多くのビジネスパーソンが、一度は興味を抱くであろうスポーツ業界。しかし、その入り口は限定的で、まず他業種へ進む人が多数だ。38歳で不動産業界からスポーツビジネスに飛び込み、Bリーグクラブを渡り歩く武田学さん(横浜ビー・コルセアーズ法人営業部部長)も、その例に漏れない。
新卒から商社・デベロッパーでキャリアを積んだ武田さんが、異業種からプロスポーツの世界に転職した理由とは? その後いかに業界内でキャリアアップを実現したのか? 横浜の地で本人に伺った。
◇武田 学(たけだ・まなぶ)さん
横浜ビー・コルセアーズ 法人営業部 部長
早稲田大学卒業後、航空系総合商社の不動産部門に就職。その後不動産デベロッパーに転職し約10年にわたり賃貸・オフィス・ホテルなど幅広い事業を担当。2021年に福島ファイヤーボンズの営業としてスポーツビジネス界にキャリアチェンジし、2025年より現職。
38歳で異業種からスポーツビジネスの世界へ
新卒で航空系総合商社に入社した武田学さん。航空機部品の調達や水産物買い付けなどを行う商社で、たまたま配属されたのは不動産部門だった。そこで不動産ビジネスの面白さには目覚めたものの、「法務が不動産専門ではなく契約書チェックに1か月かかったり、会社としてのノウハウも足りず成長も限られる」など、“やりづらさ”も感じていた。
専門的な動きができる環境を求め、不動産デベロッパーへ転職。10年間にわたり勤務し、賃貸事業拡大やオフィス部門の新規事業立ち上げ、そしてインバウンド向けホテル部門の拡大など多岐にわたる事業で活躍を見せる。
ただ、飛ぶ鳥を落とす勢いだったホテル事業は新型コロナウイルス拡大により状況が一変。「急激にお客さんが来なくなり、会社の『お荷物部門』になってしまった。その中で、自分のキャリアについて改めて考える時間が増えたんです」。
38歳。違う業界へ挑戦するならこれが最後のチャンスかもしれない——。そう考えた武田さんは、昔から心の片隅に抱いていた「スポーツビジネス」への情熱を思い出す。いくつかの転職サイトへの登録を経て、2021年秋には転職先の会社が所有するBリーグ・福島ファイヤーボンズに出向する形でプロスポーツ業界でのキャリアをスタートさせた。
異業種かつ地方への転職。もちろん、大きな葛藤があった。しかし、決断を後押ししてくれたのは家族の一言だった。「年収も下がり、地方暮らしになるので妻の説得が難航すると思っていました。しかし妻は『あなたが楽しんで仕事をしていないと家庭がもたない』と背中を押してくれた。結果、即断できました」と、武田さんは感謝を口にする。
「父の涙」が教えてくれた、スポーツの“感動を呼ぶ力”
そもそも、武田さんはなぜスポーツ業界に惹かれたのか。その原体験は大学時代に遡る。「2007年1月、母校の早稲田大学ラグビー部が、社会人の強豪であるトヨタ自動車に勝利する劇的な試合がありました。その時、決して人前で涙を見せない父がボロボロと泣いていた。スポーツが人の心を動かす凄まじさを目の当たりにした瞬間でした」。
大学は法学部だったが、課外のスポーツビジネス科目も履修した。しかし、商社に就職が内定していたためスポーツ業界には進まなかった。ただ「いつか携わりたい」という想いは持ち続けていた。
異業種での経験を経て、ついに飛び込んだBリーグクラブ。福島ではメンバー職で入団し、その後営業部長に昇進。スポンサー獲得に奔走した。不動産業界とは異なり、スポンサー営業は定量的な投資対効果を証明しづらい難しさがある。しかし、武田さんは前職で培った事業構想力や人の感情に寄り添うコミュニケーションで、壁を突破していった。
「それまで『土地を売っていただけたらこれだけの金額で買い取ります』『この土地に建物を建てていただけたら利回り○○%が期待できます』と数字で提案していたのが、スポーツだと難しい。ただ、数字で示しにくいからといってスポンサーを辞める企業は少なかった。会社のブランディングや従業員の喜びといった価値があるからです。そこでは、『福島にはこのチームが必要だ』と熱量を伝える重要性を学びましたね」
チケット1枚、スポンサー1社の獲得がチーム強化に直結する。クラブの成長は地域の活性化にもつながる。ソフト面から街をつくっていくのは、不動産というハードを通して街をつくっていく前職とは一味違う、大きなやりがいだと武田さんは語る。
横浜の地で描く、バスケとクラブの新たな価値
武田さんは2025年7月に同じくBリーグクラブの横浜ビー・コルセアーズに転職。現在、法人営業部の部長として7名をマネジメントしながら、プレイングマネージャーとして最前線にも立っている。
入社当時250社ほどだったスポンサー企業数は現在約320社に増え、収益も伸びた。ただ、それは入社前の環境がもたらした成長。今後は自分なりに、バスケットボールの可能性をより拡げていかなければならないと感じている。
「バスケットボールは誰もが触れたことのある競技。体育の授業や『SLAM DUNK』など漫画の影響もあって、皆さんが認知しているスポーツです。潜在的なファン層が圧倒的に多いのは、重要なポテンシャルです」
横浜という大都市がベースにあるからこそ、武田さんは今後のビジョンを“バスケットボール観戦文化の定着”に置いている。
「横浜はスポーツ文化が成熟していますが、野球シーズンが終わる冬の時期は、実は冬のスポーツコンテンツが手薄になりがちです。そこにバスケで盛り上がりをつくり、文化をつくりたい。観光客が『日帰り』で通り過ぎる横浜で、バスケが宿泊を伴うコンテンツになればいいですね」
地域ごとに特色がある横浜。その土地柄を理解しながらも、武田さんは「スポンサー」の枠組みにとらわれない新たなビジネスの形を模索している。
「ただ協賛金をいただくのではなく、スポーツという『感動を生み出す装置』と、企業のサービスを掛け合わせることで、市民の皆さんがさらに喜ぶような価値を提供していきたい。既存の枠組みにとらわれない提案をしていけたらと思います」
キャリアの棚卸しで見えた現在地
先述の通り福島ファイヤーボンズで4年弱、営業スタッフからマネージャーとなり実績を残した武田さん。その後転機が訪れたのは2025年。家族の事情により、関東圏での勤務を検討する必要が出てきたからだ。その際に利用したのが、以前からセミナーなどを通じて知っていた、スポーツ業化に特化した転職支援サービス「HALF TIME」だった。
「HALF TIMEは単なる求人紹介だけでなく、自分だけでは知り得ない業界内のネットワークやグローバルで活躍する人材の情報を持っている会社だという信頼感がありました。だからこそ、特定の求人に応募する手前で、まずはフラットに自分のキャリア全体を相談したいと思ったんです」
日々の業務に忙殺される中、「自分に残ったものは何か」を振り返る余裕すら失っていた武田さん。コンサルタントとして相談相手となった磯田裕介(HALF TIME代表)との週1回の面談は、徹底したキャリアの棚卸しの場となった。「まるで新卒の就職活動のように自分と向き合いました」と、武田さん。
結果的に相談・面談から1ヶ月半ほどで一次面接に進むスピードで、現在の横浜ビー・コルセアーズへの転職を成功させた。その時の経験は、自身のキャリアを総括するうえでも役立ったそうで、転職活動も戦略的な動きが重要だと締めくくる。
「自分を振り返る時間がない中で、自身の強みや前職のクラブで培ったスキルセットを言語化してもらえて本当に助かりました。また、面接に向けて『応募先のチームがどんな人材を好むか』など実践的アドバイスをもらえたのも大きかった。給与面を考慮して管理職を探していて、募集も限定的だったので、転職先の選択から面接のディテールまで、“生きるアドバイス”をしてもらえたことに大変感謝しています」(武田さん)
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異業種で培った事業開発や法人営業スキルを武器に、Bリーグクラブを渡り歩き、スポーツビジネスのフィールドで躍動する武田さん。今後、横浜の地でさらなる活躍が期待される。
担当コンサルタントの分析
HALF TIME株式会社
代表取締役 磯田裕介
キャリア面談や面接対策のサポートの際に感じた武田さんの特徴は“絶対に内定を勝ち取るんだ"という熱量の高さです。横浜ビー・コルセアーズの求人は武田さんの転職軸に対してのマッチ度が高く、「この機会を逃したくない」というご本人の覚悟を感じました。
実はこうした「熱量」は倍率の高い人気求人で内定を勝ち取るためには非常に重要で、面接に向けた徹底的な自己分析、自身が貢献できること、そして多々あるスポーツ団体の中でなぜ横浜ビー・コルセアーズなのかを整理いただき、面接時にアピールできたことにより、業界内でのキャリアアップの転職を成功させられたのだと思います。
HALF TIMEではスポーツ業界の転職を目指す方に、コンサルタントがあなたに合った求人を紹介するサービスを提供しています。無料のメールマガジンへの登録は〈こちら〉、コンサルタントとの面談は〈こちら〉か以下のバナーから。
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