2020年の東京オリンピック・パラリンピックが近づく中、スポーツ界では競技性だけでなく「社会的インパクト」が強く求められてきている。そのような状況の中、独自の活動で注目を集めるのが、スポーツを通して知的障害のある人々の社会参加を応援する国際的なスポーツ組織「スペシャルオリンピックス(SO)」だ。SOを日本で率いる有森裕子氏に、運営に携わった経緯と今日までの歩み、マラソンを通して育まれた自らの人生観、そしてスポーツが持つ大いなる可能性と希望を伺った。(聞き手は田邊雅之)
セカンドキャリアではなく、セカンドステージ。生きる道を探す大切さ
前回、有森裕子氏はスペシャルオリンピックスの代表として、各支援企業との交渉に奔走する傍ら、善意の団体ならでは難しい組織運営でも手腕を揮っていることを伺った。5回目は、トップアスリートから組織リーダーへの転身を実現させた、成功則について話を伺う。
前回インタビュー:【第4回】知的障害者支援ならでは。広がるサポートの輪と、組織運営の難しさ
――有森さんは現在、団体の理事長として活躍されているわけですが、マラソン選手を引退してからのキャリアメイクは、以前から思い描いていたのでしょうか?
「もともと私にとって走ることとは、生きていくための手段でした。その延長線上でオリンピックのメダリストになれたし、ある程度の『価値』も持つことができた。だから今度は一人の人間として、違う形でしっかりと生きていきたいと思ってランナーを引退したんです」
「走ることを通じて得たものを活かして、新たな道を見出だせるのであればなんでもいいし、どんなことでもいい。そういう気持ちだったので、走るのを止めて新しい道に進むこと自体に対する抵抗感は、特になかったですね」
――ただしアスリートの場合は、その次の一歩踏み出すのに苦労するケースが非常に多い
「そこは私に言わせれば、むしろとても不思議で。だって一生、競技を続けてしていくわけじゃないじゃないですか。例えば野球選手にしても、一生、野球をやり続けるわけではない。むしろ野球をするのは、社会の中で生きていくための手段であって、現役が終われば違う手段で生きていくことを当然、考えなければいけなくなる」
「でも日本のスポーツ界の現場では、そういう大切なことをアスリートに考えさせない傾向が強い。これは学校もそうですが、本人の意思確認がなされずに、単に競技だけをガンガンやらせてしまうんです。ここは大きな問題だと思います」
――どうしても近視眼的な発想になってしまう
「しかも新しい道や手段を進んだからといって、これまでにやってきたことの価値が落ちるわけでもないんです。その意味では『セカンドキャリア』という言葉の弊害も大きい気がしますね。世間的には『セカンドキャリア』という言い方がされますけど、私から見れば、現役引退後に進む道は『セカンドステージ』だと思いますから」
――人生における、新たな第二幕が始まるというイメージですね
「そう。なのに『キャリア』という言葉を使うと、『いや、自分がやってきたのはこれだから』という発想になってしまう。そうではなくて、これまで積み重ねてきたことを踏まえた上で、それを活かした次のステージがあるでしょうと。言葉というのはすごく大事だし、こういう発想の仕方を、アスリートにきちんと教えていくのはとても重要だと思いますね」
関連求人:公益財団法人スペシャルオリンピックス日本 - 知的障害者のスポーツ支援を行う広報渉外アシスタント募集!
自らの価値を見つめ、自分を発信し続ける。
――そこで鍵をにぎるのが、自分が持つ「価値」になる
「私の場合も、誰が担当してもいいような現場であれば、特に自分は必要ないだろうと思っていて。でも逆に、私だからこそできることや生み出せる価値、あるいは自分が必要とされている分野というのは、必ずあるはずなんです」
「たしかに現役を引退する場合は、すごく大きな、特別なものを持っていたなければならないと考えがちになるかもしれませんけど、そんなことはなくて。だって自分は、世界に一人しかいない特別な自分じゃないですか。小さいものでも、自分にしかつくり出せない価値をちゃんと見いだしていく。これはとても大事だと思います」
――有森さん自身、自分の持つ「価値」を高めることを、現役時代から意識してこられた
「ええ。そのためにも、まず自分は何者なのか、どんな価値を生み出せる存在なのかということを考えていくようにする」
「そしてその価値を計る軸を持ったら、軸をぶれさせずに自分のことを信じてあげながら、自分について発信していく。そうすれば必ず誰かが見てくれたり、聞いてくれたり、感じてくれたりして、今度はさらに大きな価値が生まれると思うんです」
――やはり自分の価値を意識する、そして発信するのは重要なんですね
「例えば人間が一本の樹だとしたら、自分にはどんな幹や枝、葉がついていて、どんなふうに伸びているのかということを常に意識する。そして大きく育ってきたら、こんな樹なんですよと発信していくようにしていく」
「そういう努力をしないで、『ほら樹ができたぞ』と眺めているだけじゃだめなんです。世の中はみんな自分のことを知っているだろうとか、分かってくれているだろうと思っていても、実際には伝わりきっていないんです。みんな忙しいし、他人のことを気にかけるほど、暇じゃないですから(笑)」
*
自分にしかない価値を見出して、社会に向けて発信していく。有森氏はそれこそがキャリアメイクにおいて最も重要な点だと語る。最終回となる6回目は、スペシャルオリンピックスが求めている人材、そして自身が再発見したスポーツが持つ可能性と希望について話を伺う。