市販車部門だけでなく、モータースポーツでも世界に君臨するトヨタ。そんな彼らが日本に新たなブームを起こそうとしている。ラリーの現場で人と技術と組織を鍛え、新たなGRブランドを磨き上げていく。「巨人」の戦略とビジョン、そして情熱の源泉を、FIA世界ラリー選手権(WRC)の舞台、フィンランドに探った。
日本の人々に、いかにラリーの面白さをプレゼンテーションしていくか
とはいえ、日本が置かれた状況は微妙に異なる。
トヨタは日本でも押しも押されもせぬマーケットシェアを誇るが、ラリーが市民権を得ているヨーロッパと異なり、我が国ではラリー人気が必ずしも高いと言い切れないからだ。
その理由を、TOYOTA GAZOO Racing (TGR)の友山茂樹氏は、次のように分析する。
「正確に言えば、実は日本にもラリー文化は昔から根づいているんです。すでにご存じでしょうけど僕自身、大学生の時にはラリーをやっていたぐらいですから。
ただし裾野が広がっているかというと、残念ながらそうはなってこなかった。
日本のマニュファクチャラーは、WRC に真剣に取り組んできたとは言えなかったし、ラリーそのものも物好きな人たちだけが集まって楽しむような、非常に狭いムラ社会の中で愛されてきたんです。
WRC ジャパンラリーが実現すれば、ラリー人気を醸成する最高の機会になりますが、まずは日本の人達にラリーの魅力を知っていただかなければならない。こんなに楽しいレースがあるんだよと伝えていくことが、最初のステップになると思いますね」
TGRのドライバーたちが語る、ラリーの魅力
では「ラリーの魅力」とはいかなるものなのか。
TGRに所属するエストニア出身のドライバー、オィット・タナックはこんなふうに語ってくれた。
「僕はプロのレーシングドライバーとしてWRCに参戦しているけど、イベントで他のドライバーが走っていたりするのを改めて見ると、今でもドキドキするんだ。だって僕たちが日常生活で普通に走っている道を、信じられないようなスピードで走っていくんだぜ。こんな経験は他のレースでは絶対に味わえない。ラリーぐらいエキサイティングなレースはないと思うね」
ドライビングスタイルの違いがはっきりとわかるのも大きな魅力だろう。たとえばフィンランド出身で、同じくTGRに所属するヤリ-マティ・ラトバラは、外見も語り口調もきわめて紳士然とした人物だが、ステアリングを握るやいなや、アクセル全開で派手なドリフト走行をしていくことで知られている。
「そう、僕は昔からワイルドなことに挑戦するのが大好きな子供だったんだ。アイスホッケーをやり始めたときには少し落ち着いたけど、やっぱりじっとしているのが好きじゃなくて、なにか面白いことをやってみたくなる。
それは自動車に乗ったときも同じでね。元の同僚だったミッコ・ヒルボネンという人間には、『自転車に乗ろうが、トラクターに乗ろうが、もちろん自動車に乗ろうが、いつもアクセルを全開にしないと気がすまない人間だ』なんてからかわれたこともあったよ(笑)。ラリーと一口に言っても、走り方や特徴は千差万別なんだ。日本でWRCが開催されることになったら、日本の人たちにはそういうところも楽しんでほしいね」
ターミネーターのごとき、ラリードライバーたちの凄さ
異なる立場から魅力を解説してくれたのは、WRCの中継を一手に担うメディア、WRC+のスタッフである。彼のコメントも実に歯切れがいい。
「WRCの魅力? 自分に言わせりゃ答えは簡単だよ。競技自体の面白さや迫力と、ドライバーの超人的な能力だ。
ラリーはモータースポーツの中で、最もドラマチックで予測がつかない競技になっている。F1なら同じコースをぐるぐる走り回る形になるけれど、WRCの場合は天候や前のラリーカーが走った影響で、コースの状況が秒単位で変わっていく。そんな中を信じられないようなスピードで走って行くわけだろう? だからラリードライバーがF1に転向することはできても、逆はあり得ないと言われているんだ。
しかもレースが始まれば、各ドライバーは朝の7時から夜の8時半頃まで、3日間、4日間と走り続けることになるし、タイムアタックの途中で車両が壊れたりタイヤがパンクしたりした場合には、コ・ドライバー(助手席に座るナビ役)と一緒に自分で直すことまでやってのける。こんなレースやドライバーは、世界のどこを探しても見つからないよ」
今回の取材では助手席に座り、ラリードライバーの驚異的な能力を実感する機会にも恵まれた。
曲がりくねった砂利道や林道を猛スピードで飛び出していく迫力とスピード感は、これまでに乗った絶叫系のジェットコースターや、競技用のセスナ機さえはるかに上回っていた。
強烈なG(重力)に頭を押さえつけられながらかろうじて前を向くと、フロントガラス越しの景色は、まるでSF映画で宇宙船がワープしていくシーンのように流体になって後方に飛び去っていく。しかもドライバーはこちらが青息吐息でシートにしがみついているのに、何食わぬ顔で軽々とステアリングを握っている。当然と言えば当然だろう。下に紹介した動画のように、実際のレースでは、これをはるかに上回るスピードで3、4日間も走り続けるのだ。
ドライビングテクニック、動体視力、体力、判断力、そして強靱なメンタルの強さ。ラリードライバーはスーパーアスリートどころか、ターミネーターのような人種であることがよくわかる。まさに唯一無二のレースだと言われる所以だろう。
(TOP写真提供=TOYOTA GAZOO Racing:TGRラリーチーム代表 トミ・マキネン氏近影)
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