【さらに白熱する国際水泳リーグ】「やって楽しい、観ても楽しい」東京フロッグキングス北島康介GMが語る、ISLの唯一無二の魅力

「眠れる獅子」。かつて水泳界はこう呼ばれていた。世界中で多くの人が親しみ、五輪でも人気種目でありながら、マネタイズやファン獲得、アスリートファーストの実現などで遅れを取ってきたからだ。この状況を一変させたのが、国際水泳リーグ(ISL)である。しかも今年は日本のチームがついに参戦。競泳界の新たな未来を拓きつつ、コロナ禍に苦しむ日本社会全体にも元気と笑顔を与えようとしている。大学時代は体育会水泳部に所属するなど、競泳に精通する数少ないライターである著者・田邊雅之が、「東京フロッグキングス」をGMとして率いる北島康介氏に独占ロングインタビューを実施した。

前回:東京フロッグキングスGM北島康介が挑む、競泳界の意識改革と市場開拓

スピーディーでエキサイティングなレースを

ISLは短水路で開催。スキンレースや男女混合リレーなど、画期的なフォーマットで戦いを白熱させる。

競泳の魅力を新たな形で訴求する。ISLの特徴の一つである短水路(25mプール)でのレース開催も、この目的に合致する。東京フロッグキングスGMの北島康介氏は語る。

「オリンピックは長水路(50m)のプールで行われますが、短水路でのレースには独特の迫力がある。そもそも短水路のレースは一瞬も目を離せないスリリングな展開になることが多い。これはエンターテインメントしての魅力にもつながってくる」

「ISLでは、スキンレース(3分おきに50mのレースを繰り返し、最後は上位2人が一騎打ちを行う種目)のような熱い戦いや、手に汗握るレースを2時間の中で次から次へと楽しむことができる。逆にレースが長くなりすぎるということで、800mや1500mのレースは最初から除外されています。とにかくお客さんを飽きさせないようにするというのが、非常に重視されているんです」

短水路でのレースは独特の魅力があるという指摘はきわめて正しい。選手はターンだけで10メートル近く進むため、ターンで勢いをつけながら体力を温存。水面に浮上した後は15メートルほどの距離を猛烈な勢いでスパートし、次のターンに向かうことを繰り返す。

結果、短水路のレースは長水路よりも必然的にペースが速くなるし、タイムも上回る。そのスピード感と迫力はまさに鳥肌ものだ。レースを初めて見る人たちは、選手の身体がモーターボートのように浮き上がっている錯覚さえ覚えるだろう。しかもこのような特徴は、選手層を厚くするという効果も持っている。

新たなスターとベテラン選手

北島康介氏:競泳オリンピック金メダリストで現在は東京都水泳協会会長。ISLに参戦するチーム「東京フロッグキングス」ではGMを務める。

「ISLは予選なしの一発勝負になりますし、とにかく短水路ではスピードやスプリント能力が問われてくるので、短水路を得意としている選手たちが新たに頭角を現してくることも考えられる。日本国内でもISLが定着していくことによって、これまでは知られていなかった選手、長水路ではあまり結果が出せなくても、短水路に強い選手たちがチームに加わってくるような可能性はあると思います」

選手層の広がりは若手だけに限らない。たとえば長水路のレースは体力的に厳しくなっても、短水路ならばまだまだ活躍できるはずだと感じているようなベテラン選手はISLに当然、興味を示すだろう。北島氏自身、今年のISLの開催には、そのような狙いがあったと明かしてくれている。

「選手にとっては、やはりオリンピックが大きな目標になりますし、ベテラン選手の場合はオリンピックで一区切りをつけて、現役引退を決めるケースも少なくない。でも、オリンピックが終わった後に短水路でISLという魅力的な賞金大会が開催されることがわかっていれば、自分はまだそこで勝負できるかもしれない、あるいは来年もISLには出場したいから(引退を)先に伸ばそうと考える選手もいるでしょう」

「特に今年の場合は、もともとは夏に東京でオリンピックを行い、それに続いてISLが行われる予定になっていました。こういう形を取ることによって、僕は様々な選手たちに、より長く競技を続けてもらいたいと思っていたんです」

デメリットをメリットに変えるアプローチ

ISLはチームに得点が加算される競泳の「団体競技」だ。談笑する入江陵介とブルーノ・フラトゥス。

短水路でのレース開催には、このようないくつものメリットがある。だがイベントの訴求力という点では、諸刃の剣にもなりかねない。プールが縦方向に短くなる分だけ、会場内に収容できる観客も少なくなってしまうからだ。長水路のプール=大きな会場、短水路のプール=小さな会場と捉えるのはあまりに安易だが、スケールメリットが得られ難くなくなるのは否めない。だがISLは、この種の課題もしっかり織り込み済みだった。

「僕たちも、そこはもちろん認識しています。たとえば昨年のロンドン大会やブダペスト大会などは、本当に多くの観客がきてくれた。『コアな競泳ファン』を増やすという意味で、これはもちろん大歓迎なんですが、実はISLは多くの人に実際に会場に足を運んでもらうというよりも、今後数年間はメディアを通してより多くのコンテンツを配信することを重視している。それはコアなファンよりもはるかに多くの『ライトな競泳ファン』を獲得することにつながるからです」

「今、世間ではこれだけeスポーツが流行っているし、実際の競技とゲームが融合することも珍しくなくなってきている。こういう流れにも対応して新しいエッセンスを取り込んでいけば、若い層のファンも獲得できる。だから僕たちはルールを柔軟に変えていく。この新しいルールを作っていけるというのも、ISLが持っている大きな魅力の一つなんです」

「ISLは新しい大会なのでルールを変えていくことにより、スキンレースや男女混合リレーのような新しい種目をどんどん仕掛けていける。男女混合リレーなどがISLで採用されたのは『男女平等』という価値――男女が平等に戦える数少ないスポーツの一つだという特徴を、広く知ってもらうという目的も込められているんです」

スポーツ界を席巻する新たな流れ

フィールドの広さ、チーム構成、ルール、そして試合時間や日程など、様々な点で新たなフォーマットを採用し、楽しく、見やすく、わかりやすい画期的なスポーツエンターテインメントを提供する。と同時にコンテンツビジネスに力を入れ、ライトなファンを積極的に開拓していく。

このようなアプローチは、ラグビーのセブンズ(7人制)などにも通底する。もともとセブンズは、ラグビーをオリンピックの正式競技にするために推進された新たな競技で、ルールが難しい、人数が多くてプレーが見難いといった印象を変えるために、選手の数を半分以下に削減。フィールド上で、よりダイナミックかつスピーディーなプレーが展開されるようにした上で、1試合が14分で決着するように設定している。このような工夫により、新たなファンを獲得することに成功している。

一方、北島氏は新世代のスポーツの例として、フットサルや3on3を例に挙げた。

「ラグビーのセブンズもそうでしょうし、サッカーならフットサル、バスケットでは3on3のように、他のスポーツでも新しいチャレンジが次々に始まっている。ISLを同じ文脈で論じられるかどうかはともかく、時代のニーズに応えてルールやフォーマットを変え、新しいスポーツ・エンターテインメントを提供していく試みは、明らかに一つの流れになってきていますよね」

「競泳ではよくオリンピックが例に出されますが、そもそもオリンピックは商業的になりすぎて、競技時間がむりやり変更されたり、本来のルールを変えざるを得なくなったりするという弊害が生まれているじゃないですか。ならば発想を変えて、逆にもっとエンターテインメント性やゲーム性を前面に押し出した大会を企画していくのも手だと思うんです。こうして『やって楽しい、観ても楽しい』スポーツだというイメージをアピールしていけば、新しいファンや市場は必ず開拓できる」

「やって楽しい、観ても楽しい」

「やって楽しい、観ても楽しい」。おそらくこれこそはISLへの参戦を通して、北島氏が最もアピールしたいエッセンスなのだろう。「キーワードはやはり『楽しさ』ですね」と改めて問うと、北島氏は深く首肯しながら、さらに熱っぽい口調で言葉を継いだ。

「実際、僕が去年、ISLを視察に行った時に一番感じたのは『楽しさ』だったんです。誰もがスマイルを浮かべながら、プールサイドで本当に楽しそうに応援しているんですね。選手たちはオリンピックや世界選手権にいくと、どうしてもすごくシリアスな顔になってしまう。もちろんオリンピックでは国の期待を一身に背負うし、世界選手権なども個の結果や記録がかかっている以上、重苦しい雰囲気になるのは仕方がない部分もあります」

「でも、だからこそ去年、ISLの会場に行った時には、選手の表情の明るさが強烈に印象に残った。ある意味、スポーツ本来の楽しさを、選手たちが改めて噛み締めているような印象も受けましたね」

ISL参戦に託された意義と願い

世界トップクラスの選手たちが童心にかえり、心からレースを楽しむ。おそらく北島氏はそんな様子を見ながら、水泳を始めた頃の自らの姿も重ね合わせたに違いない。

「選手たちが子供の頃のような感覚を取り戻せるかどうかは、水泳界を発展させていく上で決定的に重要になる。現役の選手たちは、自分の『背中』で楽しさを伝えることによって、未来の選手たちを牽引していかなければならない。言葉を換えると、現役の選手が泳ぐことの楽しさや喜びを実感できていなければ、次の世代の子供たちも泳ぐのが楽しいとは決して思わなくなる」

「スポーツの世界では『我慢』や『辛抱』、あるいは『辛さ』といった考え方を当たり前にしてはいけない。それが日常になれば、誰もスポーツをしようなどと思わなくなるし、スポーツそのものが衰退していってしまう。ましてや今はSNSを使って、アスリートが個人レベルで情報を発信したり、インフルエンサーのような役割を果たしたりするケースが増えてきている。こういう流れを考えても、選手が心から競技を楽しめるようにしていくのは大きい。それによって、スポーツ自体が持つ発信力がすごく変わってくるからです」

「たしかに日本の場合は、スポーツが教育と結び付けられてきたので、苦しい練習を我慢しながら部活をするというような発想が強くなってしまいがちだった。でも外国では『楽しみながら身体を動かす』とか『スポーツを通じてアクティブに生活する」といった部分がフォーカスされる。結果、スポーツは真の意味で市民権を得て、文化として成熟してきたんです」

「僕がISLに関わってマイナスベースのところからチームを立ち上げたのには、そういう部分を追求していきたいという狙いもあって。日本の競泳界は、世界の中でも本当に強くなった。だからこそ今、ISLのように童心にかえってレースを楽しめる機会を設けていくことは、非常に大きな意義があると思うんです」

最終回となる次回は、東京フロッグキングスのISL初参戦を取りまとめた「GM」としての北島康介氏の姿に迫る。


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