地元を巻き込んだ「地域の課題解決」に。宇賀神友弥の女性アスリート支援と、浦和の高級食パン専門店が手を組むワケ

aim -Top Athlete Factory-は、現役のプロサッカー選手である宇賀神友弥氏が立ち上げた女性アスリート支援プロジェクト。三菱重工浦和レッズレディースの遠藤優、池田咲紀子、塩越柚歩の3選手が所属して共に活動している。

宇賀神選手は埼玉県戸田市出身で、長く浦和レッズで活躍し、地元でフットサルのスクールやコートを運営しつつ、台風で被害を受けたサッカー場の復旧プロジェクトを立ち上げるなど、多くの人がサッカーに触れられる環境づくりに力を注いできた。現在もFC岐阜に所属する現役プレーヤーでありながら、女性アスリートを取り巻く環境の改善にも取り組む。

そして、その取り組みに賛同する人たちの輪が広がっている。今回は、aimをサポートする企業の第1号となった、高級食パン専門店「君とならいつまでも」を展開する株式会社キズナホールディングスの庄子剛氏とaimの実務を取り仕切る宇賀神隼人氏(友弥氏の実弟)にお話をうかがった。(取材・文=小林謙一)

現役プレーヤーが女子アスリートをサポートする意義

――aimを立ち上げたのには、どのようなきっかけがあったのでしょうか。

宇賀神隼人氏(以下、隼人):近年問題視されているのが、スポーツにおいての男女格差です。日本だけでなく、世界的に見ても、同じ競技でも大会の賞金額で男女に大きな差があったりします。実際に女子選手がその不公平さに声を挙げているという事例もあります。

私たちは、実際に女子プレーヤーの実力を知っています。足元のテクニックなどは本当に男子と遜色がないし、試合を見ていてもとてもおもしろい。なのに、報酬や待遇の面で大きく劣っています。これは解消されるべき格差だと思ったんです。

現役プレーヤーながら、女子アスリートをサポートする「aim」を立ち上げた宇賀神友弥選手。

――具体的には、どんな活動をされているのですか?

隼人:報酬や待遇の格差は、チームの収入の差からきています。収入が上がれば、選手への報酬も上がっていくはず。スポーツチームの収入は観客、スポンサー、グッズが3つの柱なんですが、そのなかで私たちができるのは観客動員数を増やすことだと考えて、取り組んでいます。

たとえば「選手シート」です。これは選手がサポーターを試合に招くというもので、aimに所属している遠藤、池田、塩越の3選手も自らスタジアムの席を確保して招待しています。試合を生で見ていただく機会を増やして、より多くの人に女子サッカーの魅力を感じてもらいたいという試みなんです。

それから、彼女たちにはSNSなどでの発信も積極的に行なってもらっています。試合の結果はもちろん、プライベートでの活動などもアップすることで、サッカー以外のことでも興味を持ってもらえるファンを増やしていければといいなと。

そして、兄の友弥が現役選手のうちからこうした活動を行なうのは、意義のあることだと考えました。「いつ、誰が、何をするのか」がとても大切で、現役プレーヤーが他の選手を支援するということで話題性が出てくるというのも重要です。さらに女子サッカー選手のサポートをするなら、プロリーグ「WEリーグ」がスタートするタイミングが最適だろうという結論に至りました。

まずは浦和レッズレディースの選手に所属してもらっていますが、aimが目指すのは女子アスリートの支援なので、今後は他競技の選手や他の地域のサポートにもつながっていけばいいなと思っています。

左から、aimに所属する三菱重工浦和レッズレディースの遠藤優選手、池田咲紀子選手、塩越柚歩選手。

異業種からのサポートが広げる可能性

――aimとキミイツ(君とならいつまでもの略称)の出会いを教えてください。

庄子剛氏(以下、庄子):実は「君とならいつまでも」北浦和店のスタッフが、宇賀神兄弟と幼なじみでして…。その縁で、友弥さんがチームへの差し入れとしてパンを買っていただいたりしたんです。すると、浦和レッズの他の選手やその奥様たちもお店をご利用くださって、そこで、私たちもお返しとして、店内に選手の紹介ポスターなどを掲示させていただいきました。そんなことで、浦和レッズの選手とは、いい関係を築かせていただきました。

隼人:北浦和駅前には「北浦和GINZAレッズ商店街」があるんですが、レッズの本拠地が埼玉スタジアム2002に移ってしまったりして、やや活気がない状況なんです。そこで、浦和が浦和レッズ(男子)の街なら、北浦和はレッズレディースの街にして盛り上げていきたいと思って、今はその準備を進めているところなんです。

キミイツは浦和レッズ(男子)とも良好な関係だったわけですが、なぜレッズレディースの選手を支援しているaimと活動を共にしようと考えたのですか?

庄子:私たちは、昔から仲間と何かを創り上げるのが好きだったんです。学生時代でいえば「文化祭」みたいに、みんなで力を合わせてゼロから何かを生み出すというのが。女子サッカーはプロリーグが発足して、これから創り上げていくわけです。サポートする私たちができる余地が大きく残されていて、とてもやりがいを感じるんです。

高級食パンから地元食材へ。キミイツでは新店舗を展開する。

――具体的には、どのようにしてサポートをされているのでしょうか。

庄子:浦和駅西口、旧中山道沿いに「キミイツ浦和プティマルシェ(以下、プティマルシェ)」という新店舗をオープンしたのですが、そこでaimとコラボさせていただいています。

プティマルシェは、食パンだけでなく、地元さいたまの企業や生産者の物産を販売する市場となっています。地元産の野菜や浦和の老舗酒店がセレクトしたワインやクラフトビールなどが店頭に並んでいます。この店を通して、地元農家などの生産者に関心を持ってもらいたいという狙いがあるんです。

関心を持ってもらうには、発信力のある人に協力してもらうのが効果的です。そこでaimに所属しているプロ選手に「もっと地元の野菜を食べよう!」と言ってもらえれば、多くの人に届くわけです。つまり、一方的にアスリートを支援するだけでなく、私たちの取り組んでいることにも力を貸してもらうというWin-Winの関係を作りたいんです。

隼人:これは「サポートされるプロ選手の自覚」が試されることだと思っています。発信力があるということは、常に見られている、注目されているということです。だからこそ、しっかりと本業でパフォーマンスを発揮しなくてはなりません。プロが結果を残せずに余計なことばかりやっていては、支持は得られませんよね。

庄子:浦和というと「サッカーのまち」と呼ばれることもありますが、意外とサッカーとの接点が少ないんです。

隼人:浦和レッズといっても、「小野伸二選手の活躍」あたりで興味が止まってしまっている人たちも多いんですよ(笑)。

庄子:プティマルシェのお客さまの8割ほどが主婦の方々なんですが、お店を通して、これまであまりサッカーに触れてこなかった人たちにも関心を持ってもらいたいですね。何しろ、主婦には強力な口コミ力や横のつながりがありますから、その拡散力にも期待しています。地元の住民とプロ選手が互いに関心を持ち合う存在になれるといいですね。

キミイツ浦和プティマルシェでは、地元の農家が作った野菜や地域に根ざしたお店から提供された商品が並ぶ

コミュニティがつくる、人と人がつながる力

――aimとしては、サッカー界とは違ったところからサポートが来たわけですね。

隼人:そうですね。プロとしては、サポートに見合う存在になることが大切です。プロアスリートは何を与えることができるのか、そして何を与えてもらえるのか。そういった意識が高まってくれるとうれしいです。

庄子:プロが参加したイベントの効果って、計り知れないんですよね。私たちがいくらがんばって企画しても、参加者にはただの想い出にしかならないかもしれないけど、そこにプロ=結果を残した人が加わることで、何かのきっかけになるなり得るんです。

隼人:たとえば、東京オリンピックにも出場した塩越選手と触れ合うことで、「私も将来プロサッカー選手を目指したい!」と思ってくれる女の子が現れるかもしれない。

お店にはaimとのコラボレーションが行われていることがきっちりアピールされている。3選手のサイン色紙もディスプレイ。

庄子:私たちは「場の提供」をしていきたいんです。みんな対等な関係で一緒に創り上げる「コミュニティ」ですね。一方通行なサポートでは限界があります。でも、テーマを持ったコミュニティは強い。たとえば「さいたまの地元野菜」というテーマなら、主婦、女子プロ選手に野菜ソムリエも加えて、プティマルシェが受け皿になって「女子ネットワーク」を作ってもおもしろいですよね。野菜ソムリエという資格は取ったけれど、なかなかそれを活用するシーンがない人も多いかと思うんですが、こうやってどんどんつながりを増やしていけば、大きな力になっていくはずです。

隼人:aimに所属している3選手にも、取り組みたいことがどんどん出てきています。それは、プロとしての意識が高まっている証拠でもあります。

庄子:aimは当事者意識を持って活動している組織なので、「成し遂げられる」という確信にも似た感触があります。ノウハウやスキル、力を持っている人に助けてもらうことができるコミュニティは、さまざまな課題解決の近道ではないでしょうか。

隼人:私たちも、いろんな人を巻き込んで進んでいければと思っています。

宇賀神隼人氏と庄子剛氏。それぞれの取り組みに向けた会話には熱がこもる。

最後に、宇賀神友弥氏からもコメントをいただいた。

宇賀神友弥氏:自身が現役のうちにこういった行動を起こすことで、aim所属の選手だけでなく、男女共にアスリートの価値を高められる環境を作ってほしいと思ったことがきっかけです。とりまく環境も、そしてアスリートが自分で自分をプロデュースするということも含めて、スポーツ界全体の意識を変えたいと思ってます。

プロスポーツ選手は、それぞれの競技で結果を残すことがもっとも大切なのは間違いないですが、勝敗や記録だけでなく、まずは人として誰からも尊敬される存在になってほしい。そこで初めてアスリートとしての価値につながってくるのだと思います。

aimの活動ではそこをしっかり意識していきたいし、これからの女子アスリートの在り方を世の中に広めていければ。そのためには、まず自分自身がプロサッカー選手として結果を残し続けるということが大切だとも考えています。コロナが少しずつ落ち着きを見せる中、今後は積極的に活動の幅を広げていきます。サッカーだけでなく、他の種目の女子アスリートの方とも何かできればいいなと思ってます。

アスリートの男女格差、プロ化した女子サッカーの発展といったスポーツが抱える課題と、地元の生産者や街そのものの活性化という社会課題。一見すると関連がないかのような課題が、実は、お互いに連携することで思いもよらない解決策が見いだされている。スポーツが備えている力、プロアスリートが持つ発信力、一方で街に眠っている潜在的な活力、女性が有するつながる力など、それらをうまくつなげることで大きな力に変えていけるという。aimとキミイツが取り組む先に、課題解決に向けた光が見えてきている。