まちづくり、カヌーで「推進」。高知県土佐町が行政・教育・企業連携で「地方創生」

高知県北部に位置し「四国の水がめ」とも呼ばれる早明浦(さめうら)湖をたたえる自然豊かな土佐町。人口4,000人足らずのこの町で、今、全国的に注目を集める試みが動き出している。題して「カヌープロジェクト」。スプリント(静水面上)とスラローム(激流上)でオリンピック競技でもあるカヌーを、地方創生の柱としていく壮大なプロジェクトである。土佐町はどのようにして「カヌープロジェクト」を考案し、未来につなげていこうとしているのか?プロジェクトに関わる三者の話を通じ、ここまでの行政・教育・企業の連携について取り上げていく。

全国屈指の清流とダム カヌー競技の「聖地」へ

「南国土佐」の玄関口である高知龍馬空港から車で北へ走って約1時間。清流吉野川をせき止め、四国4県の水源として1975年に完成した高知県土佐郡土佐町の早明浦ダム。その貯水地である「さめうら湖」の上吉野川橋付近には、ダムに向かって1000m真っすぐに続く「湖の道」がある。横9m・縦12.5mおきで2コースが作られたブイ(浮標)たちは、普段は静かな湖面にその姿を漂わせている。

そんなブイたちは平日の夕方、休日になると一斉にざわめく。その横を通り過ぎていくのはカヤックやカナディアンのオールを持った選手を乗せたカヌーたち。そう、この地で行われているのは「カヌー・スプリント競技」の練習。近年ラフティングがレジャーとして盛んになってきた吉野川の急流を利用してのスラローム競技と併せ、土佐町は総合的なカヌーの練習地として、その名を知られつつある。

そんな「湖の道」には3人の男たちが大きく関わっている。まずは土佐町役場 企画推進課 企画調整係長の尾﨑康隆氏、次に嶺北(れいほく)高校教育振興コーディネーターの大辻雄介氏、そしてプラスクラス・スポーツ・インキュベーション株式会社代表取締役の平地大樹氏だ。

行政、教育、スポーツビジネス――。数年前まではそれぞれ縁もゆかりもなかった彼らは今、まるで運命の糸に導かれるように「カヌー」を媒介として、新たな地方創生の担い手になろうとしている。

学校から動き出した、カヌープロジェクト

土佐町役場 企画推進課 企画調整係長 尾﨑康隆氏

「もともと早明浦ダムの湖面を活用したい方向性は、土佐町としてありました。スポーツフィッシングやウォータースポーツでの活用を検討するとか、様々に試行錯誤してきました。ただ、ダム湖特有の制限などもあって、なかなか前に進まないまま時間が進んでいったんです」

高知県庁勤務時の約10年前から土佐町に住み付き、2019年度からはついに土佐町職員となった尾﨑氏が語り始める。全国各地の地方が悩みを抱える人口減少 。「過疎化を食い止めたい」、「地域を活性化したい」と誰もが持つ想いは、ここ土佐町でも例外ではなかった。しかしダム湖ゆえの制約などにより、土佐町のさめうら湖を活用した地方創生策は、2016年まで必ずしも思うようには進んでいなかった。

波のない広大な水面を誇るさめうら湖。ブイによってカヌー・スプリント用のコースが形作られている。

しかし2017年になると抜本的な打開策が始まる。場所は湖面からでなく「学校」からであった。

この年4月、土佐町隣接の長岡郡本山町にある高知県立嶺北高等学校では、嶺北4町村(本山町、長岡郡大豊町、土佐町、土佐郡大川村)が手を取り合う形で「嶺北高校魅力化プロジェクト」がスタート。その中で、地域外入学生の募集、総合学習の時間「嶺北探究」の開始、公営塾「燈心嶺(とうしんりょう)」の設立、高校生専用の宿舎「嶺北研修交流学舎」の設立と共に、大きな柱として浮かんだのが「カヌーをやりたい学生の募集」であった。

「実は、さめうら湖はカヌーのスプリントで最長距離の1000mが取れる場所があって、これだけの静水面でコースが確保できる場所は日本でもほとんどない。しかも早明浦ダムから下流に流れる吉野川にはスラローム競技に適した(激流の)環境がある。そこで『カヌーで地域を活性できないか』という考えが出てきたんです」(尾﨑氏)

周りを見て、もう一度足下を見ると、最大の答えは足下に転がっていたのである。

カヌーを地元高校の魅力のひとつに

嶺北高校教育振興コーディネーターの大辻雄介氏

スポーツを通し地域全体を元気にする――。競技・規模の違いはあるとはいえ、これは近年、日本各地で取り組まれている試みだ。ただ、嶺北高校におけるカヌーの推進は、単にスポーツ競技としてだけではなく教育とも連動している。

では、その特徴とは何か?

これは「嶺北高校魅力化プロジェクト」の総合プロデュースを司る大辻氏が詳しい。同氏は、全国の「高校魅力化」のパイオニアともいわれる島根県・海士町の島根県立隠岐島前(おきどうぜん)高等学校でICT教育のプロジェクトに3年間関わってきた人物だ。隠岐での取り組みを土佐町での講演で紹介した縁をきっかけに、「地域の人たちの豊かさに惹かれて、私たちの持っている経験を伝えたい」と思いプロジェクトに参画している。

「僕は、それぞれの学校にそれぞれの魅力があると思っています。そこで嶺北高校を見た時に、公設塾の教育も魅力、寮も魅力、その一環としてカヌー部が担っていければと思いました。そこで嶺北4町村との目線を揃えながら、進めていったんです」(大辻氏)

すなわち嶺北高校における「カヌープロジェクト」は、嶺北地域唯一の高等学校として地域での評判を上げつつ、県外からの子どもたちも受け入れることで多様性を増した学校・地域を創り上げるというビジョンの、一つの媒介として存在しているという考え方だ。

「カヌー部で輝く子もいるし、寮の運営で輝く子もいる。塾で勉強を頑張りたい子、探究学習で光り輝く子もいる。ですから、カヌーはもちろん重要な要素である一方で、それが全てではない。ですから、中学生たちにお声がけをする時も『どういう方向に進んでいきたいか』を聞いて、方向性が合っていれば『ぜひ、体験に来てください』という話をしている。マッチングの部分は非常に気を遣っています」(大辻氏)

よって今年、男女1名ずつの卒業生を輩出し、新2年生も6名(男4名・女2名)が所属する嶺北高校カヌー部も、すべてが中学からの経験者というわけではない。現在日本におけるカヌーの競技人口が2,000人という中、「水に触れる魅力を感じながら楽しく遊んでもらう」ところから始め、豊かな自然に囲まれながら「将来、自らの進むべき道」を模索・選択しつつ、カヌー選手になる道・環境も整える。それが嶺北高校を介した「カヌープロジェクト」なのだ。

カヌー世界王者の指導者が土佐町へ

こうして始まった「カヌープロジェクト」。同時にこの時、土佐町はプロジェクトの舞台を高校の部活動から地域の地方創生とするために、新たな提案をした。

「嶺北高校のカヌー部全員は、地域のカヌークラブチームにも同時に入って頂いています。クラブチームに入ることで、高校で行っている吉野川での練習に加えて、さめうら湖での練習も可能になる。さらに指導者も高校でもクラブでも指導できるようになる。ここで環境の幅を広げた部分はものすごく大きかったし、高校の先生方も理解していただけました」(尾﨑氏)

名付けて「湖と川の流動」。穏やかな水面を持つさめうら湖と、激流の吉野川が、一つのプロジェクトでつながったのだ。

さらに土佐町は「奇跡」とも言える指導者との出会いによって、プロジェクトを新たな境地に進める素地を整えた。日本カヌー協会への指導者照会によりカヌー競技の本場・ハンガリーから招へいに成功したのは、当時カヌー韓国代表コーチを務めていたラヨシュ・ジョコシュ氏。現役時代は五輪出場こそないものの、4人乗りのK-4 1000mスプリント種目で2006年に世界大会優勝。その後もトルコでパドルを漕ぐなど、世界を股にかけて活躍してきた「超一流」である。

一流の環境に一流の指導者が加わったことで、「早明浦カヌーアカデミー」と名付けられたアカデミー組織が設立されることに。現在は小学生6名、中学生1名が嶺北高校の6名と共にパドルを握り、ジョコシュコーチと英語で会話しトレーニングを重ねている。社会人選手や最適の環境を求めて合宿にやってくる国内外選手とも交流しながら、明日の五輪代表選手を目指しているのだ。

スポーツビジネスの見地加え「カヌーのまちづくり」スキーム構築へ

プラスクラス・スポーツ・インキュベーション株式会社 代表取締役 平地大樹氏

このようにして自然・育成・教育環境の基盤を整えた土佐町の「カヌープロジェクト」。続いて必要とされたのは「カヌーのまちづくり」としてカヌーを真なる地方創生の一環とするためのスキーム、システムづくりであった。

ここでまたしても「人の縁」が新たな展開を生む。2017年に尾﨑氏は、「スポーツビジネス」をテーマにした講演会のため、大辻氏との縁で土佐町を訪れていた平地氏と出会うことになる。氏が代表を務めるプラスクラス・スポーツ・インキュベーションは、ウェブコンサルティングからマーケティング、アパレルまで手がける強みを活かし、現在では62のクラブ・球団と12のリーグ・協会を顧客にスポーツビジネスを展開するが、「地方行政」は未開拓の領域だった。

「土佐町の中で人材を活用し、新たな人を呼ぶ仕掛けやサポートをしていく形を作りたい」という尾﨑氏の想いと、「最初に足を踏み入れて、カヌープロジェクトの話を聴いた時に『おもしろいじゃん!』と思った」と話す平地氏の好奇心が合致するまでに、そう時間はかからなかった。

「僕らはこれまでプロスポーツクラブに対してプランニングやマーケティングをしていく中で、地域とスポーツとの関わりはあまりなかったんです。でも、ダム湖でカヌーという単純な面白さと、そこに嶺北高校の魅力化プロジェクトといった教育が加わっていることにより、カヌーだけでないインバウンドや人の流れが見えることに興味を感じました。となれば、そういった取り組みも外に発信できるし、ぜひ関わりたいと思ったんです」(平地氏)

2020年2月、プラスクラス・スポーツ・インキュベーションは土佐町と地域おこし企業人交流プログラムによる研修派遣に関する協定を締結。左は土佐町長の和田守也氏。写真提供=プラスクラス・スポーツ・インキュベーション

かくして2020年2月、プラスクラス・スポーツ・インキュベーションは土佐町と協定を締結する。「地域おこし企業人交流プログラムによる研修派遣」がそのタイトルで、同社が土佐町の「カヌープロジェクト」を様々な形で全国に発信していくことと同時に、人材の部分でも協力することが趣旨だ。

その内容は、全国各市町村で採用されている最長3年間採用の「地域おこし協力隊」から大きく踏み込み、土佐町に居住し「カヌープロジェクト」業務に関わりながら、複業としてプラスクラス・スポーツ・インキュベーションの土佐町駐在の社員として勤務。経済面、キャリア構築も含めて企業が全面支援していくという、全国で唯一無二といってもよい画期的なプログラムであった――。

後編では、カヌープロジェクトの「これから」と、そのキーマンとなる「地域おこし企業人プログラム」に関わる新たな「人材」の募集について、引き続き、土佐町役場の尾﨑康隆氏、嶺北高校教育振興コーディネーターの大辻雄介氏、プラスクラス・スポーツ・インキュベーション株式会社の平地大樹氏の3名に話を伺う。

後編はこちら:高知県土佐町「カヌープロジェクト」で、今求められる「地方創生人材」


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