HIS、ラ・リーガとの提携で描く壮大な青写真(4)パートナーシップを梃子にした、新たなバリューとビジネスの創出へ

日本に着実に根を下ろした海外サッカー人気と、シーズンを重ねる毎に増えていく欧州組。この状況の中、ひときわ脚光を浴びているのが、スペインサッカーリーグのラ・リーガとパートナーシップ契約を結んだ、株式会社エイチ・アイ・エス(HIS)だ。衝撃的な価格設定と、斬新なパッケージツアーなどを武器に、日本の旅行業界そのものを革新し続けてきた同社は、これからスポーツビジネスで何を目指そうとしているのか。取締役上席執行役員の山野邉淳氏が語り尽くした。(聞き手は田邊雅之)

欧州スポーツビジネスのノウハウを、日本へ還元

Atsushi Yamanobe
HIS
HIS 取締役上席執行役員 山野邉淳氏

――ラ・リーガとのパートナーシップ締結発表の席上では、企業向けのセミナー事業にもつながるというお話もありました。日本のスポーツビジネス関係者にとっては、クラブ経営やマネタイズ、あるいはファンの開拓方法を学ぶ機会にもなります。

「そもそも我々は法人を相手に業務を行っている部門で、これまでも様々な企業セミナーを行ってきました。そのような中で今回はラ・リーガと組ませていただきましたが、有益なケーススタディが数多く得られると思います。

もちろん一口にラ・リーガといっても、クラブ毎に資金力やマネジメント、ポリシーなどは違っているのが実情です。でもクラブの運営や集客方法、あるいは地域との関係性の作り方などに関して、様々な事例を吸収する接点を設けられればと。こういう実例は日本の様々なスポーツクラブも参考になると思いますし、スポーツに携わっていない一般企業の方にとっても十分に刺激的で、興味深いものになるでしょうから」

――まさにその点に関連してお尋ねします。今回のパートナーシップはアウトバウンドではなくインバウンド、御社の国内におけるスポーツ事業の充実にもつながるのではないでしょうか?  Jリーグに限らず、日本のスポーツ界では集客に苦しんでいるチームが多いのが実情です。ラ・リーガとの協働で得たノウハウと御社のリソースを活用すれば、日本国内で観戦ツアーを組織し、集客やマネタイズ、スポーツ界の活性化に貢献することも十分に可能だと思いますが。

「ええ。単にクラブをスポンサードしたり、お仕事をいただくという関係だけではなく、さらに積極的な関係性が作れたらおもしろいなと思っています。

現実的な話をすると、日本国内はものすごく既得権益の障壁が高くて、一筋縄ではいかない世界なんですね。こちらがどんなにいいアイディアを持っていても、それだけで通って行ける場所ではない。だから従来は国内のどこかのチームと組むとか、様々なチームを束ねて集客に協力できるようなケースは、ものすごく少ないのが実情でした。

でも最近でもいろいろと声をかけていただいたり、いい評価を頂戴するケースが増えてきている。ですからラ・リーガとの動き方や実績を見ていただいて、HISはおもしろそうだから一緒にやろうかなと思ってくださるところが増えてくれば、すごくありがたいですね」

旅行業界の格を上げていく HISの使命

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Ivan Codina
パートナー締結について今年7月に都内で記者発表会を行ったラ・リーガのイバン・コディナ氏と山野邉氏(右)

――そうなると日本のスポーツビジネスが活性化するだけでなく、御社自体が持つ価値を、さらに多角的に高めていくことができますね。私はトヨタやパナソニック、ジャパネットホールディングスなど、様々な企業を取材させていただいてきましたが、時代をリードする企業はいずれも、独自の伝統やノウハウ、人的・物的なリソースを活用して、新たな価値を生み出そうとしている。御社も旅行業や観光業にとどまらないバリューを提示できる新たな企業へと、移行されようとしているのではないでしょうか。

「旅行業は私たちにとって非常に重要な根幹事業なので、これ自体を放棄することはありません。でも今回のラ・リーガとのパートナーシップが象徴するように、旅行というのは一つのきっかけでしかない。だからその次につながる違うビジネスを展開したいと思っています。

少し言い方が難しいんですが、日本では旅行業や観光業の社会的な位置付けがすごく低かったと思うんですね。これはもしかするとサービス業全体に対する見方にも関連しているのかもしれませんが、いわゆる誰かのモノを右から左に流しているだけのように思われる傾向が強かった。

でも私たちは、そういう発想とは真逆のところで動いてきました。むしろ実際には観光を手がけることで、より多くの人にいろんな興味を持ってもらい、何か新しいことを体験していただく。旅行業とは、人生を左右するような貴重なポイントを創り出せる産業だと思っているんです。

世界を知るための機会を設けていく、あるいはこういう広がりを生んでいくという点では、やはり旅行会社はいまだに非常に大きな役割を担っている。ですから弊社に関しても旅行業から他の業態に移行するというのではなく、事業自体が持つ価値をもっと高めながら、旅行業の延長線上で、また違う事業に広げていければと思っています」

――グローバルなレベルで、さらに深く、人々の人生に関わっていくと。

「私たちは海外の約70カ国に進出していて、270店舗ぐらいのネットワークがあるんですね。進出している国や都市の数では、日本の旅行会社の中で最も多いですし、大手銀行や商社などよりも多かったりする。

このネットワークはもちろん旅行業を土台にして生まれたものですし、日本から海外に行かれる方にとっては、とても貴重なリアルな『接点』になってきた。しかも現在では、このネットワークの存在自体が、大きな価値を生み始めている。私たちが持っているリアルな接点は、事業の新たな可能性という点でも、非常に価値あるものになり得るんじゃないかと思っています」

HISの強みである、グローバルネットワークを活かす

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HISが目指すのはサッカーだけではない旅行・異文化体験だ。画像=Vlad Ungurianu / Shutterstock.com

――たとえば御社のネットワークを活用すれば、パッケージツアーを企画したり、現地でアテンドやサポートを行うだけにとどまらず、ホテルやビーチのような物件自体を確保され、トータルパッケージとして、他社にはない体験を提供することも可能になりますね。

「もしかして、弊社のことをかなり調べられました?」

――いえ。理屈で考えていけば、次にはそういう展開になるのではないかと思ってお尋ねした次第です。

「だとすれば、なおさら驚きというか。私たちは今まさに、ホテルやアクティビティを提供できる施設そのものを世界中で所有することによって、お客様にHISでしかできない体験を提供することを目指しているんです。一例を挙げれば、この夏には弊社が所有するクルーズ船を使って、ベトナムのハロン湾にある世界遺産を見て回る企画を実現させました。ラ・リーガとのパートナーシップもそうですが、自分たちにしかできない事業を急速に進めていければと思っています」

――それはひいては、御社のような旅行会社が生き残りつつ、「旅行業プラスアルファ」を確立していくための方向性にもなる。

「その通りです。実際、旅行会社を通して航空券やホテルの宿泊券などを販売するという流通形態、ディストリビューション自体はいまだに残っていますが、それがもはや主でなくなるのは明らかですから。

であればこそ、世界中にあるネットワークの存在を日本のお客様にもっと知っていただき、リアルな接点が持つ価値や、私たちが提供するきっかけの魅力を高めていくことが大切になる。その一つの形が、ラ・リーガとのパートナーシップのような、新たな事業への参画やパートナーシップになるんです」

スポンサーから一歩先へ、さらに深くコミット

――御社はスポーツビジネスにスポンサーとして携わるだけでなく、今回はパートナーシップ契約を結び、さらに深くコミットされました。将来的にはクラブの運営を直接行うような関わり方もあるかと思いますが、そのような方向を目指していかれるのでしょうか。

「そこまで行けるどうかはわかりませんが、いわゆる旅行業、航空券やホテルの宿泊券を売るという分野だけで事業を完結させたいとは思っていません。特にB2B事業においては、航空券やホテルの手配がほぼ主な業務になっている。ただし我々は、お客様がそもそもどうして海外に行かれるのかという理由をお聞きして、事業をさらに活性化させるようなパートナーになることを目指しています。

先程も述べた事業セミナーやビジネスマッチング、あるいは現地の視察ツアーは一例ですが、ラ・リーガとのパートナーシップによって、この流れはさらに加速していくでしょうね。私たちはラ・リーガとの提携に大きな手応えを感じています。しかし、パートナーシップを組んだこと自体に喜びを感じているわけではない。むしろ新たなビジネスの可能性が拓けていくことが、何よりも嬉しいんです。

今回のパートナーシップは、私たちにとって『入り口』でしかない。最終的にどこまで事業を進めていくかーークラブチームを買収して直接オーナーとして運営するのか、あるいはクラブの運営をサポートする立場がいいのかはわかりませんが、そういう事業に興味がないわけではありませんから、様々なシナリオを検討できるところまでいければ、すごくいいなと思っています。ラ・リーガとパートナーシップを結んだ最大の意義は、そこにこそあると思いますから」

――今回のプロジェクトは終着点ではなく、最初のステップに過ぎない。

「ええ、本当に最初のステップだと思います。この事業は大きな可能性を秘めていますから。実際、1年だけサポートして終わりではなく、どんどん深く関わっていくような関係を長期的に築いていきたいという方針は、先方とも互いに確認しあっています。社としてはもちろん、私自身もいろいろ仕掛けていきたいことがあるので、これからがすごく楽しみですね」


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