【ついに実現した国際水泳リーグ参戦】東京フロッグキングスGM北島康介が語る「競泳が団体競技に変わるおもしろさ」

「眠れる獅子」。かつて水泳界はこう呼ばれていた。世界中で多くの人が親しみ、五輪でも人気種目でありながら、マネタイズやファン獲得、アスリートファーストの実現などで遅れを取ってきたからだ。この状況を一変させたのが、ISL(国際水泳リーグ)である。しかも今年は日本のチームがついに参戦。競泳界の新たな未来を拓きつつ、コロナ禍に苦しむ日本社会全体にも元気と笑顔を与えようとしている。大学時代は体育会水泳部に所属し、競泳の事情に精通している数少ないライターの一人である著者が、「東京フロッグキングス」をGMとして率いる北島康介氏に独占ロングインタビューを実施した。

水泳界を変えていく画期的な大会

都内某所の瀟洒なオフィス。北島康介氏は早朝から、出国直前の連絡や最終調整に追われていた。今年から日本が参戦する競泳の国際プロリーグ、ISL(インターナショナル・スイミング・リーグ:国際水泳リーグ)に「東京フロッグキングス」と名付けられたチームを率いて参戦するためである。だが同氏は疲れた様子を微塵も見せない。人懐っこそうな笑顔、こちらの目をまっすぐ見つめながら熱っぽく語りかける様子は、現役時代と何ら変わっていなかった。

「ISLは昨年立ち上げられた画期的な競泳の大会で、今年は2シーズン目を迎えます。詳しくご存じない方のために説明すると、3つの大きな特徴があると思います。1つ目は個人の成績がチームにポイントとして加算され、チーム全体としての総ポイントで勝ち負けが決まっていくこと、2つ目は大会への参加や成績に応じて、選手やチームに賞金が授与されるプロレースであること、そして3つ目はオリンピックと違って、レースが短水路(25mプール)で行われる点ですね」

「さらに加えるとすると、予選から準決勝、そして決勝という手順を踏むのではなく、レースはすべて一発勝負で、2時間×2日間の枠の中で集中的に開催されること、男女混合リレーやスキンレース(3分おきに50mのレースを繰り返し、最後は上位2人が一騎打ちを行う)と呼ばれる独特なフォーマットが採用されていること、各チームの構成が一種の多国籍軍になるといった特徴もあります。だから日本風に言うと、『賞金をかけて各チームが戦う対抗レース』というイメージで捉えてもらうとわかりやすいかもしれません」

昨年の第1回シリーズには、アメリカ国内に拠点を置く4チームとヨーロッパ各国を本拠地とする4チームが参戦。約2ヶ月間、世界各国を転戦しながら「レギュラーシーズン」と呼ばれる予選大会を3回戦い、そこで上位4位に入ったチームが、ラスベガスで行われた決勝に臨んでいる。

もちろん個々の大会では、50mから400mまでの男女の個人種目やリレーなどが行われるが、そもそもチーム対抗でリーグ戦やトーナメントを戦っていくという発想自体、水泳界ではかつて存在しなかった。北島氏がISLの最初の特徴として挙げたのも当然だろう。

個人競技を団体競技に変えていく試み

北島康介氏:競泳オリンピック金メダリストで現在は東京都水泳協会会長。ISLに参戦するチーム「東京フロッグキングス」ではGMを務める。

「たしかにISLでは、個人ベースでの得点ランキングや大会MVPも設けられている。でも大会そのものが、個人記録を狙うというよりも、チームへの貢献度が問われるようなフォーマットになっているんです」

「たとえば個人種目では1位の選手に9ポイント、2位の選手には7ポイントと成績に応じてポイントが与えられますが、これらのポイントは、あくまでも所属チームに加算される形になる。そして最終的には合計ポイントに応じて各チームに賞金が支払われ、それがチーム内で分配されます。万が一、選手のタイムが大会の標準記録よりも遅かったりした場合には、せっかくみんなで積み上げたチームのポイントが減らされるというペナルティも設けられている。つまり選手は、否が応でもチームを意識しなければならないんです」

「チームを考えて戦っていく発想は、チームのコーチにも必要となる。どのチームも選りすぐりの選手を揃えて大会に臨みますが、実際には他のチームとの力関係で、弱い種目(得意としない種目)というものがどうしても出てきてしまう可能性がある。こういう場合には、コーチはそこにどの選手を起用して、ポイントのロスを最小限に抑えるかという戦略も考えなければならない。それが積もり積もって、大きな差になってくるからです」

「こういう様々な特徴を踏まえて考えると、ISLは規模の非常に大きな賞金レースであるだけでなく本来、個人競技である水泳を、一種の団体競技に変えていくためのユニークな試みだともいえるでしょう」

ISLの規定を参照すると「チームを意識しなければならない」という意味がよくわかる。北島氏が述べた通り、個々の選手の成績はポイントに換算されてチーム単位で積算され、総合順位を決めるのもチーム単位。男女混合リレーも設けられているし、手に汗握るリレー種目で与えられるポイントは、個人種目の倍になるという工夫も凝らされている。

細かな点では、選手が泳ぐコースの決め方も興味深い。水泳の一般的な大会では、予選のタイム順にセンターコースと呼ばれるプールの中央からコースが割り振られていく。だがISLでは日本のチームが1・2コース、イタリアのチームが3・4コースで泳ぐというように、チーム単位で2枠ずつコースが割り振られる。これはISLではそもそも予選が行われないことにも関係しているが、チーム目線でレースを観戦しやすくなるし、物理的にも「チーム対抗感」をさらに演出できるという効果もある。

多国籍軍による豪華な戦い

視点を変えれば、ISLとはきわめて「贅沢な」大会だともいえるだろう。ISLではいずれのチームにも、世界トップクラスの選手がひしめいている。昨年の場合、各チームの選手がリオ五輪で獲得した金メダルの総数はなんと41個。この数字だけを見ても、基本的な競技水準の高さは容易にうかがえるが、同じことは各チームの首脳陣についてもあてはまる。

たとえば北島氏が率いる東京フロッグキングスには、ナショナルチームのヘッドコーチである平井伯昌氏、かつて鈴木大地氏などを育てた鈴木陽二氏といった名伯楽も名を連ねる。にもかかわらず、ここまでの陣容を揃えた上で、あえてチーム単位で覇を競うからだ。

「水泳界では新たなスター選手が続々と登場していますが、昨年のISLにはオリンピックや世界選手権のメダリストの8割近い選手たちが参加しました。今年は新型コロナウイルスの影響で大会の日程などが大きく変わったにせよ、それでもやはり世界のトップ選手の9割が出場する。しかもカナダと日本のチームが新たに加わって合計10チームで争う形になるので、さらに顔ぶれは充実します」

「日本からチームが参戦することは、日本の水泳ファンやスポーツファンにとって、大会を魅力的なものにするという効果もある。もともと日本人は団体競技が好きですし、ましてや自分たちの国からチームが出場してなれば一層盛り上がることができるじゃないですか」

「たしかにヨーロッパやアメリカのチームも強豪揃いですが、コロナ禍の中で東京フロッグキングスをゼロベース、いやマイナスベースから作り上げるのは大変だったので、やはり僕としては結果を出したい。何よりこのチームを信頼して加わってくれた選手やコーチ、そして日本で応援してくれる人たちのためにも、是非レギュラーシーズンで上位に残り、決勝まで進出したいですね」

ただしISLは各国の精鋭がチームを作り、賞金をかけてチーム対抗戦を繰り広げるだけの大会ではない。北島氏が「多国籍軍」という言葉を使ったように、各国が送り出すチームのメンバーは、国籍が厳密に規定されているわけではないからだ。

事実、東京フロッグキングスのテクニカル・ディレクターは、アメリカ人のデイブ・サロ氏。北京オリンピック後に、USC(南カルフォルニア大学)で北島氏のコーチを務めていた人物である。また東京フロッグキングスには、ロシア人のウラジミール・モロゾフ選手をはじめとする複数の外国人選手も参加している。自由形短距離のスペシャリストであるモロゾフ選手は、チームMVPの有力候補にも目されている。

「従来の国際大会と違い、チームには様々な国の選手が加わっています。東京フロッグキングスも男子では16人中5人、女子では4人が外国の選手で、国籍もアメリカ、ロシア、ブラジルやギリシャ、ベネズエラなどバラエティに富んでいる。実はこれも、チーム対抗戦としての面白さに貢献していると思います」

「たとえばチームのメンバーが日本人選手だけだったら、団結心や一体感は比較的生まれやすいかもしれない。でも外国人の選手が加われば、選手たちはさらにコミュニケーションを取ったり、お互いを深く理解した上で、一致団結して戦っていかなければならない。こういう意味でもISLでは、本当の意味でのチームワークが大切になるんです」

ISLがもたらす新たな楽しみ方とレベルアップ

北島氏は、ISLの1つ目の特徴であるチーム対抗というフォーマットは、水泳の大会を楽しむ際の視点も変えていく可能性があると指摘した。

「もちろん日本の皆さんには、是非とも東京フロッグキングスを応援してもらいたいんですが、たとえばイタリアのチームには、フェデリカ・ペレグリーニ選手(女子自由形のスター選手)がいるからイタリアを応援しようといったように、個人的には好きな選手に注目して、特定のチームのファンになるという新しい流れも出てくると思います」

「しかもISLでは、個々の選手が他のチームに移籍できるようになっている。実際、ロシアのウラジミール・モロゾフ選手は、去年はブダペストの「チーム・アイアン」に所属していました。でも今年は、東京フロッグキングスから参戦してくれることになったんです」

チームに関する独特な規定は、従来とは違った形で競技レベルの向上をもたらしていくだろう。むろんトップレベルの選手が参加する時点で、レベルの高さは折り紙付きだ。

だがISLでのフォーマットでは、チームに所属している選手の国籍が問われないため、各選手は海外のトップ選手と覇を競いながら、チーム入りを目指すことになる。たとえばオリンピックや世界選手権に向けて選手を先行する場合には、日本国籍を持つ選手を対象に日本国内で選手権を行っていく。だがISLでは、この枠に縛られなくなるからだ。

「今回は1チームが32名で形成されているんですが、日本とカナダが新たに加わっても、ISLに参加できるのは全世界で10チームしかない。つまり見方を変えれば320名の選手しか大会には参戦できないことになる。これは水泳界全体から見れば一握りだし、選手たちはその枠を目指すことになる。本当にトップの層しか、このリーグに参戦できない。だから長期的には、仮に日本のチームであっても、日本の選手が大半を占めるケースは、良い意味で減ってくることも十分に考えられます」

「もちろん、今年はまず実際に大会に出てみて、いろんなことを手探りで探っていくところから始める形になる。でもISLはチーム対抗戦という点だけに絞っても、これだけの特徴がある。選手にとってもファンにとっても、競泳という競技そのものの新たな可能性を大きく拓いていける画期的な大会なんです」

競泳界にとって画期的な大会となるISL、そして初参戦という新たな歴史を刻む日本チームについて、HALF TIMEでは引き続き東京フロッグキングス GM 北島康介氏に連載形式で伺っていく。