【東京フロッグキングス、ISL準決勝進出決定!】「僕たちは日本を元気にするために世界と戦う」GM北島康介が担うミッション

「眠れる獅子」。かつて水泳界はこう呼ばれていた。世界中で多くの人が親しみ、五輪でも人気種目でありながら、マネタイズやファン獲得、アスリートファーストの実現などで遅れを取ってきたからだ。この状況を一変させたのが、ISL(国際水泳リーグ)である。しかも今年は日本のチームがついに参戦。競泳界の新たな未来を拓きつつ、コロナ禍に苦しむ日本社会全体にも元気と笑顔を与えようとしている。大学時代は体育会水泳部に所属するなど、競泳に精通する数少ないライターの一人である著者・田邊雅之が、「東京フロッグキングス」をGMとして率いる北島康介氏に独占ロングインタビューを実施した。

前回:「やって楽しい、観ても楽しい」東京フロッグキングス北島康介GMが語る、ISLの唯一無二の魅力

白紙となった東京大会

北島康介氏:競泳オリンピック金メダリストで現在は東京都水泳協会会長。ISLに参戦するチーム「東京フロッグキングス」ではGMを務める。

ISLはかくも大きな魅力を秘めている。とはいえ実現まで多難を極めたであろうことは、東京フロッグキングスのGMである北島康介氏が、「ゼロベース」ではなく「マイナスベース」という言葉を幾度となく口にしたことからも容易に想像できる。コロナ禍は競泳界も直撃したからだ。

事実、ISLは大会の基本フォーマットや日程の大幅な見直しを余儀なくされている。そもそもISLは、世界各国をサーカスのように転戦しながらチームの順位を決め、上位に残ったチームが決戦に臨むという方式を採っている。

今年の場合、その栄えある決勝の舞台は東京で開催されるはずだったが、コロナ禍のために開催は見送りとなっている。代わりに10月24日から11月22日までの約5週間、ブダペストで一連の大会を行う形になった。

「多分、一番大変だったのは状況がどんどん変わっていったことでしょうね。先週の状況が今週になった途端にがらりと変わってしまう。こんなことは日常茶飯事でしたし、自分たちが進めていた準備が白紙に戻るケースも数え切れないほど起きた。とにかくこの1年近くは、ISL側と毎日連絡を取ったり、選手やコーチ、日本水泳連盟との交渉をしているうちに、あっという間に過ぎてしまったという印象が強いですね」

「そもそも海外にいってレースをするのは、今でも非常に難しいじゃないですか。でもこちらとしては、大会を開催できるかどうかわからないのに、とりあえず契約書にサインしてほしいなどと頼むわけにはいかない。だからまずは安全を担保し、選手が大会にコミットしてもらえる環境を作り出さなければならなかった。それを実現させるためにブダペストに『バブル(隔離空間)』を設け、レギュラーシーズンから決勝までの一連の大会を、集中開催する方法を採ったんです」

ISLが選手に与えた希望

「バブル」を設けて安全性を担保するという方式は、NBAが先鞭をつけたものである。コロナ禍の中でリーグ戦を再開させるために、NBAはフロリダのディズニーワールドに150億円以上の予算を投じて、宿泊施設や練習場、試合会場までを内包した専用エリアを設置。PCR検査を徹底的に行った上で選手やコーチ、大会関係者を一堂に集め、外部との接触を最小限に抑えながら、試合を開催できるようにした。

ISLの方針も徹底している。関係者は5週間にわたってバブル内に留まるだけでなく、内部での行動も事細かに規定されている。トレーニング場所や競技会場への導線は厳密に定められ、必要時以外は常にマスクを着用することや各所での手指消毒などが義務付けられる。また、食事の時間はチームごとに分けられているため、試合会場以外で他のチームと交流することもできないし、1人1テーブルで離れて食事をとらなければならない。選手にかかるストレスは相当のものだろう。北島氏が「本当の意味でのチームワークが大切になる」と語った背景には、このような事情もある。

また団体戦の趣旨に則り、マスクを着用していない場合やソーシャルディスタンスを確保していない場合はマイナス1ポイントといったように、ガイドラインに反した場合は選手個人ではなくチームにペナルティが課されるようにもなっている。

さらに北島氏には、別の大仕事も待っていた。選手との交渉である。

「安全を担保した上で、ブダペストに滞在している5週間、どう練習や試合をこなしていくかという綿密なプログラムを用意する。それが終わってから、ようやく選手との本格的な交渉が始まりました。それに並行して各コーチや所属クラブ、連盟側とも何度も地道な交渉を続けていかなければならなかった。本来ならばこの手の交渉はスムーズに進むんですが、とにかくコロナ禍があったので大変でしたね」

「でも現場のコーチも含めて、ほとんどの方はすごく協力的に対応してくださった。今年4月からは試合が一切できなくなったので、誰もがいかにコンディションやモチベーションを維持していくかに頭を悩ませていました。そういう状況だからこそ、ISLは非常に明るい材料にもなったんです。実際、大会が本当に開催されるのであれば是非参加したい、東京フロッグキングスのために練習を頑張りますと言ってくれる選手はかなり多かった。あれはすごく有り難かったし、嬉しかったですね」

コロナ禍を乗り越えていくために

東京フロッグキングスは、見事準決勝への進出が決定。コースで健闘を称え合う松元克央(左)とクリスティアン・キンテロ(右)

ISLへの参戦は、コロナ禍の中で大規模な国際大会に参加する、しかも海外に選手が移動するという点でも注目されている。北島氏は、そもそもどう考えているのか?

「世間ではよく『スポーツ界』と一括りにされるんですが、僕自身はコロナ禍への対応が、競技によってかなり分かれた気がしています。たとえばサッカーや野球といったスポーツは日本国内でも海外でも新たな形で再開されたのに対して、オリンピック種目に関しては、絶対に試合や大会をやってはいけないというような雰囲気になってしまった」

「これはおそらく、東京でオリンピックが開催される予定になっていたからだと思います。結果、もしクラスターが発生したらどうしようということで、目の前にある具体的な課題を解決していく代わりに、先のことばかり考えるようになってしまった印象を受けるんです」

「でも競技の現場では、やはり少しでも状況を打開するための具体的な方法を考えていかなければならない。僕の場合は東京都水泳協会の会長として、より安全に大会を行うための新型コロナウイルス感染症対策のガイドラインを、専門家のアドバイスを受けながら作りましたし、日本フェンシング協会の太田雄貴会長も新たなフォーマットを作り、従来とは違う形で全日本選手権を開催することができた」

「そういう積み重ねが実って少しずつ状況は変わってきたと思いますが、やはり本音を言えば、もっと早い段階でトップの人間に明確なガイドラインを提示してほしかったですね。現場を預かる人間は、選手はもちろんその周りで一生懸命動いてくれる人たちのためにも、なんとかして競技再開への道筋をつけてあげたいと考える。でも大枠が決まっていなければ、やはりいろんなことを決めていけないからです」

「そもそも来年、オリンピックを東京で開催するのであれば、土台や足がかりとなるものは絶対に必要になる。試合や大会を一切行わないのに、いきなりあれだけの大会を開催するのは不可能じゃないですか。また、何かを実際にやってみることによって、初めて見えてくるものも必ずある。そこでヒントや手がかりが掴めれば、より安全に大会を開催するためにフォーマットを改良したり、さらに違う対策を練ったりすることもできるようになるんです。僕は他の競技の関係者とも頻繁に連絡を取っていましたが、やはり同じ意見を持っていました」

「東京フロッグキングス」に込められた意味

今回のISL参戦は、日本の競泳界やスポーツ界だけでなく、日本の社会全体にとっても明るい話題を提供するはずだ。この状況下で本格的な国際大会が開かれること自体特筆に値するし、ISLはスポーツ・エンターテインメントとしての質もきわめて高い。しかも日本からブダペストに乗り込んでいくのは、「東京フロッグキングス(東京からやってきたカエルの王様たち)」という、実にユニークな名前のチームである。

新たなスポーツの大会を認知させる上では、競技の魅力や親しみやすさ、あるいはチームが持つ特徴を、キャッチコピーやネーミングなどを通じて訴求していくことも重要になる。その点で「東京フロッグキングス」なるチーム名はまさに絶妙だ。

平泳ぎはカエルが泳ぐ様に例えられるが、かつては日本のお家芸と称された種目だった。この伝統を見事に復活させたばかりか、オリンピックで2大会連続して2種目で金メダルを獲得し、日本競泳界の躍進に大きく貢献したのは北島氏である。

チーム名を耳にすれば、大多数の日本人はすぐに北島氏の顔を思い浮かべるし、平泳ぎのことを示唆しているということを理解できるだろう。海外の人にとっても「おお、あのミスター・キタジマが、東京からチームを率いてやってきた」とイメージしやすい。

「僕はマイナスのところからチームを作り上げたし、その分だけ、このチームに対する思い入れは強い。だから自分の足跡を、何らかの形で残したいなと思ったんです。今はもう現役を引退したので試合に出ることはできませんが、チームのGMとして選手たちと一緒に世界と戦うんだという気持ちも、もちろんある。だから自分の種目だった平泳ぎに対する愛着も込めて、『東京フロッグキングス』という名前をつけさせてもらいました」

「正直、反対意見もあったんですが(笑)、今ではこの名前にしてよかったと思っています。親しみも湧くし、すっと耳に入って来やすい。それでいろんな反対を押し切って、僕はこの名前にしました」

ゼネラル・マネージャーとしての役割

現地入りする北島氏。GMとして東京フロッグキングスのISL参戦をまとめ上げた

ちなみに北島氏がチーム代表ではなく、GM(ゼネラル・マネージャー)という肩書きになっているのには然るべき理由がある。

ISLでは、国籍を問わずに優れた人材を集めていくことが認められている。結果、チームを束ねる人間は、野球やサッカー、バスケットボールやラグビーのGMなどと同様に手腕をふるい、自らが理想とするチーム作りを進めていく形になるからだ。その意味において、ブダペストで開催される今年のISLは北島氏にとっての晴れ舞台ともなる。

「チーム作りをしていく時には、自分は本当に幸せだなと何度も感じました。オリンピックで金メダルを取った時には、競泳大国のアメリカやオーストラリア出身ではない選手が勝ったということで、世界中の人が称賛してくださった。しかも『キタジマは、どんな練習をしたんだ?』ということで注目され、ひいては日本の競泳界そのものにもスポットライトを当ててもらえるようにもなった」

「実際、『東京フロッグキングス』に外国から加わってくれた選手は、みんな現役時代の僕のレースを強烈に覚えていた。そこで共感やリスペクトを抱いてくれたからこそ、今回も僕を信頼してくれて、世界中から集まってくれたんです」

「僕は彼らの気持ちに報いるためにも、やはりGMとしていい結果を出したい。それになにより、ISLは競泳の本当の楽しさや魅力をより多くの人に知ってもらいながら、選手のために未来を拓いていく最高の機会になるし、日本の人たちを元気にできるじゃないですか。僕自身、この新しい挑戦にすごくワクワクしているんです」


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