JFL(日本フットボールリーグ/実質4部相当)ながら国立開催の公式戦で1万6,480人を集めたクリアソン新宿。片や、ホームグラウンドである劇場で日々笑顔を届けている、“日本エンタメ界の巨人”吉本興業。
満員の「スタジアム」「劇場」を目指す両者は、いかにしてファンとの接点づくりや集客の施策を行っているのか――。クリアソン新宿を運営する株式会社Criacaoでデジタル・BPR室室長を務める加茂遼介氏、吉本興業グループの株式会社FANY デジタルマーケティング部の稲熊真道氏が、都内で開催されたスポーツビジネスカンファレンス「HALF TIMEカンファレンス2024」で語った。
クリアソン新宿、「ロイヤル顧客の体験向上」がもたらした成果
クリアソン新宿が注目を集めている。
昨秋、Jクラブ“不毛地帯”の東京23区に拠点を置くチームとして、初めて、Jリーグ参入の要件となるクラブライセンス(J3ライセンス)が交付。今年6月7日に国立競技場で開催された公式戦では、平日にもかかわらずJFL史上最多となる1万6,480人を集めた一方、名だたる大企業がパートナーに名を連ねている。
「世界一のフットボールクラブを目指すという我々の理念に共感していただけている」と感謝の念を隠さないのは、クリアソン新宿でデジタルマーケティングに取り組む加茂氏だ。
クリアソン新宿では「満員のスタジアム」を目指して、マーケティング活動に力を入れている。その施策の一つとして昨年12月、アプリ開発から運用、分析までノーコードで提供するアプリプラットフォーム「ヤプリ」を導入して、クラブ公式アプリをリリースした。
その背景にあるのは、「クラブHP、ECサイト、ファンクラブなどが異なるドメインで運営されていた」(加茂氏)ことだ。
多くのJクラブも同様の課題を抱えているが、ドメインの異なるサイトを行き来するにはブラウザ上のタブを切り替えるなど、デジタル接触回数の多いロイヤル顧客に小さくない負荷をかけることになる。「1つのアプリの中にユーザーの動線を集約することで、ロイヤル顧客の体験向上を目指しました。」(加茂氏)
成果は数字になって表れてきている。ロイヤル顧客の来訪割合の多いECサイトにおいて、セッションが前年比150%、売上高が前年比120%と大きな伸びを見せている。参照元別の売上高割合でもアプリが多くを占めていることから、ロイヤル顧客がアプリに行動を切り替えていることが分かる。
また、ナイター開催となった前述の国立競技場での試合では、スタンドにペンライトの明かりが数多く灯されていたが、これはアプリに実装されたペンライト機能を使用したもの。クラブにとって直接的な利益になるわけではないが、ファンにとっては試合会場での体験が向上する。その結果としてアプリの新規ダウンロードにもつながった。
「ここまではアプリが『ロイヤル顧客の体験向上』という狙いに寄与できていると感じています。今後もどんどん成果を出して、成長していきたい」(加茂氏)
吉本興業、“ポイントをもらえなくて喜ぶ”コンテンツの狙い
一方、吉本興業は2021年4月に「FANYアプリ」をリリースした。チケット、ライブ配信、ファンコミュニティ、EC、クラウドファンディング、ゲームなど、さまざまなtoCサービスが集約されており、今やそのダウンロード数は95万にも上る。
これほど多くのユーザーを獲得できた背景にあるのが「コンビマッチングガチャ」だ。以前のガチャはデイリーログインを促すための施策だったが、ユーザーにとっては付与ポイントが少なく当選確率も低いことからガチャを行うモチベーションが保てず、十分に狙いを果たしているとはいえなかった。
「ユーザーがポイント獲得目的ではなく、ガチャ自体を楽しめて、かつSNSシェアを促進できるコンテンツを目指した」と語るのは、FANYアプリのコンテンツ企画・実行を手掛ける稲熊氏だ。
「コンビマッチングガチャ」は、コンビ芸人の顔がルーレットのように回り、実在するコンビがそろった場合にポイントが付与されるもの。揃わなかった場合、例えばガクテンソク・よじょうさんと金属バット・友保隼平さんであれば「ガクテンバット」という架空のコンビ名と、「そんなコンビないよ!」というメッセージが表示される。
「ファンはポイント獲得よりもむしろ架空のコンビが出た方がうれしいみたいです。SNSに投稿されて、それでまた新規ダウンロードが増えている」(稲熊氏)と狙い通りの成果が出ている。
他にも『おばあちゃんのシルバーラジオ』というコンテンツを用意した。77歳の“若手”芸人「おばあちゃん」と、ぼる塾・あんりさんがパーソナリティを務め、ゲスト芸人にネタの作り方や舞台での振る舞い方などを相談するPodcast番組で、アプリ内でしか聴けないことから「ダウンロードの動機づくりとして機能している」(稲熊氏)という。
さらには番組一覧のすぐ横に、ゲストの出演公演情報を集約したページにリンクするボタンを置くことで、「番組を聴いて面白いと思ったら、熱があるうちにチケットを買ってもらえる設計」(稲熊氏)にしている。
今後の展開は? 吉本興業「パーソナライズ」、クリアソン新宿「toCに閉じない」
今後はどんな展開を考えているのか。稲熊氏は「パーソナライズ提供はマストで必要」と話す。
現状、アプリ内でお気に入りの芸人をフォローしたり推し劇場を登録すれば、公演情報を一覧で見られるようになり、チケットの購入にもつながっているという。今後は「登録した芸人や劇場の新着情報が自動でプッシュ通知できるようにしたい」と稲熊氏は話す。
また顧客データ、購買データの分析を基にしたプッシュ通知も始めたいという。「お気に入りの芸人の同期とか、仲良しとか、その他にも予測できないような関連性で購入するケースもあると思うので、今後取り組んでいけたらいいですね」(稲熊氏)。
一方で加茂氏は、「パートナー企業の社員の方たちにも活用してもらいたい」と話す。
現状クラブの公式アプリは「toCの顧客体験に閉じている」(加茂氏)が、アプリの中で法人専用のポータルを用意することができれば、別の展開が見える。
「ファンの人たちがどういう顧客行動をとっているのか、クラブスタッフとパートナー企業で共有してディスカッションできるようになれば、現状ではなかなか難しい定量的なアクティベーションの効果測定もできるようになる。そうなれば、スポーツビジネスの価値も上がるのではないかなと考えています」(加茂氏)
サッカーとお笑い、フィールドは違えど、目指すところは同じだ。ファンで満員になった「ハコ」で、たくさんの笑顔を生み出す――。スポーツ、エンタメ業界にかかる期待は大きい。
カンファレンス・アーカイブ動画
セッション「「満員のスタジアム」を目指すクリアソン新宿と、吉本興業との意外な共通点」のアーカイブ動画(全編ノーカット版)をご覧いただけます。以下のフォームからアクセスください(無料)。