太田雄貴×皆川賢太郎×米田恵美。キーマンが考える、スポーツ競技団体に必要な「軸」とは?

東京2020オリンピックを控えた昨年夏、日本フェンシング協会は『World Fencing Day Japan 』を都内で開催。『フェンシングの未来のために、今、私たちがやるべきこと』をテーマに、日本のフェンシングに関わる人の考えや思いを討論し、学びの場を提供することが目的だ。外部からのゲストスピーカーも招聘するなど、国内スポーツ統括組織としては革新的な取り組みとなったイベントの様子を、4回にわたりレポートする。

フェンシング協会の理念、他競技団体はこう見る

Yuki Ota
Kentaro Minagawa
Emi Yoneda
左から:太田雄貴氏(日本フェンシング協会 会長)、皆川賢太郎氏(全日本スキー連盟 常務理事兼強化本部長)、米田恵美氏(日本プロサッカーリーグ 理事/当時)

日本フェンシング協会の太田雄貴会長のオープニングスピーチで幕を開けた『World Fencing Day Japan』。最初のセッションは「突け、心を。〜フェンシング協会理念セッション〜」と銘打たれ、フェンシング界内外の視点から、協会の根幹である理念を深掘りする回となった。

モデレーターは、マーケットキュレーション株式会社代表キュレーターで日本フェンシング協会マーケティング委員を務める山田俊太朗氏。パネリストは日本プロサッカーリーグ理事(当時/3月12日をもって任期満了・退任)の米田恵美氏、元アルペンスキーヤーで現在は全日本スキー連盟の常務理事兼強化本部長を務める皆川賢太郎氏、そして太田会長という豪華な面々である。

席上、最初のトピックとなったのは、「突け、心を。」という理念が与える印象だった。山田氏に水を向けられた米田氏が、率直な感想を述べる。

「私は純粋に感動しました。Jリーグでも(2018年の)25周年を機にリブランディングしようとなりましたが、我々が何者で、誰に何を約束していくのか、そしてなぜ存在するのかという要素を抽出していくのは大変な作業になる。フェンシング協会のキャッチフレーズは非常にきれいだし、抑えるべきポイントも抑えているので、すごいなと思いました」

続いて皆川氏も、「僕もスキー連盟で同様のことをやらせていただいているんですが、今はスポーツの価値や文化を、自分たちが作っていかなければならない状況が生まれてきている。その点、フェンシング協会が単なる発想に留まらず、理念という柱を立てたのはロジカルなアプローチだし、非常に良いと思いますね」と感想を述べた。

理念の構築を自ら手がけた太田会長は、その経緯を次のように明かす。

「確かに選手にとっての最上位概念と、協会にとっての最上位概念はちょっと違っている。選手は試合で結果を出すことを優先しますから。でも協会としては、目的意識を合わせていかなければならない。そういう状況の中で競技を通じて『感動体験を提供する』という軸を定めることができたのは、すごく重要でした」

「突け、心を」 理念策定の裏側

Yuki Ota
Kentaro Minagawa
Emi Yoneda

この太田会長の説明に対して米田氏から問いかけられたのが、いかにして理念を定義したのかという質問である。根本となるコンセプトはもとより、具体的な文言を選んでいく際のアプローチは、組織によっても千差万別だからだ。太田会長は、社会的な存在意義を強調する。

「スポーツ選手は、自分たちはどこかで応援されるべきだと思っている。自分たちはオリンピックという崇高なものを目指しているのだから、支援してもらうべきだろうと。でも決してそんなことはないんです。極論すれば、自分が好きでやっているわけですから(笑)。

そこで重要となるのが、いかに社会に還元できるかという理由付けなんです。フェンシング協会も国の補助金を受けて活動している以上、やはり社会に対して何らかの価値を生み出していかなければならない。我々はその発想を大切にしています」

太田会長の発言に深く頷いていた皆川氏が、マイクを手にして言葉を継ぐ。

「僕の考え方も似ています。現役選手は短期的な結果を追い求めるし、それが従来は収入や発言権、あるいは地位の向上に結びついてきた。でもこのような在り方は、各協会やスポーツ産業全体が、アスリート個人に寄り添っていた時代のものなのではないかと。その意味で日本のスポーツ界には、発展途上の部分があるような気がしますね。僕たちは多分、本格的にグローバルな舞台で戦うようになった世代だと思います。世界で勝つことこそが本質だという認識が生まれ、誰もが海外に挑戦するようになった。こういう変化の中で、今度は理念の大切さが認識される段階に入ってきたと思うんです」

Yuki Ota
Kentaro Minagawa
Emi Yoneda

米田氏も異口同音に、フェンシング協会が掲げた理念の有用性を説いた。

「最近の若い世代に対しては、単に数字を並べたり、他社と比較をするような方法が響かないと言われています。そういう点でも、(フェンシング協会が)世界で何位を目指すという目標を前面に出さなかったのは画期的かなと思っていて。「突け、心を。」というスローガンには“らしさ”も備わっているし、分かりやすい。人の心を動かすための、ワンアクションにつながりやすいですから」

議論は序盤から白熱。太田会長は理念の大切さを踏まえつつ、それが現役引退後のキャリアメイクや、社会貢献にもつながるのだと更に解説する。

「選手たちが発言権を持つために必要なのは、やっぱり実際の結果だと思うんですね。僕の場合もフェンシングというマイナースポーツで、北京(五輪)で世界に結果を出したというストーリーがあったから、より多くの人に感動が届いたと思うんです。

でも本当に大切なのは実はそこから。競技で結果を出すだけでは、なかなか一般の人たちの記憶にも刺さらないし、メダルを取ることだけが目標になっている人と、その先に何をしたいかというビジョンがある人ではキャリアが全く違ってくる。メダルはあくまでも、自分がこういうことを実現したい、こんな社会を作りたいという目標を形にするための手段に過ぎない。若い選手たちにはそう捉えて欲しいんです」

理念をいかに浸透させるか。カギを握る「言語化」

Syuntaro Yamada
モデレーターを務めた山田俊太朗氏(マーケットキュレーション株式会社代表キュレーター/日本フェンシング協会マーケティング委員)

ここでモデレーターの山田氏は、フェンシング協会が掲げる理念の全文を改めて紹介。会場の現役選手たちに、どれだけ目を通しているかと問いかける。

手はまばらにしか上がらなかったが、太田会長によればこれは想定の範囲内だったという。まずは一気に改革を進め、その上で徐々に理念を浸透させていくのが狙いだったからである。事実、太田会長が目指したのは、まずは理念をしっかり「言語化」することだった。

「試合で感動体験を与えた瞬間に、多くの人の心に刺さる言葉を口にできるようにする。これは非常に重要なんです。多分、サッカー選手も同じですよね?」 太田会長が水を向けると、米田氏は次のように答える。

「サッカー協会の田嶋幸三会長も『「言語技術」が日本のサッカーを変える』という本を出しているんですが、言葉を持っている選手であればあるほど、やはり毎日、ロジカルに考えるようになりますよね。試合後もありきたりのコメントをするのではなく、必ず自分なりのエピソードを交えて、自分が大事にしている信念を伝えるよう心がけますから。太田会長が言われたように、”言語化力”はとても大事だと思います」

World Fencing Day Japan

いかに理念を現場まで浸透させていくか。この深遠なテーマに関して、今度は皆川氏が独自の解説を加える。

「理念というのはワインにも似ていて。土壌を作って種をまき、熟成されたワインを口元に運ぶまでには時間がかかるじゃないですか。理念もじっくり浸透させていくのが大事だし、逆に即効性があるものは、理念になり得ないのではないかと思います。ましてや今は情報化社会で、半年前のことすら覚えていないような時代になっている。だからこそ深く根付かせて、個々が変わっていくための道標にしていかなければならない」

皆川氏の発言を受け、太田会長も時代の変化に対応していく大切さを強調した。

「最近はeスポーツが話題になっていますが、コカ・コーラが冠スポンサーに付いて、8,000人もの観客を集めるまでになった。こういう変化は産業界でも起きてきました。フェンシング協会も社会の“ゲーム・チェンジ(巨大な変化)”にしっかり対応して、誰からも応援してもらえる存在になっていかなければならない。だから僕はある程度の失敗も織り込み済みで、動き続けることを大切にしてきました。今のままでいいと思った瞬間に、もう負けになるんです」

米田氏も呼応して、フェンシングに比べメジャースポーツと呼ばれるサッカー界においても、いかに試行錯誤で新しいチャレンジを行うことが大切と認識されているかを説明した。

「Jリーグの村井満チェアマンはたくさんの改革を実現しつつ、ミスを恐れるなというメッセージを常に発信してきました。スポーツ界は縮小均衡のような形で安定し始めると危ない。サッカーのゴール裏と同じで、もともと同じような人たちが集まっているせいで『血』が濃くなりやすいし、変化を恐れるようになってしまうんです。外部との交流を促進していく上でも、動き続けていくことはすごく大事だと思いますね」

フェンシング協会の行動原理 5つの基本精神

World Fencing Day Japan

ここでモデレーターの山田氏から、フェンシング協会の5つの基本精神が改めて解説される。「突け、心を。」という理念の下、具体的な行動原理となるものだ。

1:インテグリティ:騎士道に基づく高潔な精神を有し、自分を高める。

2:フェアネス:公平公正に戦い他者を尊重する。

3:チャレンジ:自ら考え、挑戦して立ち向かう。

4:クリエイティビティ:過去にとらわれない、独創的なアイデアを創出する。

5:チームワーク:協調性を重んじ、仲間と切磋琢磨すること。

皆川氏はこれらの指針を高く評価。人生において「近道」をせず、自らの精神性や生き方を高めていく態度こそが在るべき姿であり、5つの項目はその縁になると断言した。米田氏は、フェンシングを経験した人々は素晴らしい人生哲学を持っているという認識を社会に広めていければと語る。一方で太田会長は、ラグビー経験者が会社の経営者に多いことを例に挙げ、フェンシング経験者も同じように社会的地位を得る存在になってほしいと力説した。

競技自体が持つ優位性を、社会で活かす発想

World Fencing Day Japan

白熱したディスカッションを踏まえ質疑応答に移ると、会場の現役選手、協会関係者、スポンサー企業から様々な質問が飛び出す。

太田会長の尽力によってフェンシングが注目され始めた状況を、現場の選手たちはいかに感じているのか。サッカー界において、試合後にスタジアムやロッカールームを掃除するような文化はどうして生まれたのか。闊達な議論が交わされる中、最後に太田会長に投げかけられたのは、フェンシングという競技自体が、どのようなタイプの人材を育みやすいのかという質問だった。太田会長は次のように答える。

「フェンシングは対人スポーツ且つ戦略性の高い競技なんです。相手よりもコンマ1秒速く走ったり泳いだりすることではなく、相手を緻密に分析しながら、とにかく考え抜いて、相手が思いつかないことを見つけてやっていくことが大切になる。こういう特徴は、社会でもすごく役に立ちます。

例えば30歳まで現役を続けたら、一般の社会人より8年間遅れることになる。これは普通に考えれば致命的だし、居心地のいい場所を選ぶようになれば、職業の選択も仕事の選択もどんどん少なくなる。でも僕たちは、遅れているのは承知の上で、社会の中で戦って、勝っていかなければならない。だからこそ僕はフェンシングを通じて、選手の皆に考える癖を付けていってほしい。現役を引退した後の人生のほうが長いわけですから」

Emi Yoneda
Yuki Ota
Kentaro Minagawa

1時間に及ぶ熱のこもったセッションもついに終了。最後に総括として米田氏は、これからのスポーツ界を担う現役選手が、アクションし続ける重要性についてメッセージを送った。

「私はスポーツ界の外から来た人間ですが、やればやるほど面白みや、伝える大切さが分かかってきて。アスリートの方と話していていも、企業家に向いていたり、実はすごい強みを持っているのに、本人が気づいてないケースもたくさんあるんですね。

スポーツ文化は、日本ではまだまだ根付いているとは言えない状態です。でも私が先輩に言われたのは、文化は一朝一夕には築けないということと、屍(=失敗の数)こそが経験値になるということでした。太田会長は自分を超えるメダリストや、自分を超えるビジネスパーソンがフェンシング界から出てくることを望んでいると思います。皆さんも同じような感覚を持って積極的に外部と交わり、チャレンジし続けていってほしいですね」 

続いて皆川氏が総括として話したのは、スポーツが社会もたらすことのできる価値について、視野を広く持つということだ。

「従来の日本には、メダルを取ったら有名になれるとか、お金持ちになれるといような発想をする人が多かった。だからスポーツ産業が発展しなかったと思うんです。

本来は自分たちが(現役選手として)過ごしてきた時間や、心の中で育まれた哲学を活かすために、社会の中で果たすべきミッションが必ずあるはずなんです。僕もまだスタートしたばかりで道半ばなのですが、是非、皆さんと一緒にお互いの分野や役割を把握しながらチャレンジしていきたい。そうすればスポーツの新しい価値が必ず生まれると思いますから」

次回は「World Fencing Day Japan」2つ目のセッションで、メルカリ小泉文明社長(当時/現在は会長)、横浜DeNAベイスターズ初代社長の池田純氏、東京2020組織委員会でフェンシング競技スポーツマネージャーを務める加藤裕子氏を迎えた『東京オリンピックを成功に導く』の様子をお届けする。


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