11月26日にスポーツ×地方創生をキーワードにした『スポーツビジネスサミット(SBS)東京』が開催される。今回はコロナ禍突入後SBSでは初となるリアルイベントを東京・有楽町で開催しつつ、同時にオンライン配信も行うなど、今までにない形で行われる。SBS東京の主催者であり登壇者のTEAMマーケティング岡部恭英氏と、プロデューサーであるファンベースカンパニー池田寛人氏に、日本のスポーツビジネスの現在地と展望を、SBS東京の前に知っておきたい基礎知識も含めて伺った。
前回:スポーツビジネスサミット東京の定期開催で目指す、「大企業とスタートアップ」の掛け合わせとは
まだまだポテンシャルのある日本スポーツ
「日本のスポーツビジネスは相当ポテンシャルがあって、世界で注目されています」
こう力強く語るのは、ファンベースカンパニーでプロデューサーを務める池田寛人氏だ。
「MLBは事業規模で1兆円を超えていますが、NPBはまだ2,000億円程度。アメリカの人口が約3億3,000万人、日本が1億3,000万人であることを考えると、人口、経済レベル的に、まだポテンシャルは十分にあるだろうと思っています。サッカーでは人口6,600万人のイングランド・プレミアリーグの事業規模が6,000億円である一方、Jリーグは1,200億円程度。こちらも十分伸ばせる余地があると考えます」(池田氏)
世界的にみるとNFLが世界最高の1.5兆円の事業規模でトップ、続いてMLB、プレミアリーグ、NBA、NHL、ブンデスリーガ、ラ・リーガ、セリエA、リーグ・アンと続き、10位に国内最高位のNPBが入る。池田氏が指摘する通り、日本の経済力などを考えれば、少し寂しい結果かもしれない。
では、日本のスポーツビジネスの問題点はどこにあるのか?UEFA専属マーケティング代理店のTEAMマーケティングでヘッド・オブ・アジアパシフィックセールスを務め、Jリーグアドバイザーでもある岡部恭英氏は、「稼ぐ力」だと断言する。
「日本スポーツを外から見ていると、稼ぐ力が低いと思っています。以前は、神聖なるスポーツでお金のことは話すなという体育的な思考が強かった。教育だったんですよね、日本のスポーツは。逆に欧米におけるスポーツはレジャー。その差は大きいです」(岡部氏)
「とは言え、最近はIT企業が経営するチームを中心に、スポーツ・エンターテインメントとして稼ぐことを意識するチームが増えています。また、世界的に見ても遅れたDXが日本の失われた30年を招いた一因ですが、世界を一変させたコロナ禍により、DXはベター(したほうがいいこと)ではなくマスト(しなければならないこと)となり、変化を嫌う日本人や日系企業も待ったなしの状況です。そんな革新の時期ですから、IT企業のスポーツ参画は、タイミング的にピッタリ。彼らの『越境』によってもたらされるスポーツビジネスのイノベーションが、今から楽しみです」(岡部氏)
欧米に差をつけられた、日本スポーツの現在位置
ここに驚くべき事実がある。前述の通り、今でこそ6,000億円規模のイングランド・プレミアリーグと1,200億円規模のJリーグだが、プレミアリーグが誕生したのが1992年、Jリーグの開幕が翌93年と考えると、リーグ創立からの期間はほぼ変わりがない。それどころか、93年のJリーグ開幕年は、各クラブの平均収入は日本の方が大きかったと岡部氏は指摘する。つまり、この30年弱で逆転してしまったどころか、5倍もの「収入格差」がついてしまったといえる。
とは言え、Jリーグも近年順調に事業規模を拡大させ、J1クラブの平均営業収益は50億円近くになった。しかしすでにスペインのFCバルセロナは1,000億円を突破しているという現実もある。岡部氏は、「日本も伸びているが、欧州サッカーや米国スポーツの伸びが大きいのでギャップが開いている。さらに言えば、日本と欧米だけでなく、欧米の中でもメジャースポーツとマイナースポーツの間でギャップが開いてきています」と現状を説明した。
これだけの格差がついた理由は、欧米は優秀な人材がスポーツ界に参入し、ビジネスの領域で革新を進めたことが一因で、日本は一気に置いて行かれた感が強い。だからこそ、SBS東京のリアルイベントの舞台となる有楽町を含む、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)という日本随一のビジネスエリアから大企業の人材が参加し、またオンラインで地方ともつながっていくことで、「越境」していくことが望まれているのだ。
日本のプロスポーツの成功例は地方にも
日本におけるスポーツビジネスは、人口基盤や経済力のある東京でないと成功しないというイメージがあるかもしれないが、実は地方には幾つもお手本があると岡部氏は話す。その一つがNPBの福岡ソフトバンクホークスだ。
「ホークスはもともと福岡には存在していた球団ではありません。福岡には以前、西鉄ライオンズ(現埼玉西武ライオンズ)がありましたが、ずっと前に移転していきました。そしてその後何もないところに、アメリカのMLBのようにチームが移ってきた。しかも東京でない地方で、日本スポーツでトップクラスに稼ぐチームを作った。現在の年商は300億円を超えています」(岡部氏)
同氏はこのホークスの事業規模を他のスポーツにも例える。「フットボールマネーリーグ(デロイトの発行する欧州サッカークラブの収入ランキング及び分析レポート)に、この金額を当てはめると15位辺りに入ります。イタリアの名門ACミランなどよりも収入が多い。野球は試合数が多いので単純比較はできませんが、それくらい事業規模が大きいスポーツが日本の地方にあるんです」と岡部氏は熱弁する。
そこには、たゆまぬ企業努力があると同氏は続ける。
「これだけのことをやったのは官庁や地方自治体でもなく、民間の企業です。(東京と地方の)ギャップは開いていますが、地方でもやりようがあることを示しました。Jリーグの北海道コンサドーレ札幌も、野々村芳和社長が就任してから営業収益を約10億円から30億円まで増やしています。地方でも、企業努力でいくらでも上がるというのは実証されています。(公官庁など)“お上”に頼るのではなく、自分たちでやることが大事。そこが日本のスポーツにとって重要になっていくと思います」(岡部氏)
欧米を参考に、日本のプロスポーツが進む独自の道
それでは、事業規模の比較でも出された欧米スポーツ界では、地方創生をどのように捉えているのだろうか?
欧州の現状について岡部氏は、「サッカーは大げさに言えば産業革命の時代から、教会やカレッジの仲間たちが作っているものだから、2、300年の歴史があるんです。もう地方創生どころか地域のコア(核)ですよね。マンチェスター・ユナイテッド、リバプール、グラスゴー・レンジャーズなんかは、地域の宗教みたいなものです。一朝一夕ではできない」と説明する一方、「ただ、そういう地域密着の例は、日本でも松本山雅などで出始めてきている」とも指摘する。
またアメリカについては、「ヨーロッパの地域密着とは根本的に違います。急に本拠地を移転するなどということが、アメリカでは起こります。資本主義型のスポーツとして、スポーツマーケティング、スポーツビジネスの最先端を突き進んでいます」と説明する。
では今後、日本が進むべき道はどちらか?
その答えについて岡部氏は「地域密着でヨーロッパ型を取り入れながら、ビジネス面はファイナンスも含めてアメリカが一番進んでいるので進めていく。昔から和洋折衷で、外国のいいとこ取りを得意にしてきた形が、日本の目指すところかな」と答えた。
岡部氏はこの国が、1980年代後半に経済力で世界1位のアメリカに迫りながら、その後どんどん力を失い、30年にわたり停滞した一因を、バブルの時に外国から学ぶことをやめてしまったことだと見ている。
日本の最大の強みは、はるか昔から海外の進んだ技術や文化を、積極的に取り入れて改良してきたことだと考える岡部氏は、「世界から謙虚に学んできた、その良さをもう1回取り戻すべきだと思っています」とも語る。諸外国の玄関口ともなる東京で開催されるSBS東京は、そのリスタートとしての役割を果たすかもしれない。
スポーツの価値は今後さらに高まっていく
まだまだ大きな可能性を感じさせる日本のスポーツビジネスだが、池田氏は、コンテンツとしてのスポーツの価値は、今後さらに大きくなっていくとして2つの要因をあげた。
1つ目はリアルタイム性だ。池田氏は、「実は世の中に、ほとんどリアルタイムのコンテンツはないんです。漫画や映画、ドラマなどは定額でひたすら購読できます。音楽もサブスクリプション型で同様です。リアルタイムのエンターテインメントはかなり限られてきている」と指摘し、次のように例を挙げた。
「(米NFLの)スーパーボウルの30秒のコマーシャルが、5.5億円もする理由は、こんなに世界中で同時に見られるエンターテインメントはないからです。人々をその場に行かせる、行けなかったとしてもテレビで見せる。プレミアム・ライブコンテンツなのです」(池田氏)
2つ目の要因は、情緒価値(=エモーショナル・バリュー)が高いことだ。池田氏は「誰かと一緒にスポーツを見に行くと、その人との思い出になる。この思い出というのは他に真似できない価値で、他では作ることができない貴重なものです」と説明し、再び例を挙げて話す。
「今やiPhoneも、多くのアプリが手に入るから価値があるわけでなく、これを持っていることで友達と共通の体験ができるから支持されているわけです。情緒価値に魅かれて商品を選ぶ時代になっているのです。その中でもスポーツは、情緒価値の塊だと思っています」(池田氏)
このようにスポーツは、さらにプレミアム・コンテンツになる可能性があるが、それを広い範囲で提供できるようになったのは技術革新が一因だ。言うまでもなくインターネットにより、デジタルコンテンツは世界中からアクセスされるようになった。
新型コロナウイルスの感染拡大で、スポーツ界ではリモート観戦やリアルとオンラインの複合化・多チャンネル化など、新たな観戦体験が目指される。この「ニュー・ノーマル(新たな日常)」において、このデジタル・シフトは特に重要な意味を持つ。コロナ禍での経済停滞やリアル・コミュニケーションの希薄化など暗い話題も多い中、「情緒価値」の高いスポーツは世の中を元気づけられるだろう。
スポーツビジネスはまだまだ伸びしろがある――。この共通認識のもと、大企業のリソースと、スタートアップの革新的なアイデアが結びつき、オフライン・オンラインで東京をハブに地方へも広がっていくことを2人は構想している。SBS東京への抱負として、岡部氏は最後に、次のように締めくくった。
「ぜひ大企業の眠れるタレントに来て欲しいですね。いろんな異質の人を僕らがつなぎますから」
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『スポーツビジネスサミット東京』は2020年11月26日(木)に、岡部氏らのほか、三菱地所 経営企画部の河合悠祐氏がリアルイベントに登場。カマタマーレ讃岐代表取締役社長の池内秀樹氏と香川県三豊市長の山下昭史はオンラインで中継を行う。会場参加チケットは既に売り切れとなったが、オンライン配信は無料で視聴が可能。
取材協力=有楽町 Micro STARs Dev.
有楽町Micro STARs Dev.は、「これからスターになるヒトやモノゴトを育てていく」プロジェクトで、有楽町「SAAI」Wonder Working Communityと有楽町 micro FOOD & IDEA MARKETの2つの施設を拠点としている。