世界最高峰のサッカークラブでどうしたら働ける? シティ・フットボール・グループに採用された日本人に、岡部恭英が直撃

スポーツ業界で働くことは狭き門だといわれる。世界最高峰の舞台で戦うプロスポーツとなればなおさらだ。山口祐二さんは1年前、HALF TIMEの転職支援サービスを通して、シティ・フットボール・グループ(CFG)の日本支社、シティ・フットボール・ジャパンへの転職を決めた。

CFGといえば、イングランド・プレミアリーグ史上初の4連覇を果たしたマンチェスター・シティをはじめ、世界で13クラブを傘下に持つグローバルなサッカー事業グループだ。

いかにして山口さんはその座をつかみ、キャリアを築いてきたのだろうか?UEFAチャンピオンズリーグに携わるなど約20年にわたりグローバルスポーツビジネスの最前線で活躍する岡部恭英氏と、その秘訣を探る。(文=野口学)

山口 祐二
シティ・フットボール・ジャパン株式会社 シニアビジネスデベロップメントマネージャー

1979年生まれ。オタゴ大学(ニュージーランド)卒業。専門商社に勤務し約7年半のタイ駐在を経験した後、レアル・マドリード大学院(スペイン)でスポーツマーケティング修士を取得。ヤマハ発動機ジュビロ(現・静岡ブルーレヴズ)、東京サントリーサンゴリアスのラグビー2クラブでの勤務と一般社団法人の立ち上げも経験し、2023年3月シティ・フットボール・ジャパン入社。日英のほか中国語、タイ語、スペイン語の5カ国語を操る。

岡部 恭英
TEAMマーケティング シニアバイスプレジデント アジア・パシフィック地域代表

1972年生まれ。欧州サッカー連盟(UEFA)専属マーケティング代理店であるTEAMマーケティングのアジア・パシフィック地域(APAC)代表として、テレビ放映権・スポンサーシップの営業を担当。世界最高峰の大会UEFAチャンピオンズリーグに携わる初のアジア人。慶應義塾体育会ソッカー部出身、ケンブリッジ大学(英国)MBA取得。シンガポール在住。

欧州トップのサッカークラブで働く日本人の経歴

左から)山口祐二氏、岡部恭英氏。世界のサッカービジネスの最前線で働く二人

岡部:山口さんはCFGに入社する前、何をされていたんですか?

山口:化学品の専門商社に勤めて、そのうち7年半ほどタイに駐在していました。ただ学生のときにラグビーをやっていたこともあって、いつかスポーツ業界で仕事をしたいという思いはありました。それで会社を辞めた後、スペインに渡ってレアル・マドリード大学院でスポーツマーケティングを学びました。

岡部:それから帰国して、ラグビーの仕事に携わるんですね。

山口:ヤマハ発動機ジュビロではチームを事業化していく過程でプロジェクトマネージャーとして関わらせていただき、東京サントリーサンゴリアスでは最初は通訳として入って、その後パートナーシップ営業と地域連携のリーダーを務めました。

ただやっぱりスポーツ業界は狭き門で、正社員として雇うのは難しいということで個人事業主として業務委託契約で働き始めました。サンゴリアス時代に結婚して子どもが産まれたこともあって、できれば正社員としてよりコミットしてグローバルに働きたいという思いが強くなっていたので、スポーツ業界から離れることも考え始めたタイミングでした。

岡部:そこからどうやってCFGの求人にたどり着いたんですか?

山口:磯田さん(磯田裕介:HALF TIME代表)のSNSを見ました。非公開求人ということで社名は記載されていなかったのですが、欧州サッカークラブでパートナーシップ営業の募集をしていると。これがスポーツ業界での最後のチャンスかもしれないという思いで磯田さんにダイレクトメッセージを送りました。

サンゴリアスで通訳として働いていたとき、チームのアドバイザーを務めるエディー・ジョーンズさん(現ラグビー日本代表監督)から、「自分はペップ(ジョゼップ・グアルディオラ氏:マンチェスター・シティ監督)に多くを学んでいる」という話を聞いたこともあり、CFGの求人だと知って強く興味を引かれました。

専門商社からラグビー、サッカーへ。「いつかスポーツ業界で仕事をしたい」という夢を叶えた

採用のカギは「徹底的なリサーチ」と「自分の頭で考え抜くプロセス」

岡部:応募にあたって、意識したことはありますか?

山口:自分の特色は何か、どうしたら他の人と違いを出せるのか、という部分はかなり意識しました。募集ポジションが(日本だけでなく)アジア地域のパートナーシップ営業ということだったので、面接では、タイ駐在時代に築いた現地企業との関係性だったり、タイで通っていた大学院時代に培った人のつながりをアピールしました。

また最終選考のプレゼンテーションがCFGのパートナーシップ企業の候補を提案するというものだったんですが、CFGのパートナーシップに関する現状分析をした上で、これまであまりターゲットとされていないなかったカテゴリー(業種)の企業を提案しました。CFG目線ではなく、企業目線でよく考察されていたことも大きなポイントになったようです。

岡部:素晴らしいですね。相手を徹底的にリサーチした上で、どんなイシュー(課題)があり、どんなオポチュニティ(機会)があるかを考える。その上で、自分ならどう貢献できるかを売り込む。CFGサイドはおそらく、山口さんがどれだけ「考え抜いたか」を見ていたんだと思います。

山口:岡部さんのおっしゃるように、考えたプロセスが見えるように意識していました。なぜこの企業にターゲットを絞ったのか、他にどんなカテゴリーのどんな企業が候補にあったのか、そういった過程をプレゼン資料のアペンディックス(補足資料)に入れてシェアしたところ、その部分も高く評価されたと聞きました。

岡部:日本の教育は正解を求める傾向が強いのですが、プレゼンでも知識を並べているだけという人は結構多いんですよね。とにかく自分の頭で考え抜くことが大事です。

英語でのオープンなQ&Aを苦手とする人も多いと思いますが、山口さんのようにあらかじめ準備しておけば、どんな質問が来てもアペンディックスに誘導することができるので、自分のペースに持ち込んで話を進められる。徹底的に準備することが何より大事だということが山口さんの事例からも分かりますね。

山口:あとは、磯田さんに手厚くアドバイスしていただいたことも大きかったと思います。プレゼンテーション資料のフレームワークを提供してもらったり、アピールすべきポイントをアドバイスしてもらうなど、かなり密にやりとりさせていただきましたね。

これからのスポーツ業界で求められる人材は?

TEAMマーケティングに入社し17年以上。同社初のAPACオフィス設立のためスイスからシンガポールに居を移した岡部氏

岡部:いつも言っていることなんですが、“スポーツビジネス”はあくまでもビジネス。山口さんのようにグローバルで活躍できる人材はますます重要になります。日本のスポーツ業界は優秀な人材を求めていくことにもっと貪欲である必要があると感じます。

山口:昨今はスタジアム・アリーナへの投資が活発ですし、富裕層向けのスポーツホスピタリティーも注目を集めているので、このあたりの人材は今後さらに求められると考えます。国内のスポーツ市場規模が2025年に約15兆円に達すると試算されていますが、まちづくりや、スポーツツーリズムなど周辺産業への波及効果まで含めると、スタジアム・アリーナ関連が大きな割合を占めているので。

あとは営業の人材ですね。優秀な人材は他業界も含めて取り合いになりますが、営業は直接売り上げにつながるポジションなので、思い切って1000万円以上という高額のオファーを出すなど、人材への投資は積極的に進めてほしいなと感じています。

岡部:やっぱり優秀な営業人材は求められるでしょうね。あとはテック人材。日本のスポーツ業界にはテクノロジーによる劇的な変化が必要ですが、まだまだその分野に詳しい人材は少ない。先日テイラー・スウィフトのコンサートに行ったんですが、テクノロジーを使った演出は非常に幻想的でした。

スポーツ業界でもそうした「体験価値」をつくることだったり、DX(デジタルトランスフォーメーション)、データアナリティクス、AIなど、その道のエキスパート人材がもっともっと必要です。

もう一つ大事なことを挙げれば、英語力です。スポーツビジネスはグローバルでの戦いなので、英語ができないとスタートラインにも立てません。セールス、テクノロジー、英語、このうち2つ以上を持っていればどこでも求められる人材になるでしょうね。

山口:私自身、CFGの選考では、英語に加えてタイ語と中国語を話せたことが大きなポイントだったようです。スキル的にも語学的にも、他の人よりも秀でたものをいくつか持っていないとなかなか勝負できない世界だなと感じます。

グローバル企業でのステップアップに必要な「根回し」

山口:岡部さんに質問なんですが、グローバル企業でステップアップするために必要なことは何でしょうか?

岡部:コミュニケーションですね。グローバル企業で生き残る人に共通するのはやっぱり社内のコミュニケーション、日本で言う「根回し」です。根回しと言うと日本ではあまりイメージは良くないかもしれませんが、欧米での根回しはめちゃくちゃすごい(笑)。

上司だけでなく部下にも同僚にも、全方位にとにかくコミュニケーション、コミュニケーション、コミュニケーション。これが大事です。

山口:今まさに痛感しています。イギリスの上司がいつも忙しそうにしていたので報告する内容を絞ったのですが、そうすると上司からはあまり何もやっていないような見られ方をしてしまうと感じました。密にコミュニケーションを取ることがやっぱり大事なんですね。

岡部:何でもいいんですよ。書類のレポートでも、プレゼンでも、コーヒーを飲みながらの雑談でも、電話でも、メッセンジャーでも。とにかくコミュニケーションを徹底する。自分がどれだけ組織に貢献しているか、自分にどれだけバリューがあるかアピールする。僕も苦手なんですが、グローバル企業における生命線といえます。日本人の感覚でやり過ぎかなというぐらいでも、海外の人からは少し物足りないというイメージです。

イギリス本社への出張時の山口さん。2023年6月。写真=本人提供

岡部:山口さんは今後どういうキャリアを歩んでいきたいと考えているんですか?

山口:まずはCFGでしっかりステップアップしていきたいと考えています。パートナーシップ営業やマーケティングを通じて、CFG、マンチェスター・シティ、そして世界のCFGクラブの力になりたいですね。

その上で、将来的にはクラブ経営やリーグ設計に関わっていきたいと考えています。スポーツ業界全体でもっと事業規模を拡大して、収益性を上げていくなど、持続性のある仕組みづくりをしていきたい。

例えば、ヤマハ発動機時代に監督をしていた清宮さん(清宮克幸氏:現日本ラグビーフットボール協会副会長)が、その後、新プロリーグ設立準備委員会の委員長を務めていらっしゃったんですが、海外のチームに新リーグに参加してもらって、放映権を売りにいくということも考えていたそうです。

それぐらい大胆なことを実行しないと、日本のスポーツ業界はなかなか大きくなっていかないんじゃないかと感じています。簡単ではないと思いますが、チャンスがあればそうしたポジションに行きたいなという思いは年を重ねるごとに強くなっていますね。

岡部:素晴らしいですね。少子高齢化と人口減で日本の国内市場は縮小していく。そうなると、採るべき道は2つしかありません。イノベーションを起こして生産性を上げるか、グローバルに出ていくか。

早いうちから海外に飛び出して、国際経験豊富な人材になることが、日本とスポーツを盛り上げることにつながります。多くの人たちがスポーツ業界に挑戦することを楽しみにしています。

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