先進チームとアスリートに聞くデュアルキャリア。成功のカギは「100:100で取り組めるか」

かつてはアスリートのセカンドキャリアといえば、コーチなどの指導者になるか、飲食業などに従事するかというようにかなり限られたものだったが、現在はさまざまなジャンルのビジネスで活躍する人材が出てきている。さらには、現役中から複数のキャリアに取り組む「デュアルキャリア」を実践しているアスリートも増えてきた。

今回は、元プロ野球選手としては異色のキャリアを築いているデロイト トーマツ コンサルティングの久古健太郎氏(元東京ヤクルトスワローズ投手)、公認会計士の奥村武博氏(元阪神タイガース投手)、アイスホッケーチームの横浜GRITSを運営する、GRITSスポーツイノベーターズ株式会社代表の臼井亮人氏に、アスリートのセカンドキャリア、デュアルキャリアについて話し合ってもらった。

ロールモデルを作り出す3氏

――まずは、自己紹介がてら、みなさんが現在取り組まれていることをお聞かせいただけますか?

久古健太郎氏(以下、久古):東京ヤクルトスワローズを退団後、2019年2月にデロイト トーマツ コンサルティングに入社して2年半が経ちました。最初はスポーツに関わる案件を担当しましたが、現在はより広いジャンルのクライアントとお仕事をさせていただいています。アスリートの今後のロールモデルになれればと思っています。もちろん、私のようなキャリアが誰にとっても最善というわけではないので、あくまで1つの事例として参考になればいいなと。

臼井亮人氏(以下、臼井):私は北海道で生まれ、物心ついたころから身近にアイスホッケーがありました。文字通り、この競技に青春を捧げて学生時代を過ごしました。当時の夢は実業団チームで活躍することでしたが、高校、大学へと進むにつれ、アイスホッケーだけでは生活もままならないというシビアな現実を知ることになりました。

現在は横浜GRITSというアイスホッケーチームを運営しています。GRITSはデュアルキャリアが基本です。選手全員が別の仕事にも就いていて、「競技活動と仕事の両立」を実践することで、生活の心配をせずに競技を続けられる、アスリートの新たなロールモデルになることを目指しています。

奥村武博氏(以下、奥村):現在は公認会計士として、スポーツ団体の会計監査やアスリートの確定申告のお手伝いなどをしています。さらにアスリートデュアルキャリア推進機構という社団法人を通して、スポーツ界にデュアルキャリアという考え方を浸透させるべく活動しています。もう一つ、SPOKACHI(スポカチ)という会社を立ち上げて、アスリートの就職や起業の支援、スポーツ運営団体の財務コンサルティングなどもしています。

キャリアを成功に導くマインドチェンジ

臼井亮人氏:横浜GRITSの運営会社であるGRITSスポーツイノベーターズ株式会社代表。チームは2020年からアジアリーグアイスホッケーに参戦している。

臼井:久古さんも奥村さんも、プロ野球の選手であって、その道で実績を残してきたわけじゃないですか? キャリアに関して、そこからどうやってうまくマインドチェンジしてきたんですか?

奥村:戦力外通告があって、強制的にジョブチェンジさせられたんです(笑)。当時まだ22歳でした。2002年に阪神タイガースから離れた後、友人とバーを共同経営したり、自分の店を持とうとホテルの調理場でアルバイトしたりしましたが、実は飲食業は奥深い仕事で、自分にはうまくいきませんでした。

そんなときに、当時付き合っていた彼女が、後の奥さんですけど…ぶ厚い『資格ガイド』という本をくれたんです。そこには本当にいろんな資格が載っていて、それによって「世の中にはこんな仕事があるんだ!」と気付かされたんです。子供の頃から野球しかしてこなかったので、社会のことを知らなかったんですね。そこで公認会計士という資格があることも知りました。

――公認会計士は、三大難関資格とも呼ばれていますが、取得までは苦労されたみたいですね。

奥村:知らないというのは、ある意味では強みでもありますね(笑)。

合格率10%、合格者数1000人の難関資格なんですが、「高校野球で甲子園に出れる確率よりも高いじゃないか」なんて考えると、それほど難しいとは思わなかったんです。私は商業高校出身で簿記2級を持っていて資格とは共通点があり、しかも受験する時には受験できる条件が緩和されて、高卒でも受けられるようになったんです。もうこれは、自分のためにある資格だ!と思いましたね。でも結局、取得できるまでに9年かかりました。

久古:私は、入団当時は「将来はコーチになって…」というビジョンもありましたが、現役の終盤になると、社会に出て自分の“商品価値”を高めていくべきだなと考えていました。自分にとって、野球というのは人生を豊かにしてくれる手段でした。野球をすること自体が目的ではなかったので、そのキャリアが終われば別な手段を探すまでということですね。

引退したときは30歳を過ぎていたので、リスタートするにはギリギリのタイミングだなと感じていたこともあって、すぐにマインドチェンジしなくてはいけませんでした。就職活動を通して、野球で学んだことをビジネスに活かせると主張してみて、手応えのあるリアクションもいただけていたので、将来的な自信にもつながっていきましたね。

奥村:私は、引退してすぐはその日の生活を維持するのに追われてしまったので、「このままではいけないな」と目先のことから、視線を先に据えました。当時、阪神タイガースでは高卒同期で入団した井川慶投手らが活躍していたんですが、40歳になったときに彼らと対等に顔を合わせられるようにキャリアを作っていこうと心に決めました。

臼井:でも視線を先に据えるというのは、そう簡単なことではないと思いますね。それができるお二人は、やはりお手本となる存在ですね。

「スポーツがすべて!」ではダメなのか?

奥村武博氏:1998年阪神タイガース入団。2002年に阪神退団後、公認会計士の道を目指し2013年に試験合格。一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構代表理事も務める。

――横浜GRITSでは選手のみなさんがデュアルキャリアなわけですが、プレーとビジネスはどうやって両立させているんでしょうか?

臼井:アイスホッケー対ビジネスを「50対50」ではなく、「100対100」でやるようにと言っていますね。1日は24時間あるわけですが、スポーツ選手だってすべての時間をプレーや練習にあてているわけではないですよね。空いている時間は必ずあるはずで、時間の使い方を工夫すればどちらも100%の力を注げるように両立ができるはずです。

以前、選手にデュアルキャリアに関するアンケートを取ったことがあって、85%が「よかった」という回答でした。アイスホッケーと仕事を両方やることで、どちらの効率も上がったという意見も多かったですね。ほとんどの選手がポジティブに捉えていました。

――かつてはスポーツには「純粋さ」が求められてきましたが、もはやそれは正しくないのでしょうか?

奥村:2つ以上のことに同時に取り組むというのは、メリットしかないと思いますよ。今日の私たちだって、スポーツの他にやっていることがあったからこそ出会えているわけで、人脈が広がったり、いろんな考えに触れられたりするというのは大きなメリットです。

久古:「デュアルキャリアが当たり前」ということがスタンダードになるために、事例をもっとたくさん増やしていくことが重要ではないでしょうか。

野球を通して身に付けた、「目標設定して、それを逆算して実現していく」というスキルは、コンサルティングでもそのまま使えるんですよね。自分の持っているものを抽象化してみると、いろんなものとの共通点が見えてきます。

久古健太郎氏:2010年から2018年東京ヤクルトスワローズに所属。引退後2019年にデロイト トーマツ コンサルティング合同会社入社。スポーツチーム及び一般企業へのコンサルティングに従事している。

――では、現役アスリートはどのようなことから始めていけばいいのでしょうか?

久古:今でも、現役選手にセカンドキャリアの話をするのがはばかられるという状況があります。現役中からデュアルキャリアというマインドを持ったほうがいいと思うんですが……。

奥村:私は、教育がとても大事だと思います。特に野球は、それだけやっていれば大学まで行けてしまうんですよ。勉強もスポーツもどちらも手を抜かずに両立させることを身に付けておけば、将来的に仕事との両立もできるようになっていくはずです。しかも、違う知見を得ることによって競技にいい影響があることも学べますし。

臼井:横浜GRITSは、「夢と生きる活力に満ちた社会を創ります」という理念を掲げています。アイスホッケーという競技をメジャーにしていくという目的もあるのですが、デュアルキャリアという「働き方」を広めていく役割も担っていこうとしています。アイスホッケーと同じような状況にある競技はたくさんあると思うので、GRITSで成功すれば、いいロールモデルになります。

奥村:現役の頃、野村克也監督がミーティングで語られていたことは、現在のビジネスにも活用できることばかりでした。競輪学校でトレーニングさせられたこともあったりしたのですが、そうした他競技からの学びも大切ですね。

後悔していることは、現役中に外国人選手ともっと交流しておけばよかったなと。外国語の勉強もできたし、彼らの文化を学ぶこともできたはずなんです。現役のアスリートは、ちょっと視点を変えることで、そのままの環境でも学べることはたくさんあると思います。

アスリートとして異色のキャリアといわれる久古氏、奥村氏だが、共通しているのは自分を客観視して、長い視線と広い視野を得たことだ。臼井氏が横浜GRITSで実践しているように、アスリートの世界ではセカンドキャリアをどうするかという課題から、より進化して、デュアルキャリアにどう取り組んでいくかというステージに移行しつつある。

「スポーツしかしてこなかったので…」という言い訳は時代遅れになりつつある。それは、スポーツに真剣に取り組んでいるアスリートには、大いなる武器が備わっているはずだから。視点を変えることで、自分の気づいていない自らの武器の活かし方が見つかるはずだ。

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