HIS、ラ・リーガとの提携で描く壮大な青写真(3)VIPシートの門戸開放からBtoBセミナー事業も。チケット販売の、その先へ

日本に着実に根を下ろした海外サッカー人気と、シーズンを重ねる毎に増えていく欧州組。この状況の中、ひときわ脚光を浴びているのが、スペインサッカーリーグのラ・リーガとパートナーシップ契約を結んだ、株式会社エイチ・アイ・エス(HIS)だ。衝撃的な価格設定と、斬新なパッケージツアーなどを武器に、日本の旅行業界そのものを革新し続けてきた同社は、これからスポーツビジネスで何を目指そうとしているのか。取締役上席執行役員の山野邉淳氏が語り尽くした。(聞き手は田邊雅之)

ラ・リーガと直接交渉 パートナー締結の裏側

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HIS 取締役上席執行役員 山野邉淳氏(右)。7月の記者発表会には、ラ・リーガのイバン・コディナ氏(左)とレアル・マドリードなどでも活躍した元選手 ジュリオ・バチスタ氏と共に出席した。

――ラ・リーガとのパートナーシップに話を戻します。契約の締結に至るまで、特に苦労された点などは?

「特にはなかったですね。むしろ個人的には、交渉を進めるうちに自分たちが同じ価値観を共有しているという感覚が強くなっていきました。

正直、交渉が始まる前までは、単にチケットを販売する権利を得るというような内容なら、私は絶対に断ろうと思っていました。そんな契約であれば、他の業者とでも結ぶことができるじゃないですか? だから社内のスタッフに対しても、なぜラ・リーガと契約を結ぶのかという意義を、しっかり煮詰めていかなければならないと主張したんです。

でも、いざ交渉が始まってみると、向こうの方々も自分たちと同じことを考えていることがわかってきた。単にチケットを販売するのではなく、より多くの人にスペインの国や文化に触れてもらうきっかけにつなげていく。あるいはサッカーに関しても、サッカー選手を目指す子どもたちが本場のプレーに触れて、未来への憧れを醸成できるような機会を作っていきたいと。それはまさに私たちが目指すものだったので、お互いの考え方にすごく賛同してという流れですね」

――同じ価値観を共有されているというのは、どんな場面で実感されました?

「正式な交渉の席だけではなく、ビジネスを離れた食事や雑談を通しても実感できましたね。ラ・リーガには世界中の企業がスポンサーとして参入していますが、『あそこは権利を金で買っているだけだから、事業の内容があまりおもしろない』といったような、本音の感想もずいぶん聞くことができましたし。

しかも会話を重ねていくと、やはりそれではつまらないし、もっと意義のあることを仕掛けて、一緒に盛り上げていくためのアイディアがどんどん生まれてくる。そういう部分で共感できた場面は多かったと思います」

サッカーを超えた、日本とスペインの架け橋に

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日本でもバルセロナやレアル・マドリードをはじめスペインクラブの人気は高い。画像=Christian Bertrand / Shutterstock.com

――ラ・リーガとのパートナーシップ締結を通じて、スペイン各地の観光協会や自治体、あるいは文化省などと協働する流れも生まれてくるのでしょうか。

「現時点では特に決まっていませんが、今回のパートナーシップで実績を作り上げていくことで、そういうつながりも深めていければと思っています。

実際、日本で記者発表を行った会場も、スペイン語の教育や文化の普及を目的とした国営組織の建物だったんです。当日はスペインの商工会議所の方々などとご挨拶をさせていただきながら、これからおもしろいことをどんどん一緒に仕掛けていこうという言葉もかけていただきました。あれもサッカーをきっかけに、新しいことが始まる瞬間だったと思っています」

――欧州サッカーは、ファン・エンゲージメントやファン・エクスペリエンスの充実に力を入れています。アプリやホームページなどのプラットフォーム、SNSの活用法などでも日本より先進的なサービスを提供していますが、彼らの知見やノウハウは、御社のシステムやプラットフォームの拡充にも活かされるのでしょうか?

「その部分にも活かしていければいいですね。たとえば先方の担当者と話をしていて印象に残ったのは、クラシコ(レアル・マドリー対バルセロナ)の規模感です。あの試合は、リーグ戦で1年に2回しかないビッグマッチなので、パブリックビューイングが行われるじゃないですか?

しかもラ・リーガ側は、観客を集めて試合の映像を見せるだけにとどまらない。パブリックビューイングの会場にフットサルのコートを作ったり、そこにアンバサダーを集めて、フットサルの試合やトークイベントを開催するようなことまで行ったりする。こうすることによって、スタジアムで直接試合を観られない人たちを楽しませているんです。

さらに、かつて活躍した憧れの選手と間近に接することができるとなれば、より多くの人たちが関心を持って集まってくるようにもなる。いかに良質なエンターテインメントを提供していくか、そして、いかに『次』の展開につなげていくかという発想は、非常に勉強になりましたね」

――現在の人気に満足せず、未来を見据えたファンの開拓も行っている。

「ええ。しかもラ・リーガは、世界の様々な場所で同じようなことを試みている。中国で行ったパブリックビューイングなどは、アンバサダーも10名以上参加して大盛況だったとも聞いています。一方、インドではフェイスブックで試合を無料配信することによって、相当な数のアクティブユーザーを獲得しつつある。こういうグローバルな情報発信の仕方は、日本のスポーツビジネス界全体としても、学べる部分が大きいと思います」

ファン・エクスペリエンスをスペインから学ぶ

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バルセロナのカンプ・ノウスタジアムは世界でも有数の収容人数を誇る。画像=Natursports / Shutterstock.com

――御社がラ・リーガと結ばれたパートナーシップでは、通常はなかなか手に入らないVIPシートが確保できる点も、大きな話題となりました。これもまた日本のスポーツビジネスにとって、特筆すべきことではないでしょうか。新たなファンやファミリー層を獲得するためのファン・エクスペリエンス同様、VIP向けのサービスも海外に比べるとまだまだ定着していないのが現状ですから。

「確かに日本でも、VIPルームが設けられるケースはあります。しかし従来はチームのオーナーや芸能関係者など限られた人だけが入ることができる遠い世界で、一般人にとってはなかなか体験できない敷居の高いサービスだという印象が強かった。

でも海外では、多少料金が高いにしてもVIP用のサービスはどんな人でも享受できるカテゴリー、あるいは社交の場としてしっかり確立されているんです。これもスポーツの試合における、ホスピタリティの一つですから。今回のパートナーシップを通して、これまで日本ではなかなか体験できなかったことをより多くの人に提供できるようになれば、それも意義のあることだと思っています」

――サッカーファンは特別な体験ができるようになりますし、企業の経営者などにとっては、出会いのチャンスにもつながる。サッカー好きの経営者の方がお忍びでサッカー観戦に行かれて、そこでたまたまクラブ関係者や現地の起業家と知り合い、新しいビジネスが生まれていく・・・

「ええ。そんな展開になればおもしろいですよね。私たちはサッカーが好きな方はもちろん、ビジネス絡みでサッカーに関心があるというお客様も、現地にお連れできればと思っています。HISは企業向けのセミナー事業やビジネスマッチングにも力を入れていますが、欧州サッカーのVIPエリアというのは、様々な出会いや交渉が生まれる場所だと思いますので」

直接的な売り上げの増加ではなく、自社の事業拡充、そして日本のファンに対する斬新な観戦体験の提供へ。HISのビジョンはさらに拡大していく。最終回となる次回は、同社が目指す旅行業界そのものの刷新について伺う。


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