だから私たちは結果にこだわらない。ブリヂストンがスポーツに見出した真の価値とは【後編】

スポーツ界が新型コロナウイルス禍にあえぐ今、改めて社会から注目され、高い評価を集めているのが献身的に支援活動を続けている企業である。世界大手のタイヤメーカーにして、オリンピックやパラリンピックのワールドワイドパートナーを務めるブリヂストンもその一つだ。そもそも同社は、スポーツへの支援事業に精力的に取り組んできたことでも知られる。Gブランド・オリンピック・パラリンピック統括部門長を務める山田良二氏と同ブランド・オリンピック・パラリンピックコミュニケーション部の鳥山聡子氏に、その理由を伺った。

前編:原点は90年前。ブリヂストンがアスリートの夢と挑戦を支える続ける理由

「そんなことまでわかるんですか!?」

個人・団体、競技に関わらずブリヂストンは多くのアスリートを支援する。写真提供=ブリヂストン

オリンピックやパラリンピックなどをはじめとするスポーツ支援活動は、創業以来の歴史や伝統に則しているだけでなく、幾多の貴重な経験や学びの場ともなっている。世界大手のタイヤメーカーであるブリヂストンにおいて、Gブランド・オリンピック・パラリンピック統括部門長を務める山田良二氏はそう断言しながら、興味深い事例も紹介してくれた。

「パラアスリートの中には、義足や車椅子を使用して競技をされている方もいらっしゃるじゃないですか。そういう方々にとっては、濡れた路面で滑りにくくしたり、段差を越えた時の衝撃を少なくするかが大きな課題になっていた。とは言え、以前は専門家が周りにいるわけでもない。だから例えば義足のソールであれば、市販されているスニーカーの底をハサミで切って貼り合わせたりしながら、地道に試行錯誤するようなことを続けられてきたんです。

でも、そういう問題は、我々がタイヤやゴムで培った知見を活かしてサポートすることで、かなり解決することができる。アスリートの方々は「そんなことまでわかるんですか!?」と一様に驚かれますが、我が社にはゴムやタイヤ、素材の組み合わせに関する豊富なノウハウがありますから。こういう貢献ができると、私たちも本当にサポートさせていただいて良かったと感じるし、さらに意欲が湧いてくる」

多角化と新たな挑戦

株式会社ブリヂストン Gブランド・オリンピック・パラリンピック統括部門長 山田良二氏

天啓にも似た助言を受け、感動するアスリートの姿が目に浮かぶ。まさにタイヤメーカーとしての面目躍如だろう。山田氏によれば、長年培ってきたノウハウの共有は、ゴムや樹脂といった素材の提供だけに留まらない。

「我が社では人が自転車に乗った時の動作を解析して、どういうふうにペダルを踏めば、よりパワーが得られるかというような研究も続けてきました。いわゆる運動力学の分野に関しても、困りごとを解決できるケースは少しずつ増えてきている。ただしリソースには限りがあるので、アスリートのリクエストにすべて対応できるレベルには達していないのも事実です。でも、新たに獲得したノウハウを我々が運営しているスイミングスクールやジムなどに派生させていけば、健康寿命を延ばすお手伝いをもっとできるようにもなっていく。

もちろん我々の本業はゴムやタイヤ、樹脂の製造開発・販売ですし、自分たちの強みがあくまでもそこにあることを絶対に忘れてはいけない。でも、これまでとは異なる分野に挑戦できる可能性が出てきていることは、確かだと思います」

ノウハウの有効活用は、同社の長期的な方向性にも重なり合う。ブリヂストンは世界大手のタイヤメーカーとして、圧倒的なシェアと知名度、そして高い評価を得てきた。だが近年では「ソリューションビジネス」――商品の開発や販売だけではなく、実際にユーザーが使用する場面において、様々な課題を解決していくことを推進しているからだ。

14万人の意識を変えたパートナーシップのインパクト

山田氏の下、ブランド・オリンピック・パラリンピックコミュニケーション部に所属する鳥山聡子氏は、同じようなことが社内で起き始めていると証言した。

「オリンピックやパラリンピックとのパートナーシップをきっかけに、いろんなシナジー(相乗効果)が生まれていることはよく感じますね。

アスリートの課題を解決するために、これまでは交わることがなかった部署の人間が一緒に議論をする、国を超えてプロジェクトチームを組む、工場や販売店に勤務している人たちが、チームブリヂストンの選手が参加する大会に応援に出かけるようなケースも増えてきましたから。我が社にはグローバルで14万人の従業員がいますが、連帯感や共通の目的意識が高まったのは事実だと思います。

4年前には、素材の研究開発を行っている技術部隊が全国の競技会場を巡回しながら、パラアスリートの方々に、『なにかお困りのことはないですか?』と直撃するようなことまでありました。最初はアスリートの方々からかなり不審に思われたようですが(笑)、なんとかして『困りごと』を解決して差し上げたい、力になりたいと思って動き回ったという話を聞いた時は嬉しかったですね。いかにも我が社の社員らしいなとも思いますし」

従来型の縦割り組織を越えてノウハウや経験値を融合させ、新たな活力を創り出していく。このアプローチは、今やどの企業にとっても欠かせぬプロセスになっている。とりわけスポーツ関連事業は、バリュー創出のハブ(連結点)やドライブ(原動力)になるケースが多い。ブリヂストンで起きている現象は、この典型例だと言えるだろう。

ミレニアル世代をいかに取り込むか

株式会社ブリヂストン ブランド・オリンピック・パラリンピックコミュニケーション部 鳥山聡子氏

オリンピックやパラリンピックへの関与は、同社が展開してきたメッセージング(対外的なメッセージの発信方法)にも新たな可能性を示唆した。鳥山氏は語る。

「当社のオリンピック・パラリンピックサイトでは、NUMBER GIRLの向井秀徳さんとオーストラリア人のアンドリュー・アーチャーというイラストレーターさんにタッグを組んでもらい、パラアスリートの方々が歩んできた道のりを、講談風の動画で紹介するコンテンツを公開し始めたんです。

一方、萩野選手に関しては、『Journey of Kosuke Hagino』と題して、彼が体現し続けるCHASE YOUR DREAMのストーリーを、様々なデジタルクリエイターさんに表現してもらいました。去年の12月には、『Dream Studio』というオンラインセミナー的なイベントも仕掛けてみたんです。これもやはりチームブリヂストンのアスリートを起用したオンラインイベントでした。コロナ禍で浮かび上がったソーシャルイシューについて、トークショー形式で語り合うもので、ゲストにはいきものがかりの水野良樹さんや、南海キャンディーズの山里亮太さんに登場していただいたんです。

どれも異色の組み合わせではあったんですが、それだけに興味深い内容になったし、スポーツの価値はスポーツ領域に留まらず、様々な分野にも共通することを証明できた。CHASE YOUR DREAM というメッセージを、より多くの人に届けることができたのではないかと思っています」

メーカーらしからぬ遊び心

これらの試みは、デジタルネイティブのミレニアル世代に対するリーチ拡大、スポーツファンだけでなく、より広い層へのメッセージ発信、そしてCHASE YOUR DREAM(夢に挑戦すること)の大切さを、従来とは違った形で伝えていくことなどを目標としたものだが、刮目すべき点は他にもある。

1つ目は、ある意味、実にメーカーらしくない遊び心がふんだんに盛り込まれている点だ。失礼を承知でそう指摘すると、鳥山氏は照れたような笑みを浮かべながら解説してくれた。

「当初は『オリンピック・パラリンピック・a・GOGO』というイベントを2016年からやっていました。これは全国各地にアスリートの方々と出向いていって、皆で一緒に体を動かすための機会を作ったり、オリンピアンやパラリンピアンに実際に接してもらったりすることによって、いろんなものを感じ取っていただく企画だったんですね。こういう地道な地域密着型のアクティベーションも評判が良くて、2019年までに10回以上開催することができました。

でも私が所属しているブランディングチームの中では、せっかくオリンピックとパラリンピックのパートナーになったのだから、従来リーチしづらかったデジタル世代やミレニアル世代に対して、なにか新しいことを仕掛けてみてはどうだろう、という意見も出ていました。そんな事情もあったので、スポーツのイメージにとらわれない表現で、情報を発信していくのも有効ではないだろうかと考え、思い切って挑戦してみたんです」

結果至上主義を遠く離れて

競泳・萩野公介選手の水泳教室など、全国各地での活動も続ける。写真提供=ブリヂストン

ブリヂストンの特徴的な取り組み、その2つ目の点は CHASE YOUR DREAM というメッセージの文脈である。

アスリートは目標を達成し、結果を出すために練習を重ね、大会に臨む。だがコンテンツを見ていると、ブリヂストンが強調しているのは結果至上主義ではなく、むしろそこに至る過程――努力の大切さや挑戦の尊さであることがよくわかる。

これこそは同社が発信しているメッセージの最大の特徴であり、最も意義深い点ではないだろうか。鳥山氏も深く首肯した。

「ええ、そこは一番強く伝えたかった点なんです。もちろん私たちは人の命を預かるタイヤを製造している以上、ミスを犯すことは許されない。その意味では、常に結果を問われていることになります。でも同時に夢を持ち、常にそれに挑戦し続ける企業でもありたいと思っています。それもまた創業以来、受け継がれてきたカルチャーですから」

すべての人に真に開かれた社会を

ブリヂストンが展開しているスポーツ支援事業は、日本のスポーツ界を変え、アスリートの環境を変え、同社のアプローチにさえ変革をもたらしてきた。さらに山田氏はパラスポーツの社会的な位置付け、そして人々の意識が変わっていくことさえ願っていた。

「IPC(国際パラリンピック委員会)の方々と会っていると、よく『リバース・エジュケーション(子供たちから大事なことを逆に教えられる)』という話題になるんです。日本は気遣いの文化の国ですから、障害を持っていることに触れてはいけないのではないか、そこに目を向けてはいけないのではないかと言われることが多くあります。

でも子供たちは素直に見た通り、感じた通りを口にする。だからパラアスリートの方に対しても『あれ、お姉さん、どうして片足がないの?』と気軽に声をかけたりするんです。パラアスリートの方々は、それはごく当たり前のこととして捉えられているし、子供たちが自分のパフォーマンスを見て、『すごい!そんなことができちゃうんだね!かっこいいなあ!』と目を丸くする姿を見るのが、とても嬉しいと仰っています。

ほとんどの方はご存知ないんですが、パラスポーツは生で観戦するとすごく楽しいんですね。だからパラスポーツがもっと広く認知されていくと、お金を払って大会や競技会を観に行くような文化が日本で生まれる可能性も十分にある。

こうして興行として成り立てば、パラアスリートも経済的に自立できるようになるし、障害を持たれている方々が、よりスポーツに親しめるようにもなる。そして何より、多くの人がパラスポーツやパラアスリート、障害を持たれている方々に目を向けるようになる。これこそ、パラアスリートの方々が願われていることなんです。

今の日本に必要なのは、こういうふうに本当の意味で開かれた社会、誰もが真に共生できる環境を創っていくことだと思いますね」

挑戦と夢を支えていくミッション

たしかに時間はかかるかもしれない。だが山田氏が思い描くような素敵な未来は、いつの日か必ず訪れるだろう。我々の傍らには、ブリヂストンという頼もしいパートナーがいるからだ。

「実は我が社では、去年の中頃から『Solutions for your Journey』 という新しいブランドメッセージを打ち出したんです。人が人生という名の旅をしていく、つまりCHASE YOUR DREAMしていく際には、いろいろな困りごとが起きるじゃないですか。『Solutions for your Journey』とは、そういう時に必ずそばにいる会社でありたい、困りごとを一緒に解決していく存在でありたいという想いが込められた言葉なんです(山田氏)」

「いろんな人がCHASE YOUR DREAM 、それぞれの夢に向かって思い切り挑戦をする。そして挑戦する人たちをみんなで応援し合ったり、支え合ったりする社会を創っていく。このプロセスを支えていくのが、ブリヂストンに課せられたミッションだと思います。

私自身、オリンピックやパラリンピックの業務に関わるようになってから、さらに使命を実感するようになりましたね。これは創業者の石橋正二郎が追求したことでしたし、私や山田を始めとするブランドチーム全員にとってのCHASE YOUR DREAMでもあるんです(鳥山氏)」