SNSは「バーチャルなスポーツバー」 NBAワシントン・ウィザーズのファンマーケティング

八村塁選手や渡邊雄太選手の活躍で、日本での注目度が一層高まっている米プロバスケットボールリーグNBA。八村選手がNBAデビューを飾ったワシントン・ウィザーズでは、どのようにファンマーケティングに取り組み、日本という遠く離れた「異国の地」でもファンエンゲージメントを進めてきたのか?日本市場のマーケティングを担う新川諒氏が、HALF TIMEとヤプリ共催のセミナーで語った。

ライト層がチームに触れられる機会を増やす

NBAは世界215の国と地域で試合が放映され、6億5000万人のファンを持ち、SNSの総フォロワー数は19億人ともいわれている。これはアメリカのメジャースポーツのなかでも、No.1の規模といってもいい。そんななかで、ワシントン・ウィザーズは「スター選手だけに頼らない」マーケティングを目指していると新川氏は語る。

ワシントン・ウィザーズの親会社であるモニュメンタル・スポーツ&エンタテインメント(MSE)は、ウィザーズ以外にも女子バスケWNBAのワシントン・ミスティックスや、アイスホッケーNHLのワシントン・キャピタルズを傘下に持つ。ミスティックスは町田瑠唯選手が所属していたことでも知られている。

そして、各チームの本拠地であるキャピタル・ワン・アリーナなど5つの施設の経営も行っている。「アリーナでは、年間400以上の興行が行われていて、スポーツだけでなくディズニー・オン・アイスなどのエンターテインメントも開催されています」と、新川氏は説明する。

ワシントン・ウィザーズの本拠地、キャピタル・ワン・アリーナ。画像提供=ワシントン・ウィザーズ

キャピタル・ワン・アリーナでは、アメリカのスポーツ施設としては初の試みとして、アリーナで「スポーツ・ブック(勝敗を予想する賭け)」を提供。「スポーツ・ブックのおかげで、試合のない日にもアリーナには行列ができています」(新川氏)。また、eスポーツに特化した施設も作られ、チームの試合日でなくても人が集まるイベントを仕掛けている。

そして、2022年にNBCスポーツ ワシントン局を買収し、さまざまなコンテンツとメディア制作力を掛け合わせて提供できる、総合的なスポーツ・エンターテインメントグループとなった。

それ以外にもバスケットボールと親和性の高い「ファッションでも」注目の動きが。

「ウィザーズでは毎年、選手がモデルを務めるファッションショーを行っています。第1回はアリーナ内の特別ステージで、そして第2回は外に飛び出して、レストランが立ち並ぶ川沿いの埠頭で開催しました。食事帰りの人が観てくれたり、女性のお客様もたくさんいましたね」(新川氏)

こうして、普段バスケットボールと触れ合わない人たちに対して多くのタッチポイントを用意することでファンの獲得を目指しているのだ。

ウィザーズのファッションショーには選手が登場。画像提供=ワシントン・ウィザーズ

NBAの「グローバル化」 海外ファンとスポンサーを獲得

米国以外のファンも忘れてはならない。NBA全体ではファンの総数はアメリカ国内よりも海外の方が多くなっていて、会場に足を運べない人にもチームを身近に感じてもらおうと、各チームではデジタルコンテンツへの取り組みが進んでいる。

その背景には、NBAの「世界戦略」がある。NBAでは2017-18シーズンから、ユニフォームにスポンサー名をのせることを解禁。さらにグローバルスポンサーシップの枠が2つ設定され、各チームは世界中からスポンサーを募ることができるようになった。

「ワシントン・ウィザーズは、2019年に日本のNECと国際パートナーシップを締結しました。これは、NBAとして初となるグローバルスポンサーシップ枠の活用事例となりました」と、新川氏はワシントン・ウィザーズがグローバルマーケティングに積極的な姿勢であることを示す。

グローバルスポンサーシップは後に10枠まで拡大されている。これにより、アクティベーション(権利活用)の舞台として、デジタルの重要度がさらに増しているのだ。

「本来は試合会場にいなければ体験できないことをデジタルによって拡張していく。SNSを利用すれば世界中のファンと24時間つながれるんです。つまり、時間も距離も越えて“共感”を生み出すことができるんです」(新川氏)

ワシントン・ウィザーズ マーケティング・マネージャー 新川諒氏

ウィザーズのSNS「バーチャルなスポーツバー」目指す

「共感」をキーワードに挙げた新川氏。ただし米国スポーツを日本のファンに届けるためには、ひと工夫必要になる。言葉の壁はもちろん、どういったコンテンツが好まれるかは市場によって異なるからだ。

「SNSのフォロワーは最初はコアなファンばかりでしたが、日本への発信には字幕をつけるなどして、より多くの人が楽しめるコンテンツを作ってきました」と、新川氏。アメリカでは作り込んだドキュメンタリーの人気が高いが、日本ではタイムリーな話題に注目が集まるという傾向も分かったという。

「ウィザーズのSNSを担当しているのは全てインハウス(社内)のスタッフ。チームの中には当時3人の日本人が専属で常駐し、試合などのイベント後2時間以内にはコンテンツをリリースしてきました」(新川氏)

こうしたスピード感でコアなバスケファンを掴んだ次は、本国のアメリカ同様「ライト層」へのアプローチとなる。

「バスケ以外のカジュアルな投稿なども増やして、ライト層にアプローチすることも試みました。そこから拡散していったコンテンツも多くあります」(新川氏)

現在、ウィザーズが最も注力するX(旧ツイッター)は7万フォロワー。NBAチームの日本語公式アカウントでは最も多い。その成功要因は、最初にコンセプトを立て、戦略的にコンテンツを展開してきたことだという。

「 Xでは“バーチャルなスポーツバー”をコンセプトにしています。国内のトレンドにどうウィザーズを絡めていけるかを考えながら、英語アカウントとどう違いを作るかも意識しています」(新川氏)

国内のグラフィックデザイナーとのコラボレーションなど、日本オリジナルの取り組みも多い。画像提供=ワシントン・ウィザーズ

八村選手の故郷である富山市を訪問したり、グラフィックデザイナーのMQとコラボレーションしたイラストを展開するなど「日本オリジナル」のコンテンツも多い。こうしたコート外のコンテンツは、チームの戦績や選手の調子に左右されにくいという面もある。

「SNSはファンとのつながりを作る場所。日本の皆さんに、バスケ、ウィザーズ、NBAを通して、米国文化を知ってもらう機会になればいいと思っています」(新川氏)