世界で活躍するスポーツビジネスパーソンから直接学べるオンライン講義『HALF TIME Global Academy』。第四講となった8月25日には、MLS(メジャーリーグサッカー)でeスポーツとゲーミングのシニアマネージャーを務めるバイオン・ウェスト(Bion West)氏を迎えて、「eスポーツマーケティング論」が繰り広げられた。
前回:ラ・リーガが実践する「パッションポイント・マーケティング」とは何か?【HALF TIMEアカデミー第三講レポート】
これからのスポーツビジネスで必要不可欠な「デジタル」
『HALF TIME Global Academy』は、第1期となる2020年8月の最終回・第四講を迎え、まず、学長の中村武彦氏がこれまでの3回を振り返り、スポーツは世界をつなぐことができ、コロナ禍でもスポーツは世の中を良くする原動力になるというメッセージに共感したことを述べてスタート。
全ての回に共通していたのは、国内に留まらずグローバルにリーチするためにデジタルが必要であり、今後のスポーツビジネスにおいては不可欠な要素となってくるのではないかとの予測も紹介した。
今回の第四講には、MLSでeスポーツとゲーミングのシニアマネージャーを務めるバイオン・ウェスト氏が講師として登場。MLSが運営するeMLSリーグの戦略・策定を行う責任者である同氏は、eスポーツそのものから、それを活用した実践的なマーケティング手法、そして今後の展望までを解説してくれた。
過去3回は、デジタルというツールを活用してどうマーケティングするのかという話が中心だったが、eスポーツはデジタルそのものがスポーツになっている点で、今回は観点が異なるとも言える。
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「eスポーツは、コンペティティブ・ゲーミング(競争するゲーム)」と、ウェスト氏は数多くあるeスポーツの定義をまず明確にした。様々な種類のゲームで競い合う選手やチームを、ファンが応援するという図式だ。
このeスポーツのエコシステムを整理してみると、実は、元来のプロスポーツビジネスとさほど違いはない。選手を中心にして所属先のチームがあり、競技となるゲームが存在する。選手やチームはリーグに所属しており、試合を見ることが出来るのはアリーナなどの施設やオンラインのプラットフォームだ。
Amazonが提供するライブストリーミングプラットフォームの「Twitch」が代表的だが、一般のテレビチャンネルも放映を始めている。特に今年は新型コロナウイルスの影響でライブスポーツがなくなったため、eスポーツは視聴者数を大きく伸ばす。売上も業界全体で総額100億円を上回る予想だ。
このように、ここ数年でeスポーツは急激に人気を高めてきた。その理由についてウェスト氏は、「5G対応が加速する世の中の動きとも連動している」という。スマートフォンやパソコンでのゲーム環境が整う中、eスポーツのゲーム開発者は、ストリーミングやファンの視聴体験を意識した、競技性に富んだ作りに工夫を凝らしている。
そしてこのeスポーツ界、米国ではMLSのようなプロスポーツリーグだけでなく、投資銀行などの金融業界からデビッド・ベッカムやマイケル・ジョーダン、ドレイクなどのセレブリティまでもが投資しており、eスポーツの可能性はますます広がっている。
個人や企業が投資をするのは、eスポーツが若い世代から多くの支持を得ていることが大きい。全世界でeスポーツファンの80%が35歳以下と言われ、米国のeスポーツファンの58%はスポンサー企業に対しても好印象を持つというデータも出ている。
MLSがeスポーツのプロリーグを創設した理由
それでは、実際にMLSが運営するeMLSとはどんなものなのか?
eMLSは2018年に創設され、EAスポーツ社のゲーム『FIFA』を利用してリーグ戦を行っている。MLSは「リアルとデジタルの境界線を可能な限り無くす」(ウェスト氏)ことを掲げており、eMLSのイベントにもMLS選手をゲストに呼ぶなど、通常のサッカーイベントと遜色ないものを作り上げる。あくまでもeMLSはMLSというブランドの延長線上に存在するリーグであり、別物ではないということだ。
では何故MLSがわざわざ多くの投資をして、eスポーツのリーグ自体を立ち上げたのか。そこにはファンベースの理解と『FIFA』が築き上げた巨大なマーケットがあった。
『FIFA』シリーズには長い歴史がある。1作目が登場したのは1994年で、毎年進化を続けファンを虜にしてきた。「およそ3000万人のプレーヤーがいる『FIFA』を活用することは、MLSにとっては“安全な投資”という認識にまで至った」と、ウェスト氏は証言する。
そしてもう一つ重要な要素が、“クリーンさ”だ。ファミリー層にも愛されることを目指すMLSにとって、『FIFA』が暴力的なゲームではないことは大きい。リアルさながらの戦場でのシューティングゲームなども多く世に出てきている中では、尚更だ。
MLSのデータによると、MLSファンである回答者の67%が『FIFA』を普段プレーしていることがあり、プレーしたことがない、または興味がないと答えたのはたったの6%。また、65%のMLSファンである回答者が『FIFA』によってサッカーに興味を持ったことも判明した。この結果、ファン獲得とエンゲージメントにおいて、MLSと『FIFA』は双方にとって欠かせない存在であるという認識が生まれ、次世代ファンを今後も増やしていくために必要なパートナーシップとなったのである。
一年中、ファンとのタッチポイントを作り続ける
どのスポーツリーグにも、シーズン期間とオフシーズン期間が存在する。ファンエンゲージメントは、間違いなくオフシーズンの方が難しい。リアルな試合は開催しておらず、ホームタウンを離れてしまっている選手達もいるからだ。その期間、リーグとチームがファンやパートナー企業とのつながりを維持するためにも、eスポーツは新たなコンテンツとなっている。
MLSは通常、2月の開幕から11月のプレーオフまでの期間が中心になる。『FIFA』の新作は9月に発表され、そこからeMLSシーズンを戦うための戦力を各クラブが選定していく。戦力選定は各チームそれぞれで、スカウティングをする場合もあれば、地元やオンラインで大会を開催し、その優勝者を選手として契約する場合もある。MLSにとってはオフシーズンとなる頃、『FIFA』の新作を活用したeMLSのシーズンを1月から開催することができる仕組みとなっている。
一方で、MLSとeMLSを連携させる施策もある。MLSのビッグイベントであるオールスターやMLSカップ戦の期間にも、会場のコンテンツとして必ずeMLSを取り入れる。これをMLSでは、「クロスオーバー・イベント」と呼んでいると、ウェスト氏はいう。特にオールスターのような競争性が低いイベントでは“サッカーのお祭り”という位置づけで『FIFA』愛好家の著名人を呼んで、とにかく盛り上げるのだという。
eスポーツがブランド・エクステンションにも
「3年間リーグとしてeスポーツに投資を続けてきた結果、MLSはブランドを拡張することができた」と、ウェスト氏は振り返る。
TwitchやTwitterでeMLS全試合が配信されることから、グローバルでMLSの認知度が向上。世界を代表する『FIFA』のプレーヤーとの契約や、様々なインフルエンサーやアーティストの巻き込みによりポップカルチャーの一部として報道され、新たなファン層へのリーチとエンゲージメントをもたらしている。また、全米中でeMLSの大会を開くことで、参加者情報をもとに貴重な顧客データも収集してきた。
そして、ウェスト氏が最後に触れたのは、スポンサー企業の広がりだ。コカ・コーラやケロッグなどはMLSだけでなく、新たにeMLSのパートナーとしても契約。ブランドにとってはeスポーツという新たなタッチポイントができ、リーグにとっては新たなスポンサー収入を生んでいる。ウェスト氏は、「(eMLSは)エンデミックブランド(ゲーム関係)、そしてノンエンデミックブランド(ゲームと無関係)の両方を引き寄せている」と述べた。
リーグがeスポーツに投資をする意義をMLSの視点から話したウェスト氏は、最後にこの業界の行く末についても触れてくれた。リアルスポーツに制限がある今、凄まじい伸びを見せていること、さらには24時間eスポーツ関連コンテンツを配信する「VENN」のような新たなメディアの誕生など、非常に前向きな業界であることを強調した。
どの国でも、ゲーマーであることはこれまでネガティブなイメージがあったかもしれない。だが今は、ポップカルチャーとして見られつつある。そして従来のスポーツ同様にプロ選手という職業を新たに生み出しているからこそ、eスポーツも真にスポーツであるとして認識されてきたのかもしれない。
今回も講義中、ウェスト氏に様々な質問が飛び交った。これまでの講義の中でも最大となる参加人数となり、eスポーツへの高い注目度が改めて示されたといえる。新たな分野のトップランナーから直接に話を聞くことができ、さらに交流もできる。アカデミーの醍醐味を十二分に味わうことのできた講義となった。
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