることを目指す。

「日頃からスタジアムや周囲の施設に人が来てくれることが大事。外部の植栽や維持管理などは地元の方と一緒に進められればと思っています。みんなで作って、みんなの居場所になるスタジアムを目指しています」と永廣氏。その姿は「地域で育てる、成長するスタジアム」ということになるかもしれない。

従来のように最初に大規模なハコを作るのではなく、まず小さく適正な規模で作り、地域やチームの成長とともに住民の手も借りながら大きくしていく。いつも自分たちが行く場所ならば、住民も自然と愛着がわいてくる。各地では、人の集まる場所として学校や役所、博物館などがあるが、スタジアムを核とした民間のスポーツ・イベント施設も新たなアイコンになるという考え方だ。

さらに、スタジアム・アリーナを災害時の避難場所や一時的な緊急治療施設などにも転用すれば、有事の際も地域の役に立つ。日常から来ていれば勝手知る場所だけに、非常時でも地域住民は安心して避難できるはずだ。これまで稼働率の低い施設が重荷となり頭を抱えていた地方自治体とも連携すれば、より大きな社会的意義を持つだろう。

「新型コロナの影響でスポーツやイベントが行われなくなり、スタジアムやアリーナはほぼ稼働しない、もしくは極端に稼働率が下がるという日々が続きました。そういった時に、もっと施設が有効利用できれば」と永廣氏は語る。

次世代スタジアムを国内外で展開

地域の多様性を重視し、日常使いを前提にする梓設計のプランには、すでにJ3やJFLなどのクラブを中心に、多くの声がかかっているという。各チーム、各地域の要望や状況を詳しく精査しながら進めれば、日本全国に十分横展開できるはずだ。

また、新設のだけでなく既存のスタジアムについても、梓設計は有効活用策を見出している。その一例がJ2の町田ゼルビアの本拠地、町田GIONスタジアムの改修だ。バックスタンドを新たに増築して、約5000の増席を行った。永廣氏はこう話す。

「建築は50年、長くて60年が寿命と言われています。それをより長く持たせるために、既存の建物にも率先して取り組んでいきたい。壊さず生かしていきながら、新しい考え方を入れてあげる。これも多様性です。地域の多様性さながら、スタジアムの多様性もまた考えていくべきです」

仏アジャンのラグビースタジアムのイメージ図。写真提供=梓設計

国内スタジアムへの取り組みの一方で、海外にも活躍の場を広げている。目玉はフランス南部の街・アジャンでのラグビースタジアムの改修・拡張だ。これは同社初の欧州でのスタジアム案件。歴史あるスタジアムのメインスタンドを改修し、外装をチームカラーとして統一感を出すという。併設のホテルやクラブハウスも新たにできる予定で、「みんなが集まれる」スタジアムがコンセプトになっているという。

今まで海外といえば東南アジアでの案件が多かった同社だが、「まずはアジャンを足掛かりにヨーロッパ、そしていずれアメリカにも」と永廣氏。欧米といったスポーツ施設で先行する市場にも、次世代スタジアムのコンセプトとそれを支える技術、そして国内で培った経験で挑戦していく。

eスポーツにも進出。カギは「ハイブリッド観戦」

秋葉原のeスポーツ施設「eXeField Akiba」。写真提供=丹青社、撮影=御園生大地

さらに、同じく人を熱狂させるコンテンツとにらんで、eスポーツへも進出している。今年8月に梓設計が設計・監理を担当し、NTTe-Sportsが運営する「eXeField Akiba」が秋葉原に開業した。最先端のICTと機材を備えるeスポーツ施設だ。

「スポーツや音楽ライブと同様にeスポーツも良質なコンテンツになっていくと思っています。韓国に400~500人規模のeスポーツアリーナがあるのですが、オンラインには何億人もの視聴者がいたりします。リアルとバーチャルが交ざったハイブリッド観戦です。この考え方は、コロナ禍において一層重要になります」と永廣氏は語る。

コロナ禍では、リアルでの試合観戦が制限される。それにより入場料収入は落ちていくが、その打開策として永廣氏はリアルの興業とデジタル配信を同時に行うことを提案する。

「例えばスタジアムに5000人しか人を入れられなくても、デジタル配信で2万人に見られれば2万5000人分の収入があげられます。ライブ配信をリアルの半額と設定しても1万5000人分。バーチャルで人数がさらに増えれば、収入もさらに増えます。これを可能にするのは、まだ一部のコンテンツに限られるかもしれませんが…」

このハイブリッド観戦が、新たなスポーツの楽しみ方やファン層の獲得につながるのではというのが同氏の考えだ。

「みんなと一緒にリアルで見るのが好きという人もいれば、1人で飲みながらバーチャルでという人もいる。自分の好きな観戦方法を選べる時代が、コロナ禍もあり早く到来するのではないかと思います。またバーチャルだけで見ていた人が、それをきっかけに興味を持って、熱狂的なファンになってリアルの観戦に流入してくる可能性もあります」

こういったリアルとバーチャルの共存、融合こそが、次なるスポーツやイベントの飛躍のカギになるかもしれない。永廣氏は次のようにも続ける。

「新型コロナの影響により観客制限がかかる今だけバーチャルに力を入れ、それが過ぎたら以前の形に戻すというものではありません。withコロナの危機をチャンスと捉えてバーチャルに力を入れ、afterコロナの時にはそのバーチャルによってさらなるファン層拡大、収入強化につなげるのが、未来を見据えて必要です」

5Gなど通信環境の高速化の追い風もあるだけに、スポーツ界やエンタメ界が力を合わせて取り組むだけの価値があるはずだ。当然、質のいいバーチャル体験を提供するには、施設には今まで以上に配信設備を揃えないとならず、設備用の場所もあらかじめ確保しておく必要もあるだろう。今回の新型コロナが収まったとしても、また近いうちに新たな感染症が発生する可能性も指摘されているだけに、今後をにらむと外せない観点になる。

地域に役立つスタジアム、コロナ禍が契機に

バーチャル対応以外にも、新型コロナなど感染症を考えれば施設作りも工夫が必要だ。「アリーナでは自然換気も取れるようにやっていきたい。実は、私たちが提唱する外向きの施設=外から日常的に人が入れる施設は換気がしやすいんです。大型扉を少し開ければ簡単にできる。施設を防災拠点にする考えも重要だと思いますので、こちらもさらに研究していきたい」と永廣氏は語る。

新たな時代に必要とされるスタジアム・アリーナ設計にまい進する梓設計。「多様性と日常性を兼ね備えた、これからのスタジアム・アリーナを先導する設計をしていきたい」と抱負を語る永廣氏は、「過去には、作ったはいいですが日常的には閉鎖された施設もあったと思いますから。やはり率先して、実践していかないと」との自戒の念も込め、次のように続ける。

「この多様性と日常性という思想は、社会貢献にもつなげられると考えています。SDGsも意識していて、全17項目のうち各施設で何をやるかは必ず決めています。地域によって求められることは違うので、各地域・各チームと連携して問題を解決していくことが必要です」

365日いつでも人が集まり、誰でも楽しく利用できて、地域と一緒に成長してくスタジアム・アリーナ。コロナ対策もされ、それが防災施設としても利用できれば、ますます社会に役立っていく。そんなスタジアム・アリーナが全国にできていけば、日本はスポーツとエンタメとともに再成長できるかもしれない。