にわかファンを熱狂ファンへ! 「世界一」の夢に向けて、日本ラグビー界が挑むマーケティングの全貌【動画あり】

近年、ラグビー日本代表は大きな躍進を遂げた。2015年ワールドカップで優勝候補・南アフリカを相手に「史上最大の番狂わせ」を演じ、2019年日本大会では初の8強入りを果たして日本中を歓喜の渦に包んだ。昨夏のフランス大会こそグループステージ敗退となったが、着実にその人気は高まっている。

この熱をいかにして国内リーグへとつなげるのか――。「ジャパンラグビー」が挑むマーケティングについて、公益財団法人日本ラグビーフットボール協会CMOならびにジャパンラグビーマーケティング株式会社COOを務める牧健氏が、HALF TIMEとヤプリ共催のセミナーで語った。

協会とリーグが共同で新会社を設立した目的

2022年12月、日本ラグビー界で新たな取り組みが始まった。

公益財団法人日本ラグビーフットボール協会(JRFU)、一般社団法人ジャパンラグビーリーグワン、ソニーグループ株式会社が共同で新会社「ジャパンラグビーマーケティング株式会社」を設立、翌年5月には株式会社NTTドコモが出資参画した。

協会とリーグが一緒にマーケティング活動をすることは、スポーツ界では珍しい。

スタジアムでの新たな観戦・エンターテインメント体験の創出、リアルとデジタルの両方でファンが楽しむことのできるイベントやサービスの提供、チケット・グッズ・情報・配信など多種サービスのシームレス化などの活動を通して、ファンの裾野を広げ、日本ラグビー全体の価値をさらに高めていくことを目的にしている。

日本ラグビー界は新たなマーケティング活動に取り組んでいる。画像提供=JRFU

「Japan Rugby ID」導入で変化したファン体験

具体的な取り組みのひとつが「Japan Rugby ID」だ。

これまで、日本代表、リーグワン(以前はトップリーグ)の各チーム、大学ラグビー、高校ラグビー、7人制ラグビー、女子ラグビーと、それぞれのカテゴリーに熱狂的なファンは存在したいたが、横断的に応援するような形にはなっていなかった。

その背景にあるのは、カテゴリーごとにファンの情報が管理されていたことだ。「ラグビー界として一元管理できないかと考えた」と牧氏が語ったように、Japan Rugby IDを導入し、全カテゴリーのサービスを紐づけるように刷新した。

そうすると、例えばこうしたことが可能になる。

ある“にわかファン”が、Japan Rugby IDを使って初めて日本代表のチケットを購入。スタジアムで観戦し、代表初キャップの選手が“お気に入り”になった。試合後、その選手の情報がアプリで届き、地元のチームに所属していることを知る。リーグワンのチケットとグッズを購入して観戦。さらにその選手が自分の母校出身だとアプリで知り、大学ラグビーのチケットを購入。全てのサービスが一つのプラットフォームで利用できるようになり、ラグビー漬けの毎日を楽しめるようになった――。

「日本代表が人気になったというだけでなく、どうやってリーグワンにつなげていくかが大事」と牧氏が言うように、各カテゴリーのファンを相互に送客し、その結果としてラグビー界全体でファンベースを大きくしていくことにつなげようとしている。

リーグワン内でもホストチームがビジターチームのファン向けにアプローチするなど、これまでにはできなかった施策も可能になった。実際その効果は徐々に表れており、「成功事例を各チームで共有していくことで、スタジアムを満員にしていきたい」(牧氏)と意気込む。

牧 健氏:公益財団法人日本ラグビーフットボール協会CMO/ジャパンラグビーマーケティング株式会社COO

新規ファン獲得のキーワードは「ハードルを下げる」

新規のファンを獲得することは日本ラグビー界の命題であるが、それと同時に忘れてはいけない大切なことがあるという。牧氏は、「W杯で勝てなくて人気のなかった時代からずっと支えてくれたコアファンの方々の応援が基盤にあって、日本ラグビー界は成り立っています。彼らのことは本当に大事にしないといけない」と感謝と尊敬の念を隠さない。

現状のファン属性を見てみると、男性が58.8%と圧倒的に多い(女性23.8%、不明17.4%)。年代別では男女ともに50代が最も多く、次いで男性は60代、女性は40代となっている。

近年は女性の新規ファンが増えており、特に10代~30代は実に半数以上が2019年W杯以降にファンになったというデータもある。一過性のブームに終わらせるのではなく、「いわゆる“にわかファン”の方々を、年に何回も見に来てくれたり、コアファンになってもらう流れをつくりたい」(牧氏)と話す。

ラグビー界では「にわかファン」をコアファンにすることが命題。画像提供=JRFU

今後は女性ファンに限らず、ファミリー層、若年層など、現状あまり獲得できていない層にアプローチしていくことが課題だ。一度もスタジアムに来たことがない人に、いかに“行ってみたい”と感じてもらえるか。そのカギとなるのは「ハードルを下げること」だと牧氏は説明する。

「リーグワンのチームはファンサービスが充実していて、ハイタッチしたり、ラインアウトの体験ができたり、選手とファンの距離がすごく近い。こうした“行ってみないと分からない”部分や、選手の裏側、ロッカールームの中、プライベートなど、選手に感情移入してもらえるような、試合以外の部分の情報をもっと発信していく必要があると考えています」(牧氏)

経営面で苦戦の続く世界のラグビー、日本に期待

世界のラグビーに目を向けると、経営面でうまくいっているとはいえないのが実情だ。ラグビーの母国イングランドではプロチームの経営破綻が相次ぎ、昨年フランスで開催されたW杯は240万人超の観客を動員するなど大いに盛況だったにもかかわらず、フランスラグビー協会は2期連続で大幅な赤字となった。

世界のラグビー界で、競技面・経営面・市場性で日本への注目度は高い。画像提供=JRFU

こうした状況の中で、日本ラグビー界への期待は大きくなっている。昨年5月、世界最上位層「ハイパフォーマンスユニオン」に日本が入ることが正式決定した。牧氏が「これまでの全ての関係者の努力の結晶」と話すように、チームの成績だけでなく、2019年大会の成功を含めて総合的に高く評価されたのだ。

さらには「経済的な基盤の強さ」もその要因にあるという。

JRFUの経営規模は約70億円(2022年度)。ニュージーランド、イングランド、オーストラリア各国協会と比べると小さいものの急激に伸びていることに加え、「日本は他国と比べて堅実な経営ができている。代表を長く支えていただいている協賛パートナーだったり、リーグワンに参戦しているチームの母体企業、そして大企業や地元の自治体による強いサポートが世界でも注目されている」(牧氏)と説明する。

左から)モデレーターを務めたヤプリ マーケティング本部 神田静麻氏と牧氏

オールブラックスを国立競技場に迎えた一戦も記憶に新しい。2022年10月に開催された「リポビタンDチャレンジカップ2022 対ニュージーランド代表戦」では6万5,188人の観客動員を記録。改修後の国立競技場の最多記録で、いまだ破られていない。日本におけるラグビー人気の高さをあらためて国内外に示す結果となった。

JRFUでは、W杯を再招致し、“世界一”になることを目指している。そのためには経済的な基盤のさらなる強化が求められ、Japan Rugby IDも含めた日本ラグビー界全体の収益を上げていく仕組みが必要だ。

「ラグビー界としては何か特別なことをしようとしているわけではなく、これまでできていなかったことをひとつひとつクリアしていこうと考えています。今まで支えていただいたファンの方々を大事にしつつ、どうやって新しいファンを獲得するか。これからもその部分を丁寧にやっていきたいですし、皆さんの声を聞きながら進めていきたいですね」(牧氏)

セミナーのアーカイブ動画はこちら(無料)

日本ラグビーフットボール協会CMOの牧健氏が登壇したセミナー「代表人気をリーグにつなげる!日本ラグビー界が挑むマーケティング:“4年に一度”から「身近なリーグワン」へ」のアーカイブ動画をご覧いただけます。

◇アーカイブ動画(全編ノーカット)は以下よりアクセスください(無料)。