明治安田生命J1リーグ平均入場者数が初の2万人突破。Jリーグのデジタル戦略の舞台裏にあったNTTグループのDX支援

新型コロナウイルス感染拡大の影響によるシーズン中断が明け、少しづつこれまでの日常を取り戻しつつあるJリーグ。実は昨年、ある輝かしい記録が生まれたことをご存知だろうか?「明治安田生命J1リーグ(以下「J1リーグ」)平均入場者数が初の2万人突破」――。この快挙に貢献したJリーグのデジタル戦略の舞台裏について、JリーグとNTTデータのメンバーに聞いた。

二人三脚で進めた「デジタル戦略」

2019シーズン、J1リーグの平均入場者数が初めて2万人を超え、年間総入場者数はかつて“イレブンミリオンプロジェクト”で目標としていた1,100万人に初めて到達した。この快挙に貢献したJリーグのデジタル戦略を語る上で外せないのが、NTTグループの存在である。

2017年7月にJリーグのトップパートナーとなったNTTドコモとJリーグの取り組みについては既に各所で紹介されているが、今回は、同時期にオフィシャルテクノロジーパートナーとなり、デジタル戦略を「縁の下の力持ち」として支えるNTTグループの取り組みにスポットを当てていく。

「Jリーグのデジタル戦略がスタートした2016年当時、Jリーグのオンラインサービスといえば、チケットを販売する『Jリーグチケット』と公式サイトの『Jリーグ.jp』、Jリーグ公認ファンサイトの『J’sGOAL』と、サービスのラインナップは多くはありませんでした」

こう話すのは、現在Jリーグのデジタル共通基盤のシステム部門を率いる野溝忠利氏だ。

「Jリーグ全体でデジタルマーケティングに取り組んでいくにあたって、リーグが『デジタル共通基盤』としてデータベースやメール配信ツール・BIツールなどを整備し、それをクラブにシェアードサービスとして利用してもらう形を目指すことになりました」(Jリーグ野溝氏)

現在のデジタル共通基盤の全体像のイメージ図。画像提供=Jリーグ

プロジェクトの方向性は決まったものの、「当時Jリーグにシステムエンジニアは1名しかいなかったんです。そんな中、NTTグループさんの計らいで、NTTデータさんにシステムエンジニアの方を1名アサインしていただいて、プロジェクトが前に進み始めたと聞いています」(Jリーグ野溝氏)

公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) コミュニケーション・マーケティング本部 マーケティング部 プラットフォーム開発グループ グループマネージャー 野溝忠利氏。2019年1月Jリーグデジタルに入社。2020年1月より公益社団法人日本プロサッカーリーグに所属。Jリーグのデジタル共通基盤のシステム部門を率いている。

システムエンジニア1名の常駐という形でスタートしたNTTデータによる支援は、システム開発プロジェクトの管理・推進、ベンダーやステークホルダーの取りまとめといった役割に留まらない。デジタル戦略の推進に必要な人材を追加でアサインし、収集したデータの分析やキャンペーンの施策立案といった領域にも幅を広げながら、現在も複数名体制でシステム部門・ビジネス部門を横断的にサポートしている。

「デジタル共通基盤」の価値

「Jリーグのデジタル共通基盤は、様々な価値を生んでいます。何より大きいのが、クラブにとってのメリット。クラブはリーグが提供するサービスを割り勘価格でリーズナブルに利用することができ、クラブのスタッフは『どう使うか』『何をするか』というコア業務に専念することができます。」

こう話すのは、Jリーグでマーケティング領域の役割を担う今井貴之氏。

「また、各クラブが同じツールを使っているので、ノウハウの共有もスムーズになり、レベルアップにつながっています」(Jリーグ今井氏)

公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) コミュニケーション・マーケティング本部 マーケティング部マーケティング担当オフィサー 今井貴之氏。2017年12月Jリーグデジタルに入社。2020年1月より公益社団法人日本プロサッカーリーグに所属。主にマーケティング領域、またJリーグ共通マーケティングプラットフォームの戦略立案・活用推進領域を担当。

これに、NTTデータの福田唯人氏が続く。NTTドコモをはじめとしたパートナーとの協業施策を実行面でサポートするほか、Tableau社認定資格を持ち、各種データ分析・レポーティングも担当している。

「リーグとパートナーにも大きなメリットがあります。デジタル共通基盤で様々なデータが取れるので、パートナーとの協業施策が『どのような人に』『どれくらいの』効果があったのか、定量的に把握することができ、施策の評価や改善に役立っています」(NTTデータ福田氏)

株式会社NTTデータ ITサービス・ペイメント事業本部 SDDX事業部 マーケティングデザイン統括部 福田唯人氏。2017年7月より本プロジェクトに参画している。

また、Jリーグがクラブと実施している『デジタルマーケティング人材育成講座』も非常に重要な役割を果たしていると福田氏は言う。

「講座では、リーグからの一方的な情報提供だけでなく、クラブからの事例共有やクラブ同士でのディスカッション・情報交換をしていただくことで、リーグ全体としてのレベルアップにつながっています。私もBIツールの説明をすることがあるのですが、クラブのスタッフの皆さんのデータ活用に対する積極的な姿勢が素晴らしく、いつも刺激をもらっています」(NTTデータ福田氏)

このような取り組みによって、クラブによるデジタル共通基盤の活用が進み、2017年のスタート時点で約34.9万人だったJリーグIDの会員数は、3年間で約5倍の176.9万人に増加している。

JリーグID数の推移。画像提供=Jリーグ

新「ワンタッチパス」システム

2019年、Jリーグのデジタル戦略は一つの節目を迎える。デジタル共通基盤の中でも重要な役割を占める「ワンタッチパス」システムのリニューアルだ。2009年にワンタッチパスが導入されてから10年が経過し、システムはアップデートの必要性に迫られていた。

ワンタッチパスは、クラブが運営するファンクラブ組織会員の管理とスタジアムでのゲート認証・来場記録を管理するシステム。従来は、ポイント管理や会員ページといった来場サービスとしての利用がメインだったが、電子チケット・アプリへの対応、さらにはECサービスやパートナー提供サービスとの連携といったスコープ拡大に伴い、統合的な顧客管理を行うプラットフォームへと進化を遂げたのが、新しいワンタッチパスシステムだ。

開発に携わったNTTデータの吉村知晋氏は語る。

「顧客の来場・購買などの履歴データを統合的に把握することで、分析の精度が上がります。その結果、これまで以上に顧客ニーズに合った施策が打てるようになります。今後デジタルマーケティングを高度化していく上で、より重要な仕組みとして生まれ変わりました」(NTTデータ吉村氏)

株式会社NTTデータ ITサービス・ペイメント事業本部 SDDX事業部 マーケティングデザイン統括部 吉村知晋氏。2019年1月より本プロジェクトに参画している。

2019年には、ベガルタ仙台・鹿島アントラーズ・ガンバ大阪の3クラブが先行して新ワンタッチパスのサービスを開始。今年からはほぼ全てのクラブが利用している。

「2019年2月の開幕戦では、スタジアムで新ワンタッチパスが初めて稼働するところに立ち合いました。当日は目立ったトラブルもなく、ファン・サポーターの皆さんを入場ゲートでお迎えすることができました。リーグ・クラブ・パートナー・その他関係者と一緒に作り上げたサービスが無事稼働して、感慨もひとしおでした」(NTTデータ吉村氏)

新ワンタッチパスの稼働日となった2019年開幕戦、開門時刻前の入場ゲート。画像提供=Jリーグ

コロナ禍でも発揮されるデジタルの価値

デジタル戦略の成果が歴代最高のJ1リーグ平均入場者数という数字に表れ、2020シーズンはさらなる飛躍が期待されるところだったが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、Jリーグは約4カ月もの間中断することになった。6月下旬から無観客でのリスタートとなり、8月に入った現在も入場者数には制限が設けられている。

このような状況の下、Jリーグはどのような取り組みを行っていくのか。今井氏はこう語る。

「前提として、スタジアムでの安心・安全をしっかりご提供するのが一番です。その上で、DAZN・テレビ放送を通じてTVやスマートフォンにてご自宅で観戦する方もたくさんいらっしゃるので、ご自宅でも楽しめるような試合前後のコンテンツ配信など、Jリーグも各クラブも知恵を絞りながら、ファン・サポーターの皆さんに喜んでもらえるような施策を実施していきます」(Jリーグ今井氏)

では、コロナ禍において、デジタルマーケティングの経験値はどのように役立っているのか。NTTデータの2人が答える。

「例えば、中断期間にクラブが『ファンクラブ限定のオンラインイベントの参加者をWEB上で募集する』といった企画がスムーズに実施できたのも、これまでに数多くのデジタル施策に取り組まれてきた成果だと思います」(NTTデータ福田氏)

「せっかく購入いただいたシーズンシートを払い戻さなければならないような残念な状況もありますが、そのような中『元々シーズンシートを買ってくれていた人に優先的にチケットを販売する』といった対応も、デジタル共通基盤によってうまく実現されています」(NTTデータ吉村氏)

それでも、2020シーズンの平均入場者数が昨シーズンを下回ることは避けられない状況だ。ファン・サポーターの観戦スタイルが変化していく可能性もある。今井氏はこう語る。

「世の中の状況を見てスタジアム観戦を自粛しているのか、それともJリーグへの興味が薄れているのか、アンケートを実施したり新たなデータを収集したりすることで現状を把握し、コロナ禍においてもファン・サポーターの興味関心をつなぎとめ、落ち着いた先には、満員のスタジアムで、多くの方々にさらにJリーグを楽しんでいただけるよう取り組んでいきたい」(Jリーグ今井氏)

全員が口にした「仲間」という言葉

インタビューの中、JリーグとNTTデータ、両社の関係について質問すると、全員が「仲間」という言葉を口にしたのも、このプロジェクトの特徴と言えるかもしれない。

「吉村さんも福田さんも、責任とプライドを持って仕事をしてくださっている。こちらからお願いしたこと以上に自発的に動いてくれて、毎日のように助けられています。受発注の関係というより“仲間”だと思っています」(Jリーグ野溝氏)

「提供できる情報はなるべく可視化して共有して、働きやすい環境を作ることが仲間として一つのプロジェクトで成果を出すポイントだと思っています」(Jリーグ今井氏)

Jリーグ野溝氏・今井氏がこう話し、NTTデータ吉村氏・福田氏がうなずく。

「仲間として認めていただいて、情報共有やコミュニケーションがスムーズに行われるので、我々としても仕事が進めやすく、大変助けられています。このような環境を作っていただいていることに感謝しています」(NTTデータ吉村氏)

これにNTTデータ福田氏も同調して、次のように続ける。

「このプロジェクトには、“仲間”として共通のゴールを目指す強力なパワーがあります。そのパワーこそが、在宅勤務が続く今も一丸となってプロジェクトを進められる理由だと思います」(NTTデータ福田氏)

両社の関係は、デジタル戦略を次のステップに進める上でも重要になると野溝氏は言う。

「クラブによる共通基盤の活用が進み、さらに新たな要望をいただくことが増えてきました。今後そのような要望に応えていく場面でも、豊富なソリューションをお持ちのNTTデータさんの力が必要になると考えています。是非これからも一緒に歩んでいきたいと思っています」(Jリーグ野溝氏)

JリーグとNTTデータ、そこには単なる業務支援でない深い結びつきがあった。両社は今後も信頼関係を深め、互いに高め合いながら、この難局を乗り越えていくはずだ。