「温泉ボッチャ」による“観光×パラスポーツ”。静岡県伊東市から新たな取り組み

「温泉卓球」といえば、誰しもが旅館で楽しんだことがあるだろう。その定番レクリエーションに並び立とうとしているのが「温泉ボッチャ」だ。パラスポーツ「ボッチャ」は誰でも気軽にプレーできる特徴があり、それを温泉地の観光資源と掛け合わせて普及させていこうというもの。静岡県伊東市では日本ボッチャ協会と連携して、本格展開に向けた準備が着々とはじまっている。今後全国にも広がるであろう、「温泉ボッチャ」の最前線を取材した。

伊東市からはじまる「温泉ボッチャ」

「ボッチャ」という競技をご存知だろうか?

2021年の東京パラリンピックをきっかけに知ったという人もいるかもしれない。

ボッチャはヨーロッパ生まれで、「ジャックボール」と呼ばれる白いボールを目標にして、チームごとに赤青それぞれ6球ずつのボールを投げ、より近づけて点数を競う。古代ギリシアの球投げを起源として、6世紀頃にイタリアでその原型ができあがったとされている。

重度脳性麻痺者、もしくは同じ程度の四肢重度機能障がい者のために考案され、1988年のソウル大会からパラリンピックの正式競技として採用されている。東京大会では杉村英孝選手が個人金メダル、団体戦でも日本が銅メダルを獲得したことで一気に注目を集めた。

「地上のカーリング」とも呼ばれるボッチャ。障がいのある人だけでなく「誰でもできるスポーツ」として注目が集まる

そんなボッチャを、東京パラリンピック以降も新たな形で普及していこうという動きがある。それが「温泉ボッチャ」だ。温泉旅館で卓球を楽しんだことのある人は多いかもしれない。「温泉卓球」は旅館での定番の余興として定着しているが、それに並び立つ存在としてボッチャを提案しているのだ。

日本ボッチャ協会 事務局長の三浦裕子さんは語る。

「東京パラリンピックを経てボッチャを知っていただけている方は増えてきました。これからはプレー人口を増やしていきたいと思っています。地域連携という点でも、温泉ボッチャはいい取り組みだと捉えています」(三浦さん)

ボッチャは重度の障がいを持つ人たちのために考え出された競技なだけに、小さな子どもから高齢者までプレーできる。本格的な競技ではなく、あくまで遊びとしてやるならば小さなスペースがあればよく、温泉地での新たな余暇の過ごし方として旅行者でも楽しめる。

日本ボッチャ協会 事務局長 三浦裕子さん

地域の観光資源とあわせて、旅館での「楽しみ」を提案

少子高齢化に対する対応や首都圏への人口一極集中を是正するために、国は地方創生に力を入れている。それを受けて、地域では独自の観光資源を再発見していく動きがある。伊東市は金メダリスト・杉村選手の出身地ということもあり、いちはやく温泉ボッチャに可能性を見出している。

伊東市の観光誘致を手がける、伊豆高原観光オフィス 事務局長 利岡正基さんが説明する。

「伊東市は、東京パラリンピックで金メダルを獲得した杉村英孝選手の地元。杉村選手は、パラリンピックの活躍を認められて伊東市の名誉市民にもなっています。温泉ボッチャは伊東市を“ボッチャの聖地”とするための活動でもあるんです」(利岡さん)

伊豆高原観光オフィス 事務局長 利岡正基さん

杉村選手も、「市民として、また、ボッチャに携わるひとりとして、温泉とボッチャを掛け合わせた企画は面白そうだなと思いました。観光地である伊東市の地域性と、世代を問わずみんなが楽しめるというボッチャの特徴を活かせますからね。地域から、ボッチャの広がりを作っていくことができたら素敵だなと思います」と期待を寄せる。

伊東市の自然やアートなどの観光資源を活かしつつ、「ボッチャの伊東市」という認知を全国的に広めていくことで、シビックプライド(市民の誇り)を作り上げていくことを目指している。市の「温泉ボッチャ」の普及・振興は、観光庁の「地域独自の観光資源を活用した地域の稼げる看板商品の創出事業」の認定を受けて、支援も受けている。

モニターツアーでボッチャ体験、アイデアも募集

伊東市では今後の本格的な展開に向けて、モニターツアーも開催した。スポーツ関係者や企業担当者を対象として、ボッチャの体験と伊東市の観光資源の視察をしてもらい、忌憚のない意見や提案を募ろうというものだ。

国内大手旅行代理店のJTBが企画運営し、トヨタ自動車、富士通、イオンといったスポーツを支える企業から筑波大学、日本財団まで「産学官」で約20名が参加。杉村選手が勤務する伊豆介護センターへの訪問なども行われた。

ツアーを企画したJTBの大谷信喜さんはこう説明する。

「JTBはオリンピック・パラリンピックに関わる業務をしてきましたが、その後、『何かレガシーを残さなければならない』と強く意識するようになりました。そんななかでボッチャの体験会を開催したのですが、思った以上に盛り上がって『なんてすごいコミュニケーションツールなんだ!』と感じたんです。それがきっかけで、当社の静岡支店とともに伊東市に働きかけて今回の体験ツアーにつながりました」(大谷さん)

モニターツアーでは伊東市関係者と参加者のディスカッションも。会場は杉村選手が働く伊豆介護センター

ツアーの中で行われたディスカッションでは、ボッチャの普及のために学校へのボールの寄贈や「ストリートボッチャ」といったアイデアも挙げられた。伊東市ではこれから市内での周知や旅館でボッチャができる環境を整えて普及していく段階というが、さまざまなアイデアが実装されていくかもしれない。

「ボッチャは見ることも楽しいですが、実際にボールを投げてみることで、競技としての楽しさを感じてもらうことができると思います。身近に練習ができたり、体験ができたりする環境や機会をどんどん増やして、サッカーや野球のようにみんなに馴染みのあるスポーツにしたいですね」(杉村選手)

「かの『温泉卓球』も、ある旅館が考え出して全国に広まっていったという話があります。旅先の旅館での新たな過ごし方として、『温泉ボッチャ』というのはとてもいいプランだと思います。これがスタート地点になればいいなと思っています」(大谷さん)

ボッチャという競技が秘める大きな可能性

JTB 第三事業部 営業推進部長 大谷信喜さん

温泉地は日本各地にあり、観光資源として根強い人気を維持している。そこに広めていこうという「温泉ボッチャ」は、今後大きな展開性を持つといってもいい。JTB静岡支店で地域交流を担当する吉田和正さんは次のように話す。

「温泉ボッチャは、交流を生み出す魅力的なコンテンツだと捉えています。研修旅行でアイスブレイクに用いたり、修学旅行で訪れた先で地元の学校とボッチャ対決したり、地域も世代も越えて誰とでも楽しめてすぐに仲良くなれますからね」(吉田さん)

温泉ボッチャを通して多くの人がスポーツに触れることができれば、人々の生活にも大きく好影響を与えると、ツアーにも参加した筑波大学アスレチックデパートメント 副アスレチックディレクターの山田晋三さんは太鼓判を押す。

「年齢、性別、国籍問わず楽しめるボッチャは、みんなが一緒にできるインクルーシブなスポーツ。『まだ自分にどんな競技が合っているのかわからない』という子どもにも、始めるハードルの低いボッチャは最適ではないかと思います。ウェルビーイング(心身が健康で社会的に満たされた状態)に大きく寄与する可能性を秘めているといえます」(山田さん)

旅館にボッチャコートがあり、ボールを借りれば誰でもプレーできる。三世代での旅行でも、孫とおじいちゃんおばあちゃんが一緒に楽しむことができる。温泉ボッチャは、そんな「気軽さ」を目指している。

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■ボッチャで、温泉街を盛り上げる!人や地域をつなぐ、パラスポーツの可能性

https://www.jtbcorp.jp/jp/jtbeing/2023/02/01.html