「A Better Life, A Better World」をスポーツの力で。パナソニックの挑戦:米国でのBtoBシフトで浮かび上がった、ミレニアル世代の重要性

日進月歩の勢いで進化を続けるスポーツビジネス。その本場の一つでもある米国において今、大きな話題を集めているのが、パナソニックが展開しているアクティベーションプログラムである。日本を代表する電機メーカーは、なぜスポーツ関連事業でも注目を浴びるようになったのか。そもそもスポーツにいかなる「価値」を見出し、「より良い社会の実現」に向けて、どう活用しようとしているのか。パナソニックノースアメリカで斬新なアイデアを次々と実現させてきた小杉卓正氏に、スポーツビジネスを支えるビジョンと理念、自身を突き動かす尽きせぬ情熱について伺った。(聞き手は田邊雅之)

BtoB事業へのシフトが生み出した新たな課題

パナソニックの事業はBtoBへシフトしている。画像提供=パナソニック

――パナソニックは日本を代表する電機メーカーとして知られていますが、実は電気自動車用の電池から住宅の雨樋に至るまで、グローバルな市場で幅広い製品を販売されています。小杉さんがスポーツマーケティングを担当されている北米市場は、御社のグローバルな事業展開の中でどのように位置付けられているのでしょうか?

北米市場は、当社にとってきわめて重要な地域になっています。現在の売り上げ規模では日本が1位、2位が米州になっていますし、米国と中国は2019年4月より重点地域として地域カンパニーを設立し、売り上げを伸ばしていこうとしています。

ちなみに北米はパナソニックグループの中で、ビジネス変革が進んでいるエリアになります。テレビや白物家電など、いわゆるBtoC事業が占める割合は現在5パーセントで、残りの95パーセントがBtoB事業。その中にはテスラ向けのリチウムイオン電池や、自動車向けコックピットシステムや航空機内エンターテイメントシステム、物流システムに関わる機器・サービス、デジタルサイネージ、さらには政府や官公庁に導入されるシステムなども含まれています。

そして今、力を入れているのがスマートモビリティ部門―交通事故や渋滞、大気汚染などの予防や緩和に向けて、各州でV2X(車両間・路車間通信)によるネットワークの構築が進められる中、ユタ、コロラド、ジョージア各州の運輸局等とパートナーシップを組み、情報プラットフォームの構築などに取り組んでいます。

――そこまで業態の変化は進んでいると。しかし資料を拝見すると、小杉さんはBtoB事業へのシフトを加速させていくというよりも、むしろスポーツへのスポンサーシップや支援活動を通じて、ミレニアル世代(2000年以降に生まれた、30代以下の世代)やZ世代(ミレニアル世代の後に生まれた、20代以下の世代)に対するリーチをテコ入れされようとしている。これはいかなる理由に基づくものでしょうか?

北米の事業がどんどんBtoBにシフトしていく中で、特に若い人の間でパナソニックブランドの認知度が著しく落ちてきたからです。

たしかに現在40代のX世代以上、特にベビーブーマー以上の世代の間では、パナソニックブランドが非常に認知されている。実際、これらの世代には昔、パナソニックの鉛筆削りを使っていたとか、自宅にパナソニックのテレビがあったと言ってくださる方が多い。つまりパナソニックに対する愛着がすごくあるだけでなく、パナソニックの商品は良質で壊れない――信頼できるブランドだというイメージが確立されていたんですね。

このようなブランドイメージは、北米の事業がBtoBにシフトし始めても、しっかり保たれていました。ところが、パナソニックのテレビや家電製品に触れたことがないような若い世代が増えてきた。パナソニックとのタッチポイント(接点)が激減した結果、「パナソニック」というブランド名を聞いても何をやっているのか分からないという声や、せいぜいデジタルカメラを連想する程度になってきたんです。

――言葉を換えれば、企業相手のBtoB事業が成功を収めたが故にこそ、一般のエンドユーザーを対象にしたブランディングを再び強化しなければなったと。

その通りです。もちろん現在、我が社が抱えているお客さんに対しては、それぞれの事業を担当しているマーケターがしっかり向き合って、コミュニケーションを取っています。しかも米国のブランドプラットフォームにより個々の事業間でブランディングの連携も取れている。

しかし、最終消費者とのタッチポイントやコミュニケーションチャネルがどんどん先細りになれば、いずれはブランドそのものの存在感も弱くなってしまう。ましてや5年後の2025年には、ミレニアル世代やZ世代が全米の労働人口の75パーセントを占めるようになる。事実、デジタルテクノロジーを使いこなしながら、若い世代に大きな影響を与えている「キー・インフルエンサー」と呼ばれる人々は、すでにミレニアル世代に移行しているんですね。

だからこそパナソニックでは、ミレニアム世代以降をターゲットにしたブランディングに力を入れていくことが、喫緊の経営課題になっている。私がスポーツを活用したアクティベーションプロジェクトをスタートさせたのも、そのためなんです。

「A Better Life, A Better World」のスローガンに込められた意味

パナソニックノースアメリカ マーケティング、デジタル&コミュニケーションズ シニアマネージャー 小杉卓正氏。画像提供=パナソニック

――やはり企業のブランディングはBtoB事業よりもBtoC事業、一般のエンドユーザーを対象としたプロダクトやサービスの提供事業を通じてこそ、構築されていくということでしょうか?

その点に関しては少し違う認識をしています。たしかにミレニアル世代やZ世代は、現時点での最終顧客になります。またBtoC事業を「最終顧客をターゲットにした事業」と定義するならば、今後もきわめて重要な役割を担い続けていきます。パナソニックは創業以来、一人ひとりのお客さんを何よりも大切にしてきましたし、この考え方は今後も絶対に揺るぎませんから。

しかしミレニアル世代やZ世代は、将来的に最終顧客だけではなくパナソニックの社員になる可能性もありますし、パナソニックがBtoB事業を行う際のビジネスパートナーにな る可能性も当然あるでしょう。すでにデジタル関連ビジネスでは、ミレニアル世代がディシジョンメーカーになっていたりもします。だからこそ若い世代全体を対象にしたブランディングが急務になってきている。私が今手がけているプロジェクトは、BtoBやBtoCというカテゴリーでは括りきれないものなんです。

――BtoBやBtoCの違いに関わらず、むしろ「パナソニック」の名前を聞いたときに人々が想起するイメージのベースとなるものを、草の根レベルから新たに構築しようと。

ええ。これは我が社のブランドスローガンからもおわかりいただけるかと思います。 パナソニックは「A Better Life, A Better World」というスローガンを打ち出しています。「A」という単語には「一人ひとりの」という意味を持たせているので、「A Better Life」というフレーズは「一人ひとりのより良い生活」、「A Better World」とは「一人ひとりにとってのより良い世界」という意味になるんですね。

さらに述べれば「Life」という単語は、BtoC事業を通じた最終顧客のクオリティ・オブ・ライフに繋がりますし、「World」はBtoB事業を通じて、社会全体を良くすることに繋がっていく。しかもこの2つは密接に結びついている。社会全体が良くなっていけば、最終的には個々のレベルでの生活も改善されていくことになりますから。

そもそもパナソニックという企業は、社会全体を豊かにしたり、毎日の生活をより快適で幸せなものにしていくことを目指してきました。その意味においてはBtoB事業もBtoC事業も、同じビジョンを持っているんです。

30年以上にわたってオリンピックを支えてきた矜持

パナソニックは30年以上にわたり最上位のTOPパートナーとしてオリンピック・パラリンピックを支えてきた。画像提供=パナソニック

――関連してお尋ねします。では「A Better Life, A Better World」というスローガンを実現されていく上で、御社はスポーツをどのように活用されてきたのでしょうか?

パナソニックとスポーツには歴史があります。創業者である松下幸之助は野球が好きだったこともあり、社員の福利厚生の一環としてまず野球から手掛けました。現在は野球、バレーボールとラグビーの3つの部がありますが、地域社会との交流なども含め、長年にわたってスポーツに関わってきた伝統が1つ目の要素になります。

2つ目の要素はブランディングとの関連です。私達はスポーツが持つ「人に届ける力」を信じていますので、これを踏まえた上でブランディングに活用してきました。パナソニックは1984年のロサンゼルスオリンピックから、大会スポンサーを始めました。これはIOCがグローバルパートナーシップ制度を作る前のことでした。

その流れを受けて、1987年にはIOCが設けたTOP(The Olympic Partner)プログラムの第一期生になっています。TOPとしてずっと活動を続けているのは、VISAとコカ・コーラ、そしてパナソニックの3社だけになります。30年以上にもわたりTOPを続けているのは、スポーツを通じた世界平和の実現というオリンピズムと、当社の経営理念が共鳴するからです。

また、1998年長野冬季大会から20年以上にわたりパラリンピック競技大会に貢献、2014年には日本初のパラリンピックのワールドワイドパートナーとなり、パラリンピックムーブメントへの支援をしてきました。

――歴史を重ねる毎に、さらに深くコミットするようになったと。

それと同時にオリンピック・パラリンピックのスポンサーシップは、マーケティングだけでなく技術革新という枠組みでも、パナソニック自体の業務の発展と深く関わってきました。これがスポーツをビジネスに活用した3つ目の要素です。

まずパナソニックはビデオ機器の提供から関わりました。VHSフォーマットのシェアを一気に伸ばすこと、そして、オリンピックを機に放送機器ビジネスを拡大することができました。またテレビがアナログからデジタル、フルHD、4K、8Kへと進化していく過程において、オリンピックを技術革新のマイルストーンとして活用してきた過去もあります。

これに並行してオリンピックのスポンサーシップでは、カテゴリー自体も少しずつ拡大しています。当初はビデオ機器が中心だったのですが、AV(オーディオ&ビジュアル)技術をコアとして、場内のサウンドシステムや競技場に設置される大型のLEDスクリーン、さらにはAVセキュリティーカメラ、そしてロンドンオリンピックからは、開会式のプロジェクションマッピングへの貢献も始めるようになってきましたから。

――御社はオリンピックにおいても多くの人に寄り添いながら、より楽しく快適に、かつ安全にスポーツを観戦できる環境の実現を試みてこられた。

技術的に見た場合、オリンピックのパートナーシップのコアにあったのは、オーディオ&ビジュアルテクノロジーの技術的な革新だったんです。でも最近では、いかにお客さんにスポーツを楽しんでいただくかという、エンターテインメントの部分をより強く意識するようになってきました。それが結果的には、様々なテクノロジーの用途拡大にも繋がり、事業の発展も促進してきたと言えるような気がしますね。

パナソニックはBtoB事業の比重を高めていくことにより、北米市場で大きな成功を収めた。だが小杉氏によれば、それに伴って浮かび上がったのが、ミレニアル世代を対象とした新たなブランディングの必要性だったという。次回は新たなブランディングを牽引する4名のアンバサダーが選ばれた経緯、そして草の根レベルでの様々な活動について伺う。


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