駐在員を世界各国の市場に送り込み「グローカル戦略」を展開するラ・リーガは、2018年8月に本格的に日本進出を果たした。他国リーグやクラブが日本市場での拡大を図る中、ラ・リーガの優位性とは何か。そして日本市場に対する本気度を示す取り組みとは。これまで2年間の成果と今後の展望について、駐在員として日本市場を担当するオクタビ・アノロ氏に話を伺った。
前回インタビュー:ラ・リーガ 国外で成長(前)日本市場担当オクタビ氏が語る「グローカル戦略」とは?
世界最高のサッカーと日本へのコミットメント。ラ・リーガの他にない価値
今日、日本市場への進出を図るクラブやリーグは多い。競技の垣根を越えれば、ライバルの数はスポーツ界全体で計り知れない。しかし、「競合を上回るラ・リーガの価値は多い」とオクタビ氏は自信を持って語る。
レアル・マドリードとバルセロナを筆頭に、ヨーロッパの舞台で数多くの激闘を制してきたラ・リーガのクラブ。さらには世界トップクラスの選手たちも所属する。バルセロナのリオネル・メッシ、レアル・マドリードのルカ・モドリッチが世界最高のサッカー選手に贈られるバロンドール賞を受賞したのは記憶に新しいが、昨年までレアル・マドリードに所属していたクリスティアーノ・ロナウドを含めれば過去10年のバロンドール受賞者は全てラ・リーガから輩出されている。「世界でも最高のクラブ、最高の選手を提供している」点が1番に挙げる魅力だ。
次に挙げるラ・リーガが提供できる価値には「日本に対するコミットメント」がある。数年間試して上手くいかなければ撤退を検討する外資企業やスポーツリーグは今までもあった。だがラ・リーガはオクタビ氏を駐在員として日本へ派遣している事から本気度が違う。日本のステークホルダーに対してもすぐに対応することが可能であり、日本国内でのイベントとも協働していける。
日本のファンとのコミュニケーションも重要視しており、日本語での公式ツイッター、LINEアカウントを創設した。今年だけで50ものイベントを開催したが、それを日本のファンに伝えるためにもソーシャルメディアの活用は欠かせない。他のリーグを見てみると、ブンデスリーガは日本語のツイッターアカウントを開設しているが、プレミアリーグやセリエAはまだ着手していない。日本人選手が海外リーグに所属することが珍しくなくなった今、「グローカル戦略」において、その選手達の情報を直接伝えられる母国語のソーシャルメディア・アカウントは効果的だ。
オクタビ氏がラ・リーグの魅力として最後に強調するのは、直接競技に関わることではない。「リーグも素晴らしいですが、スペインという国も素晴らしいです。私たちが売るのはサッカーではない、ラ・リーガだというメッセージを全面的に押し出しています。」ラ・リーガは日本国内での活動の1つに昨年8月から12回に及ぶセミナーも開催し、約100人以上の参加者に、リーグだけでなくスペイン各地の魅力も伝えてきた。
アジア市場拡大に向けたテレビ中継の時間調整
ラ・リーガが提供する価値の中に挙がったコミットメント。日本もそうだが、アジア全体に対しても同じことが言える。ラ・リーガはシンガポール、インド、中国にも事務所を構え、アジアで約30人のスタッフを配置している。
「昨年はアジアで視聴者数が60%も増えました。日本でも伸び率は二桁を記録しています」
背景にあるのは、ラ・リーガのグローカル戦略だ。スペイン国内では放映権の関係で試合開始が午後10時となることも少なくなかった。しかし、これでは日本時間では朝方になってしまうため、アジア市場拡大を目指すリーグにとっては相応しくない。そこでラ・リーガは2年前から毎週4試合をアジア市場に向けたキックオフ時間へと変更した。
「ビッグクラブもアジアがカギとなる市場であることを理解しています。小さいクラブもキックオフ時間を変えることで得るものがあると感じています」
試合開始時間をアジア向けに調整することで観客動員数に打撃はないのかと尋ねると、「スペインでは正午開始の試合でも会場は一杯になります。しかも私たちが来て欲しい家族連れが実際に多く来てくれています」との答えだ。友達や家族とラ・リーガを観ながらランチタイムを過ごすという文化を新たに作り上げているのだという。事実、過去5年間でラ・リーガの観客動員数は右肩上がりだ。
今ではラ・リーガのソーシャルメディアのフォロワー数は、スペイン国内よりもインドネシアが上回る。「(ラ・リーガは)もうローカルなプロダクトではなくなってきています。キックオフ時間をアジア市場だけでなく、米国も含めて考慮して決めていかなくてはいけません」
ラ・リーガの試合で最も注目が集まるバルセロナ対レアル・マドリードの一戦「エル・クラシコ」も、年間2試合のキックオフ時間を1試合はアジア市場に、もう1試合をアメリカ・ヨーロッパ時間に合わせる取り組みも行っている。
ラ・リーガとパートナーシップを結ぶタイミングは「今」
ラ・リーガの2018/19年シーズンは5月19日で幕を閉じた。来季に向けた目標設定はこれから立てていくとのことだが、ラ・リーガが今季目標として掲げていたことと、その成果も伺ってみた。
「各市場で達成すべき目標を毎年3つ4つ挙げる」とオクタビ氏は言う。ラ・リーガが日本市場で存在感を拡大するために今年一番心がけたのはアクティブに活動していくこと、そしてファンコミュニティーを作っていくことだった。これまでラ・リーガのチームの公式ファンクラブは4つ存在していたが、今年でそれが8つ程に増えたと成果を語る。
公式ツイッターやLINEアカウント創設でも表れているようにデジタル面の強化も重要課題の1つとして挙がっていた。フォロワー数やエンゲージメントも目標達成度を評価する際に指標とされているという。
三つ目に挙げるのは日本での公式パートナーを獲得することだ。この時点で企業名は明かされなかったが、7月には某日本企業と正式に契約を発表する準備を進めているという。
「(契約を進めている企業は)日本で大きな存在感を持つブランドであり、国内中に拠点を抱えているため、日本の皆さん、ファンの方々へ(ラ・リーガが)露出していく機会が増えていくと思います。日本初のパートナー企業となりますが、現在すでに2社目の契約にも動いています」
ラ・リーガは日本市場拡大に向けて更なるパートナーとの協働を目指しているが、実際ラ・リーガと組むメリットはどこにあるのか。
前述のように世界最高峰のクラブや選手たちを抱えるラ・リーガと協働することで、ブランドイメージを構築することが出来る。さらには成長過程のプロジェクトを共に歩むことが出来る。特に日本市場での活動はスタートしたばかりであるため、パートナーシップの価格設定やラ・リーガのレジェンドを活用した企画なども柔軟性を持って対応することが出来る。
「2、3年後には今のような価格では提供出来なくなるかもしれない」とオクタビ氏は語るが、これまで長くラ・リーガの顔として活躍してきたイニエスタやビジャが活躍の場を日本へ移していることで、「一つのモメンタムを生み出している」のは事実だ。
バルセロナやイニエスタとのコラボレーションも。新たに取り組む仕掛けとは
新たな市場への進出は多くの困難が待ち受けるものだが、ラ・リーガの場合はそうでもなかったようだ。言語の違いに課題を置きつつも通訳の存在などで大きな問題は回避出来ているという。
「ラ・リーガが新たな風を吹かすと感じてくれている人の多さに驚きました。日本の皆さんは快く私たちを迎え入れてくれました。リーグやクラブと共に新しいプロジェクトを行いたいという声も頂いています。これまでを振り返っても大きな問題なく、進めてくることが出来ました」
だがマンパワーが足りずにまだ着手出来ていないこともある。それは、ラ・リーガの強みであるカンテラ(下部組織)で培った育成に関する仕組みで、「日本の次世代強化に貢献したい」という。いずれはアカデミー創設も構想に入っている。
特に来季の重点としては、獲得するスポンサー企業との関係性を維持していくことが挙げられた。契約を結ぶことをゴールとするのではなく、長期的なプロジェクトを作り出して双方にとって価値を最大化していくことが求められる。さらには日本のメディアにも露出を更に増やしていきたいという。
その一環として今夏来日するFCバルセロナと共にイベントを開催し、イニエスタをラ・リーガのグローバル・アンバサダーに任命することを日本で発表する予定だという。スペインからもレジェンドが数名来日する。
日本で開催される東京2020オリンピック・パラリンピックの運気も活用していく。スペインでは「ラ・リーガスポーツ」というフットボール以外の競技団体を支援するプロジェクトが存在する。金銭的な支援もあれば、ラ・リーガのブランドを使ってソーシャルメディアなどで他競技団体の選手をプロモートしていく活動も行っていく。世界が多種多様な競技に注目するのに合わせて、ラ・リーガは積極的に仕掛けていく。
「ラ・リーガはフットボールのブランドではなく、エンターテイメントのブランドです」
*
つい4年前はリーグスタッフが45人しかいなかったラ・リーガだが、今では世界中に500人以上がその一員として活動している。フットボールだけではなく、スペインを代表し、エンターテイメントを作り上げることを目標に掲げるラ・リーガ。同じく成長過程にある日本スポーツ界にとって、貴重な「友達」となるのではないだろうか。