注目を集めた、上海でのF1ファンフェスティバル
耳をつんざくエグゾーストノートを奏でながら、極彩色に塗られたハイテクの塊のようなマシンが、時速300キロを越えるスピードでレースを繰り広げる。モータースポーツは、誰もが「非日常」に接することのできるイベントの一つだ。
このモータースポーツにおいて、4輪カテゴリーの頂点に立つのがF1世界選手権。今年も3月のオーストラリアGPから選手権がスタートし、最終戦のアブダビGPまで世界各国のサーキットを転戦しながら、全21回のレースが行われる。
今年序盤のレースカレンダーで注目を集めたのは第3戦、上海で行われた中国GPだった。4月第2週の週末には、著名人や人気DJ、F1界のセレブを迎えた、様々なイベントを上海市内で実施。映像と音声、SNSなども絡めながら、F1の迫力を幅広い層に訴求するアクティベーションや、中国出身でルノーの開発ドライバーに初めて起用されたドライバー、周冠宇によるF1マシンのデモ走行も行われた。「F1ファンフェスティバル」と銘打たれたイベントは、ハイネケンが冠スポンサーを務めるもので、今年はシカゴ、ロサンゼルス、ブラジルでも開催を予定している。[1]
アジア・シフトが顕著なモータースポーツ
上海でのファンイベントは昨年に続き2度目となるが、今回は特別な意味も込められていた。今年の中国GPは、F1の世界選手権がスタートしてから通算1000回目のメモリアルレースにあたったからだ。
このような特別なレースが、中国で開催されたことの意義は大きい。もともとモータースポーツはヨーロッパで発祥した競技だが、近年はアジア市場に目を向けてきた。事実、1990年代後半からは日本に加えて、マレーシア(1999年)、バーレーン(2004年)、そして中国(2004年)がカレンダーに組み込まれただけでなく、シンガポール(2007年)やアブダビ(2009年)、韓国(2010年)でも世界選手権が開催されるようになった。
マレーシアや韓国でのレース開催はすでに終了したが、シンガポールGPは市街地の公道に特設サーキットが設けられ、F1史上初めて夜間にレースが開催されたことでも大きな話題を集めた。さらに2020年からは、ベトナムでレースが開催されることも決定。F1の興行を取り仕切るアメリカのメディア企業、リバティメディア社は、フィリピンでのレース開催も視野に入れている。[2]
スポーツの垣根を超えた、複合型マーケティング
F1関係で同様に注目されるのは、スポンサーを介した各スポーツイベントの融合が進んでいる点である。ハイネケンはUEFAチャンピオンズリーグのオフィシャルスポンサーのため、上海のF1ファンフェスティバルでは、モータースポーツとサッカーという二つのカテゴリーの融合が企図されている。
今年のイベントでは、サッカー界からルイス・フィーゴ、シャビ・アロンソ、クラレンス・セードルフ、F1界からはニコ・ロズベルグといったレジェンドが集結。現役F1ドライバーのピエール・ガスリーなどと共に、イベントに花を添えている。
ハイネケン中国のマネージングディレクターであるヤッコ・ファン・デル・リンデンは、次のように話す。
「中国で初めて、UEFAチャンピオンズリーグとF1という、二つの世界を融合できることにとても興奮している。上海は、今年、ハイネケンが主催する、UEFAチャンピオンズリーグのトロフィーツアーが巡る場所の一つでもあるため、(今回のイベントでは)中国のファンに対して、UEFAチャンピオンズリーグのトロフィーと、(F1とサッカー)双方のレジェンドに、地元で直接出会う機会が提供される」[3]
キーワードは都市型・プッシュ型・エクスペリエンス
3つ目の注目点は、都市型の体験(エクスペリエンス)イベントや、SNSなどを駆使した、プッシュ型のマーケティングが展開されている点である。
スポーツイベントの運営では、いかに集客を図るかが重要だが、モータースポーツの場合は、郊外の常設サーキットが主な舞台になるという構造的ハンデを抱えていた。故に、モナコやマカオ、シンガポールなどでの公道レースが人気を博してきたが、ハイネケンのF1フェスティバルでは、サーキットに足を運ばなくとも、市街地で手軽にレースの雰囲気を堪能できるように設計。SNSなども積極的に活用しながらアクティベーションを展開し、新たなファン層の掘り起こしを試みている。
象徴的なのは、F1ファンフェスティバルが、シカゴやロサンゼルスなどでも実施が予定されている点だろう。これらの二都市では、実際にはレースが開催されないにもかかわらず、多くの人々がF1に触れることができる。
急速に発展を続けるアジア市場へのシフト、スポーツの垣根を超えたエクスペリエンスの提供、そして都市部における体験型・プッシュ型イベントの実施へ。
エコブームの到来によって、かつてはモータースポーツの危機が叫ばれたこともあった。だがF1界は、エネルギー回生システムなどの採用などにより、エコな時代に巧みに対応。さらにはプロモーションに関しても新基軸を導入し、スポーツマーケティングの新たなトレンドを構築しつつある。ますます加速するF1のグローバル戦略が注目される。
◇参照
1. Formula1.com