「へにょへにょテニス」旋風の伊藤あおい、大躍進の土台を作ったのは?DUNLOPが描く“アジア太平洋から世界へ”の道程

今夏、21歳の日本人プロテニス選手が、世界中のテニスファンに衝撃を与えた。WTAツアー公式戦「ナショナルバンク・オープン」(カナダ・モントリオール)で、当時世界ランク110位の伊藤あおいが、同9位のジャスミン・パオリーニ(イタリア)を破る番狂わせを演じたのだ。

大坂なおみが「とにかくすごく面白い」と絶賛する伊藤あおいの「へにょへにょテニス」(本人談)は、テニス界では異色を放つ。1年前まで無名の存在ながら今シーズン大躍進を果たした彼女のキャリアに大きな転機のひとつは、ジュニア時代に参戦したある大会だった――。

女子テニス界に突如現れた新星・伊藤あおい

「ランキング上位の選手に勝つ確率の方が高くて、下位の選手に勝つ確率の方が低い。そんなことあり得る?って思ったんですが……あり得たみたいです(笑)」

屈託のない無邪気な笑顔を絶やすことなく、朗らかに話し続ける。その姿だけ見れば、彼女が今年、数々の快挙を成し遂げたとは信じられないかもしれない。

伊藤あおい――。女子テニス界に突如現れた、今最も注目すべき新星だ。

快進撃の始まりは、昨秋に日本で開催された「木下グループジャパンオープンテニスチャンピオンシップス」(WTA250)。それまでWTAツアーへのステップアップを目指す登竜門であるITFツアーの大会を主戦場としていた伊藤だったが、全豪オープン優勝経験のあるソフィア・ケニン(米国)をはじめ格上の選手を次々と打ち破りベスト4入りを果たした。

伊藤あおい選手。愛知県名古屋市出身で代々木高等学校卒業後2022年にプロ転向。写真提供=住友ゴム工業

2025年に入ると、WTAツアーの最高グレードであるWTA1000に6大会出場して5大会で予選突破、グランドスラムの一つであるウィンブルドンの本戦のコートにも立った。

7月の「ナショナルバンク・オープン」(WTA1000/カナダ・モントリオール)でグランドスラム準優勝経験者のジャスミン・パオリーニ(当時世界ランク9位/イタリア)、8月の「シンシナティ・オープン」(WTA1000/アメリカ・オハイオ州シンシナティ)で同じくグランドスラム準優勝経験者のアナスタシア・パブリュチェンコワ(当時33位/ロシア)といった強豪を相手に番狂わせを演じ、世界ランクは自己最高の82位へ。大坂なおみに次ぐ日本勢2番手にまで上昇した(当時)。

だが伊藤はトップ選手の証しともいえる世界ランク100位以内の選手に9勝7敗と勝ち越している一方で、201位以下の選手には8勝10敗と負け越している。「変ですよね。こんなにランクが上の選手に勝つのも、下の選手に勝てないのも。自分でもよく分かりません(笑)」(伊藤あおい選手)

セオリーからかけ離れたプレースタイル

ランク上位の選手に強い理由について、伊藤は「多分ウザいんだと思います」と分析する。

パワーテニス・スピードテニス全盛の現代において、彼女のプレースタイルは明らかに異質だ。棒立ちのようなフォームで下半身は踏ん張らず、重心は高め。フォアハンドはスライス(逆回転)を多用し、時折ループやドロップショットを織り交ぜる。なんとも力感の無い、自称「へにょへにょテニス」だ。

かと思いきや、唐突に早いタイミングで返球するライジングショットで相手の時間を奪い、ボレーでとどめを刺す。意外性のあるプレーに、相手選手は次第にリズムとペースを崩され、いらだちを募らせていく。

「相手からしたら嫌ですよね、一生懸命に打ったボールを楽に返されたら。私だったらメンタルがやられます」。ちなみにテニスをしていて一番楽しい瞬間は、「勝ったとき」と「試合中に相手がイライラしているとき」だという。伊藤は「すごく性格が悪いですよね」といたずらっぽく笑う。

写真提供=住友ゴム工業

彼女のプレースタイルは、しばしば「トリッキー」と称される。現代テニスのセオリーであるパワーテニス・スピードテニスからは遠くかけ離れている。

一般的にはセオリーは最も“正解”に近い型だといえるが、必ずしも自分にとっても“正解”となるかどうかは別問題だ。握力が12kgで「パワーテニスは現実的に無理」と自認し、「筋トレするぐらいなら引退する」と公言する伊藤にとって、現代テニスのセオリーは“正解”とはいえない。

自分に合う型がなければ自分でつくる――。大げさな言い方もしれないが、テニス界において新たな挑戦をする姿が多くのファンの心をつかんでいる理由なのかもしれない。事実、今夏に初出場を果たした全米オープンでは予選にも関わらず多くの観衆を集め、彼女の熱心なファンを指す「Itomania(イトーマニア)」という言葉も生み出された。

キャリアの転機となった、国内外トップジュニアとの戦い

今や世界を舞台に活躍する伊藤あおいにとって、大きな転機となった大会があった。

それが、テニスブランド「DUNLOP」を展開する住友ゴム工業が、オーストラリアテニス協会の協力のもと日本テニス協会(JTA)と共催するジュニアテニス大会、「DUNLOP ROAD TO THE AUSTRALIAN OPEN JUNIOR SERIES IN YOKKAICHI」(略称:Road to the AO)だ。

現在は、17歳以下の日本およびアジア太平洋地域の男女各16名が出場する国際大会、17歳以下の日本人選手男女各16名が出場する国内大会、13歳以下の日本人選手男女各16名が出場するU-13大会の3カテゴリーが実施されている。

Road to the AOの大きな特徴の一つに、国際大会の優勝者に全豪オープンジュニアの本戦ワイルドカードが付与される点が挙げられる。DUNLOPが2018年からグランドスラムの一つである全豪オープンとパートナーシップを締結していることによるもので、住友ゴム工業株式会社テニスビジネス部でプロ・ジュニアのツアー業務を担当する鈴木文哉氏は、「アジア太平洋地域から世界へと羽ばたく選手を育てるための大きな一歩」とその意義を話す。

アジア太平洋地域では、ジュニア大会の開催数が他地域に比べて少ないことが大きな課題となっている。選手がポイントを獲得するためにはヨーロッパなど遠方への遠征が必要となるのが現状で、多大な費用がかかるだけでなく、時差や環境の違いによる身体的負担も大きく、若い選手にとって高いハードルとなる。

その結果、海外選手との対戦経験を積む機会も限られ、世界で活躍するための土台づくりが難しい状況だ。「Road to the AOを開催することで、海外選手と対戦経験を積む機会を創出し、アジア太平洋地域における競技力の向上にDUNLOPとして寄与していきたい」(鈴木氏)。

実際にその成果は現れ始めている。2018年、2019年男子大会を連覇したコールマン・ウォン(香港)は今年、グランドスラムの一つである全米オープン本戦で3回戦進出、また2018年女子大会を制したジャニス・チェン(インドネシア)も同じく全米オープン本戦で2回戦進出という快挙を果たした。その他にも、Road to the AOからトップレベルの舞台で活躍するアジア太平洋地域の選手は着実に出てきている。

■Road to the AO出場経験のある主な選手

選手名国籍Road to the AO結果主なキャリア戦績自己最高ランク(シングルス)
コールマン・ウォン香港2018年・2019年国際大会男子シングルス優勝2025年全米オープン本戦3回戦進出ATPランキング128位
ジャニス・チェンインドネシア2018年国際大会女子シングルス優勝2025年全米オープン 本戦2回戦進出WTAランキング80位
伊藤 あおい日本2020年国内大会女子シングルス優勝2025年ウィンブルドン本戦出場WTAランキング82位
石井 さやか日本2020年国内大会女子シングルスベスト42024年全日本テニス選手権優勝
2023年全豪オープンジュニアベスト4
WTAランキング188位

※2025年10月31日時点

選手の成長に大切な「環境」と「経験」を提供

2019年、2020年大会に出場した伊藤あおいもその一人だ。2020年大会はコロナ禍の影響で「国内大会」のみの開催となったが、普段は海外を主戦場とする国内トップ選手らが出場していた。その中で伊藤はノーシードから優勝したのだった。

「2019年大会の頃は私には海外の選手と試合をする機会はそうそうなかったですし、2020年大会も自分の中で雲の上の存在だった選手たちと試合をする環境をつくっていただけて、本当にすごく良い経験になりました」(伊藤あおい選手)

2020年大会で優勝した当時の伊藤あおい選手(中央左)。写真提供=住友ゴム工業

選手として成長する上で環境と経験がいかに大切であるか、鈴木氏も実感しているという。全豪オープンジュニアに出場した選手は口々に「初めてこんなに多くの観客の前で試合をした」「今までとは全然違う緊張感があった」「プロになる意識が芽生えた」と話すという。「大会前と後ではテニスへの取り組み方がまったく変わりますし、ものすごく成長につながっている」(鈴木氏)。

Road to the AOは今年で8回目を迎え、着実に発展を遂げている。第1回は国際大会のみ実施で男女合わせて出場選手は18人だったが、今では国際大会、国内大会、U-13大会の3カテゴリーで計96人にまで拡大している。

参加国・地域も広がりを見せている。当初は日本、韓国、中国、香港、チャイニーズタイペイなど東アジアからの出場が大半だったが、コロナ禍が明けてからはマレーシア、シンガポール、スリランカ、モンゴルなど北・東南・南アジアが加わり、昨年は初めて南半球からニュージーランドの選手が参加。今年はヨルダン、ウズベキスタン、パキスタンといった西・中央アジアからの参加も決まっており、実に多様な顔ぶれとなっている。

大会へのエントリー数も右肩上がりで、「アジア太平洋地域の次世代育成」という理念が着実に浸透し、大会としてのブランド価値が高まってきている証左だといえる。

■Road to the AOの歩み

図=取材をもとに編集部作成。2025年の出場選手数は予定

「今後もアジア太平洋から世界へ挑戦する選手たちの背中を押し、競技力だけでなく国際的な視野や経験を育む場として、Road to the AOをさらに発展させていきたい。いつかここから、グランドスラムチャンピオンが出ればうれしいですね」(鈴木氏)

伊藤あおいの「なるようになる」哲学。夢の続きは……

伊藤は現在、腰椎分離症(椎弓の疲労骨折)の療養のため日本に帰国している。飛躍のシーズンとなった中でツアー離脱となったが、本人はあっけらかんとしている。

「すごく充実した日々を過ごしています!朝起きて絵を描いたり、オンラインでオセロをやったり、最近は料理にもハマっています。あとは自動車教習所に通ったり、友達との旅行の計画を立てたりと、初めての長期離脱なので今しかできないことを詰め込んでいます」(伊藤あおい選手)

普通であれば、プロ選手としてのキャリアを中断されて不安になったり落ち込んだりしそうなものだが、伊藤は「なるようになる」と言う。

「今の私って、想像の100倍ぐらいうまくいっているんですよ。もともと25歳ぐらいで(ランキング)200位台を目指して、グランドスラムの予選に出られたらいいなというぐらいの目標だったので。

 でも今、自分の想像よりも良い。そういう時はそのままの流れでいくし、悪いときもなんとかなるだろうって。試合でも誰に勝って、誰に負けるのかも分からない(笑)。だから、なるようになるしかならないかなって」(伊藤あおい選手)

将来的には、「老後に家に引きこもって、好きなことだけをして過ごすこと」を目指しているそうだ。その老後資金をためるため、まだしばらくはテニスを頑張るという。「今年は賞金額が結構すごかった」らしく、復帰後は「グランドスラムの本戦で勝って賞金獲得」が目標だ。

「今の生活が心地良過ぎて、プロ選手に戻れるかどうか自分でも心配なんですけど……」と笑いながら、「けがを早く治して、一つ一つの大会を大切にしながら、ファンの皆さんに応援していただけるような選手を目指していきたいと思います」と述べる。

Road to the AOから始まった夢の続きには、どんな物語が描かれていくのだろうか。それは誰にも分からない。ただきっと彼女は「なるようになる」。これからも伊藤あおいから目が離せない――。

INFORMATION
進化を続けるジュニアテニス大会「Road to the AO」が、今年も三重県四日市市で開催!全豪オーブンジュニアの切符をかけた熱い戦いが繰り広げられます。
国内大会/U-13大会:2025年11月4日(火)〜8日(土)
国際大会:2025年11月10日(月)~14日(金)
会場:四日市テニスセンター(三重県四日市市)
※入場/観戦無料。大会詳細は〈公式サイト〉からご確認ください。

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