プロスポーツビジネスの4大収入の一つであるマーチャンダイジング(グッズ販売)。この領域でグローバル成長を続けるのが、2012年創業のファナティクスだ。現在では62億ドル(約6500億)の評価額を誇るユニコーン(評価額が10億ドル以上の非上場ベンチャー)となり、2017年にソフトバンク・ビジョン・ファンドからの出資を得てアジア市場を強化。翌年には日本オフィスを開設した。ホークス、ファイターズ、そして清水エスパルスとの大型契約も結ぶなど、国内でも急成長するビジネスと、その根幹にある「ファン至上主義」の哲学について、ファナティクス・ジャパン合同会社の川名正憲マネジングディレクターに聞いた。
市場をゼロから開拓してきたファナティクス
「オンラインでスポーツグッズを販売する」――。何事においてもそうだが、今の当たり前が、昔はそうではなかった。
その軌跡を作ったのが、ファナティクスの創業者であるマイケル・ルービン氏だ。現在はNBAフィラデルフィア76ersとNHLニュージャージー・デビルズの共同オーナーも務める同氏が、スポーツグッズのECという当時「まだ見ぬ」潜在市場を、リーグやチームと共に開拓していく中で生まれたのがファナティクスのビジネスモデルだ。
その道のりは、米国でのECビジネスから始まった。
ルービン氏は1995年、スポーツグッズのオンライン販売を行うGlobal Sports Incorporatedを米国ペンシルバニア州で設立すると、スポーツ以外の取り扱いも拡大し2002年にはGSI Commerceに社名変更。2011年には同社を電子商取引・決済大手のeBayへ売却するものの、翌2012年にはeBayからスポーツグッズのEC事業会社であったファナティクスを買い戻し、スポーツのライセンスビジネスに特化して再創業している。
川上から川下まで、バリューチェーンを網羅
ECを中心に始まったファナティクスは、MLB、NBA、NFL、NHLといった米国4大スポーツリーグやチームと提携し、公式オンラインストアの運営で基盤を構築。そこから事業を拡大してきた。
「ここ5、6年はモノを仕入れて売るという販売ビジネスから、企画・製造まで手掛けるようになりました。また、オンラインだけでなくオフラインでの販売も展開しています。ビジネスモデルが、オムニチャネルへと変わってきました」(川名氏)
製造機能を強化できたのは、ファナティクスが2017年にアパレル企業の米V.F.コーポレーション(Lee、VANSなどを展開)からMLBのユニフォーム製造を行っていたMajestic(マジェスティック)を買収したことも一因だ。小売領域では、マンチェスター・ユナイテッドやパリ・サン=ジェルマン、F1などのECを手掛けていた英Kitbagを2016年に買収している。
M&Aにより川上(企画・製造)から川下(販売)までバリューチェーンの広がりを実現すると同時に、競技カテゴリや地理的なエリアも拡大してきた。ファナティクス・ジャパンもグローバル展開の一環として、東アジアの統括オフィスとして2017年12月に法人が設立され、2018年1月より事業を開始している。
現在のファナティクスのグローバルでのビジネスについて、川名氏は「アメリカ国内もまだまだ伸びしろはありますし、北米以外の海外でのビジネスも同時に広げています」と話す。
「ファン至上主義」の究極のビジネスモデル
ファナティクスのスポーツ・マーチャンダイジングには、Vコマース(バーティカルコマース)という考え方が根底にある。企画から製造、そして販売までの全てを垂直統合で手掛けるビジネスモデルだ。
ファナティクスの語源は、Fanatic(=熱狂的なファン)。「すべては、ファンのために存在する」(川名氏)という意味合いだ。グッズの発注を受けてからの生産リードタイムを最短化し、迅速に商品を届け、ファンの満足度を最大化することを第一に考えたビジネスモデルである。
そのためにはチームやリーグなどのコンテンツホルダーと、長期的な関係性を築くことを根底に置く。ビジネスに合理性を求める米国では、自社の得意分野でない領域は積極的にパートナー企業と組む傾向がある。スポーツ領域でもコンテンツホルダーは試合興行や集客、スポンサーシップに注力し、マーチャンダイジングは外部のパートナーと組むのが珍しくない。さらにここでは、長期契約が主流だ。
「餅は餅屋」という言葉が日本にも存在するが、このモデルを日本でも実現することを川名氏は目指している。
「私たちのビジネスモデルはパートナーの売り上げを伸ばして、そのレベニューシェアを行うこと。お互いが同じ方向へ進むことが大切です」(川名氏)
コンテンツホルダーの価値を上げていく
マーチャンダイジングのパートナーとしてまず大切にするのは、「コンテンツホルダーの価値を損なわないこと」(川名氏)だという。良いものを早く・安く作るだけではなく、ブランドがこれまで培ってきた価値を守るということだ。それは価格設定にも現れている。価格を無闇に低くし過ぎてしまうことは、リーグやチームのブランドイメージの毀損にもつながる。
価値を守るだけでなく、向上させていくことにも取り組む。ファナティクスの北米でのマーチャンダイジングは約9割がアパレル関連だが、日本は小物の取り扱いも多く、グッズとしては高い価格帯の部類に入るアパレルの売り方には工夫が必要だった。そこでアパレルに合った「高級感」のある売り場を提供したのが、2018年の日米野球や2019年のMLB日本開幕戦、そしてゴルフトーナメントのZOZO CHAMPIONSHIPなどだ。試着スペースや品数などに配慮した店舗・売り場づくりを行い、ファンに新たな購入体験をもたらした。
そして何よりファナティクスが強みにするのが、『ホットマーケット』と呼ばれる、シーズンの記録や優勝にちなんだグッズ展開だ。シーズン開幕前からコンテンツホルダー側と達成する可能性のある記録を協議して、いち早く商品に反映させる企画・製造・販売体制を敷く。
もちろん、計画できない記録も多く存在する。例えば2018年の日米野球開催中には、ロサンゼルス・エンジェルスの大谷翔平選手が新人王に選出されたことが米国で発表された。これを受けファナティクスは急遽グッズの供給体制を整え、「新人王・大谷翔平」の最新グッズを日米野球の翌日の会場内外で発売。大きな話題と売上を記録した。
川名氏は、「日本のお客様は期待値が高い。ファン目線でいかに早く、良い商品を届けて、結果的に売上を上げられるかに取り組んでいます」とも話す。
日本のスポーツ・マーチャンダイジングの未来とは
ファナティクスは北米を中心に様々なクラブやリーグと提携し、ライセンシーとしてのものづくりと、公式オンラインストアやリアル店舗の運営を担っている。これまで本国では、北米以外の各国リーグ――日本でいえばプロ野球やJリーグと提携してビジネスを行うことは大方針になく、MLBやNBAなどの北米プロスポーツのライセンスグッズをどうグローバルで販売していくかを重要視していたと川名氏はいう。
だが、同氏はこれに異を唱えた。
創業者であるルービン氏に、日本の歴史あるスポーツリーグの存在や、幅広いファンベースを熱弁。一方で、スポーツグッズについては商品の品揃えの幅、バリエーションの広さ、そしてECのサービスレベルにまだまだ改善の余地があるとの見解を伝えた。スポーツファン、顧客の期待値とサービスの質にギャップがあり、ファナティクスのビジネスをローカライズすることが解決の糸口になる――。この熱くロジカルなプレゼンテーションが日本法人の代表を務めるきっかけになったことも、川名氏は明かしてくれた。
「国内で事業を展開していく上では、すでにマジェスティックが『リードタイムを短く、良い商品をファンへ届ける』という考えと体制を日本で持っていたことも大きいですね。2017年に買収することとなりますが、これまで10年日本でビジネスを展開し、プロ野球のユニフォームビジネスも担っていましたから」(川名氏)
この12月で、日本でビジネスをスタートしてから丸3年。新年と同時に4年目が始まる。
「どんなに素晴らしいビジネスモデルがアメリカにあったとしても、日本で実績がなければ誰も見向きもしてくれない」(川名氏)という覚悟で挑んだ日本事業。だが、立ち上げからまもなくの2018年10月に、福岡ソフトバンクホークスと国内では異例ともいえる10年という長期契約で包括的パートナーシップ契約を結ぶことになる。この2年間、様々な困難にぶつかりながらも、チームの4年連続日本一と並行してビジネス拡大を支えてきた。
それでも川名氏は、初心を忘れない。
「レイトステージのスタートアップとして、より高い成長率を期待していますし、もっと業界にインパクトをもたらさないといけないという思いがあります」(川名氏)
その証左として、同社は次なる展開を見据える。今年9月には北海道日本ハムファイターズとの12年にわたる長期的戦略リテールパートナシップ契約を発表し、2023年開業予定の新たなボールパーク「ES CON FIELD HOKKAIDO」のプロジェクトに初期段階から関わっていく。
プロ野球だけでなく日本のスポーツビジネスを革新するこの取り組みについて、次稿ではファイターズとファナティクスの両者に伺う。