最も盛大なスポーツの祭典といえばオリンピックを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。2020年の東京オリンピックも迫り、ムードも高まってきていますが、我々が「オリンピック」と呼んでいるのは、正しくは「近代オリンピック」のことです。オリンピックのルーツは、紀元前に始まった「古代オリンピック」にさかのぼりますが、古代オリンピックは、近代オリンピックとはだいぶ異なるスタイルでした。そこでこの記事では、現代人があまり知らない古代オリンピックの起源や歴史、そして近代オリンピックの意義などについて紹介しましょう。
古代オリンピックとは?
近代オリンピックと異なるスタイルで行われていた古代オリンピック。
いつごろ、何のために始まったのでしょうか?
また、古代オリンピックで行われていた種目にはどういうものがあるのか、詳しく紹介します。
オリンピックが始まった理由や目的は?
古代オリンピックの起源は、紀元前9世紀ごろに古代ギリシャで開催されていた「オリンピア祭典競技」だといわれています。当時のオリンピックは、ヘレニズムの宗教行事であり、全能の神ゼウスをはじめとする多くの神々を崇拝するために、神域で体育や芸術の競技祭を行っていました。
当時も現代と同じく、4年に一度の開催。その理由には諸説があって定かではありませんが、太陰暦との関わりから4年に一度になったという説が有力です。
古代オリンピックの種目とは?
古代オリンピックで初めて行われた競技は、1スタディオン(約191m)を走る「競走」です。
第1回大会から第13回大会(紀元前776年~紀元前728年)までは、この「競走」の1種目だけが実施されていました。
後に競技が追加され、最終的には18種目にまで拡大。
追加された種目は、ディアウロス(2スタディオン)競走(現代の400mに相当)やレスリング、ボクシングや戦車競走などのほか、総合格闘技のパンクラティオンやペンタスロン=五種競技(短距離走・幅跳び・円盤投げ・やり投げ・レスリング)などがありました。
古代オリンピックはなぜ終焉を迎えた?
オリンピアの祭典は大人気となり、開催時には多数の観客が来場して人々を熱狂させました。
宗教的儀式だったためか、戦争中も戦闘を中断して行われましたが、人々を熱狂させた古代オリンピックも、紀元前146年にギリシャがローマ帝国に支配されたことで状況が大きく変わりました。
ギリシャ人以外の人種も参加するようになったことと、国教がキリスト教になったことで、オリンピア信仰が下火となっていったのです。ローマ帝国の支配下になったことが、古代オリンピックが衰退するきっかけとなったといえるでしょう。
古代オリンピックは、393年に開催された第293回大会を最後に、1169年間の伝統に幕を下ろし、終焉を迎えたのです。
近代オリンピックについて
古代オリンピックの終焉から約1500年後のこと。フランスのピエール・ド・クーベルタン男爵が、歴史に埋もれていたオリンピックの復活を構想しました。クーベルタン男爵は、スポーツによって社会性や心身の発達が促されるなど、青少年教育に有用であると考えたのです。
1894年のパリ国際アスレチック会議において、クーベルタン男爵はオリンピック復興計画に賛同を求めました。彼の計画に世界の国々が賛同し、2年後の1896年に古代オリンピック発祥地のアテネにて、第1回の近代オリンピックの開催が決定したのです。
近代オリンピックの精神
オリンピックの「憲章」は、国際オリンピック委員会(IOC)によって採用されたオリンピックの「根本原則」「規則」「付属細則」を示したものです。ここでは活動の意義や運用の基準、競技大会の開催条件を定めています。
クーベルタン男爵が唱えたオリンピックの精神(オリンピズム)とは「スポーツを通して心身を向上させ、文化や国籍の違いを乗り越え、平和な世界の実現に貢献すること」であり、この理想は現代にも受け継がれています。
開催の目的とは?
オリンピック憲章には、「スポーツを通して、青少年を教育することによって平和でより良い世界づくりに貢献し、スポーツ文化を通して、世界の人々の健康と道徳の資質を向上させ、相互の交流を通して互いの理解の度を深め、友情の環を広げることにより、住みよい社会を作り、ひいては世界平和の維持と確立に寄与することをその主たる目的とする」と定められています。
この文にある通り、近代オリンピックの目的は、あくまで「世界平和の維持と確立に寄与する」ことで、国威発揚や開催国の経済効果ではないことに着目するべきでしょう。
もちろん勝利至上主義に徹することではないことも明白です。
日本の初参加
日本が初めてオリンピックに参加したのは、1912年の第5回ストックホルム大会です。
出場した選手はわずか2人。短距離走の三島弥彦選手とマラソンの金栗四三選手です。
三島選手は、100m予選で首位に1秒以上という大差で敗退すると、200mでも最下位で予選敗退。400mでは決勝に残ったものの、右足の痛みが悪化したために決勝戦を棄権しました。
マラソンに出場した金栗選手は白夜による睡眠不足や食糧不足などで体調管理に苦しみ、競技当日も30度を超える猛暑という過酷な状況の中で出走。折り返し地点を過ぎたところで熱中症によって倒れ、近くの民家の人に助けられてそのまま翌日まで眠り込みました。出走中に行方不明となったために、地元では大騒ぎになったようです。
第5回ストックホルム大会での成績は惨敗に終わりましたが、2人の選手の果敢な挑戦によって、日本のスポーツ界が大きく前進したことは確かでしょう。
発展を遂げたオリンピック
オリンピックは年々、順調に発展し、1920年のアントワープ大会では初めて「オリンピック旗」が披露されました。選手村も設営されるようになり、1928年のアムステルダム五輪からは、聖火が導入されています。現代ではおなじみの聖火リレーは、1936年のベルリン五輪から始まりました。
1924年のシャモニー・モンブラン大会からは冬季オリンピックもスタート。こうしてオリンピックは、参加国が国を挙げてメダル争いをする盛大な祭典となったのです。
1952年のヘルシンキ大会からはソビエト連邦が初参加し、冷戦時代でありながらも、東西両陣営の国家がスポーツを通じて交流するようになりました。この頃から、オリンピックは「平和の祭典」とも呼ばれ始めます。
1956年には南半球で初の開催となったオーストラリアでメルボルン大会が、そして、1964年にはアジア初となる東京大会が開催されるなど、オリンピックは、文字通りに世界規模の祭典となっていったのです。
現在のオリンピックについて
2020年の東京大会には、207の国と地域が参加を予定しています。第1回のアテネ大会は14ヶ国だけで行われていたので、約15倍に膨れあがったことになります。行われる種目数は、史上最多となる33競技339種目であり、参加人数は、実に1万2000人以上が見込まれています。
2020年東京オリンピックの開催日程や種目について
2020年の東京オリンピックは、7月24日に開幕し、33競技339種目が42の競技会場で開催されます。既存の28種目に加えて、東京オリンピックでは、以下の5競技18種目が追加されています。
野球・ソフトボール(2種目)
- 野球(男子)
- ソフトボール(女子)
空手(8種目)
- 形(男子/女子)
- 組手(男子/女子)
スケートボード(4種目)
- パーク(男子/女子)
- ストリート(男子/女子)
スポーツクライミング(2種目)
- ボルダリング・リード・スピード複合(男子/女子)
サーフィン(2種目)
- ショートボード(男子/女子)
まとめ
以上、駆け足ですが今日までのオリンピックの歴史を紐解いてみました。
古代オリンピックから、近代オリンピックへの流れなど、知っているようで意外に知らないことが多いことに気づかされたのではないでしょうか。
歴史を振り返ることで、東京オリンピックへの期待感が膨らみます。
(TOP 写真提供 = Sergey Lavrentev / Shutterstock.com)
《参考記事一覧》
【オリンピックの歴史】古代から近代まで!その起源と変遷を知る(歴人マガジン)
5分でわかるオリンピックの歴史!古代と近代の概要や目的など【年表付き】(ホンシェルジュ)
オリンピックの歴史とは?古代と近代の違いは?日本はいつから参加?(日本の歴史わかりやすくもっと知りたい!)
東京2020オリンピック競技大会実施種目決定!(TOKYO2020)
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