世界中に熱狂的なファンを持つ障害物(オブスタクル)レース「スパルタンレース」が日本に上陸して約8年がたった。昨年末には沖縄で約4,000名が参加し、延べ約2万人を集めた2024年のシーズンが締めくくられると、今週末の2月15日には早くも今シーズン最初のレースが茨城で開催される。
「世界で最も過酷な障害物レース」が日本でも着実に存在感を高める中、運営の株式会社SRJでは新たな挑戦を目論む。成長著しいDOスポーツ市場での「勝機」について、代表取締役CEOの手代木達氏に聞いた。
燃え盛る炎も。非日常感が満載のスパルタンレース
2024年12月、沖縄・豊見城市の豊崎海浜公園 美らSUNビーチで、世界最大級の障害物レース「スパルタンレース」が行われた。約4年ぶりとなる沖縄での開催に、スパルタンレースを日本で展開する株式会社SRJの手代木達氏は感慨深げに振り返る。
「(2021年)当時はコロナ禍の影響でさまざまなイベントが中止になっていた中で、地元の方たちと『少しでも人々に元気になってほしい』という思いで実施しました。ただ、どうしても安心・安全が最優先事項で、その後もとにかく大会を各地で続けることを意識しました。
そしてコロナ禍を経て、リベンジの意味も込めてもう一度沖縄でやり遂げたいと思っていたので、4,000人近い人たちに参加してもらえたのは本当にうれしかった」(手代木氏)
何十キロもある石球を持ち運び、5メートルほどのロープをよじ登る。有刺鉄線の下をほふく前進でかいくぐり、燃え盛る炎を飛び越える。日常生活で味わうことのない数々の障害物を、泥だらけになりながら乗り越えていく――。そんな非日常感が、スパルタンレースの最大の魅力だ。

「ファンがファンを呼ぶ好循環」をつくる
SRJが日本国内におけるライセンシーとなった2020年頃、「スパルタンレースを知っている人はほとんどいなかった」(手代木氏)。だがコロナ禍を経て、大会数は17、参加者数は延べ6万5,000人と、5年間で地道に実績を積み上げてきた。
同氏は「今では自治体からお声掛けいただくことが増え、初めて会う人に『知っています』と言われる機会が増えた」と成長の手応えを語る。
SRJが意識しているのは、「ファンがファンを呼ぶ好循環をつくる」ことだ。
「スパルタンに出場した人は、自分の限界を超えて頑張った姿を誰かに伝えたくなる。そこで、例えばフォトサービスを用意することで、参加者が自らSNSでレースの体験を発信してくれる。大会の臨場感や魅力が口コミで伝わり、情報が巡っていくことを狙っています」(手代木氏)
スパルタンレースはチームでの参加も可能で、お互いに助け合いながら挑戦することもできる。そこでSRJでは、多くの人数を集めた上位3チームは「Biggest Team」として表彰し、記念の盾やチーム名がプリントされた特注フラッグもプレゼントしている。
もし大々的なプロモーションを打てば、もっと効率的に参加者は増えるかもしれない。だがその分、コアファンが出場できなくなってしまったり、新規の参加者がうまく馴染めなかったりしてしまうかもしれない。
「昔からのファンという方々の存在が、スパルタンレースの根幹なんです」と手代木氏。参加者が次のレースへ向けて自然と仲間を誘うような仕掛けによって、“コアなファン”を増やし続けることに成功している。

スポーツツーリズムで地方創生を具現化
スパルタンレースでは、「参加者の満足度をトータルで高める」ことにも意識を傾けている。レースの質を高めることはもちろんだが、「いかにレースの前後をエンジョイしてもらえるか」(手代木氏)を考えている。
例えば昨年12月の沖縄大会では、ビーチに大きなステージを造り、サンセットに合わせて厳選した4組のアーティストによるライブパフォーマンスをオリオンビールを片手に楽しんでもらう、というプランも立てた。
手代木氏は「自治体や地元の人たちと力を合わせながら、その土地ならではの演出を盛り込む」ことにもこだわる。その根底にあるのは、地方創生への想いだ。
「僕らはただ単にスポーツイベントをやればいいとは考えていません。日本全国を回りながらその土地の良さを伝えていく、いわゆるスポーツツーリズムを体現していくのが役目です」(手代木氏)

同氏にとって、忘れられない光景がある。新潟・湯沢町で毎年9月、大会を開催しており、参加者は4,000人、家族・友人を含めれば実に8,000人近い人たちが訪れている。初めて開催したころは地元の人たちの反応は薄かったが、今や熱烈に歓迎されているという。
「レストランで働く年配の方が『スパルタンののぼりを出したい』と言ってくれたり、夫婦で一緒にTシャツを着て応援に来てくれる人もいます。すごく歓迎してくれて、直接応援の言葉を掛けてくれる。ずっと続けてきたからこそ見られる光景だなと」(手代木氏)
レースが終われば、家族や仲間同士で飲食をして、温泉に入り、宿泊して、次の日は観光に出掛ける。手代木氏は「スパルタンの特性上、仲間同士で参加する人が多いからこそ、日帰りせずに宿泊する人も多くなる」と考えており、街全体に与える経済効果は大きい。
「いかに地元の人たちに喜んでもらえるイベントにできるか。これまでに積み重ねてきた中で得られたものを、日本全国のいろいろなエリアへと広げていきたい」(手代木氏)
「子どもだからこそ大事な経験を」キッズレースへの想い
同氏が今後、強化していきたいと考えているのが「キッズレース」だ。4~14歳を対象とした1~3キロのコースで、難易度を下げた障害物が設置されている。
「昨今、子どもたちが思う存分に遊べる空間も時間も減っていたり、競争して順位を付けることに賛否両論があったりします。でも自分の限界に挑戦したり、友達と助け合って障害を乗り越えたりという体験は、子どもだからこそ大事なんじゃないかと思うんです」(手代木氏)

実際、スポーツ庁が毎年実施している『体力・運動能力、運動習慣等調査』の結果を見ても、子どもの体力は低下傾向にある。コロナ禍がその傾向に拍車をかけている側面もあるだろう。中学・高校生の運動部活動への加入率も減少傾向にあるというデータもある(『子ども・青少年のスポーツライフ・データ』)。
子どもたちが学校外でスポーツをできる環境はもちろん、その動機や意欲をかき立てられるコンテンツへの需要は今後ますます増えていくと考えられる。
「中国では子どもがスパルタンレースに出場することが一つのステータスのようになっていて、2日間で1万5,000人が参加するキッズレースもあるほどです。日本でもスパルタンレースが子どもたちの目標となっていきたい」(手代木氏)
「家族の絆を深めるレース」に見出す可能性
手代木氏にはさらにその先に見据える野望がある。キーワードは「家族」だ。「家族にとって大事なのは、“共有できる経験”をいかに増やしていくか。親と子で同じ経験をして、一緒に頑張ることのできるものがあれば、家族の絆はもっと深まっていくと思うんです。」
スパルタンレースには大人向けと子ども向けのレースが両方ある。だがあくまでも大人は大人、子どもは子どもで出場する。サッカーやスイミングなどのスポーツ教室も、参加するのは子どもで、親はそれを応援して見ているというかたちだ。
「私には小さな子どもが2人いるんですが、日中はなかなか子どもと一緒にいられないのが実情です。子どもを見るのは本当に大変で、どうしても家族に負担がかかる。SRJが目指したいのは、親子で一緒に目指す目標があって、一緒にそこに向かって頑張って、一緒に幸せになれる――そんな日常があふれる世の中なんです」(手代木氏)
その実現に向けて考えているのは、親子で一緒に出場し、協力してゴールを目指すレース。
「お父さんが失敗して『ちょっと~!パパ駄目じゃん!』みたいな(笑)。でもまた次も出場するとなったらお父さんもトレーニングを頑張る。親子で頑張る。そんな光景が見たいなと。
例えばメダルも親子でもらったものをくっつけたら一つのメダルになる、というのもいいですよね。スパルタンで培ってきたナレッジや経験を生かしながら、新しいものをつくっていきたいと思います」(手代木氏)

同氏はSRJの強みを、“ゴール”を持っていることだと言う。日本のスポーツジム人口は約500万人といわれるが、その中で明確な目標を持ち続けられる人は決して多くはないだろう。スパルタンレースがその目標=ゴールになることができるという自負がある。
「私たちは“ゴール”を持っているけど、“プロセス”を持っていません。それは可能性でもあります。家族や親子にフォーカスしたコンテンツやプログラムを提供していくことで、家族の幸せにつながっていけばいいなと考えています」(手代木氏)
SRJは、事業ドメインとしてDOスポーツ(するスポーツ)に強いこだわりを持つ。それは「スポーツの本質は体を動かすこと」(手代木氏)という信念があるからだ。日本のスポーツ実施率は徐々に上昇傾向にあるとはいえ、まだまだ欧米諸国より低いという現実がある。
手代木氏は「まだまだ机上の空論ではあるんですけどね」と笑うが、その目には確かな未来を映し出されている。「スポーツを通じて何かに挑戦して、家族みんなが心身ともに健康で幸せになれる。そんな世の中にしたいですね。」