東京2020オリンピックの開幕まで200日を切り、日本中で機運が高まる中、ひときわ大きな注目を集めているのが日本コカ・コーラだ。同社がオリンピックのスポンサードを開始したのは、アムステルダム1928大会。以降、今日に至るまでスポーツマーケティングの分野においても先導的な役割を担ってきた。日本で半世紀ぶりに開催される夏季五輪大会で、同社が目指すものとは何か。そしてその先に広がるビジョンとは。東京2020オリンピック アセット&エクスペリエンシャルマーケティング統括部長ディレクターとして、スポーツマーケティングの鍵を握る渡邉和史氏が、語り尽くした。(聞き手は田邊雅之)
コカ・コーラがオリンピックに共鳴し続ける理由
――2020年はいよいよ東京2020オリンピックが開かれます。御社はアムステルダム1928大会以降、オリンピックのスポンサーを1世紀近く務められてきました。当初はアスリートの喉を潤す、そしてブランド認知を高めるという目的を掲げられていましたが、今やコカ・コーラは世界で知らない人がいないほどポピュラーな商品になりました。にもかかわらず、オリンピックを意欲的にスポンサードされ続けている目的からお聞かせいただけますか?
「一般的には、スポンサー=ブランド認知と結び付けられがちですが、実はそれだけが目的ではありません。むしろオリンピックは、多方向からビジネスに貢献できるというのが、大きなアセットになっています。
まず理念的なことで言いますと、我々はIOCが掲げているオリンピックの精神やスポーツの精神に共鳴していますし、目標に向かって全力で取り組み、平和でよりよい世界の構築に寄与するというIOCの価値に賛同しています。当然、我々の製品を通じても、やはり皆さんにポジティブになっていただきたい。そういう思いがあればこそ、IOCとパートナーシップを組んできました。これは、そもそもの大前提になっています。
一方、ビジネスに関して言いますと、オリンピックは寄付ではないので、やはりセールスを上げていかなければならない。そのためにオリンピック関連のプロモーションを行ったり、流通の皆様に満足してもらうための活動を行ったりしていますが、オリンピックは、消費者の方から見ても『距離感』が非常に近くなる。こういうふうに一緒に盛り上がることができる状況を作り出すためにも、オリンピックならではの価値を作って、マーケティングや営業努力をしているという位置づけになります」
マーケティングから見たサッカーW杯との違い
――御社はオリンピックに並行して、アルゼンチン1978大会からはサッカーのW杯もサポートされてきました。オリンピックとW杯の位置づけは、どのように異なるのでしょうか?
「オリンピックを見ている層と、サッカーW杯を見ている層を徹底的に分析すると、ターゲットが異なっていることがわかります。大会期間もそれぞれ異なりますので、やはり戦略や(お客様との)コミュニケーションの内容も変わってきます。
具体例を挙げましょう。オリンピックの場合は、私が担当している東京2020オリンピック聖火リレーのようなキャンペーンも、全国をくまなく回りながら本番の4カ月前から実施されます。そういう活動を通して、オリンピックのムーブメントを作っていくんですね。一方、W杯ではトロフィーツアーなどを行いますが、(実施できる)日数には限りがあるので、日本では2、3カ所で展開する形になります。ですからイベントごとに期間やターゲットを見極めつつ、戦略を大きく変えていくようにしています」
――オリンピックはW杯よりもリーチが大きく、日本全国で老若男女すべての方々が観戦します。そういう意味では、オリンピックの方が様々な製品を対象に、幅広くマーケティングを展開できるような印象を受けます。
「その解釈は正しいと思います。まず我々の場合、大きなコンセプトや基本方針をアトランタにある本社のチームで考え、そのコンセプトを各国のマーケティング担当部門がローカライズしていく形になります。この際には個々の国ごとに、どんなことをすればヒットするのかを考えていくわけですが、W杯の場合は『コカ・コーラ』というブランドでコミュニケーションを実施していました。ここで提示されるのは、コカ・コーラという製品だけになります。
一方のオリンピックでは、まさに仰られたように、たくさんの方々が注目される関係上、やはり皆さんの飲みたい様々な製品が、いつでもどこでも手に入るというメリットをアピールしていきたいと思っています。炭酸飲料のコカ・コーラのみならず、綾鷹という緑茶もあれば、スポーツ飲料のアクエリアス、『い・ろ・は・す』というお水、さらにはコーヒーのジョージアと、積極的にコミュニケーションを展開していく。これは東京2020オリンピックの戦略にもなります」
日本のマーケットだけが持つ特殊性とは?
――アトランタの本社で決定されたグローバルなマーケティング戦略をローカライズしていく際に、日本マーケットならではの難しさ、あるいは他の国にはない特性や特殊性を感じられたケースはありますか?
「そうですね・・・我々にはアトランタが設定するグローバルな『タグライン(キャッチコピー)』があるのですが、こういうタグラインは、うまく和訳できるものだけでなく、和訳しにくいものもあります。
例えば(前回大会の)リオ2016オリンピックでは、『ザッツ・ゴールド・キャンペーン』が展開されました。これは英語のニュアンス的には『金メダル級の動きだよね』というような意味ですが、日本語にそのまま訳してしまうと『それって金だよね』になってしまうので、今一つピンとこない。こういうニュアンスを日本でも理解してもらうためには、苦労するようなケースはあると思います」
――タグラインのローカライゼーション以外の部分、実際的なマーケティングに関して、日本市場の特殊性、あるいは日本のカスタマーの顕著な違いを実感されたケースは?
「正直、海外との比較をしたことがないので断言はできませんが、確実に言えるのは、日本ほど洗練された市場は他にないんですね。
現在、日本では50強のブランド、 800種類以上の製品が揃っています。要はお茶でも、アメリカや海外で『ティー』と言うと『ブラックティー(紅茶)』しかありませんが、日本では紅茶だけではなく、もちろん緑茶もあります。しかも綾鷹は特選茶の商品もあれば特保の製品、まろやか茶もある。さらには緑茶以外にも、麦茶や烏龍茶が揃っていますし、紅茶花伝一つとっても様々な種類の製品や、ミルクティーまで揃っている。これほど製品ラインナップが豊かな国は、コカ・コーラ全体の中でも日本だけです。
それを踏まえれば、日本の消費者のこだわりは非常に強いと言えると思います。実際、海外のコカ・コーラの担当者が、どうやってこれだけ多くの製品を展開しているのかと勉強に来るケースもありますし、日本はある意味でお手本的なマーケットになっているのが実情ですね」
日本発のイノベーションに世界が触れる機会
――商品開発に関しては、日本がテストマーケット的な役割を果たすケースもあると。
「我々には、年間10億ドル以上を売り上げている『ビリオンダラー・ブランド』と呼ばれる製品群があるんですが、その中には綾鷹、ジョージア、アクエリアスといった製品も入っている。世界中の市場で、それだけの売り上げを誇る製品が日本から生まれているというのは、日本コカ・コーラにとって、ひとつの誇りなのかなと思います」
――東京2020オリンピックは、御社が開発された様々な商品に、海外からの観光客が触れるいい機会にもなりますね。
「ええ。日本にはおいしい緑茶もあれば、天然水もある。日本のコカ・コーラはいろんなことをやっているんだなと感じて帰国していただくのが、我々にとってのひとつのサクセスストーリーになるでしょうね。あとはやはり、コーヒー飲料を缶で飲む習慣。これも日本ならではの文化なので、そういった発見もしていただければと思っています」
――缶コーヒーなどは商品販売の形態として珍しいだけではなくて、好きなときに好きなところでコーヒーが飲める、ユーティリティー性の高い商品にもなっている。諸外国の人々にとっては、こういう日本発の利便性に触れることができる。
「個人的に言えば、海外から来られた方々に我が社の製品を通して、日本はイノベーティブな(創意工夫に溢れる)国だと思ってもらえると嬉しいですよね」
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東京2020はスポーツを通した共感の醸成と、日本発の飲料文化を世界に知らしめるための絶好の機会になる。渡邉氏はこう断言した。次回は日本コカ・コーラのスポーツビジネス戦略と、圧倒的なマーケットシェアの秘密について伺う。
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