スポーツ界が新型コロナウイルス禍にあえぐ今、改めて社会から注目され、高い評価を集めているのが献身的に支援活動を続けている企業である。世界大手のタイヤメーカーにして、オリンピックやパラリンピックのワールドワイドパートナーを務めるブリヂストンもその一つだ。そもそも同社は、スポーツへの支援事業に精力的に取り組んできたことでも知られる。Gブランド・オリンピック・パラリンピック統括部門長を務める山田良二氏と同ブランド・オリンピック・パラリンピックコミュニケーション部の鳥山聡子氏に、その理由を伺った。
創業以来受け継がれてきた社会貢献の伝統
「我が社はもともと1931年に創業されました。創業者の石橋正二郎は九州に自動車が1台しかないような時代に、これからは車がどんどん普及してくるだろうと見越してタイヤを作り始め、やはりゴルフも絶対に普及するだろうと見越して、創業4年後にはゴルフボールの製造も手掛け始めたような、先見の明に溢れた人物だったんですね。
しかも石橋正二郎は人々の楽しい生活と社会の幸福に貢献したいという想いが強く、文化活動やスポーツ活動、地域貢献にも力を入れていました。その一環として、地元の久留米に文化センターを建てたりしましたし、筑後川に寄生虫が発生して子供たちが川で泳げなくなった時には、21もの小中学校にプールを建設して寄贈するようなことも行っている。さらには、せっかくプールができたのなら、子供たちに水泳を教えてあげられるようにしようということで地元にスイミングスクールを作ったり、会社の中に水泳部を設けたりすることまでしています。
我が社の場合は、昨日今日でいきなりスポーツを支援しよういう話になったわけではありません。むしろ創業当時からの想いが社是となり、現在は企業理念の使命として位置付けられている、『最高の品質で社会に貢献』という目標を実現する一つの領域として、スポーツが常に身近なところにあったという感覚に近いんです」
CSR(企業が果たすべき社会的責任)という課題は、今日でこそ一般的になった。
だが山田氏の説明を聞いていると、社会貢献の意識が昔からきわめて強かったことが理解できる。技術の粋と情熱を結集して、高品質で安全なタイヤを送り届ける。モノづくりに真剣白刃に取り組む誠実な企業文化は、スポーツ支援を含む、各種の社会活動にも反映されてきたのは明らかだ。
スポーツ界を底支えしてきた実績
地道な支援活動は、日本スポーツ界全体の発展にも貢献してきた。
おそらく「ブリヂストン×スポーツ」というという組み合わせで多くの人が連想するのは、F1やMotoGP、SUPER GT、米国のインディシリーズなどのモータースポーツ、あるいはゴルフなどにおける支援活動だろう。同社の製品や契約アスリートは、これらの分野で圧倒的な知名度とマーケットシェア、そして実績を誇ってきた。
だが山田氏が力説したように、同社はアマチュア競技にも力を入れてきた。事実、1964年の東京五輪では、ブリヂストンの水泳部から4名もの選手が大会に参加し、うち一人は銅メダルに輝いている。輝かしい系譜が、藤本隆宏(ソウル五輪、バルセロナ五輪に競泳で出場)、そして萩野公介(リオ五輪メダリスト)に受け継がれていることはご承知の通りだ。
さらに同社は1972年のミュンヘン五輪では自転車競技に選手を輩出し、2004年のアトランタ五輪からは、水泳と自転車競技にマラソンを加えたトライアスロンでも、日本代表選手をサポートしている。これらの実績は、ブリヂストンがスポーツを支援するだけでなく、アスリートの育成そのものにも深く携わってきたことを物語る。
オリンピック・パラリンピックのワールドワイドパートナーがもたらす効果
さらに同社は2016年のリオ五輪からは、ワールドワイドパートナーに名を連ねるようになった。
当初はアクティベーションを展開できる国々も4カ国に限られていたが、2年後の平昌五輪(冬季大会)からはグローバルなレベルで、イベントやプロモーションを実施。東京大会に向けては、オリンピックだけでなくパラリンピックのサポートも行うようになった。
では同社が展開するスポーツ支援事業の中で、オリンピックやパラリンピックのパートナーシップは、どのような位置付けと意義を有しているのか。山田氏の説明は説得力に満ちていた。
「例えばF1の場合、全世界からドライバーが参戦するといっても、その人数は20人から30人くらいなので、アプローチできるマーケットは非常に限られていたんですね。また、我々の事業の中心は自動車用のタイヤなので、ブランド認知も男性が中心で、年齢的にも30代から40代以降が多くなりがちになるという課題もありました。
たしかにほとんどの方は子供の頃に自転車に乗った経験があるので、実は『マイ・ファースト・ブリヂストン(人生で最初に出会うブリヂストン製品)』は自転車だったりするんです(笑)。でも女性や若い世代の方は、男性よりは車に接する機会が少ないので、ブリヂストンという企業のことをあまりご存知なかったりするし、我々がどんな想いで活動を行っているかということも、なかなか伝わりにくかった。
これに対してオリンピックやパラリンピックは、性別や世代の違いを問わずに、非常に多くの人々にアプローチできる。スポーツを支援するのは、創業以来の社会貢献、地域貢献の延長線上にありますが、ブランディングや企業メッセージの発信において、課題となってきた部分をカバーできるというメリットもあるんです」
「ブリヂストン」ブランドを身近に感じてもらうために
このテーマに関連して、示唆に富む解説を行ってくれたのは、ブランド・オリンピック・パラリンピックコミュニケーション部の鳥山聡子氏である。
「タイヤやゴム、樹脂製品という商材柄、私たちはブリヂストンという企業を身近に感じてもらえるような『顔の見える』ブランディング、あるいは情感やストーリー性のあるPRがなかなか展開できないという課題を抱えてきました。特に日本では、このような傾向が強かったんですね。
その点、オリンピックやパラリンピックは、アスリートの方々が言葉では表せないような努力や苦労を重ねながら、自分の夢――頂点を目指してチャレンジされている。彼らの姿は素直に人の心を打ちますし、何度もチャレンジを繰り返しながら社会に貢献していこうとする我が社の姿勢にも重なり合う。そういう意味でも私たちが実現しようとしていたブランディングと、すごく親和性が高いんです」
両氏のコメントには強い実感がこもっている。
ブリヂストンの製品は、ありとあらゆるところで我々の日常生活を支えている。自動車のタイヤはもとより、衣類、調理器具、家電、携帯電話やパソコン、さらに住居に至るまで、ゴム製品や樹脂を使っていないものを探す方が難しい。これらの様々な製品は、一朝一夕に出来上がったわけではない。研究者やエンジニアの血の滲むような努力と試行錯誤の末に誕生したものばかりである。
だが、その普及度や浸透度の高さ故に、ブリヂストンという企業に、なかなかスポットライトが当たりにくかったのは否めない。オリンピックやパラリンピックを活用した発信は、歯がゆい状況を打破するきっかけにもなる。
オリンピック・パラリンピックの存在意義
ただし、ブリヂストンがオリンピックやパラリンピックの支援事業に力を入れているのは、ブランディングやマーケティングだけを目的としたものではもちろんない。
根底にあるのは、社会に貢献したいというひたむきな想いである。その点において、オリンピックやパラリンピックが掲げる理念に共感できたからこそ、パートナーシップ提携が実現したと見るべきだ。再び、鳥山氏のコメントを紹介しよう。
「我が社はトップレベルのアスリートも全力で応援していますが、オリンピックやパラリンピックは、決してトップアスリートのためだけにあるものではないんですね。むしろ実際には、私たちのような一般の人間もポジティブな生き方や努力の尊さ、そして健康づくりの大切さを知るためのきっかけにもなっている。
この点に関しては、アスリートの方々も私たちと全く同じ考え方をしているし、より多くの人たちに、大切なメッセージを伝えようとされている。だから私たちも、アスリートの方々を応援させていただいているんです」
同社は2017年6月、「チームブリヂストン・ジャパン」を設立。
萩野公介、宮里藍、スマイルジャパン(アイスホッケー女子日本代表チーム)、田中愛美(車いすテニス)などをはじめとして、種目や性別、年齢、オリンピック・パラリンピック、個人・団体の枠を超えたアスリート、そして彼らを支え、応援する人々から構成されたチームを組織し、スポーツ支援活動をさらに充実させている。
今やチームブリヂストンの活動は20か国以上に拡がり、70名以上のアスリートがアンバサダーを務めている。そこで謳われているのは、「CHASE YOUR DREAM(あなたの夢を追いかけよう)」というキーメッセージだ。山田氏は語る。
「『CHASE YOUR DREAM』 は当然アスリートにも当てはまりますし、スポーツは一番わかりやすい例にもなっている。でも実際には、もっと多くの人々を念頭に置いて創られたキーメッセージなんです。我々は誰もが皆、いろんな分野で夢の実現に向けて挑戦を続けている。ブリヂストンという会社自体、今日に至るまでには夢を追いかけ、幾多の挑戦を続けてきましたから。『CHASE YOUR DREAM』とは、挑戦をするすべての方々を応援していきたいというメッセージでもあるんです」
東京五輪、そしてその先に続く希望
とは言え、夢を実現する際には乗り越えなければならない壁も必ず存在する。
オリンピック・パラリンピックに関して述べれば、現在のコロナ禍などは最たるものだろう。これは東京大会に向けて万全を期していたブリヂストンにとっても、少なからぬダメージとなった。山田氏もその事実を認めている。
「2020年の年明けの時点では、海外から招待するお客様のリストや、国内外で展開するアクティベーションの計画も固まっていて、最後の仕上げをするだけになっていました。ところが大会が延期になったので、我々としては様々なプランを再構築していかなければならなくなってしまった。ましてや具体的な目標がなかなか定まらない状況の中で対応していくのは、大変といえば大変でしたね。我々もそうですが、IOCや組織委員会でさえ、かつて経験したことがない事態になりましたから」
残念ながら、不透明な状況はいまだに続いている。だが山田氏は力強く言い切った。
「オリンピックやパラリンピックを成功に導く、そして選手に対してできるだけのサポートをしていくという方針は一切変わりません。たしかに我々は、東京大会を一つの集大成として位置付けていました。でもパートナー契約は少なくとも現時点で2022年の北京冬季大会、そして2024年のパリ大会まで対象としています。地域や社会に貢献する、そのためにスポーツを支援させていただくというのが、根本的な協賛の目的だからです」
ブリヂストンはコロナ禍という逆風に屈しないどころか、さらに力強く前に歩を進めようとしている。山田氏はその情熱の源を、次のようにも語ってくれた。
「スポーツの大会は非日常的に感じられる部分もありますが、多くの人に喜びや感動、日々の活力も与えてきた。今回のコロナ禍では、スポーツが持っている本当の価値が、改めて認識された側面もあると思うんですね。
しかもアスリートの方々は、非常に前向きなんです。特にパラアスリートの方などは、いろんな障害を乗り越えてこられただけに、『私は今回のコロナ禍を、どうやって自分のパワーに変えようかと思っているんです』と明るく発言されたりする。
そういう姿勢はすごく大事だなと思いますし、とても多くのことに気付かせてくれる。我が社はオリンピックやパラリンピックのパートナーとして、アスリートの方々を支援させていただいていますが、むしろ一緒に学ばせていただいたり、元気をもらったりしているんです」