ヒト・コミュニケーションズ代表取締役社長 安井豊明 「ラグビーはなぜ人を育て、日本社会を変革していけるのか」

昨年、惜しまれながら5年間の活動に終止符を打ったサンウルブズ。その挑戦をスポンサーとして献身的に支え続けたのが、営業支援事業において目覚ましい躍進を続けるヒト・コミュニケーションズである。同社は何故にスーパーラグビーへの参戦を支援したのか。そしてラグビーだけが果たし得る人材育成や社会貢献とは。代表取締役社長の安井豊明氏に、ラグビーへの愛情とサンウルブズに託した想いを伺った。(聞き手は田邊雅之)

黒いジャージに憧れてラグビーの道へ

――安井社長は名門大分舞鶴高校のラグビー部出身で、大学でもラグビー部に所属。サンウルブズを支援されるなど、ラグビーを一貫して支援してこられました。まず、ラグビーに興味を持たれたきっかけから教えていただけますか?

「子供の頃は野球や水泳もやりましたし、中学ではバレーボール部に所属しました。でも実は大分舞鶴の黒いジャージに子供の頃から憧れていたんです。当時はまさに初の全国制覇をした頃だったので、大分舞鶴でラグビーをやりたいという思いがさらに募って。ましてやラグビーブームの真っ只中でしたからね」

――初めて体験されたラグビー、いかがでした?

「とにかくきつかったですね。あの頃のラグビーは身近な存在ではなくて、大分舞鶴でさえも、高校からラグビーを始めた生徒を鍛えて全国優勝を狙えるチームを作っていたんです。ラグビーをしたい一心で、念願かなってラグビー部に入部したんですが、なんで自分はこんなきついことをやっているんだろうと自問することもしばしばありました(笑)」

――ならばラグビーというスポーツのどこに、それだけの魅力を感じられたのでしょうか。

「ラグビーから学ばせてもらったものは大きかったですね。私は社員に対して『人間は自分の経験を超えられない』ということをよく言うんです。人間はともすれば、何かを知っていることと、できることが同じだと思い込んでしまう。しかしラグビーに例えるなら、練習でタックルができても、本番でできなければ意味がない。これはスポーツだけでなく、ビジネスの世界でも全く同じなんです」

会社設立の際にも活かされた経験

「ラグビーの経験は、ヒト・コミュニケーションズの設立でも活きました。もともと我が社はベンチャーでしたので、会社を立ち上げた当初は優秀な人材の確保に苦労したんです。

でも、こちらが一方的に腹を立ててもしょうがない。だから仕事ができないと幻滅するのではなく、いかに彼らを一人前のビジネスマンに育てていくかという問題意識にすぐに切り替えました。こういう発想はラグビーから学んだものなんです。

関連して言うと、ラグビーからはチームワークの大切さも教えてもらいましたね。我々は様々な商品の販売や営業をサポートさせていただきながら、お客さまが思い描いていた夢を具現化させていく。しかも確実に成果を出していく『営業支援企業』というコンセプトで、業務を開始しました。

これを成功させるためには、スタッフ全員が一つのチームとして団結して、社として結果を出していかなければならない。基本、一人の人間ができることには限界がある。でもチームで戦っていけば、個の総和以上の力が発揮できるだけでなく、それぞれの才能も活かすことができる。まさに『ワンチーム』になれるかどうかが、成功の鍵を握るんです」

適材適所の発想とリーダーシップ

――ラグビーは、身体の大小や足が遅い早いといった違いにかかわらず、どんな人でも必ずポジションが見つかるスポーツだと言われています。それを彷彿とさせるご指摘ですね。

「その視点も非常に役に立っています。企業というのは高学歴のエリートを50人集めたからうまくいくというものではない。逆に世代や経験、性格、能力まで含めて、いろんな個性が重なり合ったときにこそ、チームとしての強さを最大限に発揮できるんです。

ただし最初のうちは、組織を率いていくのも手探りになる。むしろ大きな困難に直面してそれを乗り越えてから、『あ、自分にはこういう能力が知らず識らずのうちに身についていたんだな』と初めて気がつくことが多い。

だから言葉を換えると、最も大切なのは高い目標に挑もう、お客さまや世の中に貢献できるように、黒子に徹して必死に頑張ってみようとするチャレンジ精神なんです。私自身、あえて大変な目標に挑戦するのがもはや習慣になっていて。自分でも呆れることもありますから(笑)」

――とは言え、安井社長が強いリーダーシップを発揮してこられたからこそ、御社がここまで急成長を遂げることができたのも、紛れもない事実です。

「ラグビーというスポーツは独特で。監督はベンチで指揮を執るのではなく、スタンドに座ってじっと戦況を見つめているじゃないですか。しかも試合が始まってしまえば、たとえ調子が悪くても歯を食いしばって、最後までプレーしなければならない。さらに試合に勝つためには『クールヘッド&ウォームハート(冷静な判断力と熱いハート)』を併せ持つ―――愚直に目の前のことに集中しながら、大局的な観点で陣取り合戦をしていくことも求められる。こういうところも、ビジネスで成功を収める条件と非常に似ていますね」

急成長を支える、ラグビー的な組織文化

株式会社ヒト・コミュニケーションズ 代表取締役社長 安井豊明氏

――お話を伺っていると、安井社長が御社で取り組まれてきたのは、まさにラグビー的な発想ができる人材を育てる試みだったのではないかという印象さえ受けます。

「そういう気持ちはどこかにありますね。それがないと言ったら嘘になってしまう。だからチームを預かっている部長であれば、まず自分のことは差し置いて、部下のことを最優先で考えろということを常に言っているんです。責任感や思いやりがなければ、どんなビジネスでも決して成功しませんから。

私はこういう様々な考え方をラグビーから学んだし、やはりラグビーという素晴らしいスポーツに育ててもらったという想いが強い。我が社がラグビーの全国中学生大会を協賛したり、サンウルブズのスポンサーになったりしたのも、自分なりにラグビーに対する恩返しを少しでもさせていただきたいという気持ちがあるからなんです」

スーパーラグビー、そしてサンウルブズとの出会い

――そもそもサンウルブズとのパートナーシップは、いかにして生まれたのでしょうか。

「きっかけを作ってくれたのは、ラグビーのマーケティングに携わっている企画会社の方でした。我々は日本代表がニュージーランドと行ったテストマッチでも、マッチスポンサーを務めたりしていたんですが、食事に誘った際に、『サンウルブズのスポンサーになっていただけませんか?』と突然言われたんです。

よくよく話を聞いてみると、2019年にはラグビーワールドカップが日本で開催されていることが決まっているけれども、日本代表の強化策に決め手となるものがない。その問題を解決するためにスーパーラグビーに本格的に参戦し、選手を鍛え上げながらどんどん日本代表に送り込んでいきたいと」

――ラグビーに対する愛情が人一倍深い安井社長としては、一肌脱がざるを得なくなった。

「でも最初は一旦お断りしたんです。ご存知のように、ラグビー界には錚々たる大企業が名を連ねている。そういう状況の中に割って入るなどというのは恐れ多いし、チームスポンサーになれば費用も相当にかかってくる。ましてや5年間は支援を継続していかなければならないわけですから。

でも、その方は『いや、だからこそ応援していただきたいんです』と熱心に口説いてきた。当時はラグビーワールドカップ、イングランド大会で五郎丸歩選手たちがジャイアントキリングを起こして、ラグビーが日本中で注目されていたじゃないですか。

そこまで盛り上がった熱を冷やすのは忍びないし、日本代表の強化や日本ラグビーの未来のために貢献できるのであればということで、支援させてもらうことにしたんです。それはチーム設立の記者会見が行われる1週間ぐらい前だったのを覚えています」

一瞬にして完売したチケットとユニフォーム

――手応えはいかがでしたか?

「反響の大きさは我々の予想を遥かに超えていたので、本当に驚きましたね。そもそもスーパーラグビーのチケットは値段がかなり高いし、サンウルブズが日本でどこまで注目されているのかも今ひとつわからなかった。

ところが秩父宮ラグビー場には、ものすごい数のお客さまが入っていて、ユニフォームも試合開始前に売りきれてしまった。これはすごいなとびっくりしました。実際、初年度のリーグ戦が始まった後は、どこのショップに行っても手に入らないということで、我々の本社にユニフォームを買いに来られた方までいたんです」

――それと同時に、サンウルブズは新しいラグビーファンも開拓していきました。

「日本代表の強化に直接つながったことと、新たなファンを増やすことができたのは、サンウルブズの大きなレガシーだったと思います。試合会場では、従来、見られなかったような家族連れや女性のファン、若い世代のファンが一気に増えましたから。

新たなファンを獲得したことは、違う形でも実感できました。我々は試合会場でアンケート調査をしたんですが、回答の中にとても印象的なものがあって。とある女性の方が『私は昔からラグビーが大好きでしたが、これまでは応援するチームがありませんでした。サンウルブズができて応援するチームがようやく見つかったので、本当に幸せです』とコメントされていたんです。

たしかにラグビー界では、ファンを増やそうということが言われてきましたが、応援するチームがないという認識は誰も持っていなかった。こういう貴重な知見を得られたという点でも、サンウルブズのスポンサーになったのは実り多かったと思います」

スポーツビジネスを変革していく旗手に

――サンウルブズ、そしてスーパーラグビーの人気が高まるに連れ、御社の知名度もさらに上がっていきました。この点についてはいかがですか。

「私としてはラグビーに恩返しをしたい、日本代表の強化に少しでも貢献したいという一心でサンウルブズを支援させていただいたんですが、結果的には業種や地域、さらには世代を超えてヒト・コミュニケーションズという会社そのものを広く認知していただけるようになった。その意味でも、やはり支援させていただいて良かったと思っています。

またラグビーを介して、スポーツビジネスに関する貴重なノウハウと経験も得ることができた。我々はラグビーワールドカップ日本大会において、15,000人に及ぶボランティアスタッフのサポートや、ホスピタリティプログラムの運営を担当させていただいたんです。今後、このような業務はMICE事業(※)等と共に積極的に展開していく予定ですが、貴重な経験はそこでも必ず役に立つ。

(※ミーティング・インセンティブ・コンベンション・イベント:会議や研修を主な目的とした、企業向けのビジネストラベル事業)

例えばファンエンゲージメントというのは、試合会場にお客さまを誘導して食事や飲料を提供したり、グッズを販売するだけではないんですね。むしろその本質は、心から試合観戦を楽しんでもらったり、スポーツの素晴らしさに触れてもらうことにこそある。こういう知見を活かしながら、我が社が培ってきたお客さまとの多様な接点を結んでいけば、我々にしかできないサービスを提供していくことができると思います」

最も大切な価値を知らしめるために

――最後に改めてお伺いします。ラグビーならではの魅力、ラグビーだけが輩出し得る人材とはいかなるものでしょうか。

「どんな種目であっても、スポーツの究極の目的は人格形成にあるんです。とりわけラグビーでは『フォア・ザ・チーム』の精神で黒子に徹する、仲間のために全力で尽くすという姿勢が自然に養われていく。これは最大の特徴だと思います。

今の日本社会では、組織のために頑張るという考え方自体に眉をひそめるような風潮がすごく強いじゃないですか。ある意味、ラグビーは正反対を行っているスポーツですが、私はそこにこそ価値があるのではないかと思っていて。

たしかに行き過ぎは問題ですし、そこはきちんと是正していかなければなりませんが、自分のためだけにという発想にも限界がある。それでは最後の最後で踏ん張りがきかないし、チームが団結したときの方が、遥かに大きな結果を出せるからです」

――ラグビーの精神は現代社会で失われてしまった要素、利己主義が主流を占めるようになった日本において、最も必要なものものだと。

「ええ。だからこそラグビー経験者は、社会の様々な分野に貢献しているでしょうね。多くの方々がラグビーの試合を見て感動を覚えたりするのも、その根幹にある『資質』、我々が一番大切にしなければならない『価値』に触れられるからだと思います」