企業はいかにしてスポーツを活用するべきか――。その形は今、大きく変わり始めている。ブランド認知度やイメージの向上、販売促進など自社の利益につなげることを目的にするだけでなく、日本社会が直面しているさまざまな課題の解決にスポーツを活用したりチーム・アスリートと共創する動きが注目されている。
スポーツ活用のリーディングカンパニーであるエプソン、三井住友銀行(SMBC)の2社が、都内で開催されたスポーツビジネスカンファレンス「HALF TIMEカンファレンス2024 Vol.2 supported byアビームコンサルティング」で、社会的価値の創造という観点から企業とスポーツの関係を語った。
エプソンとFリーグクラブの新たなパートナーシップ
「エプソンが大切にしているのが『創造と挑戦』という理念です。このキーワードを基に、これまでも事業活動や社会課題へ取り組んできました。スポーツの取り組みに関しても、『創造と挑戦』に密接につながっています」
そう語るのは、エプソン販売株式会社で広報ならびにブランディングを管轄するマーケティング企画推進部の梅木正史氏だ。
エプソンでは「共に新たな価値を創造する」ことを目標に、Fリーグ(日本フットサルリーグ)に加盟するペスカドーラ町田とパートナーシップ契約を結んでいる。
取り組みの一つが、地域課題・社会課題の解決に向けた共創プロジェクト「PESCA LAB(ペスカラボ)」だ。課題は多岐にわたる領域が複雑に絡み合っており、エプソンの持つリソースだけで解決できるとは限らない。そこでペスカドーラ町田がハブとなり、企業、行政、教育機関、ファン・地域住民などステークホルダーをつなげることで、さらなる価値共創の輪を広げている。
「メーカーとして商品を売って終わりではなく、商品を介して長く・深く・広く価値を提供することを目指したい。そんなことを考え始めていた時期に『PESCA LAB』の構想を聞き、スポーツとの関わり方が明確になったと感じました」(梅木氏)
例えば、ペスカドーラ町田のホームゲームではマッチデープログラムを配布しているが、試合後にはそのまま会場で廃棄され、余剰生産分も含めて一定量のゴミが排出されるという課題があった。
そこでエプソンが開発した、設置するだけで使用済みの紙を原料にして水をほとんど使わずに新たな紙を再生できる、世界で初めて(※)の乾式オフィス製紙機「ペーパーラボ」を活用。(※ 2016年11月時点、乾式のオフィス製紙機において世界初/エプソン調べ)
今では会場内に回収箱を設置してマッチデープログラムを回収し、「ペーパーラボ」で生成された再生紙で次回版を制作している。ゴミ排出量を減らし、一般的な紙リサイクルよりも環境に貢献。ファンの環境に対する意識向上にもつながっている。
さまざまな共創事例を取り組んできた成果もあり、ペスカドーラ町田は観客動員が2年連続でリーグ1位、スポンサー企業数は2年で5割近く増加し、ステークホルダーとより深い関係性を構築できている。エプソンとしても「自分たちだけで活動するよりも幅広い層に訴求できている」(梅木氏)という。
「企業名をいかに露出するかではなく、具体的な取り組みを実践する中で、多くの人の目に触れ、共感してもらうことが、将来的なブランド価値、企業価値の向上につながる。中長期的には、この共創モデルをパッケージ化して、他のチームや競技にも展開していきたい」(梅木氏)
SMBCが大学スポーツに総額1億円規模のサポートをする理由
「ある事業が社会的価値はすごく高いけれども収益は全然生まないという場合、企業としてはやるかやらないか判断が難しいところ。ですが、SMBCグループとしては『やろう』と決めています」
三井住友フィナンシャルグループならびに三井住友銀行(SMBC)で社会的価値創造推進部長を務める髙市邦仁氏はそう語る。
SMBCグループでは現在の中期経営計画の中で、「社会的価値の創造」を新たに経営の柱のひとつに据えている。以前は「経済的価値の追求」「経済基盤の強化」の2つだけだったが、経済の成長と社会課題の解決を実現する「幸せな成長」のためには「社会的価値の創造が絶対に必要になる」と髙市氏は話す。
スポーツへの取り組みも、この考え方が根底にある。その具体的な事例の一つが、総額1億円規模の資金援助を行う大学スポーツ応援プログラム「シャカカチ BOON BOON プロジェクト」だ。
文武両道を実践する大学生を支援することで、社会人としての基盤を整え、世界で活躍する次世代の人材を育成することを目標としている。支援対象の運動部には、1団体あたり原則100万円×4年の資金援助に加え、取り組みに賛同したパートナー企業との連携による科学的トレーニングや管理栄養学のサポート、さらには為末大さん(元400mハードル選手)や廣瀬俊朗さん(元ラグビー日本代表)らアンバサダーによるアドバイスが予定されている。
ユニークなのが、応募に際して寄付金の資金計画を作成・提出する必要があること。自分たちが何を目標に、どのようにして競技力を向上させ、どんなチームをつくりたいのか。社会人になれば当たり前のように考える事業と資金の計画を、大学生の時点で経験することになる。また、支援を受けた後、活動レポート・収支報告書も提出する必要がある。
今回が初めての試みにもかかわらず、約100大学・270運動部から応募があったという。「大学は高等教育の入口であり社会への出口でもある非常に大事な時間ですので、取り組みを通じてさまざまな経験をしてほしい」(髙市氏)と、学生が自分たちで考え行動することで成長につなげてほしいと期待を寄せる。
スポーツ界がアピールすべきは「企業の社会的価値」の向上
エプソンと三井住友銀行、両社に共通しているのは、スポーツを通じて社会価値を創造し、そうした活動を通じて自社の企業価値も高めている点だ。
本セッションでモデレーターを務めた、アビームコンサルティング株式会社の宮原直之氏は、こんな言葉を残している。
「企業というのは、その価値が世の中に認められなければ存在する意味がありません。企業の社会的価値が重視される時代において、スポーツは有用な手段になり得ます。スポーツ組織・団体側にとっては、企業に対してブランド露出や販売促進など費用対効果で測る価値だけでなく、社会的価値を高めることでこそ企業価値を上げられるとアピールしていくことが大事ではないかと思います」
◇参考
[アビームコンサルティング | プレスリリース] 2024年度「日本企業の企業価値を高めるESG指標トップ30」分析結果を発表
[アビームコンサルティング | インサイト] 企業がスポーツの価値を享受するために 第1回 企業価値向上に資するスポーツの活用観点
カンファレンス・アーカイブ動画
カンファレンスのセッション「スポーツ価値創造2.0へ〜企業とスポーツの未来」のアーカイブ動画(全編ノーカット版)をご覧いただけます。以下のフォームからアクセスください(無料)。