中断、再開、無観客…。V・ファーレン長崎が直面した、コロナ禍の「実際」:髙田春奈社長

J2リーグは今年2月に開幕後、一時中断を経て6月に再開。現在リーグ戦は佳境に向かっています。新型コロナウイルスという見えない相手に翻弄され続ける今シーズン、V・ファーレン長崎 代表取締役社長の髙田春奈氏に、プロサッカークラブの現場が直面したコロナ禍の「実際」について手記を寄せていただきました。

前回:クラブ再建から未来づくりまで。支えるフロント人材への取り組み

開幕戦からリーグ再開まで

社長として初めてのシーズン開幕を迎えた2月23日。辛勝でほっと胸をなでおろしたのも束の間、翌日緊急のJリーグ実行委員会(代表者の会議)がZOOMで実施され、あっという間にシーズンの一時中断が決定しました。当初は落ち着くまで少しだけ様子見のはずが、集まるたびに感染拡大状況は悪化。再開のタイミングが何度も延期となり、やっと決まった6月27日の再開日も、当日を迎えるまでは半信半疑の心持でさえありました。

誰にとっても初めての惨事の中、リーグ関係者みんなで本当に真剣に必死に議論して、準備して再開幕の日を迎えました。そのプロセスに参加できたことは、クラブとしても私個人としても財産になる体験だったと思います。

Jリーグというものは決して単独の組織体ではなく、様々な団体と結びつき、社会の中で生かされ、公共的存在意義があることを感じましたし、その中で意見を述べるということは、単なる一つの企業体の長ではなく、多くの人に生かされてある構成員としての責任があることを痛感した出来事でした。

無観客でも一丸となれたYouTube企画

ジャパネットのスタジオで行った「おうちでV・ファーレン」YouTube配信のリハーサルの様子。ジャパネットのテレビ制作の強みが活かされている。画像提供=V・ファーレン長崎

再開幕となった6月27日は、無観客での実施となりました。その日に向けて、Jリーグ全体での感染予防対策プロトコルは存在していたものの、試合をどう盛り上げるかは各クラブに任されていました。この日はファン・サポーターにとっても待ちに待った日。たとえスタジアムに集まれなくても、ばらばらにいる人たちの想いを結集させたい。そう願って思いついたのが、YouTubeでのイベント配信でした。

幸い、私たちが所属するジャパネットグループには、メディアを制作し、放送することを日々の仕事にしている仲間がいます。私自身、昨年までメディアの会社を担当していたこともあり、どのような仕組みを使い、どのような形態で行えば、臨場感のある楽しい番組ができるかのイメージを持っていました。そこで通常スタジアムで楽しめるコンテンツを融合させ、「おうちでV・ファーレン」の企画を立ち上げることにしました。

司会は昨年まで社長、そしてクラブの顔として活動し、今は広報大使的位置づけにあるサッカー夢大使の髙田明に依頼。そこに、いつもスタジアムでMCを務め長崎の顔でもある古本史子さん、われらがヴィヴィくんを加え、最強メンバーで実施できるのも、クラブの強みでした。

いつも支えてくださるスポンサー様、自治体の皆様、スタグルの皆様にもご協力いただき、YouTubeの中で長崎らしさを盛り込んだイベントを実現。そして試合が始まったらDAZNに移行してもらい、ハーフタイム、試合終了後もワクワクや喜びを分かち合う。多くの人の協力のもと、企画は成功し、肝心の試合も無事勝利することができました。

YouTubeの最大視聴者数は約2800人。家族で見てくださっていることを考えると、昨年の平均観客数7700人も達成したのでは?と言っても過言ではありません。アーカイブの視聴者数も3万を超え、過去最高の視聴者を獲得したコンテンツになりました。

想定外の観客動員

翌7月のホームゲームは2試合、感染対策のプロトコルに従って座席を設定すると、私たちのホームトランスコスモススタジアム長崎のキャパシティは4300人でした。昨シーズンの長崎の平均観客数は、J2の平均とほぼ同じラインの7700人だったので、これはチケット完売必至、シーズンパスをお持ちの方しか迎えられないかもしれない、という予測をしていました。

しかしながら、観客を入れてもいい試合の初日は3108名と、想定外の集客に思い悩みました。他のスタジアムも同様の状況で、どのクラブも今までになかった状況に、いかに集客を戻せるかを考えられていたはずです。その後Jリーグが行った調査によると、やはりリスクを考えてスタジアムへ行けないと判断した人、実際に行って不安をどこかで覚えた人など、お客様の心が少しずつ明らかになっていきました。

不安を解消してスタジアムに足を運んでもらうために、万全の態勢をとっていることをしっかりお知らせする、一度来た人に安全性を実感してもらいまた来たいと思ってもらう、他の人を誘っても大丈夫だと思ってもらうようにするなど、ホームゲームごとに改善を積み重ね、観客数はわずかながらも増えていきました。

しかしまだ満席にまではならない。不安に思っている人を無理に連れてくるばかりではなく、ある程度納得していけるまでは家で応援しようと思っている方々の気持ちに応えられるような発信をしていくことをしたいと思い、8月12日の試合からYouTube企画を再開することにしました。

オンラインで大事にした、スタジアム気分の再現

現在もYouTube企画を継続。クラブの現場スタッフが企画・制作する。画像提供=V・ファーレン長崎

そこで大事にしたのは、スタジアム気分の再現です。ご存知の通り、Jリーグの楽しみは試合だけではありません。早い時間から会場に足を運び、イベントやスタジアムグルメを楽しんだり、選手たちのアップを見守ったり、マスコットとの触れ合いをしたり、そういった時間をいかにリアルに感じていただけるかを大事にしました。

また、スタジアムで発信するメッセージをより多くの方に届けるためにも、この企画は必要と考えました。YouTube企画を再開した8月12日は毎年私たちが大事にしている平和祈念マッチ。平和への想いを込めたイベントを多くの人に見ていただく責任を感じていました。また、その次の試合からは、ほぼ全試合に冠スポンサーが決まっていたため、より多くの人に各企業のPRをしたいという思いも強く持っていました。

しかし初戦のように、ジャパネットのテレビ制作部隊に頼り続けることはできないため、自分たちでできる範囲のクオリティでの実施をすることにしました。出演も企画もディレクションもすべて現場スタッフ。手作りでの配信は時に見づらいというお声もいただきましたが、毎試合ごとに改善を繰り返し、現在も継続しています。

見えない今後に向けて

平和祈念活動の一環で高校生平和大使と提携を結び、平和祈念マッチで提携式も実施。中央は髙田春奈社長。画像提供=V・ファーレン長崎

幸いにも長崎でのコロナ感染者が少なくなっていくにつれ、集客は伸びていき、8月29日のホームゲームからの3試合は、チケットほぼ完売の4200人のお客様に来場していただきました。チームの調子は9月未勝利と下降気味であるのに対し、集客が延びていったことは、単にフロントスタッフの努力や感染状況が落ち着いたからだけではなく、負けている時だからこそ応援しなければ、というファン・サポーターの想いの表れだと考えています。

選手達へのメッセージの掲出、選手を励ますための衣装づくり、応援の制限がある中でマナーを守って送ってくださる拍手は、どんな時も温かく、まさに長崎の愛を感じる日々です。スタジアム外でも、後半戦のポスター配りのボランティアにたくさんの方が駆けつけてくださり、県内の雰囲気を盛り上げるために、力を貸してくださっています。

しかし一方で現実的にコロナの打撃を受けたスポンサーさんの業績が下がり、来シーズンは見えない暗闇の中です。しかしいつも私たちが支えてもらっているように、今だからこそ苦しい状況にある企業を盛り上げる取り組みを共に行い、多くのステークホルダーを繋げていくハブ的存在として、私たちが機能していくことが求められていると思います。当然クラブ自体も大きな打撃を受けている中ではありますが、このような時だからこそ支えあい高めあうことが大切です。

これまで経験したこともない状況は、YouTube企画のように私たちに新しいアイデアを生み出すチャンスをくれました。これからもJリーグ関係者、クラブのステークホルダーみんながWIN-WINになるアイデアを捻りだし、一つ一つの判断を積み重ねていくしかありません。「愛と平和と一生懸命」という姿勢を、日々のクラブ運営の中でも発揮して、この状況を乗り越えて、強くなりたいと思います。

編集部より=「ピンチはチャンス」と各所から声が挙がりますが、乗り越えなければならない障壁が多く存在するのも事実です。ただし、「アイデアを捻り出す」という意思をもって様々な策を講じる先進クラブからこそ、最適解が導き出されることには疑いの余地がありません。


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